“より良いものをレコーディングで残すには何が最良なのか”
そう考えるようになったことで声の使い方も変わってきました
塩塚モエカ(vo,g:写真左)、河西ゆりか(b:同右)、フクダヒロア(ds:同中央)の3人から成るオルタナティブ・ロック・バンド=羊文学。12月9日にリリースされたメジャー1stアルバム『POWERS』は、ギター、ベース、ドラムのアンサンブルが織り成す豊かな響きの中で、塩塚の歌声が時に優しく、時に鋭くさまざまな表情を見せながらドラマチックに展開していく。今回は、メンバー3人と、プロデュースからミックスまで手掛けた吉田仁氏を招いてインタビューを敢行。そこからは、メンバーそれぞれの音作りのこだわりや、空間を心地良く包み込むリバーブの技法、吉田氏との制作を通してメンバーが受けた影響、さらにはソング・ライティングを手掛ける塩塚の今後の展望などが見えてきた。
Interview:Mizuki Sikano Text:Kanako Iida
表現の幅が広い歌声を
NEUMANN U47でレコーディング
ー『POWERS』の制作は、どのように始まったのですか?
塩塚 私は普段ABLETON Liveで制作をすることもありますが、『POWERS』は、APPLE iPhoneのボイスメモで録ったデモをメンバーに聴いてもらってスタジオでアレンジしたり、ライブ練習の休憩時間に試しに録音して、バンドでやったら良さそうとなったら進めたりしていきました。
ー制作の段階で印象に残っている曲はありますか?
フクダ 「powers」はレコーディング前のリハでも苦戦した曲ですね。変拍子に思わせるような要素も取り入れたので、リズム・キープも難しいですし、これまでの羊文学には無い新しい曲のようなイメージがあります。
塩塚 この曲はメンバーで話し合いながらアレンジしたんですけど、なかなか完成しなかったんです。
吉田 レコーディングでもいろいろ試したよね。曲の途中でテンポ・ダウンする部分があるんだけど、クリックで合わせようとしたらぎこちなかったので、昔のプログレ・バンドのようにパーツごとに録ろうと提案したの。編集して、歌を乗せてみたら今度は言葉が詰まって歌い回し切れなくて。そのブロックだけ5BPM遅くしたいとなったんだけど、音色の劣化が厳しいので、AVID Pro Toolsのエラスティック・オーディオ機能や、AVID Pitch Shifter、SERATO Pitch’n Timeなどでタイム・ストレッチを試しました。でもいまひとつで、結局ベースとギターだけ録り直したんです。ベースとギターはいつも同時にライン録りしているので、最終的にはそこからまた2BPMくらい速くしてリアンプしました。
ー透明感と芯のあるボーカルが印象的ですが、ボーカル・レコーディングではどのようなことを心掛けていましたか?
塩塚 今回は、その曲を一番うまく伝えるにはどういう種類の声がいいかなというのをずっと考えていて、体が無理している感じにならないように意識して歌いました。
吉田 彼女の歌声は表現の幅が広いんです。ウィスパー・ボイスからファルセット、すごく張ることまで自在ですし、音域の幅も広い。コード進行上難しいメロディ・ラインも多いですが、それもいい感じにとらえられているなと。幾つかのマイクを試した中で、塩塚さんっぽい響きで録れたこともあって、基本はNEUMANN U47でレコーディングしました。
塩塚 今回は、仁さんにマイクの距離で音の柔らかさが変わることも教わりましたね。
吉田 「powers」のコーラスはメンバー全員で1.5mくらい離れて、声の感じとルームの響きを調整しながら1本で録って。テストでみんなが歌ったときにセルジオ・メンデス&ブラジル’66のような雰囲気に聴こえたので、そういう空気感にしたいと思ってリバーブは使いませんでした。
スネアはミュート・シートを使うことで
ローピッチでドライな音に早変わりする
ーギターは何を使っているのですか?
塩塚 FENDERのAmerican Vintage Jaguarです。低音がガッツリ出るので、3ピースでも物足り無くない音なんです。ボディの薄い水色も好きで、塗装も薄くて使っているとどんどん年を重ねていく感じがします。ネックの太さも合っているし、ショート・スケールだから指を大きく開くコードも押さえやすくて弾きやすいので気に入っていますね。
ーレコーディングで使っているギター・アンプは?
塩塚 FENDER Twin ReverbとROLAND JC-120です。メインのひずみはFULLTONE OCDですが、ひずみを細かく調整できるWEEHBO EFFEKTE Dumbledore-2、ブーストのひずみでAYA TOKYO JAPAN Drivestaも使います。元の音はアンプでしっかり作って、ひずみだけその辺りで調整していますね。あと、RED PANDA Rasterというディレイが欲しくて、日本であまり売っていないので個人輸入したんです。手に入ったのがうれしくて一緒に寝たりもしました(笑)。ディレイの音にピッチ・シフトがかけられたり、ペダルをつなぐと曲間のSEになるような音が出て面白いんですよね。
ーベースは温かくて丸みのある音像ですね。使っているベースは何ですか?
