UKICO インタビュー 〜和楽器を取り入れディープ&エキゾチックな作風に仕上げた『ASCENSION』のプロダクションを語る

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リスナーが自らを細胞からアクティベーションできる音楽
私が目指しているのはただ聴くためのものではないんです

フランス人と日本人の間に生まれ、幼少期をパリで過ごしたUKICO(ユキコ)。シンガー・ソングライター/トラック・メイカーとなる前はニューヨークでエンジニアリングを学び、ゴーストフェイス・キラーなどのセッションを経験した。そして自身の名義でリリースしてきたシングル曲の数々は、トリップホップへ和楽器を高度に融合させたもので、凡百の和楽器ポップスなどとは趣を異にするディープでエキゾチックな作風。それらに新たな楽曲を追加した1stアルバム『ASCENSION』が4月28日にリリースされるので、UKICO本人とコンタクトを取り、プロダクションについて話を聞いた。

Text:辻太一 Photo:Solène Ballesta(Portrait)、Yulia Shur(Album Cover)

 

NYではライブ・エンジニアリングも経験
日本で出雲の神的パワーや和楽器に開眼

ーマンハッタンの旧Institute of Audio Researchでエンジニアリングの勉強をしていたのですよね。

UKICO はい。音楽学校に入りたくて見学しに行ったところ、レコーディング・スタジオやビンテージ機材があるのを見て、すごく気持ちが盛り上がったんです。“ここに入りたい”と、すぐに入学を決めましたね。私はもともと科学を勉強していたこともあり、楽器よりもエンジニアリングを学ぶ方が性に合っていると思ったんです。途中で挫折して辞めてしまう人も居て、女性は自分以外に1人しか残りませんでした。私は学内で2番目の成績を収め、アポロ・シアターでの卒業式でスピーチをさせてもらったんです。

 

ー学校では、どのようなことを学んだのですか?

UKICO 機材とエンジニアリングのコアの部分です。まずはAVID Pro Toolsを勉強して、MIDIのレッスンもこなしました。また、ルーム・アコースティックと音の広がり方の関係性とかマイキングとか、本当に一通り。ケーブルを自作できるようにもなりましたよ(笑)。学校を出てからはブルックリンのStrange Weatherでアシスタント業務を経験しました。最も印象的だったのはSTUDERのテープ・マシン……まろやかで温かみのある音だし、すごく好きなんです。並行して、Birdlandというマンハッタンの有名なジャズ・クラブでライブ・エンジニアとしても働いていました。PAの現場は怖いですよね、何が起こるか分からないから(笑)。

 

ーエンジニアリングを始める前は、独学で音楽を?

UKICO いいえ、ほとんど。家にクリエイティブな人が居なかったので、ミュージカル歌手になりたいと思ったことはあったけど、表現というものを知らなかったんです。でも祖母が亡くなったときに詩を書いて、父に見せたら感動して泣いてくれて……それで“私はストーリーを書けるんだ”って思い、音楽をやってみたいなと。しばらくはモデルの仕事をしながらギタリストの友達とグランジのような音楽を作っていましたが、一念発起して全部やめて、ニューヨークへ引っ越しました。その3年後、パリへ移って曲作りに本腰を入れ、ジャスティン・ピルブロウというプロデューサーに出会うんです。アルバムに入っている「DESERTED」はもともと一人で作っていた曲なんですが、ジャスティンに送ったらとても気に入ってくれて、プロダクションを加えてくれました。戻ってきたものを聴いたときには感動しましたね……ローの鳴らし方が素晴らしく、曲がちゃんとグラウンディングしている感じで。それで彼と一緒に制作し始め、今度はロサンゼルスで「MIRAGE」と「DENIAL」のベーシックを作りました。でも東京へ帰ってから“何かが足りない”と感じて、和楽器を入れてみようと。

 

ーなぜ和楽器を選んだのですか?

UKICO 私は何が特別なんだろうと考えたときに、やっぱり日本人であることなのかなと思って。祖父が出雲の人で、そこを訪れたときにパワーというか神を感じたんです。出雲では10月を“神在月”と呼ぶし、土地そのものが神や先祖の力に守られているのかもしれない。私が東京へ戻ってきたのは日本に引かれているからで、出雲にも見出したような日本らしい要素を音楽に取り入れたいと思って、和楽器を使うことにしました。それですぐ友達に“和楽器を弾ける人、知ってる?”と聞いてみたら“東京藝術大学の先生なら”と言われたので紹介してもらい、北千住キャンパスで演奏やレッスンを見学するようになったんです。その縁で、和楽器のレコーディングを藝大でやらせてもらえました。

 

フリースタイルの演奏から引き出された
ディープな尺八のサウンド

ーどのような和楽器を録音したのでしょう?

