耽美的なロックの世界観に、無機質なマシン・ビートを取り入れたTHE NOVEMBERSのニュー・アルバム『At The Beginning』。4人組のバンド・フォーマットにとらわれず、前述のドラム打ち込み、シンセ・ベースの活用、そしてサンプルSEの大胆導入と、録音物としての芸術性を一層高めた作品だ。そのサウンドを分析する上で欠かせないのが、全9曲中の7曲でプログラミングに参加したyukihiro(L’Arc~en~Ciel、ACID ANDROID)の存在。そもそも、ボーカル/ギターの小林祐介(写真左手前)はACID ANDROID へ頻繁にサポート参加しているため、そこまで奇抜な取り合わせのコラボレーションではないのだが、yukihiro自身が他者のアルバム制作にこれだけコミットするのはかなり異例なこと。本稿ではあえてバンドのメンバーではなく、yukihiroに制作を振り返っていただいた。
Text:Kentaro Shinozaki
TR-909 のスネア作りは
“TUNE”と“SNAPPY” のバランス
ーTHE NOVEMBERS側からのリクエストで参加が実現したのですか?
yukihiro そうですね。彼らは前のアルバムぐらいから打ち込みをかなり使うようになって、小林(祐介)君にサウンド面で相談されたりしていたんですよ。それに答えているうちに、“じゃあ、次のアルバムはぜひお願いします”という流れになって。
ー小林さんとは音楽的な話をよくしているのですか?
yukihiro 会ったらそういう話はしますね。どんな音に興味があって、どんな音楽を作りたいとか。彼は音楽好きで、すごくいいと思います。
ー小林さんはかなりのL’Arc~en~Cielファンのようですね。
yukihiro そうみたいですね(笑)。
ーyukihiroさんには謙遜しながら接する感じですか?
yukihiro 普段そういうところは少しあったりするかもしれないですけど、音楽の話をしているときは普通ですね。
ーずばり小林さんの音楽的な魅力はどこですか?
yukihiro いろんな音楽を聴いて自分の中に取り込み、自分の色にできるところです。
ー小林さんはブンブンサテライツの中野(雅之)さんともコラボレーションをしていると聞きました。
yukihiro いろんな人とコラボレーションしていますよね。Charaさんのプロデュースもしたり(編註:2013年『JEWEL』)。コミュニケーション能力が高いですよね。
ーyukihiroさんが自身のACID ANDROIDやL’Arc~en~Ciel以外で打ち込みをするのは初めてですか?
yukihiro 初めてではないですけど、すごく久しぶりでした。彼らは格好良い音を出すバンドなので参加させてもらうことには何の迷いも無かったんですが、同時にプレッシャーはかなりありました。THE NOVEMBERSのメンバーをがっかりさせる出来にはしたくなかったですし。
ー実際にTHE NOVEMBERSと一緒に作業を始めたのはいつごろだったのですか?
yukihiro メンバーのレコーディングを1回見に行って、そのデータをもらったのが3月中旬でしたね。そこから1週間くらいが僕の作業でした。
ーそのデータはどんな形のものだったのですか?
yukihiro 生演奏した楽器の音はまだ入っていなくて、小林君がデモを作るときに打ち込んだMIDIデータと、そのオーディオ・トラックというラフな感じでした。ボーカルは1曲も入ってなかったです(笑)。
ー小林さんから“この曲はこういう感じにしてください”というリクエストはあったのですか?
yukihiro 部分的に“このシンセのフレーズはこういう感じで”というようなリクエストはありましたが、基本的にはお任せという感じでした。リズムに関しては“ここはROLAND TR-909、ここはTR-808”という要望の曲もありましたね。
ーyukihiroさんのスタジオで一緒に作業をした?
yukihiro 最初に1曲やったときに小林君が感触をつかめたらしくて“後はお任せします”“じゃあやっとくね”という感じで。最初の曲は「薔薇と子供」だったかな。それ以降は、僕があらかじめMIDIデータを作っておき、それで鳴らしたシンセの音色を確認しに来てもらって、OKだったら取り込んでいきました。一緒に作業したのは2日間くらいだったと思います。
ーその「薔薇と子供」をよく聴くと、ビート・パターンは同じでも1AはTR-808系、2AはTR-909系のサウンドに変わりますね。
yukihiro それは小林君の指定でした。僕が持っている実機を鳴らしています。
ーTR-808やTR-909の音作りはどのように?
