渋谷慶一郎『ATAK025 xxxHOLiC』【前編】〜3和音でMoog Oneを鳴らすとオルガン的かつ新鮮なのはバッハ以前と現在をつなぐから

渋谷慶一郎『ATAK025 xxxHOLiC』【前編】〜3和音でMoog Oneを鳴らすとオルガン的かつ新鮮なのはバッハ以前と現在をつなぐから

 渋谷慶一郎の新作『ATAK025 xxxHOLiC』は、蜷川実花監督の映画『ホリック xxxHOLiC』のサウンドトラックを再構成したアルバム。『THE END』以来、10年ぶりとなる電子音楽作品となった。映画『ミッドナイトスワン』のサントラをピアノのみで描き、新国立劇場で発表したオペラ『Super Angels』やドバイ万博での新作アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を成功に終わらせた渋谷が描くのは、蜷川のビビッドな色彩を支えるような濃密なサウンド。ノイズやドローンと西洋や東洋の要素が入り混じり、この世ならざる世界を演出する存在として、映画の中核を成すと言ってもよいだろう。

Text:iori matsumoto Photo(Shibuya):Mari Katayama

今回は情報量で圧倒するのが正しいあり方

−映画を拝見してきました。誤解がある表現かもしれませんが、仮に渋谷さんの音楽が無かったら……。

渋谷 ありがとうございます(笑)。

 

−(笑)……映画として成立させるのが難しいのではないかと思いました。蜷川さんが描こうとしている、非現実的な世界に引き込む役割を見事に成しているなと。音楽が登場人物であり、舞台装置であるかのようでした。

渋谷 映画音楽は引き算の方がいいとよく言われるし、僕も実際はそう思っているけど、この映画の場合はある種の濃密さというか、情報量で圧倒するのが正解だと思いました。映画のためには全部で40曲、トータルで81分作りました。それだとCDに収まらないので、21曲/70分弱になるように重複しているところは省いたりして。あの密度で、制作期間は3週間だったから……倒れそうでした(笑)。


−エグいですね。

渋谷 エグかった、本当にエグかった。ダビング・ステージに入る前の夜から、27時間作曲とプログラムし続けたり。

 

−どの曲も情報量が多くて、インパクトがあります。象徴的なのは、テーマ曲と言える「HOLiC」のメインとなっているオルガンの音色です。

渋谷 みんながオルガンと思っていますが、MOOG Moog Oneで作った音です。持続する中で、音色というか、倍音が変わっていきます。それも情報量が多いということなんだけど。しかも、結構手弾きが多くて。なるべく演奏の緊張感と、ノイズやビートが絡み合う……言ってみれば普通の音楽の作り方ですが、DAWだとそれが失われがちで。幾らでも数値でエディットできるので、演奏の緊張感が失われていくから。今回は半分演奏感で、もう半分は人工感。それが微妙に混ざり合っているのがいいかなと思ったんです。「HOLiC」は、コードとトップ・ラインは別弾きですね。ちょっと音色を変えて、別で録ったり。それを両方手弾きでやって、後でどうしても気になるところだけを直したり。

渋谷のプライベート・スタジオに鎮座するMOOG Moog One。メイン・テーマ「HOLiC」のオルガン的なサウンドは、“DRAFTING FOG”というプリセットを元にエディットしているそう。画面に映るDAWはSTEINBERG Nunedoで、エフェクト処理などでABLETON Liveも使用している

−『ミッドナイトスワン』はメロディがはっきりしているメイン・テーマでしたが、今回はコードとトップの動きで印象付ける形ですね。 

渋谷 しかも3和音で。メインのコード進行は、今まで僕が使ったことが無い組み合わせ。F→Am→Em→Gなんですよ。3度進行が2回繰り返されて、その間がAm→Emだから、まあ、ロックとか教会旋法ですよね。3度進行ってあまり機能和声的じゃないんだけど、ギターなんかではよく使われる。そういうのを意識的にシンセでやってみました。あのドワーっとした感じは、3和音で動いているからこそ出ている。それをMoog Oneでやると、パイプ・オルガン的に聴こえるというか、かつ新鮮なのはバッハ以前と現在をつなぐから。バッハ以前は7thの平行移動なんて無いわけですからね。

−音楽としての強度がありますね。予告編を見たときにも、このテーマでグッとつかまれました。

渋谷 いたずらに複雑なのが僕は嫌いなんです。なるべくシンプルな方がいい。プロから見ていると、あるポイントを7thじゃなくて3和音にできる人が一流、というのはあって。人間の認知って、ここが3和音か、7thにするかで大きく変わるんですよね。特に、今回みたいにドローンやノイズが鳴っている中で、複雑なコードにしてしまうと、全体的にとっちらかったおしゃれな音響が持続しているみたいな感じになる。100倍おしゃれにするのは、僕は簡単にできます。


−でも、それはやらなかった。

渋谷 インパクトと強度が必要だったから。逆に言うと、音楽の強度がそこまで必要無ければドローンとかクラスター的にしてもいいんです。7thとか9thになるとその音響体をキャッチすることで脳は精一杯で、良しあしの判断のキャパシティが奪われる。脳のキャパシティを残しておいてあげるから、人は音楽で感動できる。シンプルなコードは記憶のどこかとコネクトするから。


−ただ、単に最大公約数的な3和音を提示するだけではダサくなってしまいますよね。

渋谷 そうそう。じゃないと、単純に童謡とかBGMになってしまう。僕は、そこはかなり精査してやっています。


−形式的にそのまねをするのはできても、的確な形で、勇気を持ってできるかどうかは別でしょうね。

渋谷 何がこの状況でベストなスタイル、語法か判断してやらないとダメです。3和音だからいつもいいとかではないし、その判断が無いと力のある音楽にはならないんですよね。


−この「HOLiC」は、途中から拍子が変わりますよね。

渋谷 テンポも変わるし、転調もするし。転調までが神木隆之介さん演じる四月一日君尋、転調してからが柴咲コウさん演じる壱原侑子のテーマ……CメジャーとCマイナーの転調で組み合わせて、ある種の虚無から引力のあるところへ持っていっている。その2つのテーマが何回か出てくるんですが、最後に四月一日が侑子のミセを継ぐところで、神木さんのアップで侑子のテーマで終わる。だから割とライトモチーフ的に作っています。「Final War」の最初も、倍速くらいのテンポで、虚無のテーマのベースが鳴っている。音楽に造詣の深い人だったら分かるでしょうね。その中で、「Spider Woman」やいろいろなモチーフが錯綜する。

インタビュー後編(会員限定)では、 evalaが制作した“アヤカシ”のサウンドとのコラボや藤原栄善の声明について、米独の女性エンジニア陣とのコラボレーションについて語られます。

Release

『ATAK025 xxxHOLiC』
Keiichiro Shibuya
(ATAK)

Musician:渋谷慶一郎(k、prog)、evala(アヤカシ)、藤原栄善(声明)
Producer:渋谷慶一郎
Engineer:キリ・ステンスビー、エンヤン・アービクス
Studio:ATAK

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