UKICO 最もインパクトが大きかったのは尺八です。しかもプレイヤーの方のお名前が神令さんで、コンセプトにつながっているなと。琴や三味線は譜面を元に演奏してもらいましたが、尺八だけは時間的な都合からフリースタイルで録音することになったんです。そしたら素晴らしい演奏を見せてもらえて……彼の感性とディープな音がしっかりと表現されていました。だからRed Bull Studiosでのセッションにもお招きして、「ORIGIN」の尺八も吹いてもらったんです。彼とはライブもやってみたいですね。琴については、1台でやるより2台でアンサンブルを組んだ方が倍音が混ざって奇麗な感じになると思い、2人の奏者にお願いしました。三味線は藝大でも録ったんですけど、最終的に友達の久保田裕司というプレイヤーに弾いてもらうことにしたんです。エレクトリック三味線もやる人で、「HOSTAGE」などに参加してくれました。同様にフリースタイルでしたが、決めるところだけは“こういうふうに”とお願いして。

 

ー演奏者へのディレクションは、どのように?

UKICO デモを音源を元に“こういうのを”とリクエストするようなことはほとんど無く、言葉でイメージを伝えます。なぜなら、フリーダムがあることでミュージシャンの個性とスタイル、気持ちが最も引き出されると思うからです。そうしていろいろなパターンを弾いてもらって録って、最終的に判断するのは私。だから録り音を持ち帰って、自宅でエディットとアレンジを行い、曲を仕上げていった感じです。

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Red Bull Studios Tokyoでのセッションの様子。写真右でオペレートを行っているのは、エンジニアの川島隆氏だ

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シンセを担当した小坂優人とUKICO。小坂の手元にはACCESS Virus TIの姿が

ーホーム・スタジオの環境について教えてください。

UKICO DAWはABLETON Live 9 SuiteとAVID Pro Tools 11です。曲にもよりますが、Liveにアイディアを反映させてストラクチャーを組んだりした後、ある程度の形になったらエクスポートしてPro Toolsに取り込むんです。あと、録音は必ずPro Tools。Liveよりもワークフローがイージーだからです。ループ・レコーディングやテイクの録りためなど便利な機能がそろっているし、テイクをプレイリストで一覧できるのも良いですね。それに音質も、アルゴリズムのせいなのかLiveはちょっとノイジーな印象で、Pro Toolsは無菌状態という感じ。APPLE Logicは少し甘い音だと思います。

 

ー自宅で録音するのは、歌などでしょうか?

UKICO はい。歌は全部、ホーム・スタジオで録っています。オーディオI/Oは、小型機種としてUNIVERSAL AUDIO Apollo TwinとAPOGEE Duetで迷ったんですが、クリアな音質が良くてApollo Twinにしました。マイクはNEUMANN TLM103で、高い成分が奇麗に出るんです。私の声は高域に特徴があるし、ハーモニーやウィスパーを入れるのが好きなので、とても気に入っています。マイクはエンジニアリングを勉強していたころに幾つも試しましたが、パリへ移ってからラナ・デル・レイが『ボーン・トゥ・ダイ』の歌入れにNEUMANN U47 Tubeを使っていたという話を聞き、お店で借りて試してみたんです。そのときに録ったのが「DESERTED」のボーカルで、音はすごく気に入ったのですが毎回レンタルするにはハイコストだし、買ってもメインテナンスが大変……だから同じNEUMANNで探して、自分の声に合うTLM103を選んだのです。

 

ーすべてホーム・レコーディングとは思えないほど、ボーカルの音が良いですね。

UKICO ビリー・アイリッシュもApollo TwinとTLM103を使っているみたいなんですよ。それでベッド・ルーム・レコーディングをして、グラミー賞を獲ったという。だからミックスが良ければ、どこで録ってもいいんじゃない?って私は思います。でもルーム・アコースティックは気になるから、簡易ブースのISOVOX Isovox 2を使っています。きちんとデッドになって、すごく良いんです。

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ローファイ感のある音のテクスチャーが気に入っているというサンプラーROLAND SP-404SX(写真左)と愛用のオーディオI/O、UNIVERSAL AUDIO Apollo Twin Solo(同右)。Apollo Twinは透明感のある音質が好みだそう

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NEUMANNのコンデンサー・マイクTLM103。UKICOいわく、自身の声の特徴である高域成分を美しくキャプチャーできるのが愛用の理由

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部屋鳴り対策として使っている簡易ボーカル・ブースISOVOX Isovox 2

有機的電気エネルギー変換デバイスで
音が生き生きとして飛び出してくる

ーモニタリングには、どのような機材を?

