10年間のバンド編成での活動を集約する
USツアーを収めたライブ・アルバム完成!
2007年の『FLYING SAUCER 1947』を皮切りに、ブギー・スタイルのバンド編成でのライブ活動を続けてきた細野晴臣。2019年にはニューヨークとロサンゼルスでのUSツアーも敢行し、あまりの人気ぶりにニューヨークでは追加公演が行われるほどの盛況を呈した。その海外公演の模様を収めた『あめりか / Hosono Haruomi Live in US 2019』が発売となったのだが、意外にも50年以上に及ぶキャリアの中で、細野自身が携わったライブ・アルバムはこれが初めてだ。このライブによほどの手応えを得たのだろうと思い、話を聞く機会を得た。
Interview:iori matsumoto Photo:Masahiro Handa(Live)、Dezi et Dazie(Others)
場をこなすたびにどんどんこなれていく
ライブの場数って大事ですね
ー細野さんは現在のようなバンド編成で長くライブ活動をされていますが、この『あめりか』の時点で、演奏がこれまで以上にタイトでグルービーになったと感じました。
細野 このメンバーで10年以上やっていますから。しかもライブをメインにやっていたので、場をこなすたびに、どんどんこなれていく。リズムが洗練されてくるし。それでも、飽きないで10年間やれたので、それだけみんなも楽しんで、上達していったんだなと思いますね。
ー10年以上も続いたプロジェクトは、細野さんのキャリアの中でもほかに無いのでは?
細野 長いんです。どんなバンドも長くて5〜6年。YMOは6年だし、はっぴいえんどに至っては2年+αくらいで。
ー長く続けられた秘けつはどこに?
細野 “バンドを組まない”ということでしょうね。もちろん緩いバンドなんだけど、普段皆さんはいろいろな仕事をやっていて、合間を縫って喜んで来てくれるので。だから、そういう緊張感はあるのかもしれないですね。
ーでも、皆さんの呼吸が合っているのは録音物を聴いていても感じられます。
細野 リハで最初に音を出すときは、まだ……何と言ったらいいかな? 全然形にならないですけどね。やっぱりライブの場数って大事ですね。
ーしかし、コロナ禍になって……2年前にアメリカ・ツアーをされていたというのも信じられない状況ですよね。
細野 そうですね。全然違う時代になっちゃったんで。特に去年、バンド活動は一切しなかったし。予定はあったんですけど、キャンセルになった。だからメンバーとも全然会っていないし、これからどうするんだろう……まだ何も考えていないんですよ(笑)。歳も歳だし、このままフェード・アウトしてという選択肢もあるし。
ーそれは選択肢に入れないでください……。
細野 遊んでいられるなら一番いいんですけどね。
ーこの間、映画音楽も手掛けていらっしゃいました。
細野 『Malu 夢路』と、『Gravity』(ガブリエル・ディアス監督の短編映画)と、『彼女』(廣木隆一監督)というNetflixで配信する映画ですね(今春公開)。完全なリモートでやっていますけど。
ーもともと細野さんは、すべて一人で音楽を作るスタイルの先駆けとも言えますよね。
細野 ずっとやっていましたね。根っからのリモート人間というか。特に1990年代の10年くらいは、ずっと一人でやっていましたからね。その反動なのか知らないですけど、この10年ほどバンド活動をしていて、やっぱり一区切りついている気持ちになっていますね、今。
アメリカでも僕の音楽を知っている人が居て
生活の中で楽しんでくれている
ー直近のオリジナル・アルバム『HOCHONO HOUSE』では、細野さんがすべて一人で制作されていましたが、『あめりか』ではその細野さんが一人で構築された音の印象が、見事にバンド・スタイルになっていると感じました。
細野 メンバーはみんな新しい音楽に親しんでいますから、今風にやるのも、なんてことはないんでしょうね。逆に40’sとか、古いブギーをやったりするときは、本当にゼロからの練習になるので、慣れていないことなんですよね。でも、10年かかって、できるようになった。根本的にその2つは違うなと。
ーでも、『あめりか』では、古い曲と細野さんのオリジナルが混在したセット・リストが、すべて地続きになっていると思います。アメリカの客席の反応も、自然に聴こえました。
細野 自然でしたね。楽しんでましたね、皆さん。
ーマック・デマルコさんがゲストで「HONEY MOON」を一緒に演奏されていますが、近年、細野さんの曲を外国の方が日本語でカバーしている動画もよく見かけられます。
細野 そうね。日本語でやるっていうのが面白くてね。一番びっくりしているのは僕ですけど(笑)。なんでだろう?って。分からなかった、最初は。最近の欧米の人は、英語にこだわらなくなってきたのかな。昔と違いますね。英語じゃないとそっぽを向かれる時代があったんですけどね。
ー長い歴史の中で、明らかに何かが……。
細野 変わってきていますね。本当に今、日本のシティ・ポップ・ブームみたいで。本当に好きなんだろうなと思います。ずっと眠っていた人たちが起こされたみたいで……アンビエントをやっていたころの人たちとかね。刺激があって良いことだなと思いますけど。
ー細野さんとしては、不思議な気持ちでしょうか?
