蜷川実花監督の映画『ホリック xxxHOLiC』のサウンドトラックを再構成した渋谷慶一郎のアルバム『ATAK025 xxxHOLiC』。インタビュー後編では、evalaが制作した“アヤカシ”のサウンドとのコラボや藤原栄善の声明について、米英の女性エンジニア陣とのコラボレーションについて語ってもらった。
Text:iori matsumoto Photo(Shibuya):Mari Katayama
インタビュー前編はこちら:
Komplete 13で音楽外の発想を持ち込む
−情報量という点では、ノイズ、ドローンに加えて、楽器的な音も、西洋的でも東洋的でもありますね。
渋谷 そうですね、あと無国籍というか。NATIVE INSTRUMENTS Komplete 13 Ultimete Collector's Editionの新しいインストゥルメントが優秀で。今回短期間で使い倒したんですが、東洋的という意味では東南アジアの楽器のインストゥルメントがすごく良くて。音色にフレーズが入っているものもあるじゃないですか? でも鍵盤を押しっぱなしにしないで、次の鍵盤を弾くと、半自動作曲的になるから、その組み合わせで民族楽器のフレーズを作ると時間も場所もない無国籍的なニュアンスが強くなる。それと、映画音楽は秒数で作るから、拍子から自由になれる。ノンビートのところは拍子を意識しないで、ドローン的に作って、画面の切り替えや効果音をきっかけにする。それは非西洋的ですよね。だから、映画音楽をコンピューターで作るときの良いところは、西洋的なところから逸脱できることで。コンセプチュアルじゃなくて、そもそもが秒数で作っているから。
−映画で、封印されているアヤカシの姿が現れた瞬間に、声明が聴こえるのには驚きました(「Chant」)。まさに渋谷さんが映像に合わせて楽曲を作らないと、こうはならないであろうと。
渋谷 蜷川さんが、『Heavy Requiem』という声明とエレクトロニクスの僕の作品を気に入っていて、最初から声明を入れたいというリクエストがあったんです。声明は平和を祈るものなんだけど、それにふさわしいシーンが全く無かったから、戦闘シーンで2つの声明がコラージュで重なっているとか、めちゃくちゃな使い方になりました(笑)。
−また、渋谷さんとは旧知のサウンド・アーティストであるevalaさんが、アヤカシという邪悪な霊的存在のサウンド・デザインとして参加されています。
渋谷 アヤカシのビジュアル……煙のようなものが現れては消える様子を音響化しようとして。これは僕が音楽の一部で作るよりはほかの人がやった方がいいと思ったんです。それで、“インビジブル・シネマ”を作っているevala君に声をかけた。アヤカシは四月一日以外の目には見えないし、彼がベストだと思ったんです。それで蜷川さんやプロデューサーにプレゼンして、evala君に幾つかサンプルを出してもらったら、いいねということになった。今回のように効果音的なものも音楽家の耳を持つアーティストがやった方がいいと思います。それで、映画音楽の制作がスタートしたのが『Super Angels』のリハ期間だったこともあり、evala君に先行して進めてもらいました。だからevala君のアヤカシの音を、音楽を作る上での手掛かりにした部分もあります。evala君には勝手に作ってもらって、それを受け入れて音楽を作る。全体のバランスで“この音だけ抜いてほしい”というのは何カ所かありましたけど、制約があった方がやりやすいこともあります。
−一方、渋谷さんの担当する音楽での、ドローンやノイズはどうやって作ったのですか?
