1997年に結成された4人組ビジュアル系バンドMUCC。歌謡曲的なメロディをラウド・ミュージックに昇華するという独自の路線を突き進み、重厚なサウンドを奏で続けている。そんなMUCCのブレーンはギタリストのミヤ(写真右)。同バンドの作曲を多数手掛ける彼は、近年自らバンド全体のレコーディングとミックスまでも務めている。編集部は6月10日に発売を控える15thアルバム『惡』のレコーディング現場となったMIT STUDIO 1stへ足を運び、そこで見られたこだわりについて、後日ミヤに語ってもらった。
Text:Yuki Nashimoto
1stアルバム『痛絶』をきっかけに
独学でエンジニアリングを学んできた
ーなぜMUCCではミヤさんが自らレコーディングとミックスを行うことになったのですか?
ミヤ これまでの音楽活動でアルバムのレコーディングとミックスはやってこなかったので、挑戦してみようと思ったんです。初めてアルバム一枚のレコーディングとミックスをしたのは、前作の『壊れたピアノのリビングデッド』(2019年)からです。ただ以前から一部の曲ではレコーディングやミックスを行っていましたし、プリプロは自分でレコーディングとミックスをやっていました。MUCCを始める前はエンジニア志望だったので、元からレコーディングには興味があったんです。でも、まさか自分のバンドをここまで録ることになるとは思ってもいませんでしたね。
ーレコーディングとミックスについて学び始めたのはいつごろからだったのですか?
ミヤ 1stアルバム『痛絶』(2001年)を録った後からですね。エンジニアにギターの録り音の希望を伝えても、変えてもらえなかったことがあったんです。当時20歳前後だった若い俺は“なんだこいつ、変えてくれないのかよ”と苦心しまして。自分がイメージしているサウンドを再現できないのが嫌だったので、徐々に録音もミックスも独学で始めました。振り返ってみるとお互いの理想をぶつけ合ったすごい良い経験で、今はそのエンジニアの方に感謝しています。
ーMUCC初期のころからバンド活動と並行して、レコーディングの技術を蓄積していったんですね。
ミヤ 自分で録っていなかったときも、エンジニアに好きなレコーディング機器を使ってもらったりしていました。“俺はこっちの方が好きだから変えてもらえますか?”みたいなやり取りが好きだったんです。レコーディング中はエンジニアのマイキング・テクニックを見て盗み、その意図が分からなかったらエンジニアに聞くこともしました。そういった細かいことの積み重ねで、ようやく録れるようになったんです。また、プリプロではタブーとされている手法をとにかく試しました。なぜそれがダメなのか、自分で裏付けを取らないと納得できないんです。例えば位相のズレた状態で録音してしまうとミックスがうまくいかない、といった事故をあえて起こしていきました。セオリーを理解していなければ、セオリーを崩せませんからね。
ー『惡』のレコーディングでは、ライブのようにバンド一発録りをしたそうですね。
ミヤ ここ8年くらいは完全に“せーの”で録っています。パート別に録ったら仕上がりがつまらなくなる上、時間がかかるからです。同時録音を何回か行ってそこからテイクを選んだ方が、確実にMUCCのグルーブが生まれますから。MUCCのリズム・トラックの絡みのクセが気持ち良いと思っている人には特に感じてもらえると思っています。
ー録音時のビット/サンプリング・レートは?