細野 慣れましたけどね。例えば、オノ・ヨーコさんのライブに参加したときに(2010年)、ファンが路上に集まって「風をあつめて」を歌ってくれたりしたんですよ。そのときはびっくりしましたけど、たぶん映画『ロスト・イン・トランスレーション』の影響だろうと思っていたんです。自分ではそんなもんだろうと思っていたら、『花に水』をヴァンパイア・ウィークエンドが取り入れて、良い曲を作ったんで(「TALKING あなたについてのおしゃべりあれこれ」をフレーズに取り入れた「2021」)。そこからかな。なんでみんなこの曲が良いって言うんだろう?と。「風をあつめて」とは本質的に違う音楽……『花に水』は無印良品の店内でかかることを前提に作ったので、それがなぜ今よみがえってくるんだろう?と。そういう驚きがありましたね。ヴァンパイア・ウィークエンドの曲が良かったので、余計にそう思ったんですけど。
ー『あめりか』で聴く限りではどの曲でも聴衆の反応は良いのですが、ステージ上で感じているものは違いますか?
細野 「Sports Men」とか、ああいうタイプの曲が好きみたいで。一段階、歓声が高くなる。でも皆さん、よく聴いていますし、日本で演奏するのとそんなに変わらないんですよ。みんながよく知っているという意味でね。僕の音楽を知っている人が見に来てくれる。初めてニューヨークで演奏するときは、どんな人が来るのか、皆目見当が付かないんで。冷やかしが来るんだろうと思っていたんですけど。
ー公演当時も、チケットがソールド・アウトしたとニュースになっていました。
細野 そうなんですよ。追加公演もやったり。開演前にものすごい行列になっていて。後で見た映像では、みんないい人たちだなと。ランダムな年齢、性別……みんな、自然に音楽が好きそうな……マニアじゃなくてね。昔だったら、アメリカで日本の音楽を集めているのはマニアだけだったんですよね。それが今、例えば、アーティスティックな仕事をしている人たちとかが、生活の中で僕の音楽を楽しんでくれている。そういう人たちのInstagramはよく見ているんで。大騒ぎすることなく、自然に展開している事柄なんだろうなと思っていますね。
ボン・イヴェールのような一人で作っている人と
僕は波長が合うようなと思っている
ー本題の『あめりか』ですが、そもそもライブ・アルバムをリリースすること自体は初めてですよね。
細野 アルバム単位では全くないですね。1曲とか、誰かが録ったライブの音源を使ったことはあったんですけど。
ーこのバンド編成での記録はやはり残したかった?
細野 自分の中では、2019年のニューヨークとロサンゼルスは、ある括りになるなという気持ちがあったんで。10年以上やってきた結果がそこにあると。記録として残しておきたいという気持ちで括ったはいいものの、その翌年……去年ですね、本当に(コロナ禍で)括られちゃった。
ー『あめりか』は演奏もサウンドも軽妙で、実際にステージを楽しんで見ているような感じで聴けますね。
細野 まさに今おっしゃったようなことで。楽しんでもらうのが一番うれしいですね。若いころはね、驚かせてやろうとか、そういう気持ちもあったんですよ。そういうのは無いんですよね、今。スムーズに……やると難しいんだけど、幸いスムーズに演奏できるようになった。そうじゃないと楽しめないんで。聴き流せるくらいスムーズに演奏できたというのが作品にできたので、何も考えずに楽しんでもらえるといいなと思います。
ー音は軽やかでも、音楽としての骨組みが太い分、驚かせる必要もないのかなと思います。
細野 こういう音を出すようなバンドとか、僕が知っている限りでは幾つかあるんですけど、世の中の大勢は、なんて言ったらいいかな……やっぱり音楽産業的な音なんですよね。僕の耳にはきついんですよ。ますます自分が少数派の中の少数派になっているという感じは、今持っているんですね。
ーとは言え、実際にライブにたくさんの方が見にいらっしゃいましたし、決して少数派ということは……。
細野 ないね、その通りだ(笑)。サウンドは明らかに、自分でそういうのを聴きたいのでやっているんです。誰かがやっていたら、ワクワクして聴いちゃうと思う。今の音楽で、自分が楽しめるようなものがどんどん減ってきているんで。昔はもう、あったわけですよ。こっちが若いから、吸収することはいっぱいあったわけですね。ライ・クーダーとかドクター・ジョンとか、ヴァン・ダイク・パークスとか。そういった人たちが刺激や影響をくれたんですが、そういう先達というのが居なくなってきた……まあ自分が歳を取ったせいで(笑)、自分がそういう立場になったかどうかは分かんないですけど。
ー『HOCHONO HOUSE』のときは、現代の音楽のような音像を作りたいとおっしゃっていました。今回の『あめりか』はまたちょっと違う意図だと思いますが、もう片方では新たなサウンドも希求していらっしゃるのでは?
