フックアップが運営するオンライン・ストアのbeatcloudから、注目製品やソフトウェアをピックアップする本コーナー。今回レビューするのは、ソフトウェア版のモジュラー・シンセ音源CHERRY AUDIO Voltage Modular Core+Electro Drumsです。Voltage Modularにはさまざまなパッケージがありますが、今回のCore+Electro Drumsは90種類以上のモジュールを同梱したCoreパッケージに、MISFIT AUDIOによる15種類のモジュールをまとめたドラム・パッケージがバンドルされたもの。2020年5月にはバージョン2へとアップデートしており、Mac/Windows対応で、スタンドアローンのほかAAX/AU/VSTプラグインとしても動作可能です。それではじっくり見ていきましょう。
ドラック&ドロップでラックに配置。バーチャル・モジュラーは無限に拡張可能
ROLAND Juno-106をエミュレーションしたソフト・シンセ、DCO-106などで評価の高いCHERRY AUDIO。同社が開発したバーチャル・モジュラー・シンセ・システムのVoltage Modular Core+Electro Drumsは、Webサイトで“入門向けバンドル”と謳われていますが、合計105種類以上のモジュール(膨大!)を同梱しているため、入門向けよりさらに上のポテンシャルを持っていると言えるでしょう。数十年前に筆者が導入したハードウェアのモジュラー・シンセ・システムとは比較にならないほど自由かつ、基本的なバーチャル・モジュラー・システムを構築することができます。
画面(左ページ)を見ると分かるように、Voltage Modular Core+Electro Drumsはハードウェアのような見た目とワークフローを重視したデザイン。モジュラー・シンセの音作りで一番重要な“信号の流れ”を視覚的に確認できます。初心者にとって、この信号の流れは取っ付きにくい部分でもありますが、一度乗り越えるとソフトウェア/ハードウェアのどちらでも、手軽にモジュラー・シンセを扱えるでしょう。
各モジュールの検索は、画面左端に表示されたLibraryセクションで行えます(画面①)。そこから必要なモジュールをメイン画面へドラッグ&ドロップするだけで、簡単にモジュールをバーチャル・ラックに配置することが可能です。新規モジュールの購入もこのセクションから行え、無限に拡張することができます。
デフォルトでは、DAWとVoltage Modular Core+Electro Drums間における信号のやりとりを担うモジュール、I/O PANELが立ち上がります(画面②)。発音するための信号や細かい情報はI/O PANELに集約されるため、ここに各モジュールをパッチングしていくのです。基本的な考え方として、ベースやリードなどのモノフォニック・シンセならCV SOURCESセクション、パッドなどのポリフォニック・シンセならPOLY SOURCESセクションを用いると考えていいでしょう。
特徴的なのは、I/O PANELの下段にあるVARIATIONSという機能(画面③)。バーチャル・ケーブルやノブのセッティングを“VARIATIONS”として保存できるだけでなく、それらをランダムに呼び出すことも可能です。またRECORDINGという機能も便利。録音して32ビット・フロート/48kHzのWAVに書き出せるだけでなく、シンセが発音するたびに録音するといった好きなタイミングでの録音設定も行えます。
Voltage Modular Core+Electro Drumsは、モノフォニック/ポリフォニックの考え方というハードウェア的な側面があります。オシレーターやフィルターやミキサー、アンプ、エンベロープなどの各モジュールには、MONOとPOLYの2バージョンが用意されているのです。MONOバージョンのモジュールはデフォルトのバーチャル・ケーブルでパッチングできますが、POLYバージョンのモジュールは専用のPOLY CABLEで接続する必要があるので注意しましょう。
そのため、モノフォニック・シンセを構築した後でやっぱりポリフォニックとして使いたい!というときは、MONO/POLYモジュールの入れ替えが必要です。筆者としてはベーシックな音色のシンセのポリフォニック版を作り、プリセットとして保存しておくことをお勧めします。
