“世界中の毎日をおどらせる”をテーマに、聴く人の心も体も踊らせるLucky Kilimanjaro。熊木幸丸(vo/写真左上段)が生み出す多様なダンス・ミュージックを、山浦聖司(b/同右上段)、ラミ(perc/同左中段)、大瀧真央(syn/同右中段)、柴田昌樹(ds/同左下段)、松崎浩二(g/同右下段)のグルービーな演奏が彩る。ここでは、最新アルバム『TOUGH PLAY』の制作手法を熊木とミックス・エンジニア土岐彩香氏へのインタビューから紐解いていこう。
Text:Kanako Iida
インタビュー前編はこちら:
古さをちゃんと出せば新しさが際立つ
ー「I’m NOT Dead」は、50'sスタイルのドゥーワップを自作し、それをサンプリングして再構築したそうですね。
熊木 サンプリング元もサンプリング後のハウス・ミュージックも自分で作るというアイディアは前からあったんですけど、度々作ってはボツにし続けていたアイディアで。今回ようやく自分の中で形にできました。サンプリング元は基本的にドゥーワップの歌メロを大事にして作っています。
ー元となったドゥーワップはどのようなパート構成ですか?
熊木 原曲は86BPMで録っていて、ドラム、ベース、キーボード、スタジオで録ったボーカル・トラックが並んでいます。ボーカルは11trで、“I’m Dead”と自分で歌った4trのコーラスは、音の質感が変わるようにピッチをLiveのComplexモードで下げました。歌い方もドゥーワップに寄せています。
ーコーラスは部屋鳴りのような質感がありますね。
熊木 ボーカルのバス・トラックにIZOTOPE NimbusとR4でリバーブをかけていますね。オールドな質感を出すためにテープ・モジュレーターのPLUGIN ALLIANCE Neold Warbleをかけて、FABFILTER Volcano 3で少しローカットしています。それからTONE PROJECTS Kelvin Tone Shaperで少しひずませました。サンプリングし直すことをそこまで考えず、まずこの曲だけで成立させようと思って作りました。
ードゥーワップの質感調整はボーカルのエフェクト処理で出したのでしょうか?
熊木 アンビエンスの感覚を結構大事に作りました。あとは変に帯域のレンジ感が無いように絞る感じに。マスターにはテープ・エフェクトのFUSE AUDIO LABS Flywheelを少し入れて重心を落としています。スネアにはKORNEFF AUDIO Micro Digital Reverberatorという古いタイプのリバーブを使っていますね。ドラム全体にはR4をホールで使って、Input Frequencyに少しハイパスを入れたりしてリバーブが太くなり過ぎないように調整しています。リバーブはXLN AUDIO RC-20 Retro ColorやWAVES FACTORY Cassette Transportを入れて、微妙に質感を落としました。
Old|50'sドゥーワップ風の古い質感~「I'm NOT Dead」元ネタ
POINT:ボーカル・バスの質感調整
ーそれをサンプリングして「I’m NOT Dead」に?
熊木 はい、曲全体ではなくトラックごとにサンプリングしています。テンポは127BPMで、そこにLive付属のWavetableを使ったEDM的なライザー・サウンドや、D16 GROUP PunchBoxのファットなキックを加えたり、自分で弾いたギターをエディットして、Cassette Transportをかけて現代的なサンプリング・エフェクトに仕上げたりもしました。
ー古さと新しさはどのようにバランスを取るのですか?
熊木 古いところの倍音感と新しいところのクリアさはエフェクトの使い方で分けていて、古いところはハイパス/ローパス・フィルターでトーン感を調整したり、テープ・エフェクトで重心を落としたり、高域の角を取ったりします。新しい質感は、いつも通りなのでそんなに珍しいことはしていません。強いて言えば、VALHALLA DSP Valhalla Shimmerで現代的な広がりを持つエフェクティブなリバーブをかけたり、LFOのダッキング用にLiveのデバイスを用意しています。ダッキング要素は古い音楽にはあまり無いと思うので、入れることで今っぽいサウンドになりますね。古さをちゃんと出せば新しさが際立つので、オールドのトラックでちゃんとオールドの処理をするという感覚でやっています。あとは土岐(彩香)さんにこういうことがしたいです!と言ってお願いしています。
New|サンプリング&再構築で現代的なサウンドに~「I'm NOT Dead」
POINT:FXサウンドの追加&ダッキング
ー土岐さんは今作に限らず、これまで多くのLucky Kilimanjaroの作品でミックスをされていますね。
熊木 最初はレコード会社の紹介だったんですけど、土岐さんはDJやダンス・ミュージックという文化に理解があって、一緒に仕事をさせていただく中で欲しいところにサウンドを持っていってくれる感覚があるし、そこそこ作品を一緒にやってもらったので意思疎通も楽ですね。
ー土岐さんにはどのようにミックスを依頼するのですか?
