「WALDORF Kyra」製品レビュー:独立した8パートを同時に使用できるバーチャル・アナログ・シンセ

WALDORFKyra
 一味違う個性的なシンセが話題となるWALDORF。今度は“音の壁”というキャッチ・コピーを提げたシンセ、Kyraをリリースしてきました。シンセ・マニアたちを中心に絶賛話題沸騰中のシンセがどんなものなのか、じっくりレビューさせていただこうと思います。

FPGAベースのパワフルな性能
最大128音のボイス数を実現

 まずはKyraの概要をざっくりと紹介しましょう。Kyraは減算合成方式のデジタル・シンセサイザーで、最大128音のボイス数、8パート・マルチティンバーという仕様。エフェクトやアルペジエイターは各パートにそれぞれ独立して用意されています。音色プログラムは26バンクにそれぞれ128の音色があり、トータル3,328種類ものサウンドを選択することが可能です。リア・パネルにはMIDI端子に加えUSB(タイプB)端子も装備。オーディオI/O機能も備えるので、デジタル信号のまま最高24ビット/96kHzでオーディオの記録/再生が実現できるというマルチな使用方法も持ち合わせます。

 Kyraは、多くのデジタル・シンセが採用するCPUやDSPをプログラムで動かすという考え方ではなく、“FPGAテクノロジーをベースとしたデジタル・シンセ”というのがちょっと目新しいところでしょう。FPGAは音楽機材専門用語というわけではないので、その理論について詳しく理解する必要はありません。簡単に説明すると、CPUやDSPがプログラム・コードを順番に処理することで回路を動作させる方式であるのに対し、FPGAは内部の書き換えができるICを使って回路を動作させます。FPGAのメリットとしては、ICチップ自体がハードウェアなので処理が抜群に速く、並行処理にも強いということが挙げられます。

 実際、Kyraのスペックには驚愕しました。32倍オーバー・サンプリングされた32ビット・フロート/96kHzによるプロセッシングにより、スムーズでワイド・レンジ、そしてエイリアス・ノイズの無いサウンドを生成することができます。そんなスペックでありつつ、最大128音のボイス数や、8パートのマルチティンバーも実現。“各パートでエフェクトが共通”とか“リバーブを使うとディレイは使えない”といった従来の機種にありがちな制約は無く、各パートごとに完全に独立した8台のシンセを1台の中で同時に動かしているのだからビックリなのです。ついでに言うと、起動の速さ、ファンレス(つまり無音)、画面の移動がサクサクしている点などもFPGAの恩恵となっています。

5種類の波形をミックスできるWave
6つのノコギリ波を重ねるHypersaw

 Kyraのシンセ部は、多くの減算合成方式と同じです。オシレーター、フィルター、アンプへとオーディオ信号が流れ、変調信号はエンベロープ・ジェネレーターとLFOを使うといったおなじみの構成になります。オシレーターはWaveとHypersawというモードがあり、Waveはいわゆる普通のシンセと同じようなもので、オシレーターで波形を選択することから始まります。Kyraのオシレーター波形はノコギリ波と矩形波(幅の変更も可能)、ウェーブテーブル、AUX(ノイズかリング・モジュレーター)、そしてサブオシレーターがあり、これらをミックスして使います(どれか1つというわけではありません!)。Kyraにはこのオシレーターが2つ用意されているので、単純計算すれば両方で最大10種類をミックスして波形を生成することができることになります。

▲本体左側にあるオシレーター・セクション。Kyraは2基のオシレーター・グループを搭載しており、Waveモードでは各グループでノコギリ波と矩形波、ウェーブテーブル、AUX(ノイズまたはリング・モジュレーター)、サブオシレーターをミックスすることが可能だ。Hypersawモードにすると、両グループは6つのノコギリ波をレイヤーした1つのソースとして扱われる。また、2基のオシレーターを使ったFMやハード・シンクも可能 ▲本体左側にあるオシレーター・セクション。Kyraは2基のオシレーター・グループを搭載しており、Waveモードでは各グループでノコギリ波と矩形波、ウェーブテーブル、AUX(ノイズまたはリング・モジュレーター)、サブオシレーターをミックスすることが可能だ。Hypersawモードにすると、両グループは6つのノコギリ波をレイヤーした1つのソースとして扱われる。また、2基のオシレーターを使ったFMやハード・シンクも可能

 中でもトピックなのがウェーブテーブルで、32倍オーバー・サンプリングされた18ビット・リニアPCMのシングル・サイクル波形が4,096種類も用意されているのです。これだけあると選択するのが大変そうですが、まずはカテゴリーを選択した後に波形をチョイスするという流れで利便性を図っています。

▲本体に備わったディスプレイには各種パラメーターが表示される。この写真はオシレーターにウェーブテーブルを選んだ様子だ。ウェーブテーブルは4,096種類を用意。カテゴリーに分かれて収録されており、ディスプレイには波形も表示されるので検索が行いやすい ▲本体に備わったディスプレイには各種パラメーターが表示される。この写真はオシレーターにウェーブテーブルを選んだ様子だ。ウェーブテーブルは4,096種類を用意。カテゴリーに分かれて収録されており、ディスプレイには波形も表示されるので検索が行いやすい

