STEVEN SLATE AUDIOから、次世代の画期的なモニタリング・ヘッドフォンがリリースされました。専用プラグインをDAWのマスターにインサートすることにより、ミキシング・スタジオやマスタリング・ルーム、カー・ステレオといった再生環境をバーチャルに再現できるというモニタリング・システム=VSXです。
ニアフィールドやミッドフィールドなど
シミュレート空間内でのスピーカーが選択可能
VSXは“次世代の画期的な”ヘッドフォン。誤解を恐れずに言うと、慣れるまで……このシステムを脳が理解して使いこなせるまでには一定の時間がかかると思っておくとよいでしょう。筆者も日を追うごとに分かってきた部分があったため、順を追って説明していきたいと思います。
試聴1日目。プラグインをマスター・バスに使い、自分がミックスした曲やリファレンス曲などをいろいろなシミュレーションの中で聴いていきました。プラグインでシミュレーションできるのは、NRG StudioやArchon Studio、Howie Weinberg Masteringといった実在するスタジオ空間のほか、車内のサウンド・システム、ナイト・クラブ、オーディオ・リスニング・ルーム、ラジカセ、主要なヘッドフォンなど。また、その再現されたルーム内でのスピーカー(NEAR-FILED/MID-FIELD/FAR-FILED)を選択したり、奥行き感やトータルEQの調整も可能です。まだ筆者の耳が慣れていないため、プラグインでいろいろ調整してみても、“スタジオの反響が増えたな”くらいの印象でした。この日はもう音を聴かず、代わりにいろいろな人のVSXのレビューなどをチェック。VSXはどういうシステムなのかを考えて一日を終えました。
試聴2日目。昨日の教訓を踏まえ、プラグインを介さずにヘッドフォンのみでしばらく聴いてみました。素の音はフラットで聴きやすく、単体でも良いヘッドフォンだと思います。ヘッドフォン自体の音に慣れたところで、プラグインを介して聴いてみました。そうすると、昨日の印象とは違い、シミュレートされたスタジオの雰囲気も分かってモニタリングが可能に。プラグインをインサートした時点でアウトプット・レベルが小さくなるのですが、プラグイン上のノブで適正レベルまで上げると全く違和感無いサウンドで、1日目と違って受け入れられている自分に驚きました。しかし、シミュレートされた中ではまだニアフィールドのスピーカーしか良いと思えず、奥行き感を調整するDEPTHノブをLOW側へ回し切らないと、それ以外のパラメーターを押しても自分の脳が付いていっていない感覚がまだあります。
ローエンドまで見えるスタジオのシミュレート
自身の部屋の特性に影響されずミックスできる
試聴3日目。DEPTHを0にした方がコンソール前で実際に聴いている感覚に近かったため、最初はその設定にしていましたが、ある瞬間間違えて12時の位置にしてしまったところ、この設定の方がミックスが分かりやすいと思うようになりました。ここから、2日目まで受け付けなかったミッドフィールドやラージ・スピーカーも違和感無く聴けるように。マスタリング・ルームのシミュレートでは、自分のミックスのダメな点を指摘できるようになってきました。
試聴4日目。ここまで聴けるようになったら1曲ミックスをしてしまおうと考えました。まず、曲のローエンドの整理をするため、NRG StudioのFAR-FIELDに切り替え、ローカットをしていきます。ヘッドフォンで作業しているのに、ローエンドまで見えるのはとてもありがたいです。次に、EQやコンプを設定しますが、この作業はArchon StudioのMID-FIELDがやりやすいと感じました。全体のバランスを取るのはBoomboxやSA-PODSのWirelessで。もうここまで来ると、仮想現実を自由に行き来でき、楽しく作業が行えます。
最後に現実の自分の車でチェックし、とても良いバランスのミックスができていると確認できました。この結果には驚きです。家のスピーカーでミックスをすると、部屋の特性の関係で特定の帯域を過剰にカットしてしまうことがあったのですが、VSXだとそれが全くありません。実際のスタジオでミックスしているような音に近いところまで持っていくことができました。
今までスタジオで作業をしてきたエンジニアほど、VSXを受け入れるのは大変なのかもしれません。実際、今までのスタジオでの経験と照らし合わせてしまうし、ヘッドフォンの自分なりの考え方にも当てはめようとして筆者は混乱してしまったわけです。しかし、VSXの開発者がどんな狙いで、どんな理論でこのヘッドフォンを開発しているのかを考えながら数日間作業することで、少しずつ理解できてきましたし、今までの自分をアップデートできた感じがしています。このモニター環境のシミュレーション技術はここからスタートして、これからどんどん進化していくでしょう。音楽制作の未来的な考え方、その入口になるようなシステムだと感じました。
鈴木鉄也
【Profile】Syn StudioやRinky Dink Studioを経て、2006年からフリーのレコーディング・エンジニアに。MONKEY MAJIK、COLDFEET、オーサカ=モノレール、遊佐未森らの作品に携わってきた。
STEVEN SLATE AUDIO VSX
オープン・プライス
(市場予想価格:54,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪形式:密閉型 ▪周波数特性:20Hz〜20kHz ▪インピーダンス:37Ω ▪重量:249g(実測値)
REQUIREMENTS
▪Mac:OS X 10.10以降、AAX/AU/VSTに準拠
▪Windows:Windows 7以降(64ビット版のみ)、AAX/VSTに準拠
▪共通:4GB以上のRAM
STEVEN SLATE AUDIO VSX 瀬品情報
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