結露が予想される厳しい環境での最適解
伊藤みどり、浅田真央、宇野昌磨、安藤美姫ら、多くのフィギュア・スケーターを輩出した愛知県。スケート人気を反映して通年営業のスケート・リンクも多く、その一つとして知られるのが長久手市にある愛・地球博記念公園(モリコロパーク)アイススケート場だ。2005年の愛・地球博開催時には、冷凍マンモスの展示でも話題を呼んだパビリオン、グローバル・ハウスの一部として使用されていた。実は万博以前も、愛知青少年公園アイススケート場として1994年から営業を続けていた、歴史ある施設だ。
このアイススケート場、本年4月からの熱源機器更新工事と併せてスピーカーも更新された。機種選定の中で、タイミング良くBOSEからArenaMatchが発表。スポーツ施設に最適なモデルということで、請負業者のパナソニック システムソリューションズ ジャパン(以下PSSJ)によって、これが選定された。
スピーカー・システム・デザインを担当したBOSEの井戸覚道氏は、これまでにもアイスアリーナのほか屋内外問わず多くの大規模スポーツ施設を手掛けた実績を持つ。
「このアイススケート場はインドア施設ですが、全天候型のArenaMatchが望ましいと判断しました。スケート場は湿度が高く、室温変化もあるので結露しやすいのです。これまでにはほかのアイススケート場でRoomMatchの導入実績があり、これも問題無く使用いただいていますが、より優れた耐候性と防滴性能を備えた全天候型のArenaMatchが選択肢としてベターであることは間違いありませんでした」
ArenaMatchは耐候性を備えているだけではなく、近年のBOSEスピーカーを代表するテクノロジー=DeltaQに基づいた製品であることも、ポイントとなっている。垂直/水平の指向性をアコースティックでコントロールするこのDeltaQは、“音響的に難しい”スポーツ施設に最適だと井戸氏は説明する。
「屋内スポーツ施設の床面は、ほとんどの場合音を反射させる素材……フローリング、コンクリート、ゴム・タイル、そして氷も音を反射させやすいです。壁も、採光のためにガラス窓が使われていたり、ボールが当たったりすることを想定して硬い仕上げのため、やはり反射します。ですので、主な吸音面として使えるのは天井のみで、あとは反射が多く、音響的には難しい空間になるのです。スポーツ・アリーナに限らず、スピーカー・システム・デザインで特に気を付ける必要があるのは、余計なところに音を当てないこと。その点はDeltaQが向いているわけです」
少ないモジュール数で広範囲をカバー
このアイススケート場、以前は天井中央部に集めた8基のホーン型スピーカーを外周部に向けて設置する、いわゆるセンター・クラスター方式だった。今回も、以前のスピーカー用に設けられた八角形のフレームにArenaMatchの4つのアレイを収める形となった。
「センター・クラスターは天井中央から壁に向けてスピーカーを設置するので、本来は音が壁に当たりやすいです。また、分散設置と比べて壁までの距離が遠いため、その分だけ音が広がることも影響します。できるだけ壁に当てないようにしつつ、音を届けたいところにサービスすることは、DeltaQが得意とすることです。垂直方向のパターンは、遠方へは狭角、近いところには広角を選択しています。入口側と奥側に向いたアレイは垂直10°、10°、20°、40°という4モジュールで、フロアとリンクとリンク・サイドをカバーしながら、壁に当たるエネルギーは抑えました。水平方向は、最も遠いところを狙うモジュールだけ80°という狭い設定にし、ほかは100°で広いエリアをカバーしています」
左右のスタンド側を狙うアレイは垂直10°、10°、20°の3モジュールで構成し、合計40°をカバー。水平指向角は100°となっているそう。少ないモジュールで適切なカバレージが得られることは、ArenaMatchのメリットだと井戸氏は語る。
「特に特徴的なのは、4モジュール・アレイで垂直80°の指向性を確保し、真下までカバーできる点です。改修前のスピーカーでは、真下をカバーするユニットが別に用意されていました。一般的なアレイ・スピーカーは垂直10°が多く、80°をカバーしようとすると8基のモジュールが必要となります。ArenaMatchには垂直40°のモジュールとしてAM40があるので、今回の4モジュール・アレイでも垂直80°をカバーでき、高さも1.4m程度に収まっています。アレイ長を短くできたため、元のフレーム内に無事収めることができました。また、ウーファーが14インチ径と大きく、サブウーファー無しでもそれに匹敵する低域再生能力を持つことも、重量制限や導入コストの面で大きなアドバンテージだと言えます」
短期納入に対応できる“通常在庫製品”
ArenaMatchはパッシブ・クロスオーバーやハイインピーダンス駆動用トランスも内蔵している。こうした点も、スポーツ施設のような大規模空間に向いていると井戸氏は語る。
「ArenaMatchは2ウェイ・スピーカーですが、1chアンプでもバイアンプでも駆動できます。またこうした大きな施設では配線が長くなる傾向にありますから、このスケート場は違いますがハイインピーダンス駆動のスピーカーが使われることも多いです。その点、ArenaMatchは長距離伝送が標準ででき、音質的にもローインピーダンス運用に匹敵しています」
実は今回のスピーカー更新、PSSJによるBOSEへの発注から納品まで、わずか1カ月ほどで完了しているという。
「ArenaMatchは受注生産ではなく、通常在庫製品なんです。よほどの大規模のものでなければ、ほとんどのケースで対応できるように弊社も用意しています。大きい施設のプロジェクトは、計画期間は長くても、納期はタイトなことも多いので、そうしたケースにもスムーズに対応できるのはArenaMatchの強みです」
大会やイベントのメイン・スピーカーとして
このアイススケート場でのArenaMatchの使用はこの秋〜冬のシーズンから。朝や夕方以降には団体貸切の時間帯もあり、多くのチームが技を磨いているという。ArenaMatchは一般利用時のBGM再生だけでなく、選手たちの音楽再生用として使われることになるようだ。大会や、アイスショウなどのイベントではPAカンパニーが入ることが予想されるが、その際にもArenaMatchはメイン・スピーカーとして使用できるだけのサウンドと性能を持っているという。
「国内のほかのアイスアリーナでも、大きな大会などで乗り込みのPAカンパニーが、会場常設のRoomMatchをメイン・スピーカーとして使用していただいているケースが多いと聞きます。ArenaMatchも、音質面ではRoomMatchとそん色無いスピーカーですからね」
プロ・スポーツの現場では、年々エンターテインメント性が高くなっているのが世界的傾向。ArenaMatchはまさにそうした需要に応えるべく生まれた製品だ。井戸氏は、ほかのスポーツ施設における可能性について、こう語ってくれた。
「今回はセンター・クラスターで、比較的シンプルな構成で設計できましたが、野球場などは設置場所が限られる上、分散配置となるので、スピーカーの指向性や方向に加え、タイミングの管理も必要になってくるためデザインが難しくなります。ただ、今までは配置を変えないと対応できなかった問題を、DeltaQによってコントロールだけで解決できるケースや、あるいは設置位置が施工上の理由で数m横にずれた場合も、ウェーブガイドを非対称にすることで解決できることも多く出てきます。ここ数年、音響への要求が高くなっているスポーツの現場では、ArenaMatchはその点でも最適だと思っています」
●ArenaMatchの問合せ:ボーズ プロシステム事業部 https://probose.jp/
※サウンド&レコーディング・マガジン2019年11月号より転載