世界的なエンターテインメント産業へと発展しつつあるKポップ。そのブームの中枢を担うアイドル・グループTWICEの3rdアルバム『Formula of Love: O+T=<3』がリリースされた。後編ではアルバムのリード・シングル「SCIENTIST」の制作について、ミックスを手掛けたイ・テソプ氏に話を聞いた。ProToolsのセッション画面や、JYPエンターテインメントのスタジオに備わる機材にも注目だ。
インタビュー前編はこちら:
アウトボードによるコンプレッションがプラグインとは違う色付けを可能にする
イ氏がミックスを行う際に使用するのはブルー・スタジオで、モニター・スピーカーのAMPHION Two18がお気に入りだと言う。
「Two18は大好きです。非常にクリアでフラットなスピーカーですね。環境の変化に敏感過ぎてこちらの集中力がそがれるスピーカーもあるのですが、これは非常にコンスタントなんです」
ミックスをする際には常にブルー・スタジオに設置されている大量のアウトボードを活用しているというイ氏。プラグインも素晴らしい一方で、それだけでは十分な色付けができないと語る。
「チューブ・ディストーションのTHERMIONIC CULTURE Culture Vultureやアナログ・プロセッサーのSSL Fusionは、プラグインとはちょっと違う色付けをすることができます。こうしたアウトボードはどれもほんの少しだけコンプレッションがかかり、これが相当な満足感を演出してくれるんです。TEGELER AUDIO RaumzeitmaschineはDAWからコントロールできるリバーブで、とても簡単に使えるし音も素晴らしいんですよ。ほかとは全然違うサウンドです。非常にスペース感のあるリバーブなのですが、ホールやスタジアムとも違っています。MANLEY Massive Passive Stereo EQは、プラグインでも同じくらい良いサウンドがするのでそちらを使うことが多いですね。リコールが圧倒的に楽なので実機の出番はほとんどなくなってしまいました」
イ氏は、現在のボーカル・プロダクションにおいてピッチ修正がもっとも重要な要素だと考えているという。
「ボーカルのチューニングをする際はCELEMONY Melodyneを使います。社内で修正をする際にはプロデューサー、ジェーン(キム)、ボーカル・ディレクター、メンバー、それに僕の全員が同席し、何が必要かを皆で決めながら作業を進めるんです。最近はコロナ禍の煽りでテキスト・メッセージでコミュニケーションを取っていますけどね!」
声が持つ個性を大事にしつつ曲全体の流れを演出する
「SCIENTIST」のPro Toolsセッションは160trもの規模を誇るが、今までこのシリーズで見てきたセッションの中で最もよく整理されているかもしれない。ルーティング・フォルダー・トラックを効率的に使用し、すべてが分かりやすく色分けされている。一見して全体を把握できるセッションだ。イ氏によると、セッションの整理はとても重要だという。
「ボーカル用、バッキング・ボーカル用、リバーブ/ディレイ用など、幾つもテンプレートを作っています。TWICE専用のプリセットもあり、曲のテンポやジャンル、曲調に合わせて用意しています。例えばラップ主体の曲と歌い込む系の曲ではそれぞれ別のプリセットを作っています。もう長らく彼女たちの曲にかかわってきていますから、何がフィットするのかは分かっているんですよ。しかし、2、3年ごとにこのプリセットは変更するようにしています。これらを活用しながら、それぞれの曲に合わせてEQやコンプレッサーの微調整をし、追い込んでいくんです」
「SCIENTIST」Pro Toolsセッション
「SCIENTIST」のセッション。最上部のFXFXという水色のフォルダー・トラックには、スウォッシュやライザーなどの効果音のトラックがまとめられている。ドラムは、すべてdrdrという紫のドラム用フォルダー・トラックにまとめられ、キックとスネアの計6トラックがKS、8本のハイハットとシンバルはHHHH、フィル・イン類はFILLS、3本のパーカッションはRHYというルーティング・フォルダー・トラックに入っている。その下にはその他の楽器類がまとめられたINST.1フォルダー、18本のリード・ボーカルがまとめられたLDVフォルダー、さらに3つのVCAトラックがボリューム・コントロール用に用意されている。72番目のDUBSSフォルダー以降は、70本ものバッキング・ボーカルが収録される。TWICEメンバーに加え、ソフィア・パエとメラニー・フォンタナが参加しているとのこと。画面下部には緑のエフェクトAuxトラックが10本、水色のパラレルコンプ・トラックが2本(ドラムとベースを除いたすべてのトラックがここに送られている)、ボリュームをコントロールする赤色のMIXBUSが並ぶ
