BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之がSNSでボーカリストを募集し、THE NOVEMBERS小林祐介を迎えて結成したバンド、THE SPELLBOUNDの1stアルバム『THE SPELLBOUND』がリリースされた。さまざまなアーティストのプロデュース・ワークもこなす中野の緻密(ちみつ)なサウンド・メイクと、小林がTHE NOVEMBERSで見せるカオスな音像が融合し、秩序と混沌を両立した作品に仕上がっている。制作経緯、そしてレコーディング〜マスタリングの話を、中野のプライベート・スタジオTangerine Houseで語ってもらった。
Text:Yusuke Imai Photo:Hiroki Obara
一人ではなくボーカリストと一緒に作りたかった
ー2019年に中野さんがSNS上でボーカリストを募集したことがきっかけでTHE SPELLBOUNDは結成されました。募集を始めた段階で、既にどんな音楽性で作っていきたいなどイメージを持っていたのでしょうか?
中野 いえ、全くありませんでした。自分一人でインストゥルメンタルのアルバムをリリースすることには関心が持てなかったので、ボーカリストと一緒に音楽を作りたいという考えから募集に至ったのですが、どんなボーカリストと出会うかで音楽性が決まってくると思っていましたし、特に最初から何かを決めておくようなことはなかったです。
ーその募集に小林さんが反応されたわけですね。
小林 僕の中でBOOM BOOM SATELLITESの存在はすごく大きく、お二人がいた境地のようなところへ飛び込むことでどんなことができるのだろうと、子どものようなワクワクした気持ちが最初にありましたね。
ー制作はどのようなことから始まりましたか?
中野 すぐに音楽制作に入るようなことはしていませんでした。お互いのことを知るような時間というか、世間話のようなことから始まったんです。どんなことを考えて音楽活動をしているのかとか、何を目標にしているのかとか……質問をぶつけていくというよりも、世間話の延長の中でそういったことを聞き出していくような感じでした。まずは小林君がどんなことを考えているのかを知りたかったんです。そういうやり取りをしつつ、じゃあ曲を何か作ってみようとなったところですぐに行き詰まりました。アイディアを持ち寄り、それらを合体させて何かが生まれるということがあまり起きなかったのに加えて、僕がそもそもそのようなコラボの仕方に興味が無くて。もっと情熱的に、0から1を生み出す感覚というのを味わいたかった。そこから生まれたものを見た上で、今後のリリースやライブ活動についても考えたかったんです。なかなかうまく行かず、悩んだりしたのですが、週に一度は僕のスタジオで小林君と会うというルールを決めて。根気強く模索していく中で何となく兆しが見えたのが結成して1年たったころでした。
ー長い試行錯誤の期間があったのですね。
中野 振り返ってみると、1年間何も生まれなかったことによく耐えたなと思いますね。その1年の間にDISH//への楽曲提供の依頼が僕にあって、歌詞を小林君に頼むことにしたのですが、ほかのアーティストの楽曲を作ることで、自分たちの作風を客観的に見る良いきっかけにもなりました。提供先という第三者が居ることで違うハードルの設定の仕方もできて。
小林 そういうように1年間をいろいろな形で過ごして、悩みも多かったですけど、やっとできてきたというのが2020年の夏の終わりくらいでした。
ー最終的にはどのような作曲の流れとなったのですか?
小林 結局は曲ごとにバラバラでしたね。
中野 小林君が簡単なコードとメロディから始めることもありましたし、ビート先行で進めるものもありました。自分たちが何かを持ち寄って、そこから何が見えてくるのかというのを一曲ごとに探っていく作業だったので、決まった作り方が無かったんです。提案されたものに肉付けをしていくこともあれば、テンポやキーも変え、リハーモナイズもして僕のイメージが膨らみやすいようにすることもあります。できた断片をコーラス(サビ)にしてバース(平歌)を考えるとか、そういうことの繰り返しで。
ー小林さんがシンセなどを加えることはありましたか?
小林 いえ、無かったです。
中野 今回小林君には歌と言葉に徹してもらっていて、それがプロダクションとして成功したかなと思います。小林君にもサウンド・デザインをやってもらっていたら、歌にしっかり向き合ってもらうことができなかったのではないかなと。とにかく良い歌詞を作ってもらうことにリソースを割いてもらっていたんです。もちろん僕が作ったサウンドの確認は取ってもらって進めていました。
歌一本での説得力や力強さを体感できた
ー歌録りの際はどのようなマイクを使いましたか?
中野 真空管マイクのAUDIO-TECHNICA AT4060を使いました。小林君の声と相性が良かったです。どのマイクが合うのかはまだ探っているところで、本当は小林君のために新たにマイクを用意したかったんですが、今回は手持ちのAT4060でレコーディングしました。
ーマイクプリなどはお持ちのUNIVERSAL AUDIO Apollo X8のUADプラグインで?
中野 今回はハードウェアの方を使っていて、プリアンプはVINTECH AUDIO Model 473、コンプはUREI 1176LNかDBX 160SLを通ってApolloに入っています。
ーハードウェア中心にしたのは小林さんの声とのマッチを考えたためですか?
中野 そうですね。特にロックのボーカルは厚みや芯の部分が重要になってくるので、ソフトウェアのみを使って入力段階でその密度感を出すのはまだ難しいと感じています。
ー小林さんはTHE NOVEMBERSの歌録りでROLAND VS-2480などハードディスク・レコーダーを活用されていましたね。
小林 はい。でもTHE NOVEMBERSとTHE SPELLBOUNDでは歌の扱い方がまるで違っていて。THE NOVEMBERSでは全体として良いバランスになるように歌を考えてレイヤーなどのアプローチを採るんですけど、歌一本での説得力や力強さ、音のリッチさを出すということをTHE SPELLBOUNDのレコーディングで体感できました。
ーギターやシンセによる音の壁がある中、ボーカルが抜けてくるのが心地良いです。何かコツがあるのでしょうか?
中野 ちゃんとイメージさえできていれば、ラップトップとマイクだけである程度同じものにはなるのではないかと思いますね。しいて言えば、今回のようにノイジーなサウンドとクリアなボーカルの音像を共存させたり、距離感を調整するというときにはクロックが重要になります。絵で言えばキャンバスの大きさや素材感、絵の具がアクリルなのか油絵なのか……そういうものがテクスチャーとしてはっきり出てくるようなモニター環境が大切です。少し乱暴な言い方になりますが、ある程度どのようなマイクでもプリアンプでも、自分の中にイメージがしっかりとあり、ちゃんとモニターさえできれば、音は収まっていくと思っています。クロックがあまり良くないと音の境目がはっきりとしなくなってきますし、何をやってもぐちゃぐちゃになってしまいやすい。そこが判断できるかというのは、僕のスタジオで気をつけていることの一つです。
ーそのクロックは何を使っていますか?
中野 ANTELOPE AUDIO 10MXです。一世代前の10Mを使われている方も多いですが、この10MXは1Uとコンパクトなサイズで、音も良いので重宝しています。
インタビュー後編(会員限定)では、 ライン録りで解像度の高さや立体感を再現したというギター・サウンド、ハード/ソフトの両方を駆使したシンセの音作りに迫ります。
Release
『THE SPELLBOUND』
THE SPELLBOUND
中野ミュージック:NKNM-0001〜0004
Musician:中野雅之(prog、syn)、小林祐介(vo、g)
Producer:THE SPELLBOUND
Engineer:中野雅之、酒井秀和
Studio:Tangerine House、Sony Music Studios Tokyo