厳選のアナログ回路で構成されたデジタル・リバーブの新鋭モデル

BRICASTI DESIGNM7

LEXICON 960LやT.C. ELECTRONIC System6000以降、久しぶりに本格的なハードウェア・リバーブ専用機が発売されました。アナログ・ミキサーを使ってミックスをしている人ならば不可欠な機材ですが、音楽制作がDAWで行われることが多い今、プラグインでなくハードウェアのリバーブを使う意味はあるのでしょうか? スタジオのスタンダードとなっている200万円クラスのハイエンドなリバーブと肩を並べて存在価値を出せるのか?など、いろいろと確かめてみましょう。

一流機材のオーラをまとった
シンプルなパネル・デザイン


BRICASTI DESIGNはLEXICONで働いていた技術者2人がハイクオリティなリバーブを作りたいと新たに立ち上げたメーカーで、今回試聴するM7が初めてのプロダクトです。M7の概要を説明していくと、デザインは重厚なアルミ製フロント・パネルとステンレス・シャーシで、非常に高級感があります。フロント・パネルには最小限のツマミ/スイッチが並び、その操作感もしっかりとしたもの。入出力はアナログ(XLR)とデジタル(AES/EBU)が各1系統、リモート・コントローラー端子と現段階では用途が不明のMIDI端子が用意されています。電源を入れると赤で表示されるディスプレイも必要な情報を分かりやすく提供してくれます。エンジニアは変なもので、機材の音質だけでなく、音とは無関係なツマミの操作感やフロント・パネルのデザインなどで使う使わないを決めてしまったりします。M7はそんな根拠の無いエンジニアのモチベーションを満足させる一流機材のオーラを十分に持っています。アナログ入力のレベル調整はInputツマミで行い、+4〜+24dBuまで2dBステップです。可変抵抗を使ったタイプでは無く、リレーを使ったアッテネーター・タイプなので音質的に優れており、ガリなどのトラブルも少ないと思います。また、オペレーション・レベルもSystemで+8/+16/+24dBと3種類選べるのでレベル・マッチングには困らないでしょう。また、アナログ入力の際のAD/DAコンバートは24ビット/96kHz固定でユーザーは変更できません。デジタル入出力はAES/EBUシングル・ワイアー192kHzをサポートしており、入力のサンプリング周波数に合わせて44.1〜192kHzまで自動でクロック同期します。

プラグインでは得られない
奥行き感のあるサウンド


では、音を聴いてみましょう。比較用にはハードウェアのデジタル・リバーブがLEXICON 480L、AMS RMX16、EVENTIDE H3500、T.C. ELECTORONIC M3000、DIGIDESIGN Pro ToolsプラグインのリバーブとしてReverb・One、ReVibe、TRILLIUM LANE LABS TL|Spaceなどを用意。まずはアナログ接続で聴くためにコンソールのSSL XL9000Jに立ち上げます。プリセットの呼び出しはLEXICONのリバーブを触ったことがある人ならマニュアルを読まずに操作できると思います。初めて触った人でも、progスイッチを押して上下の矢印ボタンでリバーブ・タイプを選択、ダイアルで細かいプリセットを選び、EnterスイッチでプログラムをLoadするだけなので、すぐになじめると思います。さて、その音色はLEXICONの技術者による製品なのでそれに近いものなのかなと思っていましたが、全く違った音色。もっと太く、どちらかというとRMX16に近い音色ですが、それとも違います。そういったプログラムされたタイプより、実際の残響をサンプリングしてそれを元に残響を作り出すサンプリング・リバーブに近い感じです。プリセット名の通りの空間が目の前に広がる印象で、奥行き感が従来のハードウェア・リバーブとは少し違うように感じます。次にデジタル接続での試聴です。Pro Tools 7.3.1を使い、DIGIDESIGN 192 I/OとAES/EBUで接続します。M7はSystemでデジタル/アナログ入出力を選んで使用するのですが、両方同時、あるいは組み合わせては使えないのでM7の出力もAES/EBUで192 I/Oに戻します。まず、M7の内部動作クロックである96kHz(後日、192kHzに対応)では先ほどのアナログ接続と比べると奥行き感が減り、プラグインのリバーブに近い印象。明らかにアナログ接続の方が優れていると感じます。さらに48kHzになると残念ながら同じ機械とは思えない音色です。内部でサンプリング周波数をコンバートして処理しているのか定かではありませんが、明らかにザラザラした感触です。M7は再現性を求められるDAWと組み合わせて使うときも、入出力のレベル設定が高精度のステップ・タイプなのでリコール性も高く、アナログ接続でもレベル設定の問題は起きにくいと思うので、アナログ接続で本領を発揮するタイプと言えるでしょう。その場合を想定してアナログ・ミキサーに立ち上げずに192 I/Oとアナログ接続でAUXに戻すルーティングで試聴しましたが、プラグイン・リバーブでは得られない奥行き感を得ることができました。

