“作られた感じ”の無いスピーカーでPA講座を
山寺氏を訪ねて、尚美パストラルホールに足を踏み入れると、ちょうど秋学期の講義ガイダンスがステージ上で行われていた。多数の学生を目の前に、丁寧に説明をする山寺氏。「この講義では、最終的にはホールでのコンサートをやってもらいます。ホールでのコンサートは、さまざまなルールがあり、それを学んでもらうのが目的です」と語っていた。
ガイダンス終了後、山寺氏に話を伺った。実はこの客席数約300のホールは、音楽表現学科のクラシック演奏に使うことが多く、 その場合移動式のPAシステムを使用することはあまりないということだ。
「一方、私の所属する情報表現学科ではコンサートPAの授業があり、この尚美パストラルホールをPAを教える場所としてお借りすることができました。昨年度は既存のポイントソースのスピーカーでの授業を行っていましたが、 現代のPAを教えるに当たって、アレイ・スピーカーは欠かせないと思い、今年度に最優先事項としてスピーカーを導入してもらうことにしました」
氏が語るように、アレイ・スピーカーと言えば現代のPAの主流。各社からさまざまなモデルが発売されているが、その中でBOSE ShowMatchを選んだ理由を尋ねてみた。
「試聴してみたときに、作られた感じが無かったんです。“このスピーカー、そのまま出ている感じがする”と。味付けの見事さではなく、素材の良さをそのまま生かした料理のようだと思いました」
ギター・アンプやドラムの違いを描き出せる
ShowMatchのフルレンジ・モジュールは2ウェイ仕様だが、高域ドライバーには大口径の2インチ・チタン・コンプレッション・ドライバーEMB2Sを4基搭載することで、クロスオーバー周波数帯域を下げ、1〜4kHzのボーカル帯域にクロスオーバーがかからないように設定されている。なおかつ、クロスオーバーが下がることで、一般的なラインアレイよりも鋭い指向性コントロールが可能に。さらに、BOSE独自のDeltaQ技術ではモジュールごとに水平/垂直の指向性を変更できる。そのため、モジュールの組み合わせにより、天井や壁に音を反射させないよう、会場に合わせたカバレージ・エリアを構築したり、広い垂直カバレージを少ないモジュール数で実現することが可能だ。山寺氏はこう続ける。
「現在は音質のみならずカバレージ・エリアや指向性までDSPで変えられたりするアレイ・スピーカー・システムも存在しています。システム担当者がうまくチューニングすればその効果は絶大ですが、僕のようなFOHのエンジニアのみが乗り込みで行くケースなどは、好みに合わせた調整が難しい場合もありますね。会場に合わせた設定を、さらに乗り込みのFOHエンジニアが調整してしまうと、DSPが表に出ていないところで調整した周波数の近くを誤って切ってしまったりして、ストレートな音にならない。できることが増えた分、調整に時間がかかるんです」
山寺氏のこうした発言は、普段の仕事での経験から出たもの。氏が担当する仕事では、アーティストのツアーであっても地元のPAカンパニーが会場に合わせて用意した機材を使用することが多いという。つまり、毎回違うスピーカーと対峙していることになる。
「そのスピーカーの良いところを生かしながら、自分がこうしたいという音との最大公約数を探っています。環境による違いをあまり演奏者には感じさせたくないので、ステージで感じられる音には気を遣います。特にシーケンスは顕著で、必ず毎回同じ音が出ますから、出音の印象が違い過ぎてアーティスト側で補正するようになると基準が無くなってしまう。生楽器や歌も同じことですが、PAの作り方で元の出音やプレイが変わることがないようにしたいのです。違う機材でそのフィールドを作るのが毎回自分の中の課題。会場の響きも含め、最初にパンと音を出したときに、今日は30分でできるとか、今日は1時間かかるとか、なんとなく分かるんですよ」
ShowMatchに関しては、そんな“調整を施した後のような音がする”のが、氏が気に入っているポイントだそうだ。
「ShowMatchから、最終的に自分でチューニングした結果みたいな音が出てきたことにびっくりしたんですよ。普段の仕事では、音を出してみて、このくらいのローの出方、ハイの飛び方、このシステムだからこのくらいの感じかな……というところから、自分の作りたい音に持っていくんですが、そうやって最終的に持っていったような感じがした。それが“素材を生かした料理”と言った意味です。あくまで自分にとってですが、デフォルメされていない感じがします。色付けが無い分、演奏の色が見える……ギター・アンプの違いやドラム・キットの違いを描き出せるんです」
シンプルな現行システムとしての選択
先述のように、ShowMatchの指向性制御はアコースティック領域で行われているが、ShowMatchシステム全体で見るとDSPに関しても最先端のものが採用されているという。尚美学園大学向けに用意されたShowMatch用のパワー・アンプはPOWERSOFT X4。1Uサイズでありながら5,200W(2Ω)×4chというハイパワーが得られ、コントロール・ソフトウェアのArmonia Plusには現代のPAで必要とされるすべてのDSP機能を搭載する。ShowMatch用のプリセットも標準で内蔵しており、BOSEではShowMatchでのPA/ツアリング用アンプとして推奨しているという。
「ShowMatchはシステムがシンプルなので、システムの様子が見える感じがするんです。導入時にBOSEさんに測定してもらったら、本当に特性が良くて、ノーEQの状態でほとんど触るところが無いくらいでした。サブウーファーのレベルを調整した程度ですね。ということは、システムの調整自体はフラットなので、そこまでの状態が把握しやすい上、オペレーターはその状態から出音の調整ができるんですよ」
このX4とコンソールのYAMAHA QL5とはDanteで接続されている。
「PAの基本のスピーカーの鳴らし方は、機材を選ぶものではないので、その基本はしっかりと伝えていきたいと思いますが、現代的なシステムが、PA教育の現場としては必要でした。今、PAの現場に入ったら、コンピューターが何台も置いてあるのが普通になりましたから。一方で、学生が主体で使う機材だからこそ、複雑過ぎないことも大事だと思います」
尚美パストラルホールでは、音楽表現学科のポップス専攻やジャズ専攻の発表、舞台表現学科のダンスやミュージカルの発表なども行われるとのこと。今年度は音楽応用学科の全国規模の発表会も予定されているという。ShowMatchもホールに限定されず持ち出しが可能となっているので、サークル活動など学内イベントでも活用されそうだ。
「情報表現学科の音響・映像・照明コースに興味を持つ学生は多数います。その中で、PAは形のある成果物が無いし、独習が難しい。ですので、プロ仕様のシステムであっても必要以上に複雑でないことは大事だと思っています」
冒頭で紹介したように、山寺氏は学生に“ホールでのルールを学ぶ”と説明した。この講義を受講した学生の全員が、PAカンパニーに就職するわけではないし、技術を学ぶ授業はほかにもある。舞台や音響に携わらないとしても、共通のことが少なからずあるだろう。
「主役を引き立てるのがステージの目標。時間が来て始まる……そこに向けて準備をしていくことへの気持ちを伝えていけたらと思っています」
そう語る山寺氏のエンジニアとしての慧眼と教育者としての配慮。その両面を満たすスピーカーがShowMatchであることは、今後の学生の活躍が証明してくれるに違いない。
●ShowMatchの問合せ:ボーズ プロシステム事業部
電話:03-5114-2750 https://probose.jp/
※サウンド&レコーディング・マガジン2019年12月号より転載