 このようにユーザーが自分で波形をミックスするのがWaveであるのに対し、Hypersawの場合はオシレーターが自動的にノコギリ波を6つ重ねた状態になります。パラメーターはIntensity(強さ)とSpread(広がり)の2つだけなので、あまり自由度がないように感じるかもしれません。しかし、リードやパッド、ベースの特定のサウンド(主に古典的なもの)を狙いたい場合、むしろ近道になるくらい重宝します。

 フィルターはクラシック・アナログ・ラダー・フィルターをエミュレートしたローパス、バンドパス、ハイパスがそれぞれ–12dBと–24dBモードで用意されてます。変調系は、128種類のシェイプを持つLFOと高速設定が可能なエンベロープ・ジェネレーターがそれぞれ3基ずつあり、さらに34のソースと82のデスティネーションを持つ6系統のモジュレーション・マトリックスも装備。そして、オーディオ信号は最終的にエフェクトに入り、リア・パネルにあるステレオ4系統のアウトから再生されます。

ボイスを2倍にするDual Mode
太さだけでなく厚みや広がりも加わる

 では音質のレビューに入りましょう。まずはプリセット音を聴いた印象ですが、最初に感じたのは出音の良さ。太さに加え、癖の無い高域、滑らかなフィルター・カットオフやレゾナンスのカーブ、各パラメーターの分解能の細かさなど、これぞハイエンド・シンセサイザーと言える納得の仕上がりです。プリセットのプログラムはとてもうまく作ってあり、創作意欲を大いにそそられます。早速ベースやストリングス、リード、ブラスなど、往年の代表的アナログ・サウンドを作ってみたところ、説明書を読まなくてもほとんど操作に迷うこともないまま、すんなりとサウンドを再現することができました。Kyraには膨大なパラメーターがあるものの、基本的な音作りはパネルのノブでちゃちゃっとできるわけです。大枠を作って、細かく追い込む。サウンド作りの良い流れだと思います。

 Kyraは“アナログらしい”と言うよりは、“アナログらしい太さを持ちながら、上まで無理なくスッと伸びた感じ”というのが正しいかと思います。ビンテージ・シンセの内部を構成する主要パーツをリファインしたような鮮度の良い音。そんなイメージでしょうか。

▲フィルター・セクション。Dual Filterを押すことで2つのフィルターをパラレルで使用することが可能となり、Wave選択時のオシレーター・グループ1と2それぞれで違うフィルター効果を得られる。Dual Filterモードではノートごとに2ボイスが必要となるため、Dual Modeが自動的にオンとなる ▲フィルター・セクション。Dual Filterを押すことで2つのフィルターをパラレルで使用することが可能となり、Wave選択時のオシレーター・グループ1と2それぞれで違うフィルター効果を得られる。Dual Filterモードではノートごとに2ボイスが必要となるため、Dual Modeが自動的にオンとなる

 さて、音が良いだけで終わらないのがKyraのすごさ。例えばKyraで太いベース音を作ることは簡単ですが、この太さに厚みや広がりを加えることができると聞いたらどう思いますか? 方法は簡単です。Kyraに搭載されているDual Modeを使います。Dual Modeにするとオシレーターが倍になり、発音するたびに定位が変わるようにもでき、音の厚みと広がり感をもたらしてくれるのです。いわゆるユニゾンとは違い、Kyra固有のアルゴリズムでプログラミングされているので、とても自然に厚みを加えることができるのがミソです。Dual ModeはWaveだけでなくHypersawでも使えます。本来Hypersawは6つのノコギリ波をオシレーターとして使いますが、Dual Modeにすると倍の12に。アナログでもデジタルでも、この種の積み重ねモードを使うとボイス数制限が起こり、音切れが多発したりして使えないのが常だったりするものですが、多ボイスに強いKyraの場合、長いリリースに設定しても余裕でこなしてくれました。さらに、Wave選択時のDual Modeはフィルターもデュアルにすることが可能です。例えば、信号を2つのフィルターに分けL/Rに送り、LFOでそれぞれのカットオフが逆に動くようにするなど、他社製シンセではなかなかできないことも可能になっています。

全パート独立して使えるエフェクトと
128のパターンを持つアルペジエイター

 また、筆者が触っていて最もエキサイトしたのが音のスタックです。前述したDual ModeのHypersawで12のノコギリ波になっているとします。これを24、あるいはさらに36のノコギリ波にしたらどんな音になるのだろう……。そんな実験をKyra1台でできてしまうわけです。8パートのマルチティンバーのうち、必要なパートだけ同じMIDIチャンネルに設定してあげればOK。つまりパート1からパート3までを全部同じMIDIチャンネルにし、音色も同じにして鳴らしてみる。どの音も個別にピッチや広がりを微調整してあげれば、未体験ゾーン突入です。実際、このスタックの威力はすさまじく、冒頭で紹介した“音の壁”というキャッチ・コピーは誇張ではないと分かります。音を厚くするだけでなく、アタックと芯と余韻に分けて積み重ねる、なんてことも可能です。

