気鋭クリエイターが語る!とっておきのプラグイン・テクニック〜第2回:Yaffle(小島裕規)

この連載は、さまざまなクリエイターにプラグインを使った音作りのノウハウを語っていただくものである。今月登場するのは、Yaffleこと小島裕規。2014年に元N.O.R.Kの小袋成彬らとともに音楽レーベル/プロダクションのTokyo Recordingsを立ち上げ、精力的に活動している気鋭だ。iri「rhythm」やAwesome City Club「Cold & Dry」のプロデュースなどを手掛けてきた彼に、モダンなエレクトロニック・ミュージックに効くプラグイン・テクニックを伺った。

Doublerで作る“ファジーな音像”

“すごく近くで聴こえるけれど、さほど主張しない”……そういった不思議な音を、最近の音楽で耳にすることはありませんか? 僕はバッキング・ボーカルなどをこうした音像にすることがあり、その際にWAVES DoublerWAVES API 550を組み合わせて使っています。

まずは前段の方に挿して使うDoublerを紹介しましょう。Doublerは、インサートしたトラックの音を内部でパラって(音声信号を2系統以上に分身させるようなイメージです)、それぞれの発音タイミングやピッチをオリジナルからズラしてミックスするというプラグインです。いわゆるダブリングの効果を得られるもので、モノラル・トラックにかけるとステレオのような左右の広がりを出すことができます。2系統にパラって処理できる“Two-Voice”と4系統の“Four-Voice”の2つのタイプがありますが、僕は専らモノラルの音をステレオっぽくするために活用しているので、今のところ前者のみを使っています。

Doublerで得られるステレオ感は特徴的で、どことなく“音の実体が無くなったような感じ”がします。通常のステレオ音声より定位感があいまいとも言えるでしょう。しかしこの効果を利用すれば、バッキング・ボーカルが多くの声部から成っていても、はたまたフェイクなどをしていても、センター定位のメイン・ボーカルとうまく共存させることができるのです。Doublerには、各パラレル信号のゲインやパン、ディレイ・タイム(発音タイミング)、ピッチなどを調整するためのパラメーターが備わっていますが、僕が使っているのは主にディレイ・タイムで、ピッチはそこまで動かしません。これで最初に提示した“さほど主張しない音像”がクリアできます。ちなみに、同様のステレオ感はSOUNDTOYS MicroShiftなどでも得られますが、僕は原音への色付けを感じないDoublerを使うことが多いです。

▲モノラルのバッキング・ボーカルを左右へ広げるために使用されたWAVES Doubler。小島は各パラレル信号(ボイス)のピッチを調整する“Detune”などのパラメーターはあまり動かさず、専らディレイ・タイムで音作りしている。Doublerをセンド&リターンでメイン・ボーカルに使うこともあり、その場合はリターン・チャンネルのフェーダーにオートメーションを描き、サビで突如左右に広げるような演出を行うと言う ▲モノラルのバッキング・ボーカルを左右へ広げるために使用されたWAVES Doubler。小島は各パラレル信号(ボイス)のピッチを調整する“Detune”などのパラメーターはあまり動かさず、専らディレイ・タイムで音作りしている。Doublerをセンド&リターンでメイン・ボーカルに使うこともあり、その場合はリターン・チャンネルのフェーダーにオートメーションを描き、サビで突如左右に広げるような演出を行うと言う

API 550で“現代的な近い音”を創出

続いては、Doublerの後段にインサートしたAPI 500です。これはAPIのEQをモデリングしたプラグインで、3バンドのAPI 550Aと4バンドのAPI 550Bを選んで使う形。今回はAPI 550Aを例に話を進めましょう。

これを挿す理由は、冒頭で示した“すごく近くで聴こえる感じ”を出すためです。方法は簡単で、5kHzや9kHzをハイシェルフのカーブで極端に持ち上げて、DAWミキサーのフェーダーを下げるだけ。つまり高域だけが抜けて聴こえるようにするわけです。設定は、ボーカリストの声質やレコーディングに使ったマイクによるものの、高域をグッと持ち上げるだけで良いあんばいに今っぽい“近い声”が得られます。僕は12dBほどブーストすることもありますが、FABFILTERのEQのようにブースト/カットしている様がグラフィック化されないので、罪悪感なしに思い切った処理が行えます(笑)。このイコライジングが先のDoublerと相まって、サ〜っとした成分だけが立って聴こえたり、息遣いや空気感、フェイクなどがメイン・ボーカルにぶつからずに抜けてくるのです。“すごく近くで聴こえるけれど、さほど主張しない”不思議なバッキング・ボーカルの出来上がりですね。スピーカーなどで鳴らすと、左右の成分と高域が目立って聴こえるため、声が浮いているように感じられますよ。

▶WAVES API 550で3バンドのAPI 550Aを使い、高域(赤枠)をしっかりブースト。「パキッと上がるアメリカンな音色が気に入っています」と小島 ▲WAVES API 550で3バンドのAPI 550Aを使い、高域(赤枠)をしっかりブースト。「パキッと上がるアメリカンな音色が気に入っています」と小島

Manny Marroquin Delayでにじませる

“実体が無いような音”は、最近のエレクトロニック・ミュージックにおいて特徴的な要素の一つだと思います。それをサクッと作るのに便利なのがWAVES Manny Marroquin Delay。ステレオ・ディレイなのですが、リバーブやディストーション、ダブラー、フェイザーなどを併装しており、それらをディレイ成分にかけられるのが特徴。使い方としては、静かに始まるイントロなどでシンセにかけてみたり、声や部屋鳴りを含んだ粗い楽器音に使うなどしています。言い換えれば“実体は欲しくない/奥行きは欲しい/様子がおかしい感じも欲しい”といったパートには、とりあえず挿してみます(笑)。ディレイ成分にダブラーやフェイザーがかかることで音の粒がにじむため、“いかにもディレイをかけました”というモッサリした感じも出ず、自然に実体が無いようなサウンド……つまりテクスチャーっぽい音を作ることができるのです。複数のエフェクトが一体となったプラグインなので、各エフェクトを逐一ロードするよりも手早く、発想の赴くままに作業したいクリエイターにバッチリだと思います。また効果が面白いため、Manny Marroquin Delay込みでバウンスしてエンジニアの方に渡すこともありますね。

