Lucky Kilimanjaro インタビュー【前編】〜熊木幸丸が語る最新アルバム『TOUGH PLAY』の制作手法

Lucky Kilimanjaro

“世界中の毎日をおどらせる”をテーマに、聴く人の心も体も踊らせるLucky Kilimanjaro。熊木幸丸(vo/写真左上段)が生み出す多様なダンス・ミュージックを、山浦聖司(b/同右上段)、ラミ(perc/同左中段)、大瀧真央(syn/同右中段)、柴田昌樹(ds/同左下段)、松崎浩二(g/同右下段)のグルービーな演奏が彩る。ここでは、最新アルバム『TOUGH PLAY』の制作手法を熊木とミックス・エンジニア土岐彩香氏へのインタビューから紐解いていこう。

Text:Kanako Iida

自分の好きなものやある種の偏りはすごく大事

『TOUGH PLAY』を作り始めたきっかけは何でしたか?

熊木 去年アルバム『DAILY BOP』を出して自分の中でウィズ・コロナの状態での音楽が一区切り付いたので、自分の音楽のスタイルや“自分はこういうことが好きだ”ということをあらためて打ち出したいと考えたんです。あらゆる人にとって、自分の好きなものやある種の偏りみたいなものはすごく大事で、そういうものへの思いをコンセプトにしたいと思いました。

 

“好き”が伝わってくる作品ですよね。続いて制作環境について伺いたいのですが、DAWは何を使っていますか?

熊木 ほぼABLETON Liveです。ずっとAPPLE Logic Proを使っていたんですけど、海外のトラック・メイク動画でLiveに興味を持って、いじってみたら自分のワークフローともすごく合う感じがしたので乗り換えました。コピペやフェード、オートメーションとか、ちょっとしたアイディアを行動する速度がすごく速いのと、オリジナルのデバイスやテンプレートも作りやすいので、今はLiveが一番合っていると思います。

 

音の素材はどのようなものを使うのでしょうか?

熊木 ドラム類は基本的にサンプルが多いです。うちのバンドは通常のスタジオ練習なども常に録音していて、柴田(昌樹)がたたいたスネアをワンショットとして抜いてサンプルとして使ったりもします。シンセは9割方SPECTRASONICS Omnisphereで、シンセ・ベースはOmnisphereと、たまにFAW SubLab。ROLAND TR-808系とかサブ系のシンセを入れるときに使いますね。ギターは自分で弾いています。

 

制作時のモニター環境はどのようになっていますか?

熊木 モニター・スピーカーはNEUMANN KH310です。オーディオI/OはたまにAUDIENT ID14をインプットとして使いますが、基本的にはANTELOPE AUDIO Amáriを使っています。

 

自宅での歌録りはするのでしょうか?

熊木 本チャンは録らないですけど、サンプリングし直してエディットするトラックは結構家で録りますね。マイクはSLATE DIGITAL ML-1やSHURE SM58を使っています。

 

そのようにして作ったデモ・トラックは、メンバーとどのように共有していくのですか?

熊木 こういうことを歌いたいと伝えた上でデモを聴いてもらって、伝わっていない部分は深堀りして、意見を募っていく形ですね。

 

グルーブなど感覚的で言語化しにくい部分はどのように伝えるのでしょうか?

熊木 こういうふうにグルーブを感じてほしいというのを音符ではない形で表現していて、例えば“バスケのドリブルをするようなイメージ”とか“フラフープをやっているような感じでリズムを取りながら”とか。自然なリズムのためにできるだけ自然な運動の連続をした方が良いと思っていて、運動エネルギーをどう維持するかみたいな話を最近は常にしています。

熊木のプライベート・スタジオ。モニター・スピーカーはNEUMANN KH 310を使用し、デスク上にはコントローラーのNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S49やABLETON Push 2、NUMARK DJ2GO2 Touchのほか、作業を短縮させるために活用するELGATO Stream Deckも見て取れる。オーディオI/Oは主にANTELOPE AUDIO Amáriを使用。その下にはRUPERT NEVE DESIGNS R6を配置し、API 500互換モジュールのAPI 505 DIやDBX 580、CRANBORNE AUDIO Camden 500、RETRO INSTRUMENTS 500Preなどをラックしている

