東京出身のラッパー/DJ/ビート・メイカー/フィルム・ディレクターからなるヒップホップ・クルー、KANDYTOWN。2016年に1stアルバム『KANDYTOWN』をリリースしてメジャー・デビュー後、独自のセンスで音楽やファッションといった分野において支持を集めてきた。そんな彼らが、突如2023年3月に活動の終演を発表。同時に11月30日には『LAST ALBUM』というタイトルのアルバムをリリースした。ここでは、同作に収録された16曲のうち14曲のトラックを手掛けるラッパー/ビート・メイカーのNeetzに、KANDYTOWN PRIVATE STUDIOにてビート・メイキングの手法やこだわりを伺った。
“最後の作品を作るんだ”という心境で臨みました
ー『LAST ALBUM』というタイトルですが、制作の初期段階からKANDYTOWN最後のアルバムになるということを意識して臨まれたのでしょうか?
Neetz そうですね。あるタイミングでみんなと話し合った結果、“この作品で最後にしよう”となったんです。それから今作用のビートを作りはじめたので、“最後の作品を作るんだ”という心境で臨みましたね。
ー楽曲によって参加するメンバーが違っていますが、これはどのように決めているのですか?
Neetz そもそもKANDYTOWN全員が一斉に集まる機会が少ないので、自分のビートをみんなに聴いてもらうタイミングも限られてくるのですが、例えばライブのリハーサル後にビートを聴いてもらって、その場で“やりたい”っていうラッパーが居たら、その人が参加するという具合です。あと、今回はみんなで1週間ほど制作合宿に行ったので、そのときに誰がどの曲でラップするのかを話し合って決めました。
ーその制作合宿では、ほかにどのようなことを?
Neetz 主にプリプロ作業です。各メンバーには本人が担当する曲のリリックを書いてもらって、自分は東京から持ってきた機材でひたすらメンバーのラップを録ることに徹していましたね。本番のレコーディング日まで、収録曲の内容を詰めていくようなイメージです。トラック自体はほとんど自宅のスタジオで完成させ、数曲はラップを録った後にアレンジを加えました。
ー合宿に持ち込んだ機材は何ですか?
Neetz マイクはMANLEY Reference Cardioidで、モニター・スピーカーは以前愛用していたFOSTEX PM0.4N、あとはAPPLE MacBook Proとオーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin Xくらいです。合宿先にはPA用のスピーカーもあったので、それでビートを爆音で鳴らしてメンバーがラップを作るということもやっていましたね。
ー本番のラップ・レコーディングは、Rinky Dink Studio Toritsudaiで行われたんですよね。
Neetz はい。「METHOD」だけはKANDYTOWN PRIVATE STUDIOで録っていますが、それ以外はTsuboi(The Anticipation Illicit Tsuboi)さんにミックスも含めてお願いしています。確か、ラップの録音にはBLUE MICROPHONES Bottleが使われていたと思いますね。
ーちなみに、このKANDYTOWN PRIVATE STUDIOはどのようないきさつで作られたのでしょうか?
Neetz このスタジオができたのは約2年前です。コロナ禍になり、一時的にライブができなくなったので、制作に集中するためにみんなでこのスタジオを作ったんですよ。BSC、Gottz、MUDといったKANDYTOWNメンバーのソロ作は、ここで録ってリリースしています。そのほかKANDYTOWN名義の作品だと、昨年の2月に出したEP『LOCAL SERVICE 2』になりますね。
今っぽくするには“リバーブの量感”がポイント
ー近年ブーンバップの再燃が話題になっていますが、「Voyage」はまさにそういったところを意識されたのでしょうか?
Neetz 特に話し合って決めたことではないですが、KANDYTOWNにはブーンバップができるラッパーがいれば、トラップもできるラッパーもいるので、「Voyage」のような曲も入れようかなとは思っていました。
ー「Voyage」でのボーカル・ネタとはまた質感が異なりますが、「You Came Back」や「PROGRESS」においては、浮遊感のあるボーカル系の上モノが印象的です。
Neetz これらはソフト音源のOUTPUT Exhaleを使っています。そこにリバーブ・プラグインのVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbをかけて雰囲気を作っているんです。
ー音数の少ないプロダクションが今っぽいですね。
Neetz Valhalla VintageVerbはめちゃくちゃかかり具合がいいから気に入っていますね。今っぽくするには“リバーブの量感”がポイントなんですが、ここら辺はTsuboiさんと何パターンも比較して決めました。
ー「Urban Tears」や「Grace」に登場する、ジャジーなピアノの音色も好きです。
Neetz ピアノには、アリシア・キーズが制作に関わったソフト音源のNATIVE INSTRUMENTS Alicia's Keysか、SPECTRASONICS Keyscapeを使用しています。よくやるのが、ピアノの後段にサチュレーション・プラグインのWAVES J37 Tapeを挿してアナログ感を演出し、あたかもレコードからサンプリングしたような質感にするテクニックです。
ーまねしたくなるテクニックですね。「Definition」ではカットアップされたギターが印象的ですが、これはどのように?