▲エフェクト・セクション。EQ、Formant Shifter、Distortion、Limiter、Digital Delay、Phaser、Chorus/Flanger、Reverbを内蔵している。これらのエフェクトはKyraのマスター・エフェクトではなく、各パートそれぞれで独立して使用可能となっている ▲エフェクト・セクション。EQ、Formant Shifter、Distortion、Limiter、Digital Delay、Phaser、Chorus/Flanger、Reverbを内蔵している。これらのエフェクトはKyraのマスター・エフェクトではなく、各パートそれぞれで独立して使用可能となっている

 さらにエフェクトも素晴らしい出来なので、組み合わせることでより良い効果を得られます。3バンドEQ、Formant Filter、5つのアルゴリズムを持つDistortion、入出力それぞれに使うLimiter、Digital Delay、6ステージのPhaser、コムフィルターを含むChorus/Flanger、約20秒のリバーブ・タイムが可能なReverbという、9種類のエフェクトが各パートで独立して使用できます。中でも筆者が特に気に入ったのは、ChorusやPhaserです。使い方の例としては、まず2つのオシレーターにウェーブテーブルからベル波形をアサイン。これにChorusをかけてしかるべき設定(ほぼデフォルトのまま、ミックス・レベルをお好みで上げる程度)にすると、かの名機のベル・サウンドがあっけないほどすんなりと飛び出してきました。これには感動してしまい、“これ、本物より良い音では?”と絶句したほどです。

▲アルペジエイターはアップやダウン、ランダム、コードといったモードがあり、128種類のリズム・パターンも用意されている。オクターブ・レンジは2オクターブ上まで対応。エフェクトと同じく、各パート独立してアルペジエイターの使用が可能だ ▲アルペジエイターはアップやダウン、ランダム、コードといったモードがあり、128種類のリズム・パターンも用意されている。オクターブ・レンジは2オクターブ上まで対応。エフェクトと同じく、各パート独立してアルペジエイターの使用が可能だ

 搭載されているアルペジエイターも面白い使い方ができます。何度も説明している通り、Kyraは8つのマルチチャンネルを持つシンセですが、エフェクトやアルペジエイターも各パート独立しているのがミソです。例えば2つのパートのMIDIチャンネルを合わせ、それぞれ違う設定のアルペジエイターを動かすのも面白いでしょう。片方のオシレーターをキックの音にして4分音符で鳴らしつつ、2つ目のオシレーターはハイハットで8分音符に設定すればリズム・マシンにもなります。ディケイの短いキラキラ系の音とリリースの長いパッド系の音を組み合わせ、それぞれアルペジオ・パターンを変えてみるなど……。アルペジエイターのパターンは128種類あるので、パターンと音の組み合わせを試すだけで1日が終わってしまいます。

 Kyraはパート同士の組み合わせをMultiとして128種類保存しておくことが可能です。前述の例ではわずか2パートを使っただけですが、最大8つまでのパートの組み合わせた複雑なMultiを作成できます。音色の保存はもちろん、ライブで全パートを瞬時に変更したいときなどにも有用です。

 Kyraの使い方はユーザーの数だけあると思いますが、まずトライしてほしいのはスタックを利用した音作りの面白さ。それがどれほど音楽的に貢献するかを味わっていただきたいです。ポリシンセの音質評価基準は、“太さ”に加えて“厚さ”も重要なファクターの一つとなりますが、Kyraは従来機とは比較しようのない、“新次元の厚さ”になっています。

▲リア・パネル。左からヘッドフォン・アウト(ステレオ・フォーン)、4系統のステレオ・アウト(フォーンL/R)、MIDI Thru、Out、In、USB端子(タイプB)が並ぶ ▲リア・パネル。左からヘッドフォン・アウト(ステレオ・フォーン)、4系統のステレオ・アウト(フォーンL/R)、MIDI Thru、Out、In、USB端子(タイプB)が並ぶ

サウンド&レコーディング・マガジン 2020年4月号より)

WALDORF
Kyra
オープン・プライス(市場予想価格:248,000円前後)
▪シンセシス:バーチャル・アナログ ▪ボイス数:128 ▪オシレーター:オシレーター・グループ×2基(ノコギリ波/ウェーブテーブル/パルス/ノイズから選択可能)+サブオシレーター×2基 ▪フィルター:2基(–12dB/–24dBのローパス/バンドパス/ハイパスを切り替え可能) ▪エンベロープ・ジェネレーター:3基 ▪LFO:3基(128波形を内蔵) ▪メモリー:128パッチ×26バンク ▪その他:アルペジエイター、USBオーディオI/O機能(最高24ビット/96kHz) ▪外形寸法:440(W)×85(H)×305(D)mm ▪重量:5.7kg