愛知県芸術劇場&ヌトミックとの新作に向けた実験〜習作『Theater Idioms』【第31回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

作品の骨子を作るための基礎研究を実施

 今年秋に新作の舞台公演を額田大志君主宰ヌトミックと再び制作できることになりました(前回公演は連載第10〜14回を参照)。再び愛知県芸術劇場にて。悔しさが残るあの舞台から再度機会をいただけたのは有り難きことです。

 新作に向けて、YCAMで発表した『Sound Mine』のようなクリエイションを意識的に実施しています。前回は本番の数週間前にまとめて劇場に入り制作しましたが、今回は本番前に作品の骨子を作るための基礎研究を挟むことにしました。この進め方は、愛知県芸術劇場の皆様にも額田君にも、前回の経験があったからこそ理解いただけたと思います。技術を使う作品は、通常の演劇や音楽公演より制作のスケジュールや予算を多く取ってもらうと思うのですが、その制作チームと会場が何年もかけて違う作品を作っていくことはあまり無いかも、と思いました。

 例えばヌトミックと愛知県芸術劇場の関係は、重い一発ではなくジャブを打ち続けるような、違う作品を定期的に発表している印象があり。その大きな動きの中の小さな歯車として入ることができた今回、劇場とは、奥底で魔女がつぼでグツグツ何かを煮ている場所でもあるのだと気づきました。今はちょうど、私の時間軸と、劇場と劇団の時間軸が混ざりはじめたところです。

 次回作の始まりとして、昨年6月に会場となる愛知県芸術劇場の小ホールを下見に行き、12月2、3週目に基礎研究の発表兼ワークショップを行いました。基礎研究では、そもそもスピーカーを使うかどうかも疑うところまで立ち戻りたいと思っていました。

 前回公演での一番の誤算と学びは、“劇場であること”の強さでした。スピーカーを“何個置くか”ではなく“どのように捉えるか”、“俳優ではない音をどう扱うか”まで考え直したかったのです。私の劇場での制作経験は劇団に比べれば完全に劣るので、スピーカーがどう置かれて、どんな音が鳴って、どんな照明で照らされて……による違いを想像し切れないことは分かっていました。そうなると劇場に入って実験しながら基礎研究のためのツールを作ることになるので、YCAMの伊藤隆之さん(音響、システム構築)と高原文江さん(照明)を召喚するしかない、という流れです。

 高原さんは、照明デザイナーかつアーカイブ魔で、YCAMバイオ・リサーチのメンバーでもあります。『Sound Mine』でも照明でがっつりサポートいただいた、制作初期の心の支え。伊藤さんは、YCAMのバイオ・リサーチとInterLabのボスで、私が“将来どんな仕事がしたいんだろう”と考えていた頃、手に取った美術手帖2014年2月号『アートのお仕事図鑑』で唯一ページの耳を折った人です。“この仕事に大切なことは?”という質問に“自分たちで作ったものが、10年たっても残るように常に最前線にいることです”と回答しています。あれからもうすぐ10年、有言実行している!

最初はシンプルな配置でスタート。劇場隅のスピーカーは動かせるよう台車に乗せた。愛知県芸術劇場の下見の様子はURL(https://youtu.be/V2wsK-31CaU)または下のQRコードから視聴可能

最初はシンプルな配置でスタート。劇場隅のスピーカーは動かせるよう台車に乗せた。愛知県芸術劇場の下見の様子は下の動画で視聴可能

構造や配置のレイヤーで音と光と身体がどう関係を作っていくか

 基礎研究の発表といっても何かテーマが無いとさすがに広すぎるのと、せっかくこうして時間を取って繊細な実験をする環境があるので、習作として『Theater Idioms』というタイトルを付けました。文字通り、劇場で生まれるイディオムをためていく時間にしたい、という背景があります。イディオムとは、例えば“Soup to nuts”が“ありとあらゆるもの”という意味を持つように、単語が個々に意味することではなく、それらが組み合わさって特殊な意味を持つことです。

