夢ノ結唱 × 長谷川白紙 〜親しみやすさを感じる歌声というPOPYを使った「汀の宿」制作秘話

夢ノ結唱 × 長谷川白紙 〜親しみやすさを感じる歌声というPOPYを使った「汀の宿」制作秘話

シュルレアリスティックとも言える非現実的な感覚が得られました

2023年7月、フライング・ロータスが主宰するレーベルBrainfeederとの契約を発表した長谷川白紙。今最もその動向に期待を集めている彼が、POPYをボーカルに迎えてリリースした楽曲が「汀の宿」だ。何層にもレイヤーされたリズムの上で、POPYが歌う文学的な歌詞が印象的な楽曲となっている。「汀の宿」を聴く上での手引きとして、ざっくばらんに語ってくれたインタビューをご覧いただきたい。

『汀の宿』
夢ノ結唱 POPY
(ブシロードミュージック)

作詞/作曲:長谷川白紙

POPYには日本の音楽文化の伝統が継承されている

——Synthesizer Vのことはご存じでしたか?

長谷川 名前だけは聞いたことがあるという状態が結構長く続いていました。最近、好きな作曲家や知り合いがSynthesizer Vを使った楽曲を発表していて初めて聴きましたね。

——今までの音声合成ソフトとの違いは感じましたか?

長谷川 かなり違うと思います。今まではある種キャラクターとして君臨していたというか、音声合成ソフトが故の違和感がずっとあって、それを価値に変容する動きが界隈にあったと思うんですよね。Synthesizer Vは、すごくリアルな質感があります。シュルレアリスティックとも言えるような……唯一無二の声を持っていると同時に発声の仕組みをすごく精緻に模倣しているので、非現実的な感覚が得られましたね。間違いなく技術的な革新だと思います。Synthesizer Vで作ったという前提があっても、あるいはなくても起こる感覚なのかどうかが、すごく興味深いところです。

——POPYの歌声の印象はいかがでしょう?

長谷川 スタンダードで親しみやすい声という印象でした。フォルマント、ブレス、ノイズ、子音などの取り扱い方において、日本の音楽がこれまで育んできたアニメソングや声優文化の伝統が継承されているように感じました。この声を親しみやすいと感じるのも日本特有の美学みたいなもので、それが革新的な技術とともに成立していることが面白いです。

——「汀の宿」の制作はどのように進めていきましたか?

長谷川 まず仮歌を入れた簡単なデモみたいなものを作って、プログラマーの方にSynthesizer Vでボーカルを組んでもらい、私がそれに応答する形で仕上げていきました。「汀の宿」に限って言うならば、自分で歌うときの制作とそんなに違ったことは自分の中ではないと思っていて。

——それはなぜでしょう?

長谷川 POPYをすごくスタンダードに感じるって言ったこととも関連していて、実は現在のスタンダードナンバーを作ろうと思って制作したんですよ。ちょっとそうとは思えないかもしれないですが(笑)。自分で何となく歌うようなときにも親しみのあるメロディでないといけないし、POPYが歌うときにも親しみのあるメロディでないといけないと思っていたんです。だからPOPYにしかできないこと、Synthesizer Vならではのことを試してみようっていう意識は、この曲に限ってはあんまりなかったです。

——長谷川さんの楽曲の特徴の一つは、何層ものリズムが重なっている点かと思いますが、確かに「汀の宿」のボーカルは基本的には4拍で取れるようなメロディです。

長谷川 ボーカルがずっと、ある種メトロノームというかリーダーのようにリズムを示し続けているので、後ろでドラムがリズムチェンジしたり、すごく奇っ怪なリズムを演奏しても、テンポは乱れないものにしたかったんです。

——プログラマーの方に調声を依頼するときには、どういった内容を依頼されたのでしょうか?

長谷川 恐らくよく聴いてもほとんど気づかないようなことだと思うんですけど、拍からのズレを実は結構細かく調整していただいていて。リズムの面で一番大きくリファレンスにしているのがブラジル音楽でして、ブラジル音楽の16分音符って、4拍目が3連符を入れ込んでいるという構造を常に取っているんです。ちょっともたっている要素と走っている要素が同時にあるようなリズムで、自分のルーツにあるリズムの一つなんです。それに従ってリズムをとっていくと、少しだけ前後にずれる必要がある箇所がちょこちょこあって、それの修正はかなり細かくしていただきました。

——その細かな作業が効いてくると。

長谷川 ボーカルのちょっともたった感じがかっこいいという聴こえ方ではなくて、楽曲全体のリズムとして違和感がないようにしました。100%グリッドに沿っている状態だと、どうしても違和感がリズムに出てきてしまうことがあって、調整して全体が一つのリズムとして構築されるようにしています。

違和感をあえて修正しない

——ボーカルの音作りはどのように行いましたか?

長谷川 割と素に近いというか、一つの指標としてはフリッパーズ・ギターなどのような、声がちょうどよく埋没する感覚を少し目指しました。プラグインで使用したのは、WAVES IR1 Convolution Reverbです。独自に作成したIRライブラリーが幾つかあって、そのうちの1つをすごく弱めにかけました。Soundtoys MicroShiftもお気に入りで、これもかすかにかけています。あとはミックスをしてくれた浦本雅史さんなど、エンジニアの方による部分も大きいと思います。

——1カ所伺いたいのが、0:53の“陰陽の”の歌い方が、独特な調声になっていると感じました。

長谷川 正直に話すと、初めて聴いたときは少し違和感があったんです。音声合成ソフトらしい癖が出ていて、修正リクエストを出そうと思っていたんですが、それがないと満足できないようになってしまっていて。これは人間の歌声でもよくある現象で、歌手それぞれが持つ発声の癖を聴き込んでいくうちに、その癖がだんだん好きになっていく。だからあえて修正しませんでした。日本語の“合成音声なまり”のようにも感じて、逆にポジティブに捉えています。

「汀の宿」0:53~の“陰陽の”を示した画面。ピッチの上下が違和感のあるように聴こえるが、あえてそのままにすることで、独特な歌い方となっている

「汀の宿」0:53~の“陰陽の”を示した画面。ピッチの上下が違和感のあるように聴こえるが、あえてそのままにすることで、独特な歌い方となっている

——ROSEがボーカルの場合はどんな曲になりそうですか?

長谷川 ROSEで作るときは、音声合成ソフトであることにもう少し接近してもいいんだろうなと。今回POPYと一緒にやらせてもらったことが、私が持っているルーツの方にPOPYを引き寄せる作業とすれば、次は多分ROSEの持っている世界観に私が入っていく構図がいいんじゃないかと思います。シンプルに、もっと声質自体に着目したいですね。


◎本特集を締めくくる、Synthesizer Vの開発者インタビューは近日公開です!

Release

『汀の宿』
夢ノ結唱 POPY
(ブシロードミュージック)

作詞/作曲:長谷川白紙

【特集】夢ノ結唱 BanG Dream! × Dreamtonics Synthesizer V

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