渋谷 それこそKomplete 13の新しいインストゥルメントを駆使していて、フィールド・レコーディング系のものとかオーケストラの特殊奏法的なものとか。フィールド・レコーディングって、マイクで録ると空気が介在するから、意図的ではない複雑さが生まれる。だからみんなやっているんだと思うけど、僕は人工の複雑さが好きだし、やってる人も多いからいいかなと思って。ドローンとか、自然音に聴こえる音も、全部コンピューターで作っている。Komplete 13へのアップデートは、随分面白くなりましたね。
−そうですね。いわゆる楽器音ではないインストゥルメントが増えた印象です。
渋谷 そう。あとボイス系のシンセも増えたし。その辺はすごく進化しましたね。Moog Oneの複雑さは、楽器的な進化……倍音が豊かだとか、音の密度が高いとか。一方で、Komplete 13の複雑さって、音楽とはちょっと切り離された、まさに“情報量”なんですよね。それら両方を合わせるという考え方は、僕にはすごく合っている。音楽外的な発想を音楽に持ち込めるので。
−でも、単にKomplete 13に収録されているインストゥルメントを鳴らしただけでは、こうはならないんじゃないかと感じました。
渋谷 すごく重ねているのと、ボリューム・カーブは細かく描いてます。その前提だから、全部の音を−10dBとか−15dBで置いている。普通に鳴らしただけではこうはならないかもしれない。
一期一会で良い瞬間を切り取るのが今の気分
−アルバムのエンジニア陣は、ミックスがNYのキリ・ステンスビーさん、マスタリングがベルリンのエンヤン・アービクスさんです。
渋谷 映画のミックスは素材をパラでダビング・ステージに持ち込むので、その素材をそのまま渡して、誰かにミックスしてもらいたいと思ったんです。僕はこれまで自分でミックスまでしていたけれど、evala君の参加が象徴的なように、今回は密度が高い分、他人の手が入った方が風通しが良くなると思って。アルカの『KiCK iiiii』が好きで、Kickシリーズを手掛けたエンヤンにコンタクトを取ってみたんです。彼女の音は、音が大きいのに、つぶれていない。彼女も“ぜひやってみたい”と言ってくれたので、“誰か良いエンジニアって居る?”と相談したら、キリを推薦してくれた。キリの音も、いわゆるベテラン・エンジニアの習熟した感じとは違うフレッシュな感じがあって、あと彼女自身が音楽作ったりする人ですし。
−このような作品だと、渋谷さんご本人以外には正解のジャッジが難しいのではないかと思いましたが?
渋谷 だから各曲最低3回、多いものでは7回、ミックスのリテイクがありました。バランス以外にも、低域の出し方とか、トラックの処理でも話し合いました。キリが嫌にならないか心配になるくらい、何度もやり取りしましたね。特に1曲目の「Run Away」が難しくて。ドローンに対して低音のビートがあって、バランスとして音圧を入れにくいんですよね。でも1曲目が小さいと、2曲目「HOLiC」で急に大きくなったりする。その方向性については3人で相当やり取りしました。音量感と音質、律動的なビートとドローンのバランス、どれくらいパンチがあるマスタリングにするかを想定してミックスする。マスタリング中でも“それだったらミックスに戻って直した方がいい”というふうに、2人が女性同士でもともとコミュニケーションが取れていたのはよかったですね。
−実際は3人共同でミックス〜マスタリングをしたような感覚ですね。
渋谷 日本のプロダクションだとありえないですよね。お互いどこでも自由に戻れるのが面白かった。若いから、メールのレスが速いのも助かった(笑)。映画の素材を元にリメイクするくらいの感覚で始めたので、本編より音は磨いています。ビビッドで、でも痛くはない。
−そうしたやり取りを必要とするのは手間だと思いますが、それでもエンジニアを立て作品を仕上げようとしたのはなぜでしょうか?
渋谷 前は自分の作品に人が侵食してくるのに拒否感があったけど、最近は開かれてきているのを自分で感じています。音楽と人間のかかわり方が一期一会で、通り過ぎるように聴かれるから、作り方も何が正解か分からない。だから作り方も一期一会で、良い瞬間で切り取る方が、今の気分には合っているんじゃないかとも思います。
−でも、結果として通り過ぎることができないような音楽が生まれた。渋谷さんの完全勝利だと思います。
渋谷 うれしいです。『ミッドナイトスワン』が受けたからピアノをやるという選択はしなかった。僕は音楽や構成をプロジェクトごとに最適化させることによって、自分のスタイルが揺れたり進化するということに賭けている。音楽も、今取りあえず売れればいいみたいなものが多くなってきて、シンセもそういうものが多いと思うんですよね。その中で、Moog Oneと、復刻したSEQUENTIAL Prophet-5はすごくよくできている。いまだに良いのがMOOGとProphetとか、どうなんだ?と思うけど、ハマるプロジェクトがあったら、Moog OneとProphet-5だけで作るというのもやってみたいですね。どこを切ってもいい音がするし、メロディもハーモニーもある、みたいな。
Release
『ATAK025 xxxHOLiC』
Keiichiro Shibuya
(ATAK)
Musician:渋谷慶一郎(k、prog)、evala(アヤカシ)、藤原栄善(声明)
Producer:渋谷慶一郎
Engineer:キリ・ステンスビー、エンヤン・アービクス
Studio:ATAK