
プラグインからアナログ回路を制御
最大5台=80chのシステム構築が可能
APB-16は16ch分のアナログ回路を搭載。AVID Pro Tools(Mac)のハードウェア・インサートを、オーディオ・インターフェースを介することなく実現するプロセッシング・ボックスです。Macとの接続はThunderbolt 2で(Thunderbolt 3で接続する場合はAPPLE純正アダプターが必要)、コントロールは専用のAAXプラグインから行います。Thunderbolt 2ケーブル×1本でデジタル音声信号とコントロール信号の送受信が行われますが、クロックは別途ワード・クロック(BNC)をつなぎ、APB-16内のデジタル回路(主にAD/DA)を同期させる必要があります。
Thunderbolt 2ケーブルを通じてAPB-16に送られたデジタル信号は、32ビットDAコンバーターでアナログ信号に変換。プラグインでアナログ回路をコントロールし、処理を行います。それを再び32ビットADコンバーターでデジタル信号に変換。Pro Toolsに戻されるという流れです。ユーザーは一般的なAAXプラグインと同様にAPB-16のプラグインを操作するだけですが、処理はAPB-16のアナログ回路で行われます。設定をプリセットとして保存したり、セッションでプラグインを呼び出したり、サンプル・レベルの精度でパラメーターをオートメーションで動かすこともできます。
APB-16のレイテンシーは48kHzで4,111サンプルでした。AVID HD I/Oを使ってハードウェア・インサートした場合より遅延が多くなりますが、これはドライバーに起因する長さで、今後AVIDの協力を得て短縮化していく予定だそうです。また、APB-16はデイジー・チェインで最大5台、計80chまで拡張することができます。
6種のコンプ/リミッターを標準搭載
真空管のサチュレートも再現
現在バンドルされているAAXプラグインは、コンプレッサーとリミッターの計6種類です。それぞれを詳しく見ていきましょう。なお、各プラグインにあるLISTENはDA/AD変換してアナログ回路をスルーする(処理をせずに通るだけ)という意味でのバイパス・スイッチになっています。

●C673-A
名前から察しの付く通り、FAIRCHILD 670をモデルとしたコンプレッサーです。実機では6段階の切り替えスイッチであるTIME CONSTANTが連続可変になっており、実機や忠実シミュレーション系プラグインではできなかった細かい音の追い込みが可能になっています。音色はコンプレッションしても音像が遠くならずに、どんどん前に来るFAIRCHILD独特のサウンドが上手に表現されています。

●Moo Tube
現代の真空管コンプレッサーを表現したMCDSPオリジナル設計です(APB-16本体に真空管は入っていません)。Mooは“モー”ではなく“ムー”と発音します。ファットなサウンドをMooと表現するようです。パラメーターはTHRESHOLD、OUTPUT、ATTACK、RECOVERY(リリース)と一般的で、サイド・チェイン信号で動作させることもできます。かかり方はMooと名乗っているだけあり、コンプレッションさせてOUTPUTを上げればファットなサウンドが得られます。ワタシ的にはMANLEY Stereo Variable MU Limiter Compressorに近いサウンドだと思いました。

●El Moo Tube Limiter
スレッショルド・レベルは固定。GAINでレベルを入れていくとリダクションがかかっていくタイプのリミッターです。その際にレベルも上がるので、PEAKでアウトプット・レベルを調整して使います。SATURATIONを上げていくと真空管系の2次倍音が増えて音が太くなっていきます。アタックは固定で速めの設定。RECOVERYは連続可変です。スレッショルド・レベルが固定なのと、入力レベルで音色も変わるので、使い方のセンスを問われる上級なリミッターです。レベルを上げていったときの音色変化が見事に真空管的で、いろいろなソースを突っ込んでみたくなります。

●Chickenhead
つまみのデザインから連想するのはALTEC 436C。Moo Tubeと同じく、パラメーターは一般的なコンプですが、SAUCEというボタンがあります。オンでリダクション量は減り、音が大きくなり、また音も太くなります。オフの状態はエッジの効いたアメリカン・サウンドなので、SAUCEをオンにして粘りを加えると、スピード感と太さを両立させることができます。

●C-18 Compressor
MCDSPプラグインの最初のダイナミクス製品であるCompressorBankをトリビュートしたもの。デジタル・プラグインをアナログで表現するという、MCDSPならではのコンプレッサーです。CompressorBankにあるBITEコントロールもスイッチとして装備しています。信号レベルに応じたアタック&リリース・タイム制御が行えるAUTO機能の進化版を搭載しており、用途の広いスタンダードなコンプレッサーです。

●L-18 Limiter
スレッショルド・レベルは固定で、GAINでレベルを入れていくとリダクションがかかっていくEl Moo Tube Limiterと同じタイプのリミッターです。L-18は真空管ではなくソリッドステート・タイプ。ニー(レシオ)とリリースにオート設定があり、特別なのはCOLORというツマミ。上げていくとまさにカラーが変わっていくような変化をします。コンプレッションで損なわれた輪郭をCOLORで付け足す感じの使い方で、オケの中での距離感を調整することができます。
以上、現在プラグインは6種類ですが、今後も増えていくそうです。現在のプラグインはアナログ回路のコントロールだけをしているユーザー・インターフェースですが、メーカー発表にマルチバンドという言葉もあるので、プラグイン側のデジタル処理でバンドごとに分け、APB-16本体のアナログ回路でそれぞれ処理するなど、アナログ/デジタル・ハイブリッドのプラグインが登場するのではと期待しています。
APB-16のサウンド、総評としては非常に気に入りました。単体の32ビットAD/DAを使ったことはなく、今までアナログ回路の解像度を考えると24ビットで十分と言われていましたが、解像度以上に音質に関して、APB-16のAD/DAは高性能であると感じました。また、APB内部回路も真空管が入っているわけではなく、すべてソリッド・ステートなのですが、真空管のシミュレートがよくできています。分かってはいながらもつい“プラグインでデジタル処理しているのでは?”と代理店に質問したほどです。
本機で一番注目されるのは約100万円という価格ですが、壊れないビンテージ・コンプレッサー/リミッターを16台手に入れたと考えれば、むしろ安いのではないか?と感じました。16chの高品位のアナログ回路が入っているわけで、1chあたり6万円は決して高くないなとも思います。デジタルとアナログを融合して新しい世界を見せてくれたAPB-16の将来に期待します。

(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年12月号より)