世界最大の自転車部品メーカー、シマノ。2021年の創業100周年を記念して今も本社が置かれる創業地=大阪・堺にシマノ自転車博物館が今年誕生した。自転車という人力の乗り物の“はじまり・ひろがり・これから”をテーマにした同館では、展示方法にさまざまな工夫が施され、映像と音響を含め、来館者に自転車をより身近に感じてもらえる趣向だ。普段は隠されている音響設備に着目してレポートする。
視覚的にもノイズレスな展示を目指して
1921年に大阪・堺で自転車用フリーホイールを製造するメーカーとして創業したシマノ。もともと堺は刀鍛冶や鉄砲鍛冶の町として栄えており、そうした土壌から生まれたシマノは、自転車や釣りをはじめとするスポーツ器具メーカーとして世界的に躍進するまでに至った。
「当時の島野尚三社長が、シマノを育ててくれた堺への地域貢献をしたい。そして、世界的な自転車文化をもっと発信していきたい。そういう趣旨からビジネスとは別に財団法人を1991年に設立、その翌年に博物館を開設しました。それを今年移転拡張したのが当館で、自転車文化をさらに発信していくことを目的としています」
そう語るのは、シマノ・サイクル開発センター参与で、この博物館立ち上げ移転に尽力した神保正彦氏。
「堺や自転車の歴史をきちんと伝え、その中での広がりもストーリーとして見ていただく。そのために、アピアランスも伝え方も、できるだけシンプルでノイズレス……冗長になりすぎずに伝えていきたいと考えました」
非常に多数の展示があるが、実は自転車本体を含め所蔵している資料の一部を厳選して展示。しかも、その展示の仕方に工夫があるそうだ。展示設計と施工を担当した、乃村工藝社の叶地剛司氏はこう説明する。
「全部出してしまうと情報過多になってしまうので、目で見られる実物やグラフィックを優先して、深堀りしたい方にはタッチパネルで深掘りできるようにしています。説明の方法もノイズレスがキーワードでした」
大空間での音像移動とカバレージを両立
さて、博物館は2Fがメインで、Aゾーンにあるパノラマシアターで自転車の歴史を、Bゾーンで近現代のさまざまな自転車を、そしてCゾーンでは来館者一人一人に応じた自転車を提案するインタラクティブなコンテンツを展示している。Aゾーンでは、実車と映像がリンクした自転車の歴史物語を1時間に2回上映。話題に挙がっている自転車の実車が照明で浮かび上がるといった趣向だ。
「年配の方でも聴きやすく、空間に対して音が聴こえないポイントが無い、そして広い空間を使って、映像に合わせた音の移動が実現できないかというご要望がありました」と説明するのは、乃村工藝社の津田裕氏。それに対してBOSEは、ArenaMatchのAMM108×2基と天井埋め込み型スピーカーEdgeMax EM180×3基の5chで、弧を描く階段状の客席をカバーし、天井埋込型のサブウーファーDesignMax DM8C-SUB×2基で低域を補強する方法を提案した。BOSEの甲田豊氏はその意図を次のように説明する。
「視覚の邪魔にならないようにしながら、映像の方向から音がする。ごく当たり前のことですが、実現するのは難しいのです。EdgeMax EM180は天井埋込型ですがPhaseGuideテクノロジーによって露出型と同等の方向感を持たせたカバレージ・エリアを持つので、ArenaMatch AMM108との組み合わせによって座席エリアを均一にカバーし、最大音圧レベル95dB以上を得ることができました。また、一つ一つのスピーカーが広範なエリアをカバーできるため、音像の移動感の演出もしやすくなっています」
建築音響側での吸音処理と相まって、扉の無い開放スペースでありながら音漏れは最小に、かつエリアには均一にサウンドを届けることが可能になったそう。叶地氏は、視覚的にノイズレスな環境となった点も評価する。
「通常ウーファーは壁面を仮想バッフルとして使うことも多いですが、そうなるとどうしても客席の前に来てしまいます。DesignMax DM8C-SUBは天井に埋めながらウーファーの効果を出せ、意匠のノイズになるものが出てこないのは大きなメリットでした」
「床下にウーファーを埋め込む案もありましたが、メインテナンスが大変になります。ほかへの共振も出てくるので、それがまたノイズになる。DesignMax DM8C-SUBを天井に埋めた効果はてきめんでした」と津田氏が付け加えた。
通常、映像コンテンツはスタジオで完成したものが、現場で再生される。ところがこのパノラマシアターの映像は、この現場での調整が繰り返されてきたそうだ。これに関連して、津田氏は自身の経験も語ってくれた。
「映像と関連する音響システムは、ナレーションの声質と関係してきます。この作品を伝える上で選定したい声質があるわけですが、スピーカーとの相性があったりするんですね。かつてはナレーターがどのスピーカーを使用するのかを把握して、そのスピーカーの特性に合わせて声質を変えることがあったほどです。特に女声の高音とマッチしないスピーカーもある中で、BOSEスピーカーはレンジが広く、男声も女声もはまりやすいと感じています。レンジが広がると、低域が切れるような印象のスピーカーが多い中で、BOSEはそうではないのです」
後壁での反射を避けるステアラブル・アレイ
シマノ自転車博物館で、もう一つ映像が大きな役割を果たすのが、エントランス直後の“ヒストリーシアター”。16席ほどの空間で、全館で紹介されている内容を約11分に凝縮した、プロローグ的な映像が上映される。津田氏は、展示施工のポイントをこう説明する。
「180インチの大画面が近くに置かれているので、ホームシアターで見るような感覚です。どうやって吸音するのか、そしてどうスピーカーを配置すべきかは悩みました。館全体の“ノイズレス”を実現するには、正面側にスピーカーを入れるしかないのですが、有効だと思われる部分に柱があったりしたわけです」
そこでBOSEから提案されたのが、ステアラブル・アレイ・スピーカーのPanaray MSA12X。12基のユニット1つずつにプロセッサー・アンプを備えることで、垂直指向性を制御できるというものだ。「スクリーン面と後壁が平行だと、どうしても普通は音が跳ね返る。MSA12Xなら電気的に指向性を下振りにでき、反射が分散され、間接音が耳に入ってきません。それによってすごく聴きやすく仕上げることができています」と甲田氏はポイントを語る。それを受けて、叶地氏はこう続けた。
「指向性をコントロールできるMSA12Xによって、かなりカバレージのアレンジがされていると思います。もちろんスピーカー性能に加えて、建築音響の部分でかなり吸音をしっかりしている。展示の動線もよく考えられていますから、設計家の先生の基本コンセプトを生かした上で、どう展示を実現するかを考えていきました」
プロローグとなる空間であるため、このシアターに扉は設けられていない。にもかかわらず、外に漏れる音は少なく、“ここで何かが見られる”という気配だけが伝わってくるのも出色だ。それもMSA12Xの指向性コントロールと、吸音との合わせ技と言えるだろう。
「内部は聴こえやすい音で、かつ受付側に音が回らないようにケアしました。ざわめきとして感じられる部分が全く無いと、それは博物館としては気持ちが悪い。ちょうどいいざわめきは必要であると考えて、その調整もしています」と津田氏は重ねる。
開放空間でも音漏れを極限まで削減
そのほか、会議室など細かい部分も含めて全館でスピーカーにBOSE製品が導入されているが、もう一つ特徴的なのが1Fエントランス奥の多目的ホールだ。展示棚を兼ねた壁で仕切られているものの、壁の上部が空いている上に、向かって左側には壁が無い。つまりエントランスホールとつながった空間だ。神保氏はこう説明する。
「セミナーや講演のほか、学校の社会科見学では堺の歴史の映像をここで見ていただきます。空間が抜けているので当然音はエントランスホールまで回って聴こえるのですが、気にはならないようにしていただきました」
ここでメインとして使われているのは、スクリーン横に入れたArenaMatch Utility AMU208だ。津田氏にその狙いを聞いた。
「正面側のArenaMatch Utility AMU208は内振り/下振りして、スクリーン正面のエリアにカバレージを限定しつつ、天井に入れたDesignMax DM5C×3基で抜けるエリアをフォローしています。天井面がアルミの複合板パネルなので本来はもっとワンワンと響くはずですが、建築音響上での吸音とカバレージの組み合わせで、そうした響きはありません。デザイン面でも、BOSEの最新のシーリング・スピーカーはフラットにすっきりと収まるので、建築家が好むスクエアさやシンメトリーなデザインにマッチすると思います」
このように、自転車の歴史と現在を一望する博物館の裏側には、BOSEの最新設備用スピーカーがフル導入されていた。世界のシマノを生んだ堺の地が描こうとする自転車文化の場に、BOSEが選ばれたことは非常に興味深い。最後に神保氏はこう語ってくれた。
「堺に鉄の技術や文化的な歴史があったことで、自転車関連産業が生まれたし、シマノもここに生まれました。もちろん技術のこだわりはありますが、自転車がこれからどのように世の中の役に立てるのかを考えていきたいと思っています。BOSEも物作りという観点では歴史あるスピーカー・メーカーで、そのブランド・ヒストリーがある。きっと正統派の音を作るDNAがあって、包容力のある音につながっているのかと思います」