WALDORF M レビュー:デジタルとアナログの融合で名機を再現するウェーブテーブル・シンセ

WALDORF M レビュー:デジタルとアナログの融合で名機を再現するウェーブテーブル・シンセ

 1980年に発売されたPPG Waveを起源に持つWALDORF Microwave、Microwave Ⅱ/XTが、さらなる進化を経て現代に復活。今また注目を集めているウェーブテーブル・シンセサイザー・シーンに、新たな名機となるMが誕生しました。

Microwaveを踏襲する2種類の音源モデルを搭載

 “ウェーブテーブル”とは、ストックされている1周期分の波形を次々と読み出すことでサウンド変化を生み出すオシレーター。そのデジタル・ウェーブテーブルをアナログ・フィルターに通すことで、デジタルとアナログのハイブリッド・サウンドを生み出したのがMicrowaveです。Mにおいても独立した2つのウェーブテーブル・オシレーターと、VCFやVCAといったアナログ・モジュールを合わせています。出音は、ディテールの細やかさと圧倒的なダイナミクスが特徴的。ステレオ・パンニング可能なVCAセクションには、パンニング・モジュレーション・ソースとして30種類以上の項目があり、プリセット音色もステレオ感を存分に生かしたものが多いので、これほど細かいニュアンスまでエディットできるのかと驚かされます。

 

 音源モデルは2種類(クラシックMicrowave Iモード、モダンMicrowave II/XTモード)から選択でき、2,048種類のサウンド・プログラム(128サウンド×16バンク)を保存可能。1,024種類のプリセット音色は、深淵な世界観を演出したパッド、ジャーマン・テクノを思い起こす硬くて重厚なベース、“Dolby Science DG”といったオマージュ・サウンドなど、情報量が豊富で物語性を内包した美しい音色が光ります。

 

 読み込む波形の位置をコントロールすることで、バリエーション豊かな変化をもたらすウェーブテーブル・シンセシス。サンプル・プレイバックでは得られない独自の複雑なサウンドを、ウェーブテーブル・スウィープによってデザインすることができます。そのためフィルターに頼らずとも多彩な音作りが可能ですが、Mに採用されている伝統的なラダー・フィルターを通過したサウンドは、さらなる鋭さとマイルドさがクロッシングした味わい深い響きとなります。モジュレーション・マトリクスが無く、各設定ページから直接設定する仕様はMicrowaveを意識しているのでしょう。ウェーブテーブルをさまざまなモジュレーションによって常に多方面から変調させるという原理が、Mというウェーブテーブル・シンセシスの真髄ということなのかもしれません。メタリック・ブルーの本体に赤いダイアルが大胆に配置されたデザインも、Microwaveを引き継ぎクールでスタイリッシュですね。

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2基のウェーブテーブル・オシレーターを調節するOSC部分。赤色のWaveダイアルは、ウェーブテーブルのスタート地点を設定し、外側にある黒いリング状のWavetableダイアルで、ウェーブテーブルの種類を選択する

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リア・パネル。左からヘッドフォン出力(ステレオ・フォーン)、ヘッドフォン出力の音量調節つまみ、メイン・アウトL/R(フォーン)、AUXアウト×4(TRSフォーン)、MIDI THRU、OUT、IN、USB Type-B、SDカード・スロットが並んでいる

8音の同時発音数で複雑に音作りできる4基のエンべロープ

 アナログ・シンセやFM音源でも重要な要素となる、時間的な変調。MのENVELOPESセクションでは、VCFとVCAのADSRのほかに、Wave(8つのタイムとレベルを設定できるマルチセグメント・エンベロープ)とFree(4つのタイムとレベル設定)があります。

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本体下部にあるENVELOPESセクション。合計4基のエンベロープ・ジェネレーターが搭載されており、左下のSelectボタンで種類を選択する。上2行のWaveは、8ポイントの異なるタイム/レベルを設定する。その下のFreeは、4ポイントの異なるタイム/レベルを設定。一番下はVCFとVCAのADSRエンベロープ・ジェネレーターとなる

 任意のパラメーターを割り当て、シンプルなADSRでは表現し切れない柔軟で複雑なモジュレーション・エンベロープを生成。8音の同時発音数を最大限に活用し、各ウェーブテーブルの中にまるでトラックが含まれているかのように、時間とともに変化するサウンドをデザインすることができます。例えば、OSC 1はコード感のはっきりしたパッドの音色を、OSC 2には高音域のベル音のリリースを伸ばした音色を設定し、VCAリリースとWaveのLevel 8を上げて鍵盤を離した後にベルを打った音が残るようにするだけで、シンプルな演奏でより奥行きのある表現を生み出せます。SustainやReleaseのフェイズにループを設定して適宜パンニングやフィルター操作も交えつつ、ウェーブテーブルのポイント移動によって倍音成分の調整を行っていけば、鍵盤を離した後もパラメーターでの演奏が楽しめます。音作りと演奏を同時進行させ新たなアイディアを試せるのがMの醍醐味だと実感しました。

 