yukihiro 本体のパラメーターを作った上で、音色ごとにプリアンプのNEVE 1073を通して取り込んでいきました。
ー本体のパラアウトは使いましたか?
yukihiro 使っていません。マスター・アウトから1音色ずつ録っていきます。僕の印象ではパラアウトよりもマスター・アウトの方が音がいい気がするんですよね。それをNEVEに直接入力してからオーディオ化しました。
ーTR-909のパスッというスネア音が格好良いですが、何か音色作りのコツはありますか?
yukihiro “TUNE”と“SNAPPY”のバランスですね。TR-909のパラメーターは曲ごとに動かしています。ベースやシンセ、オケとの絡みを聴きながらノブを回しているとハマる瞬間があるんです。
ードラマーからしたら常識だと思いますが、ドラムにもピッチがあるわけですよね。曲調に対するチューニングも含めてパラメーターをいじるという?
yukihiro 厳密にチューニングはしていないです。聴感上で気持ち良いところを探してます。あと、TR-909だったらハイハットの“DECAY”も重要ですね。こういう機材を使うんだったら、パラメーターは積極的に動かした方がいいと思います。
ーそのディケイに関して、取り込んだ後の波形でいじる方法もあると思いますが。
yukihiro 僕の制作には無い方法ですね。本体で音色を決めてから取り込みます。
ー録る前にちゃんと作り込め!ということですね。
yukihiro まあ、人によりけりです(笑)。
ーyukihiroさんが所有する実機のTR-909/TR-808のコンディションはいかがですか?
yukihiro 見た目はキズだらけですが、以前ROLANDにオーバーホールをしてもらったことがあって、シャキっとした音になって戻ってきましたね。
ーリバイバル製品としてROLAND TR-09やTR-08なども出ていますが、実機はやはり違いますか?
yukihiro 僕もTR-09/TR-08は買いましたが、実機を持っているのでやっぱりそっちを使いますね。
ーyukihiroさんはドラム・パターンの繰り返しに関して、TR-909/TR-808を取り込んでDAWでループさせるのではなく、曲の尺に合わせて走らせて録音するというやり方をしていましたよね。今回もそうでしたか?
yukihiro 今回も1曲通して取り込んでいます。取り込んだオーディオでループを作ることはまず無いですね。
打ち込み中心になりそうなことは
ドラマーの吉木君にも確認していた
ーyukihiroさんのスタジオでは、打ち込み以外の作業も行われたのですか?
yukihiro 僕のスタジオでは打ち込みとその音の取り込みだけで、オーディオ化したデータを渡して、彼らの方でミックスするという流れでした。
ーyukihiroさんの段階ではボーカルは入っていなかったわけですよね。完成形をイメージをしながら打ち込んでいった?
yukihiro 全容は全く分かりませんでした(笑)。でも自分の想像と感覚でやっていけば大丈夫だろうと思っていました。
ー完成形を聴くと、ドラムに関してはやはりyukihiroさんの打ち込みがメインで、生ドラムが少ないですね。
yukihiro “ 音色としての生ドラム”があるという印象ですよね。
ードラマーがいるバンドでここまで打ち込み主体の作品というのは英断ですが、同じドラマーとしてどうですか?
yukihiro 僕は抵抗は無いですね。一応、作業前にドラムの吉木(諒祐)君に“ 打ち込み度合い高くなりそうだけどどう?”って聞いてみたんですよ。それに対して、“ 作品は作品として割り切っています”と言っていました。
ー作品至上主義ですね。
yukihiro でも、生演奏するライブでは絶対に生ドラムの比重が上がりますからね。それでさらにカッコよくなることはメンバーも分かっているでしょうし。
ーシンセのことについてもお聞きしたいのですが、たくさん所有するシンセの中で今回活躍したモデルは?