UKICO メインはBEYERDYNAMICのヘッドフォンDT 770 Pro(80Ω)です。これは自分にとってマストで。ミッドレンジが控えめだけど、その特性を読めていれば大丈夫。録音にもミックスにも使っています。ただ、今回のアルバムのミックスは「TEMPORARY AMNESIA」以外、ジャスティンに任せたんです。音作りの希望は伝えましたが、彼はあまり気にしていなかったというか自由にやっていたみたいで、でもそれが素晴らしいんです。Pro Toolsのセッション・ファイルでやり取りしていたので、まずは私がラフ・ミックスを作って彼に仕上げてもらう流れでした。やっぱりローの出方が変わるし、ほかの周波数に関しても音それぞれのテクスチャーの深さが特徴的です。例えばシンセだと、ちゃんと立ち上がってくるけどビンテージっぽいテイストもあって。シンセはレイヤーするのではなく1本で十分だと思っているようで、その代わりに太さや味、ハーモニクスの豊かさなどを重視しているのだと思います。スペーシングもうまいし、私がイメージしていることに+αしてくれたんですよ。あと、最近発見したのは電気を奇麗にするデバイス。電気を奇麗にすることで、音がすごく変わるんです。

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録音/ミックスのモニタリングにメイン使用しているBEYERDYNAMIC DT 770 Pro(80Ω)

ーパワー・コンディショナーですか?

UKICO オオヒナタテラス製の有機的電気エネルギー変換デバイス=ズットン・バンブーです。壁コンセントに装着して使用し、本体にタップをつないで電源を取ります。これを使うと、音が生き生きとしてスピーカーから飛び出てくる感じがする……2Dのようだった音が4Dとか5Dになるような感覚です。それに、どうしてなのかいやしのパワーもあって、音を聴いていて疲れたりイライラするようなことが無くなります。使用前後の違いは、聴けば誰にでも分かると思いますね。レコーディングが終わった後に入手したので録りには使えていないのですが、2ミックスのエクスポートはズットン・バンブーから電源供給したMacで全曲やり直したんです。効果が感じられたので、次作では録音の段階から取り入れていきたいと思っています。

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近ごろ導入し、もはや手放せないというオオヒナタテラス製の有機的電気エネルギー変換デバイス=ズットン・バンブー。竹を用いた機器で、壁コンセントとタップなどの間に使用する

ー既に次のビジョンもあるのですね。

UKICO 自然の力、地球と天文学をベースとして、そこに含まれたコード(code)を取り入れて曲を作りたい。私たちの体は水でできているので、満月の日には影響を受けますよね。星の位置なども私たちと密接に関係しているはずです。こうした現象はコード、つまり数字で表され、その数字を音楽として表現することも可能です。ただ聴くための音楽じゃなくて、聴く人が自らを細胞からアクティベーションできるものが生み出せると思います。コードを音楽にして表現できるピアニストの方と出会ったので、一緒に制作する予定ですね。

 

Release

『ASCENSION』
UKICO
KISEKI RECORD

  1. ORIGIN(INSTRUMENTAL)
  2. DENIAL
  3. MIRAGE
  4. DESERTED
  5. HOSTAGE
  6. IMAGINARY HIGH
  7. TIME
  8. PATIENTLY
  9. SIRIUS
  10. TEMPORARY AMNESIA
  11. 5D

Musician:UKICO(vo、prog)、ジャスティン・ピルブロウ(prog)、マイク・ラーソン(prog)、神令(shakuhachi)、萩岡由子(koto)、佐々木千香能(koto)、久保田裕司(shamisen)、KJ(g)、宮内告典(ds)小坂優人(syn)
Producer:UKICO
Engineer:ジャスティン・ピルブロウ、マイク・ラーソン、川島隆、UKICO、他
Studio:プライベート、東京藝術大学、Red Bull Tokyo

 

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