熊木のプライベート・スタジオ。モニター・スピーカーはNEUMANN KH 310を使用し、デスク上にはコントローラーのNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S49やABLETON Push 2、NUMARK DJ2GO2 Touchのほか、作業を短縮させるために活用するELGATO Stream Deckも見て取れる。オーディオI/Oは主にANTELOPE AUDIO Amáriを使用。その下にはRUPERT NEVE DESIGNS R6を配置し、API 500互換モジュールのAPI 505 DIやDBX 580、CRANBORNE AUDIO Camden 500、RETRO INSTRUMENTS 500Preなどをラックしている

要る音でどれだけリズムをちゃんと作れるか

『TOUGH PLAY』は、多様なダンス・ミュージックが取り入れられていますが、熊木さん自身のルーツはどこに?

熊木 自分のダンス・ミュージック的な原点はダフト・パンク辺りにあると思います。そこからエド・バンガー・レコーズやジャスティス、ブレイクボットとかフランスのハウス・ミュージックが好きで。それらは古いディスコから影響を受けていると知って、ディスコとかブギーとかを聴くようになって、そういうものをリミックスしたファンキー・ハウスを聴いたり。並行して、ジェイムス・ブレイクやマウント・キンビー、UKのポストダブ・ステップと言われるエレクトロ・ミュージックも聴きました。あとはEDMですね。カルヴィン・ハリスとかゼッドとか。そういういろいろな部分が自分の中で広がっていって今に至ります。

 

作品にはファンクや南米音楽の要素もありますよね。

熊木 特に去年は南米の空気感にハマっていたので、『TOUGH PLAY』にはサンバにあるような乾いたダンス・ミュージックの感覚を入れました。

 

「踊りの合図」のハウスとボサノバの融合は見事です。

熊木 去年家でずっとボサノバを弾いていて、ジェフ・ミルズ的なROLAND TR-909の使い方とサンバの感じ、日本的な湿度の感じがうまく混ざったら良いなと試行錯誤してあの形に落ち着きました。海なんだけど乾いた感じ、乾いているけど雨が降っているような感じとか、ほぼフィーリングで作っているので言語化すると無茶苦茶なんですけど。

 

日本的な要素はどのように加えたのでしょうか?

熊木 歌詞の“苦しいでござんす”とかの言葉遣いも含めて、全体のサウンドの質感を少しウェットにすることで、日本の夏の湿度感を出したくて、サウンドのイメージやトーン・バランスに気を付けました。

 

湿度を出すために行った処理はありますか?

熊木 ピアノのひずませ方とリバーブのバランスとコード感で微妙な湿度感を出すようにしています。処理で言えば、リバーブのタイプは比較的ダークなものを選んでいますね。

 

「踊りの合図」のようなクリアな感じや「人生踊れば丸儲け」のザラ付いた感じなど、質感作りもまた巧妙ですね。

熊木 自分ではほぼ録ったままというか、あまり凝った後処理はしていなくて、基本はサウンド選びでほぼ作っている感じです。エレピを使うと比較的ウェットになるので、ドライにしたいときはクラビにしたり、ギターはあえてチューニングを落として弾くことでちょっとだるんとした感じを出したりします。ギターでいつも使うAPI 505 DIは割とカラッとした音が出るので、それもかなり役に立ったと思います。

 

音抜けの良さも楽器選びの成果なのでしょうか?

熊木 音抜けを良くするのはやっぱりアレンジだと思っていて、要らない音をアレンジでいかに削るか、というか、要る音でどれだけリズムをちゃんと作れるかという部分がちゃんとできれば音が抜けると思います。アレンジ段階で抜けていないものを後処理のEQとかの段階で抜けさせるのは特にリズム面で得策ではないので、あまりやらないようにしています。

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、 自作曲をサンプリングして再構築したアルバム収録曲の「I’m NOT Dead」にフォーカス。制作背景や使用プラグインなど詳しく解説いただきます。

エンジニア土岐彩香氏が『TOUGH PLAY』のグルーブの秘けつやミックス技法を語るエンジニア・インタビュー(会員限定)はこちらから:

Release

『TOUGH PLAY』
Lucky Kilimanjaro
ドリーミュージック:MUCD-1483

Musician:熊木幸丸(vo)、山浦聖司(b)、ラミ(perc)、大瀧真央(syn)、柴田昌樹(ds)、松崎浩二(g)
Producer:熊木幸丸
Engineer:笹本サトシ、土岐彩香
Studio:プライベート、他