THE SPELLBOUND インタビュー【後編】〜ギターとシンセのレイヤーで作るシューゲイズ・サウンド

THE SPELLBOUND インタビュー【後編】〜ギターとシンセのレイヤーで作るシューゲイズ・サウンド

BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之がSNSでボーカリストを募集し、THE NOVEMBERS小林祐介を迎えて結成したバンド、THE SPELLBOUNDの1stアルバム『THE SPELLBOUND』がリリースされた。さまざまなアーティストのプロデュース・ワークもこなす中野の緻密(ちみつ)なサウンド・メイクと、小林がTHE NOVEMBERSで見せるカオスな音像が融合し、秩序と混沌を両立した作品に仕上がっている。制作経緯、そしてレコーディング〜マスタリングの話を、中野のプライベート・スタジオTangerine Houseで語ってもらった。

Text:Yusuke Imai Photo:Hiroki Obara

インタビュー前編はこちら:

ギターのライン録りで解像度の高さや立体感を再現

今回はアンプ・シミュレーターを使ってギターを録っていたとのことですが、実機のキャビネットを鳴らすのとはまた違ってくると思います。どのようなイメージを持って音作りをしていましたか?

小林 いろいろなペダル・エフェクトを使ってラインで録音したわけですが、打ち込みの世界の中で自分のギターがどういう揺らぎを生み出せるのか、音の壁のモアレ感が曲に良い影響を与えられるのかなど、そういうところを意識していました。これまでは実機のギター・アンプを複数台並べて、複数のマイキングをして、そこから出てくる偶然性を楽しんでいたんですけど、今回のライン録りでさらに解像度の高さや立体感を再現できたのが衝撃でしたね。

中野 ラインでApolloに送るわけですが、その先は結構簡単です。アンプ・シミュレーターとEQとダイナミクス・エフェクトに入るくらいで、大したことはしていません。アンプ・シミュレーターのセッティングも、ゲインを調整するくらいでほかは初期状態から変えないことも多かったです。基本的な音作りは小林君のペダル・エフェクトで行っていました。

 

別の音色設定をレイヤーしたりもしましたか?

中野 ギターだけでレイヤーしたわけではなくて、同じフレーズをシンセで弾き、同じアンプ・シミュレーターを通して出すということもやりました。ギターだけでは作れない、超低域から超高域まで伸びている矩形波系サウンドをレイヤーしたり。シンセでシューゲイズっぽいサウンドを作っている曲もありますが、うっすらとギターもレイヤーすることで安定感のあるサウンドになっています。

 

アンプ・シミュレーターは何を使いましたか?

中野 ひずみ系はUADプラグインのDiezel Herbert Amplifierを使っていることがほとんどです。もともとBOOM BOOM SATELITTESのライブでDIEZELを使っていて、音の使い勝手もよく分かっているので。あえてキャビネットを通さないこともありました。

ギターやシンセの音作りで多用したUNIVERSAL AUDIOのUADプラグイン、Diezel Herbert Amplifier

ギターやシンセの音作りで多用したUNIVERSAL AUDIOのUADプラグイン、Diezel Herbert Amplifier。パッド系シンセなどを通すことで、ギターだけでは再現できないノイズ成分や帯域を持つサウンドが作れるとのことだ

実機とシミュレーターの差は何か感じられていますか?

中野 ちゃんとキャビネットまでシミュレートするとナローな音になって、いわゆるギターのサウンドになります。その段階になってアナログとデジタルを比べる意味が出てくる。僕は良い曲ができればいいという考えでツールを使っているので、そもそもアナログのギター・サウンドにこだわりを持っていません。そこから解放されるとギター・サウンドの可能性が広がります。曲によってはアンプ・シミュレーターさえ必要無いこともあるし、プラグインのファズを使っただけのギター・ソロとかも結構かっこいいんです。今回は、いかに小林君の歌が届くかを中心に考えていて、楽器のアレンジというのはそのサポートや舞台装置としての役割でしかない。ハードウェアでもソフトウェアでも、歌がよく聴こえればなんでもよかったんです。

 

シンセはどのようなものを使いましたか?

中野 ハードウェアはMOOG MatriarchやSub Phatty、SEQUENTIAL Prophet-6、BEHRINGER 2600 Gray Meanieを使いました。すぐに触れる、つまみの動きにダイレクトに反応してくれる、という部分はソフトウェアだと難しいところです。音に関しては“ソフトウェアだからダメだ”と感じることはありません。ライブだとハードウェアの比重は大きくて、昔とはまたすみ分けが変わってきたと思います。ソフトウェアで一番多く使っているのがSTEINBERG Retrologue。あとはSPECTRASONICS OmnisphereやXFER RECORDS Serum、NATIVE INSTRUMENTS Massiveとか、一般的なシンセが多いです。ギターとレイヤーするときのセットアップは大体決まっていて、Diezel Herbert Amplifierでパッド系シンセをひずませて、同じ音色を2つ用意してL/Rに振ります。そのサウンドだけでもいけるくらい、“こういうシューゲイザーがあるとかっこ良いな”と感じるような音になる。小林君もそのサウンドは結構好きだよね?

