PAエンジニアにとってYAMAHAのデジタル・ミキサーは、最も身近な存在と言えるだろう。他社製品を使用するときに“YAMAHAで言う、この機能だよね”という会話もしばしば。そういった親しみもある同社からこの度発売されたDM3 Standardを見て最初に感じたのは、今まで意外となかったちょうど良いサイズかつ、作りも頑丈という印象だ。シンプルでユーザーを選ばず、同社が発売しているほかのミキサーとのすみ分けも理解できる。なお今回レビューするDM3 Standardと同時に、後ろにStandardが付かないモデルのDM3(オープン・プライス、9月発売予定)も発表されている。DM3では最大32ビット、16イン/16アウトのオーディオ信号を伝送可能なDante接続(96kHz)に対応。さらに別売りされる16イン/8アウトのステージ・ボックスTIO1608-D2(オープン・プライス、9月発売予定)とDante接続が可能だ。DM3とDM3 StandardはDante端子の有無以外は、サイズや機能面も含めて同じ仕様となっている。
USBデバイスを使用したステレオ入出力も可能
まずDM3 Standardの仕様について。サンプリング・レートは48/96kHzで、リア・パネルに16系統のアナログ入力を備え、ch1〜12はXLR入力、ch13〜16はXLR/TRSフォーンのコンボ入力となっている。アナログ出力は、アナログ8系統(XLR)、トップ・パネルにヘッドフォン出力(TRSフォーン)を備える。トップ・パネル上のUSB端子を使えば、USBデバイスからのステレオ入出力も可能だ。
チャンネル構成は、インプットch1〜16、USBデバイスからのステレオ入力、FXリターン×2、アウトプットとしてMixバス×6、Matrix×2、FXバス×2、モニター出力、マスター出力となっている。各チャンネルはパネルのフェーダーにアサインでき、タッチ・パネルでパラメーター調整が可能だ。
また、リア・パネルのUSB-B端子をコンピューターと接続して18イン/18アウト、最高32ビット/96kHzのオーディオ・インターフェースとしても利用できる。STEINBERG CubaseなどのDAWソフト・コントローラーとしても使用可能だ。
外形寸法は320(W)×140(H)×455(D)、重量は6.5kgと、物理フェーダー付きのデジタル・ミキサーとしては極めてコンパクトで軽量。リア・パネルの電源部分も抜けにくく、半挿しのミスも起こりにくい形状で気が利いている。
トップ・パネルの操作部分は、フェーダー部分にインプット・フェーダー×8、マスター・フェーダー、各チャンネルのオン/オフ、セレクト、CUEなどのボタンを配置。
右側にはロータリー・エンコーダーの“TOUCH AND TURN”ノブのほか、ユーティリティ的な各セクションで構成されている。非常にシンプルで迷いがないレイアウトだ。
筆者のようなフリーランス・エンジニアの場合、機材を自宅に保管している人もいるためサイズは重要なポイントで、加えてフェーダーを備えていることも大きい。コンサートや舞台のミキシングにおいて、ヒューマナイズされた音作りを行うために物理フェーダーは不可欠な存在で、作業効率をアップしたり、わずか数dBを調整するスピードですら、フェーダーの感覚で大きく変わる場合がある。そしてフェーダーがあるミキサーはサイズが大きくなってしまいがちなのだが、本機は極めて小ぶりなサイズ。コンパクト・ミキサーが必要なシチュエーションでは、PAエンジニアに与えられるスペースが限られてしまうことも多いので、非常に助かるだろう。
センド/リターンのエフェクトは全18種類
続いて、タッチ・パネル操作に対応するディスプレイについて。起動時、またはHOMEボタンからアクセスできるホーム画面のレイアウトが、ミキサーのレイアウトと視覚的にリンクしていて分かりやすい。
タッチ・パネルの操作性は、スマートフォンかと思うほどにあまりにも簡単。ディスプレイの傾き具合も絶妙で、ステージに気を配りつつ、画面が目に入る角度に調整されているように感じた。表示されているフォント・サイズも、画面に釘付けになってしまわないように配慮された大きさだ。
また個人的に、きっちりとカラフルに色分けされすぎていると、逆に混乱する場合がある。そして、まぶしすぎて目が疲れる。本機のパネル配色は良い意味で素朴。使っているカラーも刺激的な色ではないのがうれしい。
インプットのチャンネル・ストリップとして、ゲイン、位相反転、+48Vファンタム電源(ch1〜16のみ)のほか、EQ、ハイパス・フィルター(ch1〜16のみ)、ゲート/ダッキングを選べる“DYN 1”、コンプの“DYN 2”、ディレイといったエフェクトを搭載。センド/リターン・エフェクトも2系統用意されており、リバーブ、ディレイ、コーラスなど全18種類収録。また、Mixバス、Matrixへのセンド量の調整、プリ・フェーダーのオン/オフも可能だ。アウトプットにはEQ、DYN 2、ディレイのほか、Mixバスとマスター出力にはグラフィックEQも備わる。
EQにフォーカスすると、スマートフォンのように操作可能で、指2本のスワイプでQ幅の操作が、指1本のスワイプで、周波数とボリュームの操作が可能だ。物理的なロータリー・フェーダーの付いたEQよりも直感的なので、限られた処理方法、手段の中で素早く音作りをしなければいけないPA現場においてとても優位に思えた。また、リアルタイム・アナライザーも搭載しているほか、下部に鍵盤を表示することもできて、どのあたりの音域の周波数かが判別できる。ミュージシャンの中には、音階でEQしてほしいポイントを指示される場合もあるので助かる機能だ。
