Kan Sanoが6枚目となるアルバム『Tokyo State Of Mind』をリリースした。ネオソウルやジャズ、エレクトロニック・ミュージックなどのエッセンスを一流の歌ものポップスへと昇華させる作風は、本作においてさらに進化を遂げている。シンプルなのに思わず体が動くドラム、重心の低いグルービーなベース、存在感たっぷりの艶めくシンセサイザーなど、心地良いグッド・メロディを彩るサウンドにはますます磨きがかかっている。そして本インタビューのネタを少しだけ先に明かしてしまうと、今回の制作ではソフト音源を多用しており、DAWも前作とは異なるという。それでは、具体的にどのような制作手法が採られたのか、お話を伺っていこう。
Text:Tsuji. Taichi
制約がある方が良い面もある
ー今作はドラムがシンプルですね。手数がそれほど多くないビートという印象を受けました。
Sano 多分そうだと思います。もともと、少ない音数で曲を成立させることができれば、それが一番良いと思っているタイプなんです。音を詰め込みすぎず、抜け感のある方が今っぽいですし。
ーグルーブについてはどうですか? J・ディラばりのヨレ、みたいなビートは今のモードではないのでしょうか?
Sano アルバムのタイトル曲「Tokyo State Of Mind」は、J・ディラやクエストラブ由来のドラミングというか、そちらに振り切ったんですが、ほかの曲は割とグリッドに沿ってビートを組んでいるものが多いと思います。J・ディラ的なビートはさんざんやってきたので、自分の中で新鮮味が薄れているというのもあるし、それよりは自分がまだやったことのないアプローチをどんどん試してみたいと思っていました。リズムもしかり、使う音色もアレンジも。
ー例えば、ともさかりえさんをボーカルに迎えた「Play Date」はシンプルな4つ打ちに聴こえますが、どこかシャッフル的なノリを感じます。これはなぜなのでしょう?
Sano 今回はドラムに限らず、ほぼすべての音をプラグインで作っているのですが、あの曲だけはハイハットが生なんです。4thアルバムの『Ghost Notes』などでも実践した手法なんですけど、自分でたたいたハイハットをマイクで録ってループさせています。そのハイハットのノリもあるのかもしれないし、シンベをドラムに対してレイドバックさせて弾いていたりするから、それも関係あるのかもしれません。
ーシンベには何を使ったのですか?
Sano KORG Kronosに入っている音色を使いました。今回、「Play Date」以外の曲はすべてAPPLE Logic Proで作ったのですが、この曲だけはLogic Proの前に使っていたSTEIBERG Cubaseでベーシックを組んでいて、今回の“シンベをソフト音源で”というスタイルとは違ったんです。
ーDAWを乗り換えたわけですね。なぜでしょう?
Sano Cubaseはかれこれ20年くらい使い続けていたんですが、ここ10年はアップデートしていなかったし、音源にしてもKronosなどのハードウェアを使うことが多かったんです。だから、“ソフト・シンセをもっと使ってみたい”と思ったことが理由の一つです。あとは作り方がルーティン化してしまったこともあります。“こういうことがしたいなら、Cubaseではこういう処理をすればOK”というのが、自分の中で分かっているので、作業効率は良いし速くできるんですけど、作っていてあまり面白くなくなってしまって、それはちょっと良くないなと。だから、あえて自分の分からないものに触れてみたり、新しいものを覚えて作ってみようと思い、2021年の1月にLogic Proに換えました。
フリーのソフト音源、Vitalを多用
ーDAWを換えたことによってどんな効果がありましたか?
Sano 例えば、「Natsume」はLogic Proで作った最初のトラックで、何も分かっていない状態で作ったんですけど、制約がある方が意外に良い面もあるなと思いました。使う音色を最小限にできて、今までの自分だったらやらないような音数感で作れたんです。
ー「Natsume」は、イントロから入ってくるピッチの揺らいだシンセが心地よいですね。
Sano この曲は完全にLogic Proの付属音源だけで作りました。シンセのピッチの揺れはピッチ・ベンドで付けています。手弾きでMIDIを録音して、後からMIDIコントローラーのピッチ・ベンドを動かして、またそのMIDIだけを録っているんです。ちなみに、「image」もLogic Proの音源だけで作っています。
ー「I MA」のデチューンされたようなシンセも魅力的です。
Sano あれはフリーのVITAL AUDIO Vitalというソフト・シンセです。一緒にLast ElectroをやっているYusuke Nakamuraさんに教えてもらいました。これはめっちゃ良いので、かなり使っています。
ー「逃避行レコード(98bpm)」のサビでフィル的に入ってくるデチューン系のシンセもVitalですか?
Sano あれもVitalか、もしくはXFER RECORDS Serumですね。Serumは今年から使い始めました。
ーああいうフレーズは鍵盤を弾きながら考えるのですか?
