Berlin Calling〜第76回 パレスチナ問題を巡り、変わるベルリンのクラブ・シーン

演者も客もますます国際化する
ベルリンの音楽シーンで続く試行錯誤

 6月22日にベルリンのクラブ関係者にとって衝撃の声明が、市内で絶大な人気を誇るゲイ/クィア・パーティ、Buttonsの主催者から発表された。2016年からずっとイベントが行われてきたクラブ、://about blankとの決別についての長い説明文だ。Buttonsはその前身であるHomopatikの時代から、このクラブで最も集客を誇るレギュラー・イベントの一つだった。しかし、このクラブを去る理由は、パレスチナ問題に関して長年協議を続けた結果、相容れることができなかった政治的スタンスの違いだとしている。

 

ButtonsがSNSで公開した10ページにわたる声明の1ページ目。://about blankは市内でも人気で、これに対するクラブ側の声明は(執筆時には)まだ出されていない。クラブ側も相当ショックを受けているようだ

 

 この軋れきの背景には、://about blankおよび幾つかのベルリンやライプツィヒなどのクラブが、左翼系の活動