川上洋平(vo、g:写真中央)、磯部寛之(b、cho:同左)、白井眞輝(g:同右)、庄村聡泰(ds)から成る[Alexandros]。ディストーション・ギターが映える激しいサウンドや流麗なメロディが光るポップス、4つ打ちダンス・ロックまで、さまざまな側面からのアプローチで楽曲を生み出すバンドとして、2007年の結成から勢いを止めることなく活動を続けている。今年1月、ジストニアにより庄村が5月リリース予定だったベスト・アルバムをもって“ 勇退”することが発表されたが、新型コロナ・ウィルスの影響により、リリースの見送りを余儀なくされた。中止となるライブも増える中、川上と磯部、白井の3人はセルフ・カバーを中心としたコンセプト・アルバム『Bedroom Joule』を発表。各自が持つ制作環境でレコーディングを行い、データでのやり取りで作られたという。その制作手法について知るべく、3人へのインタビューを行った。
Text:Yusuke Imai
声のクリスプ感もとらえる
Reference Gold でボーカルを録音
ー元曲と比べて大胆なアレンジが施されていますね。全体的にはベッドルーム・ミュージックと言えるようなリラックスしたサウンドになっています。
川上 世の中がこういう状況になり、僕らも作品リリースが延期になったりしたんですが、そんな中でInstagramで弾き語りライブ配信を行ったんです。自分としては、ライブができないフラストレーションを解放するためのものだったんですけど、思っていたよりも喜んでくれる人たちが多くて。ライブに行けないという不満だけでなく、こういう状況に不安を感じていて夜も眠れないという人もいると知り、“ 癒し”が求められていることに気付いたんです。そこで、今しかできないことをやろうと考え、『Bedroom Joule』を作り始めました。
ー本誌2019年1月号のプライベート・スタジオ特集に川上さんが登場した際、「メンバー間でセッション・ファイルをやり取りしたりしてデモを作っている」と話していました。そのノウハウもあり、今回の作品制作もスムーズに行えたのではないですか?
川上 そうですね。これまでデモの音を本チャンで使うこともありましたし、デモ作りには自信がありました。セルフ・カバー中心であればすぐに制作できるだろうと思い、すべて自宅でのレコーディングでも可能だと思ったんです。
ーこれまではデモ制作用に環境を整えていたと思いますが、今作のレコーディングのために新たに導入した機材などはありましたか?
磯部 機材は以前からそろえていたので、今回のために買ったものはあまり無いですね。ベース録りはオーディオ・インターフェースのFOCUSRITE Scarlett 18I8へ直挿しして、アンプ・シミュレーターのNATIVE INSTRUMENTS Guitar Rigなどのプラグインを使っています。コーラス録りのマイクはAKG P120を使いました。今回のキーワードとしては“フル活用”。今まではデモ作り中心ということでパパッと録っていましたが、今回はしっかりと機材を使って音を突き詰めたようなイメージです。例えば、僕はDAWにABLETON Liveを使っていますが、その使い方の技量も上がりました。打ち込みも今まで以上に駆使した部分があったりして、機材の活用具合の変化がありましたね。
ー白井さんの制作環境は?
白井 DAWはAVID Pro Toolsです。オーディオ・インターフェースはM-AUDIO Fast Track C600で、GIBSONの小さいギター・アンプにSHURE SM57を立てつつ、BOSS DI-1を使ってライン音も同時に録っていました。「Starrrrrrr(Bedroom ver.)」はギター・アンプを録った音で、「Adventure(Bedroom ver.)」ではラインを使ったりと、大体半々くらいの割合で使っていますね。ライン録音した方はLINE 6 Pod Farmを使って音作りをし、エンジニアにサウンドのイメージを伝えています。
ー川上さんのボーカル録音はどのように?