Neetz これはSpliceからダウンロードしたギター・リフのサンプルをスライスし、ABLETON Push 2で組み直しているんです。Push 2でやると作業が速いので好きですね。
ーSpliceのようなサブスク型のサンプル・ダウンロードWebサービスは、ほかにも何か使われていますか?
Neetz OUTPUT Arcadeも大好きです。どれもアイディアに詰まったときのヒントになります。そのまま使わず、自分なりに加工して用いるのがポイントです。
中毒性のあるワンループを作ることにこだわる
ー今作では、ベースにはどのような音源を用いましたか?
Neetz 全部ソフトなんですが、FUTURE AUDIO WORKSHOP SubLab、SPECTRASONICS Trilian、NATIVE INSTRUMENTS Razor辺り。特にRazorは鳴りがいいですね。ロドニー・ジャーキンスもこれを使っていたので。
ードラムの音源は?
Neetz サンプルが多いです。ドラムはサンプル選びが結構重要で、オケ中でも音が抜けるものが理想ですね。
ー収録曲では、ワンループのトラックが中心だと思いますが、リスナーを飽きさせない秘けつは何ですか?
Neetz とにかく、まずは中毒性のあるワンループを作ることにこだわっています。そして展開に合わせて上モノにフィルターをかけたり、ドラムを抜き差ししたりするのが一番ヒップホップらしくてかっこいいですね。
ーNeetzさんのビートを聴いていると、オーソドックスなドラム・パターンのものもあれば、キックやハイハットが細かかったり、2拍目や4拍目にスネアがこなかったりするものもあって、なかなか作り込まれている印象を受けます。
Neetz まさにそこがこだわりで、オリジナリティのあるビートというか、ありそうで無いビートを目指しているんです。あまり独特すぎるとラッパーたちに選んでもらえないので、キャッチーさとのバランスは必要だと思いますけどね(笑)。
ーMIDIの打ち込みでこだわっているところは?
Neetz 曲にもよりますが、ドラムをMIDIで打ち込むときはPush 2をたたいて、クオンタイズを80%くらいかけるとか。あとはABLETON Liveの“グルーヴ”という機能をよく用います。グルーヴにはいろいろなプリセットがあって、例えば「METHOD」のドラムにはAKAI PROFESSIONAL MPC2000由来のグルーヴを使っていますね。こうすることで、キックの“ドドッ”ていう跳ね具合がMPC2000のパッドでたたいたようなフィーリングになるんです。
“ビートの鳴りと音圧”が確実に重要
ー先ほど“ビートが独特すぎるとラッパーたちに選んでもらえない”というお話しを伺いましたが、ラッパーへビートをプレゼンするときのコツはありますか?
Neetz やっぱり“ビートの鳴りと音圧”が確実に重要になってくるので、そこら辺をしっかり詰めてからラッパーに聴かせるようにしています。
ービートの音圧は、マスターにリミッターやマキシマイザーといったプラグインを挿し、全体的に上げているのでしょうか?
Neetz そうですね。IZOTOPE OzoneのMaximizerをよく使います。やり過ぎると音が変わっちゃうのでほどほどに。あと、ラッパーにビートをプレゼンするときのもう一つのコツとしては、“聴かせるタイミングやシチュエーション”というのも結構重要です。
ー具体的に言いますと?
Neetz 例えば、車に乗っているときに聴かせるとか(笑)。メールでビートのファイルやURLリンクを送るのも現代的だとは思いますが、それよりもスピーカーから爆音で聴かせた方がラッパーの心をつかめるんですよね。そういった意味でもスタジオは必要なんです。“ファースト・インパクト”みたいなものを与えられるので。ラッパーたちはそれを元にリリックを書くんだと思います。
ー『LAST ALBUM』を作り終えた今、Neetzさんはどのようなことを考えていますか?
Neetz まずは、仲間たちと作る音楽は本当に最高だったということです。あと、SpliceやArcade辺りはとても便利だなと。やはり新しいツールを取り入れるのは音楽制作のインスピレーションやモチベーションに直結するので、これからもうまく取り入れていきたいと思います!
Release
『LAST ALBUM』
KANDYTOWN
(ワーナーミュージック・ジャパン)
Musician:Neetz(rap、prog)、Ryohu(rap、prog)、IO(rap)、Holly Q(rap)、Gottz(rap)、Dony Joint(rap)、KEIJU(rap)、MUD(rap)、BSC(rap)、DIAN(rap)、MASATO(rap)、The Anticipation Illicit Tsuboi(Turntable)
Producer:KANDYTOWN LIFE
Engineer:The Anticipation Illicit Tsuboi
Studio:RDS Toritsudai、KANDYTOWN PRIVATE STUDIO