Yaffle『Lost, Never Gone』 〜周波数のスペースを調整するなど 音のスペーシングを意識しています

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音楽レーベル/プロダクションのTokyo Recordingsを軸に活動するプロデューサー=Yaffle。これまで小袋成彬、藤井 風、iri、SIRUP、高岩遼(SANABAGUN.)、Capeson、柴咲コウ、adieu(上白石萌歌)など、数多くのアーティストのプロデュースを担当してきた。そんな彼が、アーティストとして初となるアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。フランスの女性シンガー・ソングライターであるエリアや、UKポストロック・バンドのカイトでボーカルを務めたニック・ムーンなど、ヨーロッパをめぐる旅の中でさまざまなアーティストとのコラボレーションを果たし、アルバムの楽曲が生まれたそうだ。このコライト旅について、Yaffleの拠点Aoyama Basementにて聞いてみた。

Text:Yusuke Imai
Photo:Rob Walbers(アーティスト)、Takashi Yashima(スタジオ)

 

Liveを使っていなければ
今のような作曲スタイルになっていなかった

ーこれまで数々のアーティストのプロデュースを手掛けてきましたが、その音楽性の幅広さには驚かされます。影響を受けた音楽にはどんなものが挙げられますか?

Yaffle やっぱりJポップですね。世代的にはORANGE RANGEやスキマスイッチ、東京事変とか。あと、高校生くらいのときにはアークティック・モンキーズやフランツ・フェルディナンドなどを聴き始めて、さらにコールドプレイやレディオヘッド、オアシスを通ってきました。そういう音楽を聴いている人は僕の周りに少なく、“みんなが聴いているものよりも1つ先の音楽”というのが面白そうだなと思い始めた時期でしたね。

 

ー作曲や演奏はいつごろから始めたのですか?

Yaffle お稽古ごととして、小学生のときにピアノをやっていました。最初は“ピアノの先生”らしい人に教わっていたんですが、途中でジャズ・ピアニストとして活動している先生に変わったんです。その人の演奏している姿を見て、ジャズに興味が湧いて。それをきっかけに、コードについて学びました。高校生になって、軽音楽部と吹奏楽部に入ったんですが、コードの知識はとても役立ちましたね。軽音楽部のキーボーディストでコードをよく分かっている人は少なかったですし、吹奏楽部ではみんなプレイヤーとしての技術は磨くけど、アカデミックな部分を学んでいる人はいなかったんです。自作曲をバンドでやったり、自分で編曲したものを吹奏楽部のメンバーで演奏したりしていました。ちなみに吹奏楽部での担当はファゴットです。人気のない楽器だったので、経験者にとやかく言われることがないと思って(笑)。

 

ーDAWなどを使い始めたのもそのころから?

Yaffle DAWではありませんが、中学生のときにMuseというフリー・ソフトで既存曲を打ち込んでいました。Museはピアノロールではなくテキスト・ベースで、“D”とテキストで打てば“レ”が鳴る、というシステムです。かなりマッドなソフトですよ(笑)。高校生になってAPPLE Logicを購入しましたが、最初はDAWの仕組みが全然理解できませんでしたね。なにせMuseなんてものを使っていたので(笑)。

 

ー現在もLogicを使っている?

Yaffle 今はABLETON Liveを使っています。Logicの後にAVID Pro Toolsも使っていましたが、エレクトロとかを聴くようになって、そのプロデューサーたちがLiveを使っていると知り、導入してみました。そうしたら直感的な操作性にハマってしまって。弘法筆を選ばずと言いますが、マインドにはとても関係してくると思っています。Liveを使っていなかったら、今のような作曲スタイルにはなっていなかったかもしれません。

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Yaffleのプライベート・スタジオ、Aoyama Basement。コライトはヨーロッパの国々で行われたが、トラックの再構成などの作業でこのスタジオを使っている

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デスク周り。コンソールは32ch仕様のTOFT AUDIO DESIGNS ATB、メイン・スピーカーはKRK 9000Bだ

10%の段階でアイディアを共有すると
どんどん意見を言い合える

ー今回のアルバムは海外のクリエイターとのセッションから生まれた曲が中心となっています。実際に海外へ行ってセッションをされたそうですね。

Yaffle 2019年の10月くらいから2カ月以上ヨーロッパに行っていて、そこでのセッションがアルバムのコアになっています。スウェーデンとフランス、イギリス、オランダの4カ国に行きました。

 

ーコライトで曲を作る、というテーマを持って制作に入ったのですか?

Yaffle そういうわけではないんですが、基本的に音楽は誰かと一緒にやりたいんですよね。部屋にこもって一人で作る作品集みたいにするのは楽しくない。自分の音楽の原体験としても、バンドだったり吹奏楽だったりするので、音楽を一人で作るという感覚があまり無いんです。

 

ー今回のコライト相手は事前に決めていましたか?

