鹿児島でDolby Atmosが熱い!〜【第23回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 GWの長期休暇、皆様、どう過ごされていましたか? 僕はうれしいことに、ステレオ/Dolby Atmos/360 Reality Audioと行ったり来たりして、音と戯れていました。これらのシステム間をスムーズに移行するために、日々最善の方法は無いか試行錯誤しています。

ハイパワーなコンピューターでDAWと同マシンでのAtmosレンダリングを実現

 さて先日、祖父母の改葬があり、福岡に帰っていました。どうせ帰るなら、九州の音楽業界の方にお会いしたいと思い、鹿児島市にあるChimpanzee Studioの大久保重樹さんに突撃アポを取ってみることに。スタジオ宛にFacebook Messengerで連絡するという荒技(しかも前々日)でしたが、急なお願いにもかかわらず、快く承諾してくださいました。

 福岡から鹿児島まで九州新幹線で約1時間半。中学の修学旅行で片道6時間かかったのはなんだったんだ!?という時間短縮ぶりです。個人的に鹿児島城の御楼門(大手門)が復元されたので、見たかったというのは裏テーマ。

 ドラマー兼エンジニアの大久保さんは、スタジオへのDolby Atmos導入も日本でかなり先駆けていて、準備に1年以上かけ、Apple Musicの空間オーディオが始まる前の2021年1月に完成したそうです。僕とも1カ月差で、勝手に親近感が湧きます。

 Chimpanzee StudioのスピーカーはGENELEC 8030C+7050Cでの7.1.4ch。システム中枢のAVID Pro Tools|MTRXのカードはDigiLink I/OとSPQのみです。コンピューターはハイパワーなAPPLE Mac Pro+Pro Tools|HDX2システム。Dolby AtmosミックスではPro Tools UltimateとDolby Atmos RendererをDolby Atmos Bridgeで内部ルーティングし、スピーカーへはPro Tools|MTRXのMADIからDIRECT OUT TECHNOLOGIES Andiamoに送りDA変換。モニター・ボリュームなどはDAD Momで管理します。

Chimpanzee Studioのコントロール・ルーム。GENELEC 8030C+7050Cで7.1.4chを構成。Pro Toolsと同マシンでDolby Atmos Rendererを起動している

Chimpanzee Studioのコントロール・ルーム。GENELEC 8030C+7050Cで7.1.4chを構成。Pro Toolsと同マシンでDolby Atmos Rendererを起動している

 実は当初、僕も全く同じセッティングを考えていました。Pro Tools|MTRXではなくPro Tools|MTRX Studioでやろうと思っていたくらいで、その代わりスピーカーをGLM搭載のGENELEC 8330Aで見積もりしていたのです。I/Oを節約するパターンですね。エンジニアでもなかなかたどり着けない、シンプルかつ確実なセッティングができるベスト・チョイスだと思います。

 もともとのスタジオ施工もソナで、今回の改修で配線/電源周りと天井スピーカー用の追加工事をしたそうです。僕も同じでしたが、当時はDolby Atmos用スタジオに関する情報が本当に無く、音楽のみのDolby Atmosスタジオを構築するのは、とてつもない努力と苦労があったと思います。しかもコロナ禍で大変な時期に、さらに鹿児島でやるというのは本当に尊敬します。

 実は鹿児島で一番個人的に心を動かされた体験がありました。大久保さんのつながりで、鹿児島の音楽業界の方々に会わせてもらったのですが、ライブ・ハウス、個人スタジオなど、会う方誰もがDolby Atmosのことを知っているんですね。当たり前のようにChimpanzee Studioで、スピーカーからApple Musicを聴いたことがある人ばかり。だからみんな自宅にも入れたい!!という話にすんなりなるし、僕の紹介も“東京でDolby Atmosやっている人!”です(笑)。