川上 今まではSHURE SM7Bでデモの仮歌を録っていましたが、今回はコンデンサー・マイクを使おうとMANLEY Reference Goldを買いました。オーディオ・インターフェースはUNIVERSAL AUDIO Apollo Twinです。今作のデモ段階ではSM7Bも使っていて、「Run Away(Bedroom ver.)」のデモはSM7Bでした。リズムを取るためにギターを弾きながら歌ったんですが、そのボーカル・トラックの後ろで微かに鳴っているギターの音がすごく良かったんです。それはダイナミック・マイクのSM7Bだからこそだと思いますが、Reference Goldだと当然ですがよく録れてしまうので、デモのイメージに近付けるためのさじ加減は難しかったですね。
ー今作のコンセプト的にはSM7Bのサウンドも合うような気がしますが、なぜReference Goldを使って録ったのですか?
川上 温かみのあるアルバムにしたかったので、丸いサウンドのマイクが良いかと考えていましたが、細部まで表現できる解像度の高さに魅力を感じたんです。TELEFUNKEN ElaM 251やUPTON MICROPHONES Upton 251、NEUMANN U87、U67など、マイクはいろいろと試しましたが、Reference Goldがかなり良い印象でした。アタックの強さも問題無く拾えて、激しめに歌う曲でも使える。オールラウンダーなマイクです。
ーボーカルの音像や質感は丸みのあるものになっていますが、それはミックスでの調整が行われたためですか?
川上 はい。くぐもった感じとパワー感という部分を出しています。SM7Bでは再現できない部分……例えば声のクリスプ感みたいなところもReference Goldでは忠実に録ることができて、ほかの楽器の中でもストンとちゃんと前にボーカルがいるように仕上げることができました。そういう意味でもSM7Bでなく、Reference Goldを使って良かったなと思います。
ー自宅でボーカルを録る際にこだわった点はありますか?
川上 意外かもしれないですが、マイク・スタンドです。TRIAD-ORBITのスタンドを使っています。レディー・ガガがピアノ弾き語りをしている動画で使われていて、マイク・スタンドのブームが90°くらいになっていても重たいU87をしっかり支えられているのが良さそうだなと思い、導入しました。ライブのときにマイク・スタンドをパッと動かすことがありますが、そういう感覚で調整できるのが魅力です。リラックス感のあるサウンドにしたかったので、ギターを持って座って歌ったりしていたんですが、そういうときでもスムーズにセットできるのでかなり役立ちました。自宅での録音では瞬発力も重要だと思うので、マイク・スタンドの柔軟性は大切ですね。
後からなんとかするという
アメリカでの録音経験が生きた
ーローファイ感あるサウンドが多く聴けますね。
磯部 制作中はローファイ・ヒップホップなどのプレイリストをよく聴いていましたね。“この楽器をこういうふうに使う”みたいな仕組みを知るためというよりも、まずはそのジャンルの空気感を自分の中に取り入れるために聴いていました。定石みたいなものを決めてしまうと枠にハマってしまいますし、自分だからこそできる部分も残したいですから。
川上 以前にも近いサウンドの曲を作ったりしましたが、今作ではコード感が新鮮な部分だと思います。あまり変化の少ないコード進行になっていて、基本的にはルート音が移動して上の構成音は動かない、というような。「Starrrrrrr(Bedroom ver.)」はそういうコード感ですが、“ 泣き”の部分を残すことは意識しました。哀愁感というか、良い意味でのダサさみたいなものは、やはり歌ものとして残したいなと思ったんです。クールに浸れるようなサウンド+コード感はこのアルバムに必要でしたし、そのバランスはみんなで意識しながら作っていましたね。
ーネオ・ソウル的な空間系エフェクトを使ったギターも出てきますが、録音時から音を決め込んでいたのですか?
白井 リバーブはミックスにかかわるところですし、こちらで作り込み過ぎてしまうと後からの調整も難しくなると思ったので、基本的にエンジニアにお任せしました。以前、アメリカでレコーディングをしたのですが、向こうの人たちはエフェクトを後がけすることが多かったですね。日本でのレコーディングと比べると、“ 後から何とかする”という感覚があって。それが自分の中に残っていたので、とりあえずラインとギター・アンプの音を録っておけば大丈夫、という気持ちにもなっていたんです。
ーギター・アンプの方はしっかりと音作りをした?