ミヤ 32ビット・フロート/96kHzです。以前のDAWは96kHzでレコーディングすると音が柔らかくなる印象があったのですが今はそんなことはなく、デジタルがアナログに近付いていることを実感します。アナログ機材は好きですけど、デジタルがアナログに勝ることもありますよね。かつてギターをアナログで録音したことがあったのですが、ラウドなギターに関してはアナログよりデジタルの方が絶対に良いと思いました。
アナログ・マジックはDAW上でも続くから
デジタルへ変換する前に色を付けるべき
ーミヤさんがスタジオに持ち込んだマイクやアウトボードの数に驚きました。
ミヤ 自分のイメージしたサウンドにできるだけ近付けたいので、“ここだけは押さえておきたい”と思う機材だけを持ち込んでいます。もう何十年もミュージシャンをしているのでその間に少しずつ買いそろえ、いろいろと実験してきました。興味を持ったことに対して、徹底的に追わなきゃならない性分なんです。
ーSENNHEISERのマイクとNEVE系のプリアンプが多いですね。
ミヤ SENNHEISER MD421はマイキングにはまったきっかけでもある、大好きなマイクです。2ndアルバム『葬ラ謳』(2002年)のレコーディングで“キャビネットの前でギターを弾いているときに聴こえるような太い音で録ってほしい”とエンジニアに相談したときに出てきたのがMD421。ロックには欠かせない奥が深いマイクです。そのとき使ったプリアンプがオールドNEVEで、この組み合わせがまさに自分のイメージとマッチしていました。キャビネットから出ている音をモニター・スピーカーでもこれほど忠実に再現できるのか、と驚いたのを今でも覚えています。レコーディング機材は、ギターのアンプ・ヘッドを変えるくらい重要なことに気付いたのはこのときです。アーティストの表現方法として、ギタリストとエンジニアの行為に大きな違いは無いと思っています。
ーオールドNEVEで特に好きなモデルは何ですか?
ミヤ 1066のトランスレス・バージョン、1079です。サウンドを聴いたことがなかったので半ば賭けで購入してみたのですが、大成功でした。1079はトランスを積んだモデルに比べてスピード感があって、バスドラに相性抜群なんです。NEVEのプリアンプってすごく良いんですけど、音色によっては昔っぽい質感になってしまうことがあるので、ソースは選んで使っています。
ーこれだけビンテージ機器を所有していると、個体差を感じることもありますか?
ミヤ はい、個体差しかないです。ですが、モノラルで録る分には大きな問題ではありません。そもそもコンディションが最高に良いオールドNEVEってあまり現存しないですよね。ビクタースタジオの1073なんかは最高だと思いましたけど。
ーコンプはEMPIRICAL LABS Distressor EL-8/EL-8Xを多く持ち込んでいました。
ミヤ Distressorはアタックとリリースが速く、現代的な音楽にも対応できる愛用のコンプです。倍音が付加できるのも気に入っていて、2次倍音を付加するDist 2をよく使いますね。今は定番コンプの一つになりましたが、俺は1990年代から好んで使っていて、初期ロットのものを1台、最近製造された個体を2台所有しています。シリアル・ナンバーが4ケタの初期ロットはレシオが1:1でもコンプがかかる仕様になっているのですが、それはそれで味があるんですよ。
ー結構大きめにリダクションされていましたよね。
ミヤ Distressorは10dBくらいコンプレッションしても破たんせず、音楽的につぶしてくれるんです。映画『サウンド・シティ - リアル・トゥ・リール』でコリィ・テイラー(編注:スリップノットのボーカリスト)の歌を録る場面があるのですが、そのときにDistressorのメーターがほぼ振り切っていたのを見て“こんなにつぶしていいんだ”と思い、それから以前より思い切ってコンプレッションするようになりました。
ーSSL SL9000Jからノック・ダウンしたSHINYA'S STUDIO 9000J KnockDownがコンソールの下に設置されていましたが、何に使ったのでしょうか?
ミヤ シンバルに使いました。シンバルにはNEVEだと重くなり過ぎちゃうし、SSL SL9000Gだと柔らか過ぎる。SL9000Jは良いあんばいなんです。SL9000Jのあるスタジオに行くたびに良いなと思っていたところ、TwitterでSHINYA'S STUDIOがSL9000Jをノック・ダウンできるとツイートしていたのを見て速攻で買いました。巨大なサイズがネックですが、フェーダーが無い状態でラッキングされてしまうと別物だと思っているので、そこは仕方ないと割り切っています。SSLの無いスタジオで録る場合には、9000J KnockDownでギターをサミングすることもあります。
ーMIT STUDIOのSTUDIO1にあるコンソールは、SSL SL4064Gでしたね。
ミヤ ギターはキャビネットにROYER LABS R-121とSHURE Beta 56A、SENNHEISER MD521の3本を立てて、それらをSL4064Gでサミングしてから録音しました。DAW上で3本をまとめるよりデジタルになる前にアナログ機器でサミングした方が絶対に音が良いし、前に出てくる。3本のボリューム・バランスを間違えると後戻りできないし、マイキングをしっかり理解していないと事故が起きるのですが、重要なプロセスなんです。
ー後戻りができないリスクを背負ってまでレコーディングの段階で色付けをするのは、どのような理由があるのでしょうか?