パッチングすることなくアサイン可能なバス機能を新たに搭載
ここからはVoltage Modular Coreの付属モジュールを見てみましょう。シンセにおける音作りの基本となるオシレーター・モジュールには、“OSCILLATOR”や“SUPER OSCILLATOR”“VINTAGE OSCILLATOR”などがあり、それぞれのポリフォニック版のほか、ベーシックなソフト・サンプル・プレーヤーである“Sampler 1”も用意されています(画面④)。
オシレーター・モジュールの音色は基本的かつ汎用性が高いものが多く、VINTAGE OSCILLATORを和音演奏すると“音が太過ぎる!”と感じるくらい。フィルター・モジュールも同様に扱いやすく、ハイパス/バンドパス/ローパス・フィルターを選択できます(画面⑤)。中にはMOOG式ラダー・フィルターをイメージしたLADDER FILTERというモジュールがあり、レゾナンスの効きも良好。ハードウェアのような音色は、内部処理が64ビット・ダブル・プレシジョン(倍精度)演算だからでしょうか? 高速なLFOを用いたFMモジュールで金属的な倍音を生み出す際も、非常にリアルな音です。
次にElectro Drumsのプリセットも見てみましょう。ROLAND TR-808を意識した音色を中心とするエレクトロ/ディスコ系のプリセットが多く、クラフトワークなどのルーツ・テクノを感じさせる音色です。グルーブ制作の要となるのがステップ・シーケンサーのDRUM TRIGGER SEQUENCER(画面⑥)。TR-808的スタイルで作れるのが楽しいです。
実際に使ってみて分かったことですが、バージョン1では1つのパッチ・ポイントに挿せるバーチャル・ケーブルの数は6つまででしたが、今回のバージョン2では無制限となっています。またバスを組めるようになったのも大きなポイント(画面⑦)。パッチングせずにバスを指定するだけなので、とても簡単です。この辺りはよく考えられたワークフローとなっていますね。
ハードウェア/ソフトウェアに共通して言えることですが、モジュラー・シンセを使ってゼロから音作りをすることは、オリジナルの音色を手に入れられるという反面、なぜか音が出ない、思い通りに音が作れない、自由度が高過ぎて何から始めたら良いか分からない……といった悩みを抱えることも多くあります。限られた時間内での創造的な作業には、常にそういったジレンマが存在するのです。
そして、ここにこそソフトウェアの優位性があるのだと思います。それはプリセットという概念と、その完全なる再現性。Voltage Modular Core+Electro Drumsにはたくさんの良質なプリセット群があるので、そこからイマジネーションを膨らまし、思い通りにパッチングして想像を超えた音を見つける旅を楽しみましょう。
このVoltage Modular Core+Electro Drumsは、名前の通りモジュラー・システムの基本部分と、エレクトロなドラム音源に特化したパッケージ。なので、クラシックやロックなどの音楽ジャンルをカバーするソフト音源ではありませんが、ソフトウェアとしてのモジュラー・シンセに触れるには、十分過ぎる魅力があると言えるでしょう。
CHERRY AUDIO Voltage Modular Core+Electro Drums
価格:11,000円
Requirements
■Mac:OS X 10.9以降(64ビットのみ対応)、APPLE Silicon M1をサポート、AAX/AU/VST2&3対応のホスト・アプリケーション(スタンドアローンでも使用可能)
■Windows:Windows 7(64ビットのみ対応)、AAX/VST2&3対応のホスト・アプリケーション(スタンドアローンでも使用可能)
■共通項目:8GB以上のRAM、クアッド・コア以上のプロセッサー推奨
深澤秀行
【Profile】シンセサイザー・プログラマー/作編曲家。矢野顕子や松下奈緒などからサウンドトラック、CM音楽まで幅広く手掛ける一方、モジュラー・シンセ・ユニット電子海面のメンバーとしても活動している。