 Dolby Atmos対応スタジオが最も多い東京に居る人でも、ヘッドフォンやイアフォンでのバイノーラル体験の方が多いと思います。その新たな体験も素晴らしいことですが、スピーカーは別物だと、僕のスタジオに来てくれた方も言ってくれますし、僕も実際そう思います。たった一人、大久保さんという方が鹿児島に居るだけで、鹿児島の音楽業界は日本のどこよりも音響技術の進化の先が見えている気がしました。こういう実体験ができる機会や場所をもっと増やさないといけないと、より強く心に思うきっかけになりました。大久保さん、ありがとうございます。またすぐ遊びに行きます。

筆者と大久保重樹氏

筆者と大久保重樹氏

距離を取るか角度を取るかスピーカー調整はバランスが肝要

 さて、素敵な出会いに刺激をもらった後、スタジオのブラッシュアップをしました。お願いしたのは日本音響エンジニアリングの佐竹康さん。日本にあるDolby Atmosスタジオの多くを造っている人です。かれこれ8年くらいの付き合いになり、昔からよくスタジオの相談や近況報告をしたりします。ま、僕が一方的に大好きなんですね(笑)。

 今回、サウンド・スクリーンを付ける前にサイド・スピーカーの角度を115°から105°へ変更する工事をお願いしました。それによって、L/C/Rの距離が変わるからです。115°設定は、実はDolby Atmosのガイドラインから5°外れています。それは重々承知の上で、直前に僕の自己責任で変更しました。判断としては正直、間違っています。

日本音響エンジニアリングの佐竹康氏。今回のスピーカー調整ではLs/Rsを115°→105°に変更する

日本音響エンジニアリングの佐竹康氏。今回のスピーカー調整ではLs/Rsを115°→105°に変更する

 それがやはり空間オーディオのバイノーラル・ミックスにおいて、非常に作業しにくかったため、リスニング距離の短縮と角度を天秤にかけた結果、リスニング距離を犠牲にすることにしました。当初の天井以外のリスニング距離は1,895mm、フロントがPMC Twotwo.8になったことにより、奥行きがさらに変わり、センターのみ1,850mmになったところを、モニター・ディレイをかけて調整していました。

 本当は95°か100°がよかったのですが、距離が1,700mm台になるのは避けたかったので105°に、さらに10mmでも稼ぐため、金具を特注することにしました。狙いは1,800mm。工事日にふとひらめいて、左右のスピーカーのツィーター位置を入れ替え、さらに15mm稼げたので、移設後は1,821mmになりました。

移設したLsスピーカー。元の位置にスピーカー金具のマウント用部分が見える。角度が90°に近付くと、リスニング・ポイントからの距離が近くなる

移設したLsスピーカー。元の位置にスピーカー金具のマウント用部分が見える。角度が90°に近付くと、リスニング・ポイントからの距離が近くなる

 しかし、ここで問題となるのはリア・スピーカー。ほとんどのスタジオは長方形で、クライアント席の関係もあり、リアが遠いところにあります。映画館想定ならいいのですが、空間オーディオのミックスではこれも課題のように感じ、僕のスタジオは正方形にしています。今回の工事だと動かせないリア・スピーカーの距離は1,890mmのままなので、すべてのディレイをこの遠いスピーカーに合わせます。ですが、少しでもディレイに頼らずアナログで調整したいので、ベニアを2枚追加し、1,867mmにしてもらいました。L/C/RとWide L/Rはスタンド置きなので、こちらをサイドと同じ1,821mmに合わせて、1回目の工事終了です。スピーカー・ディレイは一番近いハイトが約1.3ms、L/C/Rサイドで0.11msになっています。

 これで距離が決まったので、360 Reality Audio用ボトム・スピーカーの金具と、サウンド・スクリーンの位置を決めようと思います。大工さんが帰った後、佐竹さんにサブウーファー調整の追い込みを手伝ってもらいました。僕がやっていることは独学のようなものなので、100%正しいわけではありません。しかし、基本的な考え方は同じだったため一安心しました。まだまだ良くなる要素がある!という確認にもなったので、とても有意義な時間でした。

 今月FMとやまのラジオ番組へ出演することになりました。富山にDolby Atmosの映画館はまだありません。鹿児島の大久保さんのように地方都市で立体音響に興味を持ってもらえる、そのきっかけとなるような話をしてこようと思います。

 

古賀健一

古賀健一

【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano

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