河西 MOMOSEのベースです。レコーディングで主に使ったアンプはスタジオのAMPEG B2。ベースがギターの低域と重なって聴こえなくなったときには、B2で低域を調整してベースの重心を下げたりしましたね。プリアンプはAKIMA&NEOS Wild Stompです。音に厚みが出ますし、ひずみのスイッチもあって、ファズっぽい感じで積極的に使っています。
ーよく使うコンパクト・エフェクターは?
河西 THE NOVEMBERSの高松(浩史)さんが監修したローブースターの1995FX Stomach Acheは、いい感じに低音が上がって、ドンシャリっぽい音も簡単に作れます。特にピック弾きのアタック音を出すには重要で。あと、TECH21 Sans Amp Bass Driver DIを使ったりもします。
ーギターやベースが空間で広がる中、ドラムはプレイにも切れ味があって、サウンドにも力強い存在感があります。ドラム・セットは持ち込んでいたのですか?
フクダ シンバル類とスタンド類、ペダル、スネアは持ち込みました。シンバルはZILDJIAN Darkシリーズのライド、クラッシュ、ハイハットを使っています。スネアはローを温かい音にしたくて、ミュート・シートを使って低めに音作りをしました。ローピッチでドライな音に早変わりして、個性的な音になるんです。ZILDJIANのシンバルは結構響くので、ボーカルと当たるときにはシンバルもミュートします。
吉田 初めてライブを見たとき、金物系のプレイがすごく印象的で。リズム・マシンみたいにハイハットやライドを強弱無くもたたけるし、そこからすぐにダイナミクスのあるプレイにも行けるんだよね。あと、キックやハットはほんのちょっとした力加減の違いが如実にレコードされるからコントロールする能力が必要なんだけど、そこの表現力もすごく良いと思う。
普段ライブを観ている人にとって違和感無く
20〜30年後も聴くに堪えるものにする
ーギターは耳心地良いひずみが印象的ですが、ミキシングではどのようにプロセッシングしたのでしょうか?
吉田 僕の場合、ライブPAの人たちと同じような感じで最初から全体を立ち上げつつやっていくんだけど、基本的に塩塚さんが作った音を大事にして作っています。マイクはSHURE SM57とSENNHEISER MD421、オフマイクにSHURE SM81。ギターは重ねず1トラックで通す曲が多くて。そこをステレオ空間にすることと、バンドのダイナミクスやスケール感を表現するために、3〜4種類のエフェクトを組み合わせて使いますね。
塩塚 ギターは、“CDでは聴こえるけど、ライブではこのフレーズ無いじゃん”みたいなことが嫌だからあまり重ねなかったんですよね。
吉田 僕が影響を受けたのがブルース・スウェディンというエンジニアの言葉で、原音忠実再生が命と言われていた世代の彼が言った、“レコード芸術におけるリアリティは原音再生とは程遠く、私が作っているのは、超現実的な音響彫刻だ”という思想。だから、20〜30年後にも聴くに耐えるものにしようと心掛けています。あと、羊文学の曲は曲自体にドラマがあるものが多いので、そこに描かれたドラマを響かせるような方向でミックスしますね。レコーディングでは、ライブと違う外行きの演奏や歌になっちゃうこともよくあるから、バンドものに関しては普段ライブを見ている人にとって違和感が無いものにしたいと思っているんです。
河西 仁さんのミックスでは、リズム隊のダイナミックな部分もうまく表現されるんです。以前はレコーディングではおとなしく弾いた方がいいのかなと思っていたんですけど、仁さんはそのままライブの感じで弾けば大丈夫と言ってくれて。
吉田 初めてのレコーディングのときは、丁寧に弾く人だなと思っていたけど、ライブを観たら、グイグイ行っていたし出音も全然違って。その次のレコーディングからはテイクを録る直前に、“ライブみたいにグイグイ行ってね”と言うようになった。河西さんのベースはギターとドラムの接着剤としての役割も兼ねた独特なフレーズなので、そこを意識して今回は3つのアンサンブルの中で聴こえるような感じにしました。
フクダ 仁さんにお願いするとドラムも自分好みの音になるんです。ハイハットをタイトに聴かせられるし、ドリーム・ポップのようなドラム・リフのゴースト・ノートやバスドラの感じがすごく良くて。ライドの鳴り方もしっくり来ます。
IK MULTIMEDIA Classic Compressorで
透明感とハスキーさのバランスを保ちました
ーステレオの音像として広げるときは何を使うのですか?