ミヤ 今までの経験した中で得た信念ですね。確固たる音色のイメージがあるならアナログの段階で色を付けるべきだと思っています。アナログ・マジックを起こした状態でDAWに録音すれば、デジタル上でもそのマジックは継続できると思うんです。例えばローエンドのキャラクターに関しては、デジタルになった後ではどうにもできませんから。
俺は奥行きがないとラウドに聴こえない
サンプルを張っても個性を出すことが大切
ーMUCCといえば重低音の効いたベースとキックが特徴ですよね。
ミヤ ラウドなサウンドを常に追求し続けてきましたから。多分俺の耳は、低域が多く聴こえないと気持ち良くなれないんです。中域と低域がしっかり出ていないと気持ち悪く感じる。高域が多過ぎたときに感じる不快指数も、ほかの人より高いと思います。ギター・アンプのトレブルをゼロにしていた時期もあるくらいです。
ー近年は超低域をプッシュした楽曲が多く作られていますが、その点についてミヤさんの見解は?
ミヤ かなり低い帯域まで聴こえるイヤホンやヘッドホンのコンシューマー機が増えているので、そういった点からサブベースの帯域が重要になってきているように感じます。海外に引けを取らない低域を鳴らしているプロダクションって日本にはあまりなくて、特に生バンドの低域感については遅れを取っていると思いますね。そういうところまでしっかりアンテナを張れているのは、インディペンデントに活動している一部のアーティストのように感じます。バンド・サウンドだって周波数としてはサブの帯域まで出ているので、バンドだと体感しづらい低域もしっかり出していきたいですね。ライブで感じられる低域が音源では感じられないのがすごく嫌で、ライブと音源の低域の量感をイコールにしたいという思いが本作ではありました。前作よりイコールに近付いてきたかなと思います。
ー『惡』は立体的な音像に魅力を感じます。
ミヤ 今のDAWやプラグインは音が良いから、奥行きを感じられるように作れるじゃないですか。だから全部を前に配置しようとするのは、今の音楽のフォーマットを使い切れない感じがして嫌なんです。それに奥行きが無いと俺はラウドに聴こえない。特にスネアには奥行きを感じたいと思っているので、ドラムは広いブースで録りたいと常に思っています。やはり部屋鳴りもリバーブ・プラグインではなく、アナログの段階で録音しておきたいですね。
ー今までのアルバムで、最も豊かな低域を持った柔らかいサウンドだと思いました。
ミヤ 前作はスピード感を重視した結果、タイトにし過ぎたように思ったので、本作はすべての楽器がふくよかに感じられるように録りました。前作もレコーディングに使ったMIT STUDIOの1stは部屋鳴りの特性がつかめていたので、マイキングをはじめさまざまなことに挑戦できましたね。一番手応えがあったのはバスドラのオフマイク。新たにSOLOMON MICS LoFreqを使うことで、現代的なサブの帯域が得られました。今まで以上に生音のキックで低域をフォローできたことに満足しています。
ーキックはアタックが立っていますが、生音に加えてサンプルもレイヤーしているのでしょうか?
ミヤ ラウドな曲では生:サンプル=6:4くらいの割合で、多くて3つほどサンプルを重ねます。SATOちがたたいたサンプルを重ねることもあれば、全く違うサンプルを足すこともありますね。SLATE AUDIO Trigger 2を主に使っていますがズレることもあるので、DAWのタイムラインに手張りでレイヤーすることもあります。今はサンプルを張ってキックを補強している音楽がたくさんあるじゃないですか? 俺はその中でいかに個性的なサウンドを出せるかが重要だと思っています。若手の作品は“聴いたことあるキックの音してるなぁ”と思うことも少なくないです。
ー近年のラウド・ミュージックではベース・アンプを使わないプロダクションも多くありますが、MUCCの場合はどうなんでしょうか?