それぞれのパラメーターはスワイプによる操作と、タッチして選択したパラメーターをトップ・パネル右に備えるTOUCH AND TURNノブを回しての操作を併用でき、細かな調節をする上でとてもありがたい。画面を右から左へスワイプすると表れるメニュー画面では、各チャンネルのEQ設定のコピー&ペースト、表示したチャンネルのEQとコピーしたEQの設定比較といった機能のほか、後述するプリセット・ライブラリーへも瞬時にアクセス可能。またEQとコンプには、TOUCH AND TURNノブを回すだけで複数のパラメーターを一度に調節できる1-Knobモードを搭載している。
各チャンネルには、マイクやイアフォンのメーカーやエンジニアとの協力により、実際に販売されている製品に最適化されたプリセットを多数収録。チャンネル・ストリップのプリセットは、プロの現場でよく用いられる各マイクに合わせ、さらに同じマイクでもパートごとに分けられており、的を射ていて使いやすい。Mixバスのプリセットには、イアフォンごとに異なるEQやコンプの設定を用意。現場での時間短縮にもなり、プリセットから発展させれば容易に音作り可能だ。
そのほかシーンのプリセットもあり、ロック・バンドのライブ・セット、カラオケからビデオ・ミーティング、レコーディングなど、あらゆる場面が想定されている。
センド/リターンのエフェクトは、あらゆる現場に対応できる十分なパラメーターを搭載。中でもリバーブは、YAMAHAのデジタル・リバーブ、ProR3直系のアルゴリズムを元に新開発されたというREV R3、また同じく新開発というREV HDも好感触だった。そのほかフランジャーも効きがよく好印象だ。プリセットの数も多すぎずちょうど良い。
なおDM3 Standardには、リモート・コントロールなどが行えるアプリも用意されている。APPLE iPadアプリのDM3 StageMixは、直接ミキシング系のパラメーターを操作可能なリモート・コントローラー。例えば、モニターPAのエンジニアがステージ上から操作することなどが可能だ。またWindows/Macに対応するDM3 Editorでは、コンピューター上で各種のセッティングを事前に作り込んだり、バックアップ・データの管理などが可能。それぞれのアプリには今まで意外となかった機能として、チャンネル名を、日本語を含むさまざまな言語で入力できる(本体では英語入力のみ)。
色付けのないすっきりした出音
ではここから音質に関して。本誌にも度々登場するギタリスト西田修大のアトリエ、W/M basementで、筆者が所有しているコラム型スピーカーをメインに、12インチ・パワード・スピーカーをモニターとして、テストを行った。
まずマイクを入力し声でテストしたところ、ヘッドフォンからの音、スピーカーからの出音ともに、最初からすっきりとまとまっていた。個人的には、色付けのない音のミキサーを使って、極端なEQ設定で音作りするのが好きなこともあり扱いやすい。ゲイン・レベルを調整してフェーダーを上げるだけでも素早くまとまった音を作りやすく、かつ各ユーザーによるキャラクターも付け加えやすいのではないだろうか。
次に音楽を再生。リファレンス音源は低音のレンジがとても広く、アコースティック・ギターのようなエッジの効いた音も入っていて、ボーカルのリバーブも効果的な楽曲だったが、低音感、エッジも損なわれることなく鳴っていると感じた。音質とエフェクトの印象はサンプリング・レートが96kHzであることも影響しているように思える。EQの直感的な操作性も相まって、作っている音と手元の操作が頭の中で一致する、という感覚があった。EQを素早くスワイプしていけば、リアルタイムかつ独創的な使い方もできそうだ。
続いて、アトリエにある小口径のバス・ドラムに1本、オーバーヘッドに2本のマイクを立ててドラムを録音してみたところ、普段使用しているマイクの特徴をしっかり捉えた音になっていたのが好印象だった。
最近は、PAエンジニアが同行しないような小型のリハーサル・スタジオにデジタル・ミキサーが設置されていることもあるが、それらは多くの人が使い慣れていない製品であることも多い。しかし本機がセッティングされていれば、PAになじみのない人でもアナログ・ミキサー感覚で使えて、USBデバイスがあれば2ミックスの録音も簡単にでき、DAWを使い慣れている人であればオーディオ・インターフェースとしても活用できるので、スタジオ・ユーザーには喜ばれるだろう。
DM3 Standardは、大型の会場でのサブミキサー、店舗イベントや小規模現場のメイン・ミキサー、ライブでのイン・イア用のミキサー、リハーサル・スタジオのミキサーなど、さまざまなシチュエーションで大いに活躍する、心強いコンパクト・ミキサーだ。
岡直人
【Profile】フリーランスとして活動するサウンド・エンジニア。君島大空、Tempalay、中村佳穂、KID FRESINOなどのライブPAを手掛けるほか、舞台の音響や舞台音楽の制作もこなす。
YAMAHA DM3 Standard
オープン・プライス
(市場予想価格:231,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪入力:モノラル16系統+ステレオ1系統+FXリターン2系統 ▪バス:Mixバス6系統+Matrixバス2系統+FXバス2系統+モニター・バス+ステレオ・バス ▪アナログ入出力:16イン/8アウト ▪サンプリング・レート:48/96kHz ▪シグナル・ディレイ:1.3ms以下 ▪周波数特性:20Hz〜20kHz ▪ダイナミック・レンジ:110dB(DAコンバーター)、106dB(INPUT to OMNI OUT) ▪外形寸法:320(W)×140(H)×455(D)mm ▪重量:6.5kg