吉田 BRAINWORX BX_Stereomakerが第一候補です。場所ごとでの響き方を変えたいときは、ライン録音したデータをアンプ・シミュレーターを使って一部だけそれを足すとか、アンプ・シミュレーターで作った音をリバーブにだけ送って足すとか。そういうことをこまごまとします。
ー「mother」では、空間全体に広がるリバーブ成分と、ストロークが聴こえますが、リバーブを共存させるコツは?
吉田 リバーブの使い方に関しては、以前一緒に仕事をしたイギリスのエンジニア達から結構影響を受けています。当時はみんな5〜6台のリバーブを最初からSSLの卓に立ち上げて、その送りのバランスによって音響を作っていて。2000年以降のインディー・ギター・バンドのギターの音も4割方エフェクトで作られてるんじゃないかなと思って、もう1回そこに立ち戻って、立体的にリバーブを使うようにしました。ギターには最低3〜4種類はリバーブを使うのですが、その組み合わせを場合によって変えていますね。あと、リバーブの前段でプリにEQやフィルターを入れて、EQ処理した信号をリバーブに送っています。そのバランスで空間を作ったり、シューゲイズっぽいリバーブが欲しいときはリバーブ自体をひずませたり。リバーブの後段でローカット/ハイカットをするときもありますね。
ー主にギターで使用したリバーブは何ですか?
吉田 主にOVERLOUD Breverbと、BRAINWORX BX_Roomを曲によって異なるセッティングにして使いました。「mother」のイントロで流れるノイズっぽいギターも、異なるセッティングのリバーブを2つ使って。1つの楽器に複数のリバーブをかけて、それを楽器ごとに変えているので、結果ものすごい数のリバーブを使っていますね。
ーギターに何かひずみを加えたりも?
吉田 基本的な音色は元のままですが、1曲だけKLEVGR. FreeAmpと、TRITIK Krushで大元にひずみを足しました。トラックにインサートするのでは無く、パラレルにしてAUXで送る感じですね。あと、ダブルのギターの一番ひずんだ部分では、アンプだけだとつぶれ加減でコード感が分かりにくくなるので、ラインにIK MULTIMEDIA Fulltone Collection For AmplitubeのOCDを使いました。
塩塚 OCDのプラグインもあるんですね。知らなかった。
吉田 そうそう。羊文学用にゲットしたんだよ。
ーアナログ系のプラグインEQは使いますか?
吉田 基本はレコーディング段階の雰囲気を崩したくないので、各チャンネルはモニター・ミックスに使ったAVID EQⅢ、それを全部ギターごとに1個のバスにまとめて、そのバスにコンプやEQをかける形が多いです。バスにはWAVES API550Aや、アビイ・ロード・スタジオのコンソールを再現したWAVES REDDを使ったり、テープ・シミュレーターのWAVES Kramer MPX Master Tapeも使います。
ーギターやボーカルに使っているコンプは?
吉田 ギターにコンプはそんなに強くはかけていないけど、よく使うのは、KLANGHELM MJUCとWAVES H-Comp。低域をピンポイントに処理したいときは、FABFILTER Pro-Q3で強くなったところのスレッショルドを調整しますね。耳に痛い感じを削るときは、IZOTOPE OzoneのSpectral Shaperをごく微妙に使ったり。あと今回は、OEKSOUND Sootheを使って、オートメーションで気になったところだけ処理しました。ボーカルのコンプは、普通のだとひずみっぽく聴こえるという本人の意見もあって、IK MULTIMEDIA Classic Compressorを使っています。塩塚さんの声が持つ、透明感とハスキーさのバランスが崩れないから合っていると思って。
ー塩塚さんは、録音作品でのご自身のボーカルについてどう感じていますか?
塩塚 仁さんにお願いする前は、ボーカルを直すのも切り張りするのも嫌だから、完ぺきに自分が歌えるまで最初から通しでやり直していました。でも、仁さんの話を聞いて、“より良いものをレコーディングで残すには何が最良なのか”と考えるようになって、声の使い方も変わりました。これまで歌い方を変えて良くしようと思っていたので、マイクを変えるという発想があまり無かったんです。でも、これからはマイク選びから意識しようと思っています。もう次の制作に入っているので、実は次のことばかり考えていて(笑)。ボーカル以外にも、ピアノでの制作に挑戦したいとかいろいろ考えています。
Release
『POWERS』
羊文学
F.C.L.S.:KSCL-3276
- mother
- Girls
- 変身
- ハロー、ムーン(album mix)
- ロックスター
- おまじない
- 花びら
- 砂漠のきみへ
- powers
- 1999
- あいまいでいいよ
- ghost
Musician:塩塚モエカ(vo、g)、河西ゆりか(b)、フクダヒロア(ds)
Producer:塩塚モエカ&羊文学、吉田仁
Engineer:吉田仁、池内亮、小野寺伯文、小林慶一、英保雅裕、飯塚晃弘
Studio:Tuppence House I's、GARDEN WALL、MECH
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