細野 実はそうかもしれないな。一昨年はずっとそんなことを考えて、悩んでいたりしたんですよ。機材を新しくしたりとか……今もまだ途中なんですけど。でも、去年からのコロナの騒動で、いろんな世の中の仕組みが見えてきたりしてね。大きな強い、世界の圧力を感じるんです。そういうのに抗(あらが)って生きていくのは大変だなと思っているんですけど。2019年までの10年間でそういう時代背景を培ってきていて、実は音楽もそういう中から育ってきて、新しい音像が出てきた。僕も最初はそういう音像に興奮したんですけど、やっぱりどんどん聴いていくと、あるドームの中の、特殊なマトリックスの世界がそこにあって、そこに組み込まれることに抵抗感が出てきたんですね。だから、自分なりの新しい音像を作りたいなと今思っているところなんです。そういうことをやっている人が結構出てきているので、励みになるんですけど。
ー具体的にはどんなアーティストが思い浮かびますか?
細野 最近、活動が不活発だけど、ジョー・ヘンリーとか。プロデューサーとして素晴らしい音を作っている。ほかには、ボン・イヴェールの音が面白いなぁ、独自だなと。自分で作っていくというね。そういう人があちこちで出てきて、自分のスペースで音楽を作っている。大勢ではなくて、割と一人で作っているような人が増えている。そういう人たちと、僕は波長が合うなと、今思っているところですね。
ーオルタナティブで新しいことをやろうとしている人は、世界中に居ますね。
細野 そうなんですよ。それがなんかね、うれしいです。そういう意味ではやる気がいっぱいあるんですけどね。
ー『あめりか』の話に戻りますが、ニューヨークもロサンゼルスも、公演を録音されていたのですか?
細野 ええ。両方のステージを見ていた人たちからは、最初のニューヨークがすごく良かったと。実際に見ているので、場の緊張感とか、僕が緊張している空気感が良かった……んじゃないかなと思うんですよ。でも音を聴くとそれは分からないし、最初だからミスが多いんです。なるべく直したくないなと。ロサンゼルスはほとんど直すところが無いんで、自分にしては珍しく。まあ1カ所あるんですが、そのまま使いました。だから、ほとんど全部、ロサンゼルスのステージです。
ーでは、一貫したライブ・ステージの通りにできている?
細野 そうなんです。2〜3曲、カットしてありますけど、それは尺の問題もあって。でもほとんどフルで。だからこれの映像版を、編集して出したいんですよ。
ー映画『NO SMOKING』とは別に?
細野 そうです。それも自分で編集したいなという気があるので。できるかどうかは分からないですけど。
ソフトも本当は全部チェックしたいんです
“もっと良く”って思っちゃうんでね
ー『あめりか』のミックスは、エンジニアの原口宏さんと一緒に行ったそうですが、どのように進められたのですか?
細野 原口君も自宅で編集したりするので、時が時だけに。だからファイルを送り合って。E-Mailでここをああしてこうして、というのを送ると、修正されて戻ってくる。もうちょっと低域を出して、歌はもう0.5dBくらい上げてとかね。
ー細野さんご自身がMOTU Digital Performer上で作業することは?
細野 最初はね、そうやろうとしたんだけど、コロナのせいだな。三密回避が叫ばれていた時期だったので、原口君も自分の家でやった方がいいだろうと。僕はチェックすることが大事だったので、それが結構しつこかったかもしれない。何度やったか覚えていないですけど、最終的には完ぺきだと。
ー歌の出方と低音の処理以外のリクエストは?