yukihiro ベースはMOOG Minimoog Model D、それからMinimoog VoyagerやソフトのNATIVE INSTRUMENTS Monarkも使いました。速いパッセージのフレーズはハードよりソフトの方がちゃんと付いてきてくれるんですよね、今の僕の環境だと。ほかにソフトではストリングス系にNATIVEINSTRUMENTS Kontaktのライブラリー、ピアノにSYNTHOGY Ivoryも使っています。
ーほかにハードウェアの使用シンセは?
yukihiro 活躍したのはROLAND Jupiter-6ですね。今回使ってみて、あらためて良いシンセだなと思いました。小林君も盛り上がっていました(笑)。
ーROLAND MKS-80も持っていましたよね?
yukihiro はい。でも、鍵盤が付いているJupiter-6の方が今回の作業では使いやすかったです。
ーここ数年でSEQUENTIAL Prophet-6やOB-6も導入していましたが、それらも使いましたか?
yukihiro 僕自身の作品では最近よく使うようになりましたが、今回はProphet-6をパッドで使ったぐらいで、ほぼJupiter-6でした。
ー電源環境の関係から“シンセの取り込みは夜中に行う”というポリシーもあったと思いますが……。
yukihiro 最近はあまりこだわらなくなりました(笑)。
ステレオの派手さに惑わされないよう
モノラルで作業するのはお勧め
ー「消失点」ではイントロで左右にパンニングするノイズが聴けますが、ああいったサウンドもyukihiroさんが入れているのですか?
yukihiro 僕ではないですね。基本的にはリズム周りとシンセです。
ー「理解者」の金属音もyukihiroさんではない?
yukihiro それは僕です。昔自分で録ったメタル・パーカッションのライブラリーを使っています。
ー「開け放たれた窓」はほかのダークな曲と異なって、割と明るい曲調に仕上がっています。特にロングトーン中心の伸びやかなシンセが気持ち良いです。
yukihiro この曲は特にお任せ状態で渡されたんですよ(笑)。作業的にはリミックスを作っている、という感覚がしっくりきました。歌メロと構成を残してアレンジし、トラックを作っていきました。
ー特に上モノ・シンセの減衰が良いですよね。リバーブの余韻ではなく、リリースの減衰と言いますか。
yukihiro シンセのリリースって重要ですよね。僕は録音も打ち込みもAVID Pro Toolsでやっているんですけど、基本的に単音フレーズのノートのデュレーションは全部120ティックにしているんですよ。次のノートまでディレーションを伸ばさずに、シンセ側のリリースでコントロールするようにしています。
ーシンセにしろリズム・マシンにしろ、音色作りは大切ですよね。プリセットばかり使っていてはそこは上達しないかもしれません。
yukihiro お勧めなのは、モノラルで作業してみることですね。ステレオの派手さに惑わされないように、僕はミックスするまでどのトラックもモノラルで作業しています。シンセに内蔵エフェクトがあったら切って、ケーブルもLだけ挿してモノラル・アウトにする。ハードによってはステレオ・アウトの考え方にバリエーションがあって、ノートを発音するたびにL、R、L、Rの順で鳴るものもあるので、そういうのを避ける意味でもモノラル・アウトしかしないようにしています。ただ、WALDORF QuantumとMOOG Oneはステレオ・アウトにしています。説明書に“ステレオで出力しないと意味がない”と書いてあったので(笑)。
ー今後もこうした形でほかのアーティストのプロジェクトに参加していくことはあるのでしょうか?
yukihiro お話があればという感じです。
ー本作も一段落して、今後は自身のACID ANDROIDの動きも期待されます。
yukihiro 作業はしています。新しい機材もいろいろ導入しているので楽しいですね。
『At The Beginning』
THE NOVEMBERS
MERZ:MERZ-0209
1. Rainbow
2. 薔薇と子供
3. 理解者
4. Dead Heaven
5. 消失点
6. 楽園
7. New York
8. Hamletmachine
9. 開け放たれた窓
Musicians:小林祐介(vo、g)、ケンゴマツモト(g)、高松浩史(b)、吉木諒祐(ds)、yukihiro(prog)
Producer:THE NOVEMBERS
Engineer:岩田純也、他
Studio:Triple Time、他