Yaffle 事前に行きたい国、会いたい人を決めていたのは少しだけでした。実際に行ってみてから、そこで会った人たちに紹介してもらったり……いろいろなセッションを行ったので、このアルバムに入っていない曲も結構あるんです。

 

ー持って行った機材は何かありますか?

Yaffle ラップトップとオーディオ・インターフェースのAPOGEE Duet、スピーカーのGENELEC 8010A、MIDIキーボードのNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol M32です。できるだけ軽くしました。

 

ー実際にコライト作業するのは相手のスタジオなどで?

Yaffle 相手の自宅スタジオっぽいところだったり、その人が契約している音楽出版社のスタジオなどです。借りて使った場所もありました。やっぱり向こうのスタジオはおしゃれでしたね。運河が見えたり、橋の下に作られていたり。ユニークな場所が多かったです。

 

ーコライトするにあたっては、何かアイディアなど準備はしておくのですか?

Yaffle デモなどを作っていたわけではなく、コライトする日の朝にパッと幾つかビートを作るんです。それを持って行って、相手が気に入ったものがあればループで流して、聴きながら相手がいろいろとアイディアを練り始めるのを僕はニコニコしながら見ている(笑)。

 

ー今回共作したヨーロッパのアーティストと日本のアーティストで、曲作りにおける違いは何か感じましたか?

Yaffle 向こうの制作は“そんなにさっぱりしてるの?”って驚くかもしれませんね。そのときのインスピレーションで素早く形を作っていくんです。日本だと、“一度持ち帰ります”みたいなタイプが多い気がします。100%にしてから共有するという感じですね。今回コライトした人たちは、10%くらいでもうアイディアをシェアしていました。それで“良いね”ってなればやる気が出るし、“違う”となれば10%の段階で止めればいいだけ。だからどんどん意見を言い合いながら制作できている気がしました。

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スタジオに置かれた楽器の一部。RHODES Mark II Stage Pianoの左側にはLAUTEN AUDIO Horizon LT-321が、右側にはNATIVE INSTRUMENTS Maschine Studioが置かれている

音が横の線でつながっているような音楽が
今の時代に合っているのかなと

ー朝のデモ作りはどのように?

Yaffle リズムはLiveのDrum Rackでシンプルに打ち込みます。打ち込んだリズムは、最終的に各パーツでトラックを分け、MIDIノートをずらして調整したりしてグルーブを作ったりしていました。コードもある程度打ち込んで曲の体を成した状態にしています。

 

ー相手がデモを気に入って本格的に制作を進める際は、打ち込まれたリズムやコードを元に作っていくのですか?

Yaffle 消して作り直すことが多かったです。本当は歌を聴いてからビートを組んでいきたいんですよ。アカペラを聴きながら作るのが一番楽しい。だから朝の段階では歌いやすいシンプルなビートに留めておき、コライト時にできたラインに対して面白いものを考えてみるんです。

 

ーかなりガラッと変えることもある?

Yaffle ありますね。打ち込んだMIDIノートなども全部消してまっさらにすることもあるんです。アカペラ状態にしてから、もっと良いコード進行の解釈を考えていきます。

 

ー歌を録った後からコード進行も変えてしまうんですね。

Yaffle その方がうまくいきやすいです。歌のラインが無い状態で朝に作ったものは、コードの流れが堅く感じられることがあって。本当はメロディに合わせてコードの流れも変わっていいわけです。表現が難しいんですが、今は“横”の時代だと思っています。音が“縦”に積まれたコードの色彩感での表現よりも、それぞれが横に並ぶメロディの集合のような、すべての音が横の線でつながって交錯しているような音楽が自分の理想ですし、今の時代に合っているのかなと。

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API 500互換モジュール・ラックには、CHAMELEON LABS 581×4、RUPERT NEVE DESIGNS 511がマウントされている

対比を生むことで
奥行きをコントロールする

ー歌の録音は持参したDuetで行ったのですか?

Yaffle Duetで録ったものもありますし、作業しているスタジオにあるオーディオ・インターフェースを使うこともありました。UNIVERSAL AUDIO Apolloが多かったですね。マイクはNEUMANN U87などを使っていました。

 

ー多彩なピアノ音色も聴けますが、これらもレコーディングをしたものでしょうか?

Yaffle 録ったものもありますし、ソフト音源もありますね。音源の場合はSPECTRASONICS KeyscapeやSPITFIRE AUDIO Olafur Arnalds Composer Toolkitなどを使いました。Olafur Arnalds Composer Toolkitはまさにポストクラシカル製造機とも言える音源です。

 

ーレイヤーされたようなピアノ音色も印象的でした。

Yaffle 生楽器をエフェクト処理するアプローチは結構好きですね。声のエディットも同じく。

 

ーボーカル・サンプルは自身で録音したもの?