 また、コントロール・パネル上のLFO設定はRateとShapeのつまみが2つずつあるのみでいたってシンプル。特徴的なのは、シンメトリー(ディスプレイを見ながらLFOの波形を細かく変化できる)とヒューマナイズ(速度にランダムな変化を加える)といった項目で、いずれも繊細なゆらぎの表現を付加するイメージです。もう少し変調が欲しい場合は、LFO 1のエディット画面でレート・モジュレーション・ソースとレベル・モジュレーション・ソース(=ダイナミック・モジュレーション)でFree EVなどをソース選択し、アマウント設定するのがよいでしょう。2つのLFOのシンクに加えて、グローバルLFOはMIDIクリック信号に同期させることもできます。

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2基のLFOは、RateとShapeつまみを搭載。Rateつまみの右上にあるLEDは波形の動きにリンクして光量が変化する仕組みになっている

アナログ感のあるマイルドなオーバードライブ

 操作性に関しても、パネル上の感覚的なエディットと液晶画面中での詳細な設定を行き来しながら音作りをする中で、コントロールパネル上部のOSC/WAVE/ENV/VCF/VCAといったエディット・ボタンにより各セクションへ素早くアクセス可能なので取っ付きにくさは無いでしょう。液晶画面には波形やオシレーターのチューニング状況、16パターンのアルペジエイターなどが常にグラフィカルに表示されるので分かりやすく、プログラムの保存にはSDカードも使えます。

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液晶画面の上に並ぶボタンを押すと、画面表示をそれぞれのセクションへ切り替えられる。下にある4つの白いつまみは、画面下部に表示されている4つのパラメーターとリンクする

 じっくりと細部を詰めて音を作り込みたいときも、ライブでの表現に瞬発力を発揮したいときも期待に応えてくれるM。MIXディスプレイ・パラメーターにはOverdriveと表示された点線があり、これはアナログ・サチュレーション機能が働く数値の目安となっています。アナログ機器の自然なひずみを表現したいときにマイルドなオーバードライブとして活躍します。

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MIXディスプレイ・パラメーターの液晶画面。中央の点線がOverdriveで、アナログ・サチュレーション機能が働く数値の目安となる

 また、クラシックMicrowave Iモードでは、オシレーター間のハード・シンクとリング・モジュレーションは使用できないのですが、その代わり初期Microwaveに起こっていたというASICチップのバグによるひずみの再現が可能。ひずみ+コンプレッサーのようなエフェクトは、特に矩形波成分を感じるウェーブテーブル(金属系やマレット系)で顕著な効果を生みます。透明感が排除され、かわいらしさが一変して牙を向いたような凶暴な音色に変化することがあって面白いですよ。ノイズもサウンド表現として生かしたいというメーカーの思いに、共感するファンも多いのではないでしょうか。

 

 ほかにも4パートのマルチティンバー機能(単独で出力可能)により、使用音域をパートごとに設定して同時に複数の音色を演奏したり、それぞれ別々のMIDIチャンネルに割り当てて外部シーケンサーからコントロールしたりできるので、ライブでの可能性が広がります。普段ソフト・シンセでウェーブテーブルに慣れている方も、実際につまみを操作してみると新しい発想が生まれるかもしれません。アナログ・シンセを使うことが多い方も満足できる、直感的操作のしやすさと骨太サウンド。伝統的でありながら斬新なマシンは、すべてのシンセ好きにお薦めできる名機と言えるでしょう。

 

 単なるサンプル・シンセサイザーではなく、時間変化と周波数をデザインすることで“波形の進化”に存在意義を持つウェーブテーブル・シンセシス。Mは、まさに技術の進化そのものを表現してくれます。ぜひ一度、試してみてください!

 

AZUMA HITOMI
【Profile】サウンド・クリエイター/シンガー・ソングライター。アナログ・シンセ・カルテットHello, Wendy!でも活躍する。現在、美学校にて「AZUMA HITOMIのシンセお悩みそうだんしつ」開講中。

 

WALDORF M

オープン・プライス

(市場予想価格:219,800円前後)

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SPECIFICATIONS
▪オシレーター:ウェーブテーブル×2(96ファクトリー・ウェーブテーブル+ユーザー・ウェーブテーブル32スロット) ▪音源モデル:Microwave I、Microwave II/XT ▪フィルター:アナログ・ローパス・フィルター(24dB/oct) ▪エンベロープ・ジェネレーター:4基(VCF用ADSR、VCA用ADSR、8ポイントのタイム/レベル・ウェーブ・エンベロープ、自由にアサイン可能な4ポイントのタイム/レベル・ウェーブ・エンベロープ) ▪LFO:2基(異なる波形を選択可能) ▪サウンド・ストレージ:最大2,048種類のサウンド・プログラム、128マルチプログラムを保存(プリセット・サウンド×1,024、プリセット・マルチ×7) ▪アルペジエイター:16パターン ▪同時発音数:8(エクスパンション・ボードを増設することで16ボイス使用可能) ▪マルチティンバー:4パート(TRSフォーンによるステレオ出力) ▪付属品:ACアダプター、日本語マニュアル ▪外形寸法:440(W)×85(H)×305(D)mm ▪重量:5.7kg

製品情報