ミヤ 基本的にアンプとラインを混ぜていますが、「CRACK」「COBALT」「自己嫌悪」の3曲はTECH 21 SansAmpからのライン音のみを使っています。低域の量感を考えると、ラウドな曲のベースはマイク録りする意味がなくなってきたのではないか、と思う節もありますね。
ー逹瑯さんのボーカルはどうやってレコーディングしたのでしょうか?
ミヤ 「惡 -JUSTICE-」と「COBALT」はSONY C-800Gで、それ以外はSHURE SM7Aで録りました。声量が大きいボーカリストであるが故にダイアフラムの段階でひずみやすいので、マイク選びには苦労します。逹瑯は低域が強いように聴こえて実は中域成分が強いので、ちょうど良く中域が引っ込むC-800Gが合っているんです。SM7がシャウトに適しているのはよく知られていますが、クリーン・ボーカルにも良いマイクだと感じています。昔はシャウトとクリーンでマイクを変えていたのですが、今はマイクとの距離で対応することが多いです。ちなみに『リブラ』(2007年)から『壊れたピアノとリビングデッド』までは、SHURE SM57と真空管のマイクプリの組み合わせでレコーディングすることが多かったんですよ。
自分にしか出せない音がある
エンジニアをしてその思いが強くなった
ーラウドな楽曲が多いにもかかわらず音圧が低めで、楽器のディテールが引き立つ自然なサウンドだと感じました。
ミヤ MUCC史上最も音圧が低いアルバムに仕上がりましたね。おかげで豊かな低域とダイナミック・レンジが確保され、爆音で聴いても耳に痛くないサウンドに仕上がっています。低音圧にすることでしょぼく感じられるのは嫌なので、勇気のいる決断でした。マスタリングはエンジニアに頼んでいます。
ーマスタリングは自らやっていないのですね。
ミヤ MUCCのシングルやほかのバンドの作品のマスタリングをすることはありますが、MUCCのアルバムでは絶対にマスタリングをしたくないと思っています。なぜなら自分のミックスの未熟さを体感することになるから。マスタリング・スタジオで2ミックスを聴くと“本当最悪だよ……”と毎回思いますね。それを自分でマスタリングするなんて冗談じゃない。マスタリング・エンジニアに“なんとかしてください”とルーズに頼んで、楽しくアルバム制作を終わりたいんです。もちろんミックスし終わったときは、最高だと思っていますよ。できる限りベストな環境でミックスはしているし、さまざまな環境で2ミックスをチェックしています。ですが、マスタリング・スタジオではやはりアラが見えるんです。
ーつらい瞬間ですね。
ミヤ 俺にとってマスタリング・スタジオは、自らの行いを反省する場所です。でもそういったシビアな環境でしか聴こえない帯域も丁寧に処理してCDのフォーマットに落とし込めば、作品の仕上がりが良くなるのは間違い無いと思っています。毎回最高のアルバムができてファンにも満足してもらえていると思っていますが、作品を作るたびに反省点は出ますね。作り終えた時点で作品は過去のものになってしまうので、もう次の課題が幾つも見えているんです。
ーということは、これからもミヤさんがエンジニアをしたMUCCの作品が聴けるということですか?
ミヤ そうですね。実際にアルバム制作でエンジニアをやってみて、予想通り楽しめましたから。理想のサウンドを実現する技術が追いついていないので時間がかかりますが、エンジニアをすることで「自分にしか出せない音がある」というイメージが前より強くなりました。
Release
『惡』
MUCC
マーベリック:MSHN-079
- 惡-JUSTICE-
- CRACK
- アメリア (惡 MIX)
- 神風 Over Drive
- 海月
- Friday the 13th
- COBALT
- SANDMAN
- 目眩 feat.葉月(lynch.)
- スーパーヒーロー
- DEAD or ALIVE
- 自己嫌惡
- アルファ
- My WORLD (惡 MIX)
- 生と死と君 (惡 MIX)
- スピカ
■エムカード(初回プレス分のみ封入)
アルバム収録曲に加え、「taboo (惡 MIX)」と「例えば僕が居なかったら (惡 MIX)」の楽曲データ(32ビット/96kHz&16ビット/44.1kHz)がダウンロード可能
Musicians:逹瑯(vo)、ミヤ(g)、YUKKE(b)、SATOち(ds)、吉田トオル(k)
Producer:ミヤ
Engineer:ミヤ
Studio:MIT、Private
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