「SCIENTIST」のセッションを見渡すと、ドラムや楽器類に使われているプラグインが非常に少ないのに対し、リード・ボーカルや、TWICEとソフィア・パエによるバッキング・ボーカルにはかなりの数のプラグインが使われているのが分かる。リード・ボーカルにはWAVES CLA-76とFABFILTER Pro-Q3がインサートされ、さらに4つのセンドが使われている。行き先はそれぞれダブリング用のSOUNDTOYS MicroShift、UNIVERSAL AUDIO UADプラグインのリバーブLexicon 480L、ディレイのTC ELECTRONIC 2290、それにディレイ・タイムを8分音符にセットしたWAVES H-Delayだ。
「この曲で僕が一番注意していたのはボーカル・トラックへの対処です。100trもありますからね。相当な数です。リード・ボーカル9人をミックスするというのは、1人をミックスするときとは全く違います。それぞれの声が持つ個性を大事にしつつ、しっかりと輝くようにしなければなりません。さらに全体の流れを演出しながら、聴き手の注意を逃さないようにすることが求められるんです。重要なのは、ボーカルのボリュームを適切にコントロールすることでした」 ボーカルの処理については、まずはナヨンのサビのミックスから始め、それに合わせてほかのボーカルを調節していく形で進めていったという。
「すべてのリード・ボーカルをフォルダー・トラックにまとめ、SONNOX Oxford Inflatorを使い全体をファットにしました。TWICEのバッキング・ボーカルにもCLA-76とPro-Q3を使っていますがセッティングは変更しており、さらにWAVES SSL Channel、FABFILTER Pro-DS、SOUNDTOYS Devil-Locを追加しています。Devil-Locを使ったのはサウンドを少しクランチーにすることでリード・ボーカルと差別化するためです。これらバッキング・ボーカルには1つだけしかセンドを使っておらず、Lexicon 480Lに送っています。リード・ボーカルとは違うスペース感を演出するためですね。ソフィア・パエのバッキング・ボーカルにも同じような処理をしていますが、追加でWAVES S1 Stereo Imagerを使うことでよりワイドでフルなサウンドを目指しました」
すべてのトラックは156番目のADというトラックにまとめまられている。もともとはLAVRY ENGINEERING AD122-96 MKIIIというADコンバーターに送るためのトラックだったためこの名前になっているそうだ。
「この曲ではAD122-96 MKIIIは使いませんでした。代わりにNEVE 33609/JとSSL Fusionをハードウェア・インサートで使い、157番目のトラックでTHERMIONIC CULTURE Culture Vulture Mastering Plusをインサートしています。ここではWAVES InPhase LTも使い、アウトボードに送った際のレイテンシーから生じる位相のズレを補正するようにしました。最後の最後に送ったのがALLというトラックです。ここではWAVES Puigtec EQP-1AとUADプラグインのCurve Bender Mastering EQを使い、バウンスしました。ミックス確認用のデータを作成する際は、IZOTOPE Ozone 9でマキシマイズしましたが、マスタリング用のデータを送る際には外しています」
こうして世界を席巻するヒット曲が生み出されたのである。TWICEとキム氏、イ氏が織りなすKポップ・サウンドを、これからも楽しみにしたい。
インタビュー前編では、 A&Rを務めたキム・ジェーン氏とミックスを手掛けたイ・テソプ氏に、アルバム制作の経緯やレコーディング/ミックスが行われた社内のスタジオについて話を聞きました。
Release
『Formula of Love: O+T=<3』
TWICE
Musician:ナヨン(vo)、ジョンヨン(vo)、モモ(vo)、サナ(vo)、ジヒョ(vo)、ミナ(vo)、ダヒョン(vo)、チェヨン(vo)、ツウィ(vo)、ソフィア・パエ(cho)、メラニー・フォンタナ(cho)、他
Producer:アン・マリー、メラニー・フォンタナ、ミシェル・リンドグレン・シュルツ、トミー・ブラウン、スティーブン・フランクス、72、ステレオタイプス、シフトキー、他
Engineer:イ・テソプ、トニー・マセラティ、ケビン・デイビス、他
Studio:ジェームス・ブラウン、ブルー、他