白井 そうです。ギター・アンプの音にもPod Farmなどのエフェクトを再度かけて作っていました。ライン音にプラグインを使うよりも、実機のギター・アンプを収録した音にプラグインを通した方が良かったりするんです。マイクとギター・アンプの空気感が加わりますから。最近はそういう部分もシミュレートするプラグインがありますけど、実際にギター・アンプを使った場合と比べると少し違う感じがしますね。なので、自宅録音だからソフトウェアばかり……というわけではなく、意外とハイブリッドに録っています。これもアメリカでのレコーディングを経験した影響ですね。これまでは密閉されたブースに入り、良いギターやアンプ、エフェクターを使って音を作り込んで録る、という方法しかやってきませんでした。アメリカも良い環境はもちろんありますが、ブースがスライド・ドア1枚だけで仕切られていたりします。それでもしっかり作品を仕上げられるんですよ。自分たちの中でちゃんと完成形が描けていれば大丈夫なんです。細かいところは気にせず、制作に打ち込む……そういうところは見習うべきかなと。
あえて弦を張り替えないことで
ギターがさわやか過ぎずに響く
ーギターの枯れたサウンドもローファイ感を演出していますね。
川上 アコギだとどうしてもさわやかになってしまうし、FENDER JazzmasterやStratocasterもイメージと違ったので、セミアコを使ったんです。僕の家に唯一あるのがEPIPHONE Casino Union Jack Sheratonで、それが理想としていた“さわやか過ぎずに響くサウンド”に近いものでした。あえて弦も張り替えないで弾いてみたら面白いかなと思ったんですけど、結果的に良い音になりましたね。
ーパッドのようなサウンドも出てきますが、これもギターなのですか?
川上 ギターにVALHALLA DSP Valhalla Shimmerを使って、SPECTRASONICS Omnisphereで作ったようなストリングスやアンビエント系サウンドにしました。サビ感を出したいけど、直接的過ぎるとダサくなってしまうからなんとかできないかと考えて採った手法です。
ー単に自宅にある機材で音を録ったというだけでなく、ひねりを加えたサウンド作りをしているのですね。
川上 ただ自宅で録っただけ、というのは嫌でした。それはやろうと思えば誰でもできますから。だから弾き語りアルバムにもしたくなかったんです。自宅でできる最大限のこと+αで作り上げたアルバムになっています。
電子ドラムをたたいてMIDIを取り込み
人間味のある揺れるリズムを残した
ーロックとは違い、ローファイ系サウンドではベースの響かせ方も変わってきますか?
磯部 そうですね。曲によって全然違いますが、それぞれイメージに合わせて音作りをしています。ベースはアンプを通さずにラインのみで、GODINのセミアコースティック・ベースを使いました。その楽器の音を生かすというよりは、ギターをストリングスっぽくしたように、曲によって役割りを変えていました。例えば「Thunder(Bedroom ver.)」は、シンセ・ベースっぽく少しこもらせたようなサウンドにしています。ここでもアメリカ・スタイルの録り方が生きていましたね。周りの音によってベースのあり方は変わってきますし、まず録ってから後で調整できるというメリットはすごく大きくて。だからできるだけ素の音を録って、Guitar RigやPod Farmで音を作ってイメージをエンジニアに伝えていました。
ーピアノも使われていますが、アレンジはどのように?