小林 あれはちょっとした発明だと思いますね。ギターや実機のギター・アンプで作るシューゲイズ・サウンドの弱点がごっそりと解決したような凄みがあります。

中野 シューゲイザーのサウンドは、いかに位相を悪くして混沌とさせるのかという中でできているので、ミックスで抜けてこなくて結局背景音にしかならなかったりするんです。2ミックスの音圧を上げて迫力を出す感じになってしまう。だから、スマートフォンのスピーカーとかで聴くと明りょうさが無くてジャーっと鳴っているだけに聴こえがちです。でも今回の方法で作った音はもっとクリアで音程感もあるし、ノイズ成分も濃く、上から下の帯域まで面として出てくる。

小林 あのサウンドが自分のギターで出たらなって本当に思いますね。

楽曲で使われたハードウェア・シンセ。MOOG Sub Phatty、Matriarch、SEQUENTIAL Prophet-6が置かれている

楽曲で使われたハードウェア・シンセ。MOOG Sub Phatty、Matriarch、SEQUENTIAL Prophet-6が置かれている。近年は実用的で音が良い現行シンセを中心に使っているとのことだ

BEHRINGER 2600 Gray Meanieは、3VCOとマルチモードVCF、スプリング・リバーブを備えたセミモジュラー・アナログ・シンセサイザー

BEHRINGER 2600 Gray Meanieは、3VCOとマルチモードVCF、スプリング・リバーブを備えたセミモジュラー・アナログ・シンセサイザー。1971年のARP 2600 Gray Meanieの回路を再現している

良い意味でのエラーを起こす機会を作っていきたい

ギターだけでなく、楽曲全体として混沌とした響きはキープしつつ、解像度が高く感じられます。ミックスで何かをするというよりも、やはり最初の音作りや音選びが肝になってくるのでしょうか?

中野 僕の場合は、制作作業のいろいろなところで音が淘汰され続けていって、最終的なミックスやマスタリングまで一貫性を持った上で取捨選択がされているからと言えます。僕はほかのアーティストのデモを聴く機会も多いんですけど、APPLE GarageBandとかで作ったデモの段階で音が良い人っているんです。選んだプリセットが曲に合っていたり、過不足が無い情報量に収まっていたりと、その人のセンスが働いているんだと思います。逆に、いろいろなアイディアを詰め込んでいるけど、整理しないと何が行われているのか分からないというタイプの人もいます。その優劣は付け難くて、ぐちゃぐちゃなデモを作ってくる人が音楽家として劣っているのかというと、必ずしもそうではないケースがあるのが面白いところです。

 

ミックスはDAW内部で完結させたのでしょうか?

中野 今回はアナログ・サミングをしています。Apollo X16から16chを出して、DANGEROUS MUSIC 2-Bus+で混ぜ、PARALIMIT機能でパラレル・リミッティングをしました。音の粒立ちが少し変わるんです。サミングした後はBETTERMAKER Mastering Compressorに入り、DANGEROUS MUSIC AD+でA/Dした後、Apolloに戻してUADプラグインで調整してマスターを録音する流れです。

 

お二人の音楽性が混ざり合い、現代的な解像度とカオス感を両立したアルバムになったと思います。もう次の目標は見えていますか?

中野 先述のように今回は一貫性を持った取捨選択で制作をしていましたが、一つの方向へ収束し過ぎてしまうことにもつながり、無駄なものが入ってこなくなってしまいます。雑然としたアイディアや良い意味でのエラーを起こすような機会を作っていかないと、自分たちが飽きてしまうだろうなと思いますし、次のアルバムではその流れを少し変えたいです。

小林 1stアルバムは、“このハードルを越えるぞ”という気持ちでたどり着いたという感じがあったので、次作はそれに加えて自分自身の楽しみや遊び心などから生まれるものも体験したいなと思っています。

 

 Mastering Plug-In 
TONE PROJECTS Kelvin Tone Shaper

TONE PROJECTS Kelvin Tone Shaper

中野  CDのマスタリングはSony Music Studios Tokyoの酒井秀和さんが行っていて、曲ごとにフル・デジタルで作業するのかアナログ機材も使うのかを選びました。ハイレゾ版は僕がマスタリングをしています。フル・デジタルで作業を行っていて、使ったものはFABFILTER Pro-Q 3とPro-L 2、そしてサチュレーターのTONE PROJECTS Kelvin Tone Shaper。Kelvin Tone Shaperはひずみ感がアナログのように生々しく、2つのひずみのステージそれぞれでトランス・タイプを選べたり、トーン・シェイピングも行えます。重心を下げたり、ピーキーな中高域にひずみを加えることで音を均したり、足りない部分を補ってリッチに聴きやすくするようなことが可能です。Kelvin Tone Shaperで音の密度のバランスを整えておくことで、最終段のPro-L 2で奇麗にリミッティングされます。

 

インタビュー前編では、 中野雅之、小林祐介がバンドの結成から1stアルバムの制作経緯を振り返ります。

Release

『THE SPELLBOUND』
THE SPELLBOUND
中野ミュージック:NKNM-0001〜0004

Musician:中野雅之(prog、syn)、小林祐介(vo、g)
Producer:THE SPELLBOUND
Engineer:中野雅之、酒井秀和
Studio:Tangerine House、Sony Music Studios Tokyo

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