 演出よりもシンプルな、構造や配置のレイヤーで音と光と身体という3つのメディアがどのように関係を作っていくのか、の研究です。この研究の内容が、額田君が紡ぎ出す何かにつながればと思っています。この話をしたら伊藤さんから“論文の図の羅列みたいになったらいいよね”と言われ、その一言が最終的なイメージを膨らませてくれました。例えば、音と光と身体の条件をX、Y、Zとしたときに、XYの場合は図1、YZの場合は図2、XZの場合は図3……みたいなイメージです。もちろん3つ以上の掛け合わせも出てきます。数やパターンが勝負の今回、実験を止めないために幾つか制限を課しました。

  • 誰かが無理をしないとできないことはしない
  • 過去にされたであろう実験もやる(結果でなく経験のため)
  • 音に空間を伴うものは使わない(空間を作るなら、俳優や光を生かす)
  • 手動でできることは手動で済ませる(自動化する時間を別の実験に充てる)

 “実験の途中に再生される音声にも俳優の声だけを使う”という制限も自然とできました。これは、俳優以外の音を使い出すと掛け合わせの可能性が増えすぎてしまい、この習作では収まり切らないためです。普段機械としか向き合っていない私としては、身体というメディアだけで溺れそうでした。この抱え切れない部分をコントロールしてくれるのが普段舞台で表現している額田君で、今回はここまででやってみよう、という境界線を何本か引いてくれていたと思います。

俳優の深澤しほさん(左)と額田大志君(右)。俳優がスピーカーを見るだけで世界ができる。普段冷たい機械だけで表現している筆者にとって、この変化が生まれる瞬間を経験できたことは貴重

俳優の深澤しほさん(左)と額田大志君(右)。俳優がスピーカーを見るだけで世界ができる。普段冷たい機械だけで表現している筆者にとって、この変化が生まれる瞬間を経験できたことは貴重

 この実験をしたい背景として、先日京都で展示した『Fixation 5』(詳しくは連載第30回)からつながって“時間の収縮”の可能性を考えていました。最初は“俳優の言葉が30分後に別のところで鳴る”というざっくりとしたアイディアから広げ、例えば俳優Aが地点Xで発した“あの”が、30分後に地点YにあるスピーカーNから発せられたらどうなるか、その30分間の進行によって“あの”の意味が変わっていくか、“あの”が発せられる前に照明がピカッと光るか、フワッと光るか、光らないか、などアイデアをためていきます。

 それから、俳優Aと俳優Bのインプットは別がいい、アウトは選べるようにしたい、ワイアレスの録音ボタンが欲しいなど、実現させるために最低限必要なシステムを検討しました。実際に劇場に入ってから変更や追加の実装が入ることを想定し、作りすぎないが覚悟はしておく、という感じです。現場に入るとどんどん現実が見えてきて柔軟に発想できなくなるので、現場に入る前の妄想は重要な過程だと思います。

複数のミラーの反射と俳優の長沼航さん。ヌトミックから前半、後半で2名の俳優に参加してもらった。

複数のミラーの反射と俳優の長沼航さん。ヌトミックから前半、後半で2名の俳優に参加してもらった。

YCAMの高原文江さん(左、照明)と伊藤隆之さん(右、音響、システム構築)。クリエーション後半、スモークをたいて照明の印象を変えていく

YCAMの高原文江さん(左、照明)と伊藤隆之さん(右、音響、システム構築)。クリエーション後半、スモークをたいて照明の印象を変えていく

 あともう一つ、システムを実装してもらうエンジニアさんに思考のすべてを話すことも重要で、私の思考がどの向きでどの大きさのベクトルを持っているかをアップデートしていくイメージです。そうしないと実装の先回りをしづらく、最終的な到達距離を伸ばせないんじゃないかという不安と、自分の曖昧なオーダーを、つながっていない点と点たちだけで実装任せにすることは、無責任と感じるからです。まとまっていない状態で話すとそれはそれで時間を取ってしまうので、注意ですね(自戒!)。

 今回のシステムの思想面は以上です。来月は伊藤さん謹製“細井オレオレ・コンソール”を詳細にレポートします。ではまた~!

 

今月のひとこと:YCAM伊藤さんに“この後IPS細胞を起こす時間だから次のMTG出られない”と言われたことがあります

細井美裕

細井美裕

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。