Sano そうですね。基本的にマウスで打ち込むことはなくて、鍵盤で弾いて打ち込むことが多いです。コード楽器は白玉でずっと鳴らしているとスペースを埋めてしまうので、なるべくそういう使い方をしないように意識しています。中域をコード楽器でベッタリ埋めてしまうと、ビートが少し奥まって聴こえてしまうんですよね。逆にコード楽器がなくなるとビートが前に出てくる。だから、コード感を出しつつビートを強調するにはどうしたらいいんだろう?ということを考えながら作っているので、音価を短くしてリズミックに配置するような使い方になっているんだと思います。
ー作曲の手順としては、基本となるリズムを作ってからコードを組んで、それを拡張していくような作り方でしょうか?
Sano 曲にもよりますが、トラックを先に作ってしまうことが多いです。メロディを考えていない状態でコード進行と大まかな展開だけを考えてベーシック・トラックを作り、それからメロディを考えるんです。そのメロディの展開に合わせて尺を調整したり、新しいセクションを作ったりしていきます。
ーフィルなどの細部は最後に?
Sano 僕はフィルが大好きすぎるので、歌やメロディなどが決まってなくても録ったりしています(笑)。“フィルフェチ”と言えるくらいドラムのフィルが好きでどうしようもないので、随所にフィルを入れて緩急を付けていますね。すごくミュージシャンっぽい発想なんだとは思いますが。それも鍵盤をたたいてLogic Proの付属音源で作っています。
ー打ち込みのドラムでも、まるで演奏しているかのような起伏を感じられる曲が多いと感じました。
Sano トラックを作るときは、同じループをいかに飽きさせずに聴かせるか?ということを常に意識しています。例えば「逃避行レコード(98bpm)」では、キックのサイド・チェイン・コンプでパーカッションをグッとダッキングすることで大胆にダイナミクスを付けたりしました。
気分や作り方を変えてみたかった
ー「逃避行レコード(98bpm)」は歌っているようなフレージングのベースもかっこいいですね。
Sano あれはベースのプラグイン音源、SPECTRASONICS Trilianです。この手の音源は今まで全く使ってこなかったので、すごく新鮮でした。“めっちゃいいじゃん、この音!”と思って、いっぱい使いました。
ーベースをアンプ録りしたのかと思うようなリアルさがありつつ、ヌメっとしたシンセ的な質感も感じました。
Sano あの曲はエンジニアの藤城真人君にミックスしてもらったのですが、実はサビのベースだけ下の音域にもぐるような処理をしてもらったんです。音色自体はずっと同じなんですけどね。バースはベースと歌が割と同じ音域にあって、ベースの中域をしっかりと出していますが、ローはあまり出ていません。でも、サビに入るとギターがベースとユニゾンして中域を埋めているので、ベースは下の帯域にフォーカスしても大丈夫かな?と思って、藤城君に周波数的な処理をしてもらいました。だからバースとサビではベースの質感が違うんです。僕は場面ごとに大胆に変化を付けたいタイプで、しかも、ベースの重心をなるべく低くしたいタイプなんです。
ー質感ということで言えば、歌も独特な雰囲気ですね。今回も自宅で録音したのですか?
Sano そうです。マイクも前から使っているAUDIO-TECHNICA AT2035ですが、オーディオI/Oは昨年からUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin MKII Duoにしました。そこにマイクプリのFOCUSRITE ISA Oneをつないでいます。
ー「Play Date」の奥で鳴っているギターなのかシンセなのか分からないようなサウンドがすごく好きです。
Sano あれは、僕がシンセのギター音色でデモを録って、それを小川翔君に弾き直してもらった音です。シンセっぽく聴こえるのは、KYLE BEATS Dripというプラグイン・エフェクトをかけているからだと思います。Shin Sakiuraさんに教えてもらったもので、コーラスやリバーブを合わせたような効果が得られるんですけど、これをギターにかけると面白い響きになります。
ー今回は新しいプラグインをいろいろ取り入れられたんですね。
Sano そうなんですよ。何か面白いプラグインを見つけたら、それを使ってみる、というのを昔よりも積極的にやるようになりました。ちょっと気分や作り方を変えてみたかったし、ソフト・シンセの方が後からテンポやキーを変えるのが楽ですし。また、今回はギターやサックスを人にお願いして弾いてもらうというのも新しい試みでしたし、エンジニアの藤城君にステムでデータを渡して仕上げてもらうというのも久々で、人に任せてやってもらうのは新鮮でした。1人で作っていると、どうしても自分だけの世界とかアイディアで完結してしまいがちなので、それよりは、誰かのアイディアや違う視点みたいなものをなるべく取り入れたいなと。それが今作と過去の『Ghost Notes』や『Susanna』との一番の違いかもしれません。
Release
『Tokyo State Of Mind』
Kan Sano
限定盤(2CD):OPCA-1052
通常盤(CD):OPCA-1051
(origami PRODUCTIONS)
Musician:Kan Sano(vo、k、prog)、dosii(vo)、ともさかりえ(vo)、小川翔(g)、石田玄紀(sax、fl)
Engineer:Kan Sano、藤城真人
Studio:big turtle STUDIOS