熊木 書き出したトラックと、こういうコンセプトで作った曲でこうしたいです、というのをサクサクっと書いて送ります。土岐さんがすごく理解してくれている感覚があるので、全然違う方向に行っていることは無くて、グルーブのためにこのトラックを大きくしたいとかはありましたけど、そんなに細かく注文していないかもしれません。
ループの中で徐々に高揚感が上がっていく
ー生楽器と打ち込みの違いはどうとらえていますか?
熊木 僕は高校生のときからバンドには慣れ親しんでいるんですけど、作曲はほぼ打ち込みでやってきました。生で録ったときの空気感やまとまり方は良いなと思いつつ、僕はもうちょっとクリアなサウンドが欲しいところがあるので、打ち込みの方が向いている感じがしますね。うちのバンドはギターとベース、声は生が多いですけど、ドラムはトータルのキットを生で録ることはほとんど無いので、そういう意味では打ち込みを主体で作っている感覚があります。だからどちらかというと、バンドよりトラック・メイカーの曲作りに近いかなと思います。
ーコンスタントに踊れる音楽を作るために、何か心掛けていることなどはありますか?
熊木 そもそも音楽を作るのが好きだというのはあるんですけど、ベースとしてちゃんと寝る、ちゃんとご飯を食べるという、社会人として基本的な部分を大事にしていますね。そうしないとアイディアを出す源泉や、アイディア自体を動かす体力が無くなったりするので、健康に生きようとしています。曲作りの観点では、ショートカットできる作業をできる限り省いてワークフローを詰めるように。具体的には、ELGATO Stream Deckを使ったり、よく使うサウンドをテンプレ化したり、好きなプリセットをひたすら作っておいて、できるだけ自分の頭の中にあるサウンドに近いものを速く呼び出せるようなちょっとした工夫の積み重ねです。自分が面倒だと思ったことは手順が多かったり良くない作業がはさまっていることが多いので、そういうところはサクサクできるようにします。思い付いてからできるだけ速くやらないと自分の中で良かったか分からなくなることが多いので、そこはすごく大事ですね。
ー“踊る”ことを突き詰めた『TOUGH PLAY』の制作についてお話を伺ってきましたが、最後に、熊木さんがダンス・ミュージックを追求する理由を教えてください。
熊木 例えば、アイディアが出ないときとか、仕事でなんかなぁと思ったときに、散歩したりするとアイディアが出てくることがあると思うんですけど、それと同じで、踊ることによって今までの自分の物語と違うベクトルや違う影響を与えることができると思っていて。ダンス・ミュージックは、血糖値を爆上げするのではなくて、ループの中で徐々に高揚感が上がっていく魅力があって、自分と向き合うとか自分の物語を進める手助けをしてくれているんじゃないかなと思っています。その“自分の物語に高揚感があってどこかへ行けるような感覚”をお客さんにも伝えたくて、ダンス・ミュージックを選択しています。
エンジニア土岐彩香氏が『TOUGH PLAY』のグルーブの秘けつやミックス技法を語るエンジニア・インタビュー(会員限定)はこちらから:
インタビュー前編では、 『TOUGH PLAY』を作り始めたきっかけや制作環境、メンバーとの制作手法について話を聞きました。
Release
『TOUGH PLAY』
Lucky Kilimanjaro
ドリーミュージック:MUCD-1483
Musician:熊木幸丸(vo)、山浦聖司(b)、ラミ(perc)、大瀧真央(syn)、柴田昌樹(ds)、松崎浩二(g)
Producer:熊木幸丸
Engineer:笹本サトシ、土岐彩香
Studio:プライベート、他