Yaffle 大体自分で歌っていますよ。声が高いから、EDMのボーカル・サンプルみたいなものが歌えてしまうんです(笑)。でも、ただ男が高い声で歌っているだけになるので、オクターブ下で歌ってDAW上で2オクターブくらい上げ、それにファズをかけたりします。サンプルを使うのはあまりしっくり来ないんです。

 

ーソフト・シンセはどのようなものを?

Yaffle XFER RECORDS SerumかSPECTRASONICS Omnisphere、U-HE Diva、Reproが多いです。ちょっと変わったことをしたいときに使うのはMax for LiveのGranulator II。ほかに鳴っている音が単純なものだったとしても、グラニュラー・サウンドと対比になって良いバランスになるんです。シンセのレイヤーはあまりしません。僕は位相感が気になってしまうタイプなので、EDMのフックのような何層ものレイヤー音はあまり好きではないですね。

 

ーさまざまな場所で録っていますし、曲ごとに音の質感の違いは生まれてくると思います。アルバムとしてまとめるのは難しかったのでは?

Yaffle それはもうエンジニアの小森(雅仁)さんのおかげです。録音時はそのとき使ったスタジオのエンジニアが居る場合もありましたけど、自分で録るときはピーク・メーターが振れないように気を付けていたくらいでした。信頼している小森さんに頼む前提で作っていた部分もあります。

 

ーミックスについて小森さんに何かオーダーしたことはありますか?

Yaffle 本当に細かい部分だけ意見を出したくらいですね。ミックスだけでなくコライトでもそうですが、その人に頼んだ時点で仕上がりは大体決まってくるものです。昔、親が建築家に頼んで一戸建ての家を建てたんですよ。そのときの建築家は、訳の分からないところに窓を作る癖のある人で、それを防ぐために事前に打ち合わせをしっかりしていたんですが、結局謎の窓が作られてしまって(笑)。その人に頼んだ時点でその人らしくなってしまうものなんですよね。音楽でもディレクションを頑張るよりも、まずその曲にしっかりハマる人を見つけることが肝だと思っています。

 

ー音の定位感やリバーブなどの空間表現も優れていますが、トラック作りから意識していたのですか?

Yaffle 音のスペーシングはとても意識しています。なるべくボーカルとほかの音がぶつからないように、それぞれの周波数的なスペースを考えて調整しますね。あとは低域が響くようにマスキングする帯域をコントロールすることも考えています。そういった部分は作曲段階から意識して設計しないといけません。最後にエンジニアがEQを使ったところで解決する問題ではないんです。

 

ートラック作りでのEQ調整よりも、音色選びが重要?

Yaffle そうですね。もはや楽器編成の話です。

 

ー音によって違った空間の聴かせ方もしていますね。

Yaffle すごく広いところに居たと思ったら、急に狭い家の中のように感じるとか、空間がコロコロと変わるような感じは好きなんです。普段味わえないような空間移動ですね。

 

ーそれはリバーブでの表現?

Yaffle リバーブやディレイ、あとはコーラスも使います。いわゆるステレオ・イメージャーみたいなものは位相が気になってしまうので好きではないですね。あとはトランジェントや高域のカットの具合でも奥行きをコントロールしています。ほかにも、奇麗な音像を聴かせたいときは、その後ろの音をグチャっとひずませたりすることも有効です。対比を生むわけですね。

 

ーこれまでのプロデュースの中で培ってきた幅広い音楽性のアルバムですが、その空間表現によるYaffleさんらしさでまとまりを見せているように感じました。

Yaffle 今の自分をたらしめる構造みたいなものをちゃんと表現できたと思いますね。ここで人生の一つの区切りだと思っているので、またスイッチを切り替えて新しいことを取り組んでいきたいです。今はアジアの音楽が面白いですし、また違う地域に行くのもよさそうですね。

 

Release

Lost, Never Gone

Lost, Never Gone

  • Yaffle
  • エレクトロニック
  • ¥2139

 『Lost, Never Gone』
Yaffle
Picus Records/Caroline International:配信のみ

  1. LNG, before
  2. À l'envers feat. Elia
  3. Rafter feat. Nick Moon
  4. GMYP feat. Ugo
  5. You Come Undone feat. Elodie
  6. Blindness feat. Nick Moon and Shao Dow
  7. Nothing Lasts feat. Stella Talpo
  8. Lost, Never Gone feat. Linnéa Lundgren
  9. The Child Inside feat. Benny Sings

Musician:Yaffle(all)、エリア(vo)、ニック・ムーン(vo)、ユーゴ(vo)、エロディー(vo)、シャオ・ドウ(vo)、ステラ・タルポ(vo)、リニア・ラングレン(vo)、ベニー・シングス(vo)
Producer:Yaffle
Engineer:小森雅仁、山崎翼
Studio:Aoyama Basement、ABS Studio、他

 

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