スターとファンとメディア・リテラシー 【第14回】NO PASSION, NO MUSIC〜Watusi (COLDFEET)

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 人は何かを心から信じているとき、それが間違っていることを証拠とともに示されても受け入れることができず、ただただ不愉快な気分になる。それを“認知的不協和”*1という。自分の信じていることを守るのが重要なので、時には拒絶したり、無視したりする。人にはいろいろな考え方があっていいなんてセリフもそうした変化を拒絶する方法の一つ。冒頭から堅い話のようだが、SNSを眺めているとこの“認知的不協和”という単語をよく思い起こす。音楽家から政治家に至るまで、とにかく目線を同じくする会話が減った。さらに時代は“キャンセル・カルチャー”*2とやらで、SNSであってもレイシズム発言やセクシズム発言をすると人気どころかキャリア自体までが瞬時に台無しになる。

1 人が自身の認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語

2 著名人の過去の発言や行動、SNSでの投稿を掘り出し、前後の文脈や時代背景を無視して問題視し、糾弾する現象のこと

 

 今という時代に生きる僕らは、実はさほど多様だとは思えず、インターネットによりさまざまなカルチャーそれぞれへの知識も平均的に薄くなった。日本などはむしろ情報操作天国だとまで感じていて、多くの皆さんが右にならえ状態なのだが、その中でも少しでも方向や言い方がずれていると途端に拒否られる……そんなことなのかなと思っている。そんな時代のこんな国だから、今でもステレオタイプの“国民的アイドル”が作りやすい構造にあり、単純にそこから外れたアーティストたちもが“認知的不協和”で弾かれ、大きなヒットも生みづらい状態にあるのかなとも勘繰ってしまう。もちろん“国民的アイドル”では音楽的/文化的なリテラシーある受け手を育みようもなく、若者たちのこれからの姿はどうあるべきか、未来への当たり前の不安感などを等身大で至ってクールに語れるようなイケてるスターと、それを支持するファンたちの姿なんて見えてこない。

 

 そうしたことを変えていくきっかけの一つだと思える、メディア・リテラシー*3を学ぼうという場も見えてこない。“認知的不協和”ではなく“批判的思考”を用いて情報がどのような意図/意味を持って発信されているかを読み取り、咀嚼(そしゃく)し、自分の意見を含め発信できるような教育こそが、受け手のリテラシーとポップ・カルチャーを高め、ひいては日本社会の孤立化を打開する方法なんじゃないかとさえ思っている。

3 各メディアが発信する情報を見極め、理解・活用する能力

 

 ダンス・ミュージック界にも若手の国際的スターが不在の日本。その必要性は各所で語られているが、それはどのようなロール・モデルなのかを語れる人は今の業界内には少ない。既に世界はニュー・ノーマルの新時代に突入している。僕は次のスターには“カルチャーというものは政治や教育の延長線上にあるものよ”とクールに語れる人であってほしいと願っている。笑顔と元気と見せかけの希望などといった旧世代の陳腐なアイドル像を軽蔑視し、それでも自分たち若者世代の未来への夢や希望を消すことなく、リアルな問題提起を問いかけ続けてほしい。そしてそんなクールなスターの横には、君こそ心から欲していた存在だよと諸手を挙げて応援するリテラシー高きファンたちが共にあってほしいと思う。

 

 No Passion, No Musicをテーマに連載を始めて1年が過ぎたが、変わらず本質的な問題から目を逸らせ続けているこの国。“政治について語るなら死んだほうがマシだけど、大統領選挙については語る責任がある”と話すビリー・アイリッシュのインタビュー*4を聞きながら、そんな夢想しつつ、プラグインを試し続ける日が多くなってきた。

4 米NBCの人気番組『The Tonight Show Starring Jimmy Fallon』に兄のフィニアスとリモート出演した際の発言

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米大統領に先立つ民主党大会にビリー・アイリッシュが出演したことを報じるCNNのWebページ

edition.cnn.com

 

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Watusi (COLDFEET)

【Profile】Lori FineとのユニットCOLDFEETのプログラマー/ベーシスト/DJとして、国内のみならず欧米やアジア各国でも多くの作品をリリース。国内では中島美嘉、hiro、安室奈美恵、BoAなどの楽曲プロデュースを手掛け、アンダーグラウンドとメジャーとの接続を試みてきた。2015年には“21世紀の正しいディスコ”をキーワードにしたユニット、Tokyo Discotheque Orchestraをスタート。DUBFORCEや“いとうせいこう is the poet”のメンバーとしても活動している。TOKYO DANCE MUSIC WEEK発起人の一人。ライブ・ストリーミング・イベント、MUSIC DON'T LOCK DOWNにもかかわる

 

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