6種類のリバーブ・タイプと
豊富なパラメーター


M7をもう少し詳しく紹介しましょう。プリセットは大きく分けて6種類のアルゴリズムを用意(写真①)。20071001-02-002▲写真① ディスプレイにプリセットを表示させたところ。下段がアルゴリズムで上段がプログラムとなっており、アルゴリズムは写真のPlates以外に、Halls、Rooms、Chambers、Ambience、Spacesの計6タイプを用意 コンサート・ホールをシミュレートした“Halls”、アナログ・プレート・タイプの“Plates”、部屋をシミュレートした“Rooms”、クラシックな音響のある部屋の“Chambers”、リバーブの無いスペース感を付加する“Ambience”、屋外のサウンドや実際に無いサウンド、その他の奇妙なサウンドをシミュレートした“Spaces”という計6バンクです。そして、その中に細かいバージョン違いのプリセットが各15〜30種類入っています。 プリセットを呼び出した後、必要なら好みの音色に近づけるためリバーブ・パラメーターをエディットします。パラメーターの内容は以下通り。
◎Reverb Time(残響時間)/0.1〜60s
◎Size(残響を生む空間の大きさ)/Small〜Largeの31段階
◎Pre Delay(入力から残響が始まるまで)/0〜500ms
◎HF RT Crossover(高域の残響時間調整用のクロスオーバー周波数)/200Hz〜16kHz
◎HF RT MPY(クロスオーバーで設定された帯域以上の残響時間)/Reverb Timeとの比率で0.2〜1.0倍(例えば0.5に設定すると、Reverb Timeが2.0sだった場合にクロスオーバー以上の帯域の残響時間が2.0×0.5で1.0sとなり、高域が早く消えていく残響特性)
◎LF RT Crossover(低域の残響時間調整用のクロスオーバー周波数)/80Hz〜4.8kHz
◎LF RT MPY(クロスオーバーで設定された帯域以下の残響時間)/Reverb Timeとの比率で2〜4.0倍
◎VLF Cut(残響の初期段階の超低域成分をカット)/0〜−20dB
◎HF Roll Off(最終出力段のローパス・フィルターの周波数)/80Hz〜28kHz
◎Diffusion(残響の拡散の割合)/Low〜Highの11段階
◎Density(残響の密度が時間経過でどう構築されるか)/Low〜Highの11段階
◎Early/Reverb Mix(初期反射成分と残響成分のバランス調整)/1:20〜20:0
◎Early Roll Off(初期反射のロールオフ周波数ポイント)/80Hz〜Full
◎Early Size(初期反射の特性)/0〜19
◎Moduration(残響フィールドのピッチ・バリエーション量)/Off〜Highの12段階ただし、実際に使用するときは豊富なプリセット(プログラム)の中から一番イメージに近いものを選択した後、曲のテンポなどに合わせてReverb TimeとPre Delayを少しエディットすれば目的の音色を得られると思うので、それほどエディットすることは無いでしょう。また、よく使うプリセットはフロント・パネル右側のメモリーに4個セーブ可能。短く押せばリコール、長押しすれば書き込みなので非常に簡単です。さらに、エディットしたプリセットをセーブできるユーザー・メモリーも100個用意されています。