川上 サポートのROSÉちゃんにお願いしました。アコースティック・ピアノはNATIVE INSTRUMENTS Alicia's Keysです。今回はエレクトリック・ピアノが多く、RHODESやWURLITZERの音をよく使っています。それらはLive 付属の音源を使っているんですが、エンジニアにしっかりとEQで調整してもらって音を仕上げました。管楽器アレンジもROSÉちゃんにお願いして「rooftop」で入れましたね。
ー打ち込みによるリズムも本作の特徴です。
川上 打ち込みに頼るのもありだと思ったんですが、やっぱり揺れが欲しくなったんですよ。リモートでの制作なのでソフトウェアに頼ることになりますが、そこでグッと来るものが作れなかったら意味が無い。[Alexandros]が作るものとして、BGMではなく歌であり、雰囲気だけで終わるのは嫌でした。ドラム・パターンをサポートのリアド(偉武)に電子ドラムでたたいてもらって、そのMIDIデータを用いて音色を差し替えたりしています。そうすることでリズムの揺れを残し、人間味みたいなものは見失わないようにしました。正確にたたき過ぎていて、“もっと揺れて!”とオーダーしたくらいでしたね。揺れがあることで、そこへ重ねるギターのプレイもやっぱり良くなるんです。そういう“ 人による熱量”みたいなものが、いわゆる聴き流すプレイリスト的な楽曲と差別化できているところだと思います。
ー「Thunder(Bedroom ver.)」は独特なリズム・パターンに仕上がっていますね。
磯部 最初は全部打ち込みで作っていましたが、やはりちょっと決め過ぎな感じがあったのでリアドに相談してたたいてもらいました。スネアを指でパラパラたたくような録り方をしています。ドラム・パーツごとにデータをもらい、こちらで簡単なエディットをしましたが、実際にたたいてもらったことでドラマーとしての彼の持ち味も生きていると思います。
ちょっとしたことを見逃さないセンサーは
自分一人の時間で育つと気付いた
ー今ではさまざまなアーティストが自宅での制作環境を整えて、リモートでの作品作りを行うようになりました。初めてリモートでの制作をしてみて感じたことはありますか?
川上 スタジオに集まって作ることには良い面も悪い面もあると思います。人が近くにいるというのは緊張感を持てるのでその分集中できるんですけど、細かいところまでこだわり抜く時間は取りづらい。自分一人であれば“そんなところまで?”って思われるような部分にも時間をかけることができます。そのおかげで、「rooftop」では今までの中で一番と言えるようなボーカルが録れましたね。また、寝起きで歌ってみるという、スタジオだと難しいこともできます。寝起き独特のトーンもあるじゃないですか。そのときにしか出せない声ですぐ録れるという良さも、自宅録音にはあります。
磯部 頭で鳴っている音を再現する時間を十分に取れますし、再現のために自分で努力もするので、結果的にDAWの使い方などの技術面も向上しましたね。ただ、リモートでやっている以上、デモ曲をデータでみんなに送ってから反応が返ってくるまでに時間がかかるので、“自信作なのに返事が来ない!”と不安になることはあります(笑)。
白井 スタジオでなくても、自宅でいろいろと工夫はできました。“自宅の限られた環境だから、アンプ・シミュレーターを使って、ドラムは打ち込みで、ちょっと上モノを足す”というだけでも音楽として成立しますが、先ほど話したギター・アンプの録音とプラグインの組み合わせなど、少しの工夫で出来上がりが全然変わってくる。デジタルとアナログな手法のハイブリッドで新しいものができるので、試しながら録っていける面白さがありますね。
川上 個人的にはやっぱり寂しかったです(笑)。メンバーが一緒にいることでの刺激やひらめきは、自宅では皆無ですから。スタジオに集まっていれば、メンバーがちょっと爪弾いていたフレーズや、誰かが鳴らした着信音、物を落とした音など、そういうものからアイディアが生まれるんです。でもスタジオにずっといてもストレスになりますし、自宅で自分の腕を向上させる時間も重要。スタジオでのちょっとしたことを見逃さないセンサーは、自分一人の時間で育つということに今回の制作の中で気付かされましたね。
Release
『Bedroom Joule』
[Alexandros]
UPCH-2211(通常盤)/UPCH-7566(初回限定盤:CD+DVD)/UPCH-7567(初回限定盤:CD+Blu-ray)
- ar
- Starrrrrrr(Bedroom ver.)
- Run Away(Bedroom ver.)
- Leaving Grapefruits(Bedroom ver.)
- Thunder(Bedroom ver.)
- 月色ホライズン(Bedroom ver.)
- Adventure(Bedroom ver.)
- pr
- city(feat. Pecori)
- rooftop
- 真夜中(Bedroom ver.)
※1、8、11はデジタル版未収録
Musicians :川上洋平(vo、g)、磯部寛之(b、cho)、白井眞輝(g)、リアド 偉武(ds)、ROSÉ(p、k、prog)、Pecori(vo、prog)、佐瀬貴志(k、prog)
Producers :[Alexandros]
Engineers :Lou Koga、Hiromu "Cillian" Yasumoto、佐瀬貴志
Studios :プライベート、他