▲︎シンセやボーカルの音像をあいまいにしたいときに“とりあえず挿してみる”と言うWAVES Manny Marroquin Delay。GUI下部にディストーションやフェイザーなどのエフェクトが並んでおり、これらをデ ィレイ成分にかけて“ディレイのこだま感”をにじませることができる。「フィールド・レコーディングの録り音や部屋で何気なく録音したグロッケンなどにかけて、奥行きを付けることもあります」と小島 ▲︎シンセやボーカルの音像をあいまいにしたいときに“とりあえず挿してみる”と言うWAVES Manny Marroquin Delay。GUI下部にディストーションやフェイザーなどのエフェクトが並んでおり、これらをディレイ成分にかけて“ディレイのこだま感”をにじませることができる。「フィールド・レコーディングの録り音や部屋で何気なく録音したグロッケンなどにかけて、奥行きを付けることもあります」と小島

空間系エフェクトつながりでリバーブを挙げておくと、VALHALLA DSP Valhalla Shimmerはフューチャー系トラックの音作りに便利な一品。通常のリバーブとは違い残響成分にピッチ・シフトをかけられるので、何とも幻想的な感じが手軽に得られます。僕はオリジナルのトラックをデュプリケートしてこれを挿し、100%でかけてからバウンス。そのオーディオ・データをエディットすることで、さまざまな効果を作り出しています。

エディットの一つは、波形編集によって“自然界にはあり得ない音の鳴り方”を作るというもの。Lido(リド)やカシミア・キャットらを聴くと、そうした音使いがフューチャー系の特徴の一つという気がしてきます。例えばホールなどで手拍子が鳴ったら、普通は余韻が残って徐々に消えていきますよね。でもフューチャー系音楽の世界では、パン!という音の後に何の余韻も無く、ちょっと経ってから余韻がブワッと現れるといった異常な現象が起きたりします。聴き手としては空間把握能力が狂うというか、“今どこに居るの!?”といった不思議な感覚にさせられます。リバーブ成分をオーディオ化すればこうした効果を波形編集で作ることが容易ですし、Valhalla Shimmerのような特殊な残響成分を使用することで、より不思議な印象を与えられるでしょう。

そのほか、リバーブのオーディオにボリューム・オートメーションを描いて、空間が大きくなったり小さくなったりするような演出をするのも面白いと思います。また、“size”というパラメーターをオートメーションで動かすと、うねるようなエグい音が得られるので、それをフィルのように扱うこともあります。

Smack Attackで“音の余韻”を調整

最後はダイナミクス系のWAVES Smack Attackを紹介します。これはいわゆる“トランジェントのコントロール用プラグイン”で、インサートしたトラックのアタック/サステインの音量やカーブを、オケに合わせて調整することができます。僕は、オケ中に埋もれがちなキックの低域成分(つまりサステイン部分)を持ち上げるのによく使っていて、EQでブーストするよりも自然な結果になることが多い印象。恐らく、コンプで低域をコントロールするのに似た理屈だと思うのですが、素早く曲作りを進めたいときにアタックやリリースのタイムを調整するのは個人的に苦手……そういうわけで、簡単にトランジェントを調整できるSmack Attackが重宝しているのです。

以上、WAVESのプラグインを中心に話を進めることとなりましたが、同社のプラグインには動作の軽いものが多く、ソフト音源を何台も立ち上げながらミックスもしなければならない現代のクリエイターに向いていると思います。暴れたり落ちたりすることもほとんどありませんし、認証にiLokなどが要らない“身軽さ”もラップトップで制作しているようなクリエイターに良いかもしれません。僕にとっても、信頼の置ける存在です。

▲WAVES Smac k Attack。“Susta in”ノブ(右上の黄色いノブ)を上げ、キックの低域成分をブーストしている ▲WAVES Smack Attack。“Sustain”ノブ(右上の黄色いノブ)を上げ、キックの低域成分をブーストしている

【TOPIC】Smack Attackの仕組みについて

Smack AttackはWAVESの“Organic ReSynthesis”という新技術をベースにした製品です。この技術の背景となるアイディアは、以下の3つのステップで説明できます。

オリジナル信号の音響的な成分の分析(Smack Attackの場合、信号のダイナミック・エンベロープを対象としています)
分析された音響成分の均一化(Smack Attackの場合、基本的にダイナミック・エンベロープを平坦にならします)
調整/リシンセサイズするなどした関連の音響成分を、“均一化した信号”に再適用し、成分の変更された信号を生成(Smack Attackの場合、新たなダイナミック・エンベロープを適用)

Smack Attackがトランジェントの一部を的確にとらえて処理できるのは、①のステップによるものです。非常に正確かつ高速なエンベロープ検知器が備わっているため、ごく小さなトランジェントまでとらえます。小島さんの言う“EQよりも自然なブースト”という点は、位相特性の良さによるものです。いかなるEQでも、特定の帯域を変更する際に位相ズレやレイテンシー、不鮮明な要素を原音に加えてしまいます。Smack Attackの処理は純粋に単一の帯域で実行されるため、位相ズレやレイテンシー、不鮮明さとは無縁です。
(解説:WAVESインターナショナル・マーケティング ウディ・ヘニス/Udi Henis)