低域の量感と輪郭を併せ持つHalls
楽器単体に使いやすいRooms


プリセット(表①)の印象を抜粋して紹介しましょう。まず、Hallsはどれも低域のダンピングが効いた気持ちのいい音色です。ホール系は単体で聴くと良くてもオケに入るとあまり聴こえない機種が多いのですが、M7は低域の残響がしっかりあるのに輪郭があり、なおかつ埋もれない音色で、非常に使い勝手がいいと思います。20071001-02-003▲表① 全プリセット・リスト次にRoomsです。楽器単体へ広がりや前後の距離感を付けるのに適したプリセットがたくさんあります。ただ、高域の派手なプリセットはありません。今回はアコースティック・ギターで試したのですが、まるでオフマイクを立てたような空間の広がりが得られました。PlatesはLEXICONの高域が奇麗に伸びたきらびやかな音色ではなく、EMT 140STの実機に近いリッチな音色。ChambersはRoomsより広い感じの空間で、スモール・ホール的な少し高域にプレゼンスのある奇麗な残響です。Ambienceは初期反射成分の多い短めの残響で、少しだけ空間のニュアンスを付けたい場合に有効。Spacesは残響が長いプリセットが多く、特にチャーチ系が秀逸です。最後に総評ですが、実は試用し始めてすぐに結論は出ました。“素晴らしい!”の一言です。発売後、20数年経ってもリバーブのレギュラー機の座を譲らない名機たちと肩を並べて使える一流のリバーブです。リバーブはいい製品であれば同じ物が複数台あればいいということではありません。ミックス・ダウンでは各楽器にそれぞれ残響を付けることで距離感や存在感を出します。そのためには同じリバーブではいくらプリセットを変えてもニュアンスのバリエーションに限界があり、その対策として複数のリバーブを使うのです。そのときのレギュラー機と呼べるモデルはどれも20年以上前の製品。20年の間に数多くの新機種がリリースされてきましたが、惜しくもレギュラーの座に就けたモデルはありませんでした。そんな厳しいところにあえて今、挑戦してきたM7は、やはりそれだけの覚悟がある製品で、久しぶりにレギュラーの座に就任する予感を感じさせる“超大型新人”です。個人的にも何とか予算の都合を付けて入手したいと感じた久しぶりのハードウェア・リバーブだと言えます。20071001-02-004

▲リア・パネル。左から排気用ファン、電源ケーブルのインレット、MIDI IN/OUT、デジタル入出力(AES/EBU)、リモート・コントローラー(未発売)接続用端子、リモート・ループ・スルー端子、アナログ入力(XLR)×1系統、アナログ出力(XLR)×1系統

BRICASTI DESIGN
M7
522,900円

SPECIFICATIONS

■デジタル入出力/フォーマット:AES/EBU 24ビット・シングルワイアー、サンプリング周波数:44.1/48/88.2/96/176.4/192kHz
■アナログ入力/インピーダンス:100kΩ、最大入力レベル:+24dBu、最小入力レベル:+4dBu、AD変換:24ビット&96kHz、ダイナミック・レンジ:>117dB A−Weighted、周波数特性:10Hz〜20kHz(−0.002dB)
■アナログ出力/インピーダンス:40Ω、最大出力レベル:+24dBu、フルスケール出力レンジ:+8〜+24dBu(3段階で選択可能)、DA変換:24ビット&96kHz、ダイナミック・レンジ:>117dB A−Weighted
■外形寸法/483(W)×44(H)×279(D)mm
■重量/5.5kg