細野 広がり方とか……あとはコンプレッサーのかませ方というか。
ーキックとベース……主に低域のコンプレッションが絶妙だと感じました。キツ過ぎず、でもしっかりしている。
細野 ああ、本当? 優秀なコンプのソフトがあって、すごく良かったんで。原口君とも一度、僕のスタジオでどうするか方針を決めてね。そこで、トータルに使うコンプを決めて。手元に無かったので、ダウンロードして買いました。なんだろう……有名なやつですよ(編注:原口氏によると、MCDSP ML4)。僕はそういうこと、全然疎い……名前が覚えられないんですよ。ソフトも、チェックしたくてしょうがないんですよ、本当は。制作中、どうしても“もっと良く、もっと良く”って思っちゃうんでね。だから、全部試したいんですけど、無理です。
ーこのスタジオの機材も少し変わりましたね。
細野 ええ。前のAPPLE iMacは大きなディスプレイで、スピーカーが遮られるので、小さくしたんです。これはこれで画面が小さくて、困る部分もありますが。
ーオーディオ・インターフェースも新しくなりました?
細野 自宅で使うつもりで買ったUNIVERSAL AUDIO Apollo X6はまだスタジオのブースに置いたまま。そうこうしているうちに、こっちを変えたんです。なかなか変えるのも勇気が要る。良くなるのかどうか。変えてから、まだラジオの収録くらいで、音楽制作として本格的な取り組みはしていないんです。でも、使っていない古い機材がかわいそうになってくる。使いたいんですけど、このスタジオのパッチのことを理解していないんです。自分でパッチできるようにしたいんですが、そういうことができない。
ーAPI 500互換モジュールのプリアンプが増えているのは、複雑なパッチを回避する目的ですか?
細野 ええ、そうです。マイクをいろいろ差し替えたりしたいんで。まだ歌は録ったりしていないんですね。ラジオでしゃべっているくらい。
今ではテクノやアンビエントなどの変遷も
聴く人と同じで並列になってきた
ー今後のスタジオ作品は……例えば、先程おっしゃっていた、ボン・イヴェールと肩を並べるような音楽をイメージされているのですか?
細野 ボン・イヴェールは自分とは異質な場所の音楽なので、肩を並べようとは思いませんが、“うん、爺さんもなかなかやるじゃないか”というような方向に、僕も行きたいなと思っています。
ー一方で、このバンドの活動は継続される?
細野 さあ、どうしよう? やっぱり貴重な仲間ですし、ライブもやらないわけじゃないし。新しいことをやっても、それをまたバンドでもできるし。自分の中で、いろいろなことが変わってきて、今まではテクノやアンビエントとか、時代ごとに変遷してきたわけですけど、今となっては、聴く人と同じで、並列になってきちゃった。だからテクノをやったっていいわけで。そういう気持ちですね。
ーライブを軸にするとしても、まだコロナ禍がどう収束していくのか、分からない状況ですよね。
細野 分かんないですね。というか、分かんないのが今、すごく好きなんですよ。アンビエントのころとちょっと似ているんですが、また白紙になっている。いろいろ考える時間があるっていうことは、すごくうれしいですよ。あわててやる必要もないし、もうちょっと時間がかかるかもしれない。
ー“今、僕は考えている時間なんだ”ということがはっきり言えると?
細野 そう。すごい世界情勢なんで、それに目を見張っているわけですよ。すごいことが起こっている。アメリカで起こっていることとか、目が離せない。そういう世の中で起こっていることと、やることが切り離せなくなっているような気がして。
ー一方、最近では、高橋幸宏さんや坂本龍一さんが療養されていらっしゃって……。
細野 そうなんだよね。YMOの二人が心配だよ。
ーでも、細野さんがお元気で活動していらっしゃると、お二人も負けていられないと思われるんじゃないかと。
細野 だったらいいんだけど。と言ってもそんなに“元気”ではないんだけどね。
ー確かに、細野さんがエネルギーに満ちあふれているほど元気というのも、ちょっと想像付きません(笑)。
細野 そうなったら危ないって言われています、前から。
ーそれでも健康でいただけたらと思います。
細野 ありがとうございます。
Release
『あめりか / Hosono Haruomi Live in US 2019』
細野晴臣
SPEEDSTAR(VICL-65475)
- Tutti Frutti
- The Song Is Ended
- Radio Activity
- 薔薇と野獣
- 住所不定無職低収入
- Choo Choo ガタゴト・アメリカ編
- Angel On My Shoulder
- Honey Moon
- Roochoo Gumbo
- 北京ダック
- 香港ブルース
- Sports Men
- Cow Cow Boogie
- Ain’t Nobody Here But Us Chickens
- Pom Pom 蒸気
- Body Snatchers
- The House Of Blue Lights
- Absolute Ego Dance
Musician:細野晴臣(vo、ac.g、b)、高田漣(pedal steel、g)、伊賀航(b)、伊藤大地(ds)、野村卓史(k)、マック・デマルコ(vo、ac.g)
Producer:細野晴臣
Engineer:細野晴臣、原口宏
Studio:Daisy Bell
Live:マヤ・シアター
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