SEKAI NO OWARI 『umbrella / Dropout』〜激しく動くリズム隊と浮遊感漂うボーカルのギャップが美しくそれがこの曲の世界観をより面白くすると思いました

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2020年6月24日に、活動11年目のスタートを飾る両A面シングル『umbrella / Dropout』をリリースしたSEKAI NO OWARI。同作は、ストリングスとバンド・サウンドが融合するドラマチックなアレンジのJポップ・ソング「umbrella」、壮大なコーラスとシンセ・リードが交差するEDM 調ダンス・トラックの「Dropout」、そしてプロデューサーに蔦谷好位置を迎えて制作された「周波数」の3曲を収録している。今回はSEKAI NO OWARIのほぼすべての楽曲においてアレンジの根幹を担うNakajin(写真左)と、同バンドのミックス/レコーディングを長年担当するエンジニアの前田和哉氏を交えて、制作に関するインタビューを行った。

Text:Susumu Nakagawa

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メロディには歌謡曲的な“イナタさ”があったので
サウンド面では“モダンさ”を意識した

 

ー「umbrella」はドラマ『竜の道 二つの顔の復讐者』ののための書き下ろし主題歌となっていますが、どのようにして生まれたのですか?

 Nakajin 昨年12月辺りから制作を開始しました。初めはSaoriとFukaseとの3人でおのおのデモを作り、バンド内コンペを行ったんです。最終的にはその中から選ばれたSaoriのデモに、Fukaseが新しくサビを加えたものがこの曲の土台となっています。そこに至るまでには十数曲以上のデモを作りました。1曲のためにこんなにたくさん作ったのは、今まで無いかもしれません。

 

ーこの楽曲のコンセプトは何ですか?

Nakajin ドラマのテーマが“ 復讐劇”ということもあり、“マイナー・キー”かつ“ 疾走感”“ 激しさ”“ 暗さ”といったものがキーワードとしてありました。またこの曲は、バンドのインディーズ・デビュー11 年目のスタートを飾るシングルでもあったので、本当にいろいろなタイプの曲を作りながら試行錯誤して完成した楽曲。緊急事態宣言前だったので、アレンジが煮詰まったときは自分たちが共同生活をしている家の地下スタジオに集まってセッションしたりすることもありました。

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メンバーたちが共同生活をしている家の地下スタジオにある、広さ約40畳のプライベート・スタジオ。セッションから制作まで幅広い用途に使われている。レコーディング・ブースも併設する

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上から、マスター・クロックのBLACK LION AUDIO Micro Clock MKIII、マイクプリのJOHN HARDY M-1、オーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo X6がラックに収納されている

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メイン・デスクの両端に設置された︎パワード・タイプのモニター・スピーカー、PMC TB2SAII。PMC 独自技術であるATLベース・ローディング・システムによって、高精度な低域再生能力を誇る

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メイン・デスクの上に配置されているのは、コンパクト・アナログ・ミキサーのSSL Six

 

ーアレンジは、ほとんど生楽器で構成されていますね。

Nakajin はい。メロディには少し歌謡曲的な“イナタさ”を感じたので、サウンド面では“モダンさ”を意識した音作りを行っているんです。例えばAメロ/Bメロでは、シネマティック系のドラムや細かいFX 系音色のサンプル素材を重ねてポップスっぽい雰囲気を薄めています。また、イントロに登場するFukaseの声を多重録音をしたコーラスでは、あえてピッチ補正ソフトを通すことによって“ 冷たい質感”を加えているんです。この曲では、こういった処理をところどころに施しているのがポイントですね。

前田 あまり多く重ね過ぎると冷たい質感というのが薄れてしまうので、イントロのコーラスは4trくらいしか重ねていません。全体に関しては、メロディアスな旋律のボーカルに対して冷たい質感のサウンドを合わせることでバランスを取る、ということを意識しています。

Nakajin ギターの音色では、定番のロックっぽいディストーション・サウンドにならないよう、コーラスをかけたりして質感をコントロールしています。やはり、ここでも“モダンさ”や“ 冷たい質感”というのがポイントです。 

 

ー逆にアウトロでは、ローファイな質感のピアノ・ループとアナログ・ノイズが入っています。

Nakajin もともとは歌で終わっていたのですが、ピアノ・レコーディングの当日に思い付きました。たまたまFukaseが弾いていたフレーズをSaoriが聴いて、“それを最後に当てるのはどうだろう? すごく合うような気がする”と。ギターでも試してみたのですが、ピアノの方がすごく良い感じにハマったんですよ。

前田 ピアノはオンマイクにJOSEPHSON C42、オフマイクにNEUMANN KM88Iなどを使って録音しましたが、アウトロでは雰囲気を変えた方が良いと思ったので、リボン・マイクのRCA 77-DXを用いてモノラルで録りました。そこでNakajinが“アナログ・ノイズを重ねよう”とひらめいたんです。 

 Nakajin アナログ・ノイズには、WebサービスのSpliceで一番しっくりきたサンプル素材を使用しています。さらに前田さんがローパス/ハイパス・フィルターをかけて一工夫しているんです。レトロで格好良い雰囲気になったと思います。

 

“相反するもの同士”を共存させるのは
割と僕らが好きなやり方

 

ー楽器のレコーディングでは、どのようなところに気を付けましたか?

Nakajin 今回はドラムに一番時間をかけています。「umbrella」は、アレンジの段階からドラムのグルーブがとても肝だなと思っていたので何度も録り直しました。特に曲の1番ではタム、2 番ではハイハットがポイントで、それらが自分のイメージに近付くまでたたいてもらったんです。

 

ーボーカルではいかがでしたか?

Nakajin この曲ではドラムとベースがよく動くのですが、それらのテンションに引っ張られずに“ふわっ”と歌ってもらうことをFukaseにはお願いしました。激しいリズム隊と浮遊感漂うボーカルのギャップが美しいと思っていて、それがこの曲の世界観をより面白くするなと。こういった、“ 相反するもの同士”を共存させるのは割と僕らが好きなやり方で、これまでもいろいろな楽曲で取り入れてきたんです。

前田 「umbrella」と「周波数」では、コンデンサー・マイクSONY C-800Gが活躍しています。「umbrella」では、API 500 互換モジュールのマイクプリSPECTRA SONICS STX 100や、コンプレッサーのRETRO INSTRUMENTS Doublewide、EMPIRICAL LABS Distressor EL8を使用しました。個人的にはSTX 100 特有のサウンド・キャラクターが大好きなので、よく使っています。

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「umbrella」のミックスや「周波数」のボーカル・エディットが行われた、エンジニアの前田和哉氏のプライベート・スタジオ。メインのモニターには、AMPHION One15(写真上段)を使用している。ディスプレイの手前に見えるのはコンピューター用スピーカーLOGICOOL Z120BW

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ラックには、上からEQのBETTERMAKER EQ 232PMKII、サミング・ミキサーのDANGEROUS MUSIC 2-BUS+、クロック・ジェネレーターANTELOPE AUDIO Isochrone Trinity、オーディオI/OのAVID HD I/Oが収納されている。ラック上はSONY ZS-M5

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前田和哉氏が所有するAPI500互換モジュール群。上段には、RUPERT NEVE DESIGNS Portico 535×2、AEA RPQ500×2、AMSNEVE 1073LBEQ×2、下段にはお気に入りマイクプリのSPECTRASONICS STX 100×4、RETRO INSTRUMENTS DoublewideがAPI製シャーシに収められている

ーストリングスとアコギは、Bunkamura Studioで収録されていますね。

前田 ストリングスにもSTX 100を用いているんです。チェロ以外のマイクにはNEUMANN KM140を使用し、ほかの楽器に対しての距離感や奥行き具合にこだわって録音しました。アンビエンスにはSOYUZ SU-023 BombletやDPA MICROPHONES 4006などを数種類立てて、ミックスの際にどれをメインにするか選べるようにしているんです。

 

ーミックスでは、特にリズム隊とボーカルの動きがよく見えるような印象を受けます。

前田 ボーカルは声を張るような歌い方ではないので、いかに“オケの一番前に配置させられるか”ということろに気を付けてミックスしています。今回はダイナミックEQプラグインWAVES F6 Floating-Band Dynamic EQをよく使っており、1〜2kHz 辺りをブーストして歌い手の“口の動き”が分かるような工夫をしているんです。ベースとドラムにも使用していて、各パートのおいしい帯域を少しだけ強調するようにセッティングしています。これによって、リズム隊のグルーブ感もアップさせることができるんです。

Nakajin ベースにおいては、サビの前半は激しめで後半は流れるようなグルーブに変わるのですが、ここではしっかりフレーズを聴かせられるように処理してもらっています。また最後のサビ後には8 小節の間奏があるのですが、そこは個人的にはベース・ソロだと思っているので、前田さんにベースが目立つようにお願いしました(笑)。

 

ソングライティング・セッション後に曲を聴いたら
新しいアレンジが一気に浮かんだ

 

ー楽器中心の「umbrella」とは反対に、もう一つのリード曲である「Dropout」は、シンセを主体としたEDM調のダンス・チューンとなっていますね。

Nakajin この曲は約3年前から温めていたもので、何度かアレンジは変わりましたがようやく今回形にすることができました。というのも、2018 年の1月にイギリスとスウェーデンに一人で行って、現地のアーティストとソングライティング・セッションをしたんです。その帰国後にあらためてこの曲を聴いたとき、新しいアレンジが一気に浮かんだんですよ。具体的には、音数を少なくするということをとても意識しています。

 

ーセッションでは、どのようなことを感じましたか?

Nakajin 純粋に、音楽制作における視野が広がりました。何でもかんでも神経質になればいいかというと、そうではないのだなと。例えば、仮歌を録るときはスピーカーから音がガンガン出たまんまだし、APPLE iPhoneのマイクで録ったアコギの音をそのまま本番で使っちゃうみたいな……。それでも2ミックスで聴いてみると、全然イケてる音だったりするんですよ(笑)。そういったラフさが逆に“ 味”になっているのだなと感じました。現地のプロデューサーたちは、“メロディや歌詞の内容をどうするか”ということに時間をかけているように思いましたね。

 

ーすべて英詞なのは、世界的な展開も考えて?

Nakajin もちろん、それもあります。これまでSEKAI NO OWARIには、「深い森」「Monsoon Night」など英詞の曲が幾つかありますが、「Dropout」もその系統の一つです。

 

ーアコギとピアノ、コーラスは生録音っぽいですね?

Nakajin アコギとコーラスは録音しています。ピアノはもともとレコーディングしていましたが、ソフト音源にあえて差し替えているんです。しかも、しっかりとクオンタイズをかけています。普段、ピアノに特化したソフト音源の音は硬い印象があるのであまり本番で使うことはなかったのですが、この曲では逆にそれが生かせるように感じました。セッションの影響もあってか、最終的に曲が良くなるのであれば何を使っても良いんじゃないのかな、というふうに考えるようになったんです。

前田 曲が良くなるのなら手段にこだわらなくていいというのには、正直僕も同感ですね。それより、クリエイターや演奏者のテンションが一番大事だと思います。重箱の隅を突くのは、我々エンジニアの仕事だと思っているので。

 

Keyscape やOmnisphere 2 など
SPECTRASONICS の製品は全部好きです

 

ードロップ部分(サビ)では、シンセ・リードの音色が印象的ですが、音源には何を使っていますか?

Nakajin ソフト・シンセのSPECTRASONICS Omnisphere 2です。イメージに近いプリセットを見付けたら、SoundMatch 機能で同系統の音色を探せるのが便利ですね。

 

ーちなみに今月号のサンレコでは、“これが私の定番ソフト音源!”という特集を組んでいるのですが、何か一つ教えていただけますか?

Nakajin 難しいですが、今も話に出たOmnisphere 2です。プリセット数が膨大なのですべて把握できていないのですが、長年愛用し続けているソフト音源の一つですね。特に、気に入ったシンセ・ベースの音色があればすぐお気に入りに登録しています。プリセットの管理がしやすいのも魅力的です。Keyscapeも良いですし、SPECTRASONICSの製品は全部好きですね。

 

ー「Dropout」は音数が少ないアレンジですが、空間系エフェクトを用いて“音のすき間”を埋めるような処理が施されていますね。

Nakajin そうです。リバーブの後段にフィルターを挿し、細かいオートメーションを描いてリアルタイムに変化を付けています。この曲のミックスは、クリーン・バンディットなどを手掛けるエンジニア=マーク・ラルフ氏にお願いしています。彼のサウンドが大好きで、仕上がりにはすごく満足していますね。

 

リモートでの制作は不安でしたが
思ったよりスムーズいきました

 

ー「周波数」は、共同プロデューサーとして蔦谷好位置氏が参加されていますね。

Nakajin 作詞作曲はSaoriで、彼女が蔦谷さんと一緒にやりたいということでコラボが実現しました。この曲の制作は、ほとんどこの2人にお任せしています。

 

ーこの曲に関しては、完全にリモートで制作が進められたという話を聞きました。

Nakajin エレキは僕の自宅で録りました。自宅のシステムは、APPLE MacBook ProにオーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Arrowをつないだ簡易的な環境でしたが、音質は十分クリアでしたので、この曲のミックスをお願いしたBACHLOGICさんに蔦谷さんを介して送りましたね。最初は、正直“リモートでうまくいくのかな”と不安でしたが、思ったよりスムーズにいった印象です。BACHLOGICさんがミックスで奇麗にまとめてくれたのも大きいのかなと思います。

 

ーFukaseさんのボーカル・エディットは、前田さんが担当されていますが、いかがでしたか?

前田 僕は24ビット/48kHzで送られてきたパラデータを、CELEMONY Melodyneでのピッチとタイミング修正、テイクの差し替えやつなぎ目の調整などを行いました。ボーカルは良い感じに録れており、全くそん色無い印象でしたね。

Nakajin 今回の外出自粛期間の中で、自分たちのスタジオの録音環境をもっと整えたいと思い、前田さんに相談してコンデンサー・マイクのLEWITT LCT 540 Subzeroを購入したんです。往年のスタンダードなモデルも良いと思いましたが、“自分たちのスタジオならではの音”があると面白いと思ったので、そうではない新しいブランドのマイクを選びました。また、オーディオI/OのPro Tools|MTRX Studioも導入し、しばらく眠っていたAVID Pro Toolsも使い始めたので、今後は本格的なレコーディング・スタジオとしても稼働させていければと考えています。もっと“Pro Toolsの使い方を勉強していきたいな”とも思っていますね。

前田 何でも聞いてください(笑)。

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左からスタジオの定番コンデンサー・マイクNEUMANN U87AI、Nakajinが最近購入したというLEWITT LCT540 Subzero×2

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オーディオI/OのAVID Pro Tools|MTRX Studio(写真上)と、コンピューターとHDXカードを収めた1UシャーシAVID Pro Tools | HDX Thunderbolt 3 Chassis

ー大変な時期ですが、今後の活動の方針などは?

Nakajin 最近メンバー同士のやりとりで、“ 生命力の強い曲を作りたいよね”っていうキーワードがよく出てくるんです。現代はトレンドの移り変わりも激しく、音楽は年々消費されやすいものになりつつあると感じているんですよ。難しいことかもしれませんが、時がたっても色褪せないでいるような音楽を作り続けていきたいなと考えています。今回の3曲は、10〜20 年後の自分たちが聴いても“ 格好良い”と思えるようなサウンドを意識しながら作ったので、皆さんにも長く愛してもらえるといいなと思っていますね。 

 

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前田和哉

Profile
2004 年にキャリアをスタートし、現在はフリーランスのエンジニア。小林愛香やRun Girls, Run!、シナリオアートらの作品などを手掛け、SEKAINO OWARIからも絶大な信頼を得ている。

 

umbrella / Dropout - Single

umbrella / Dropout - Single

  • SEKAI NO OWARI
  • J-Pop
  • ¥765

『umbrella / Dropout』
SEKAI NO OWARI
ユニバーサル:TYCT-30110(通常版)

1. umbrella
2. Dropout
3. 周波数

Musicians:Fukase(vo)、Nakajin(g、b、perc、prog)、Saor(i p)、蔦谷好位置(prog)、マイク・マーリントン(ds)、他
Producer:SEKAI NO OWARI、蔦谷好位置
Engineer:前田和哉、Hayabusa(BACHLOGIC)、マーク・ラルフ
Studio:Augusta、サウンド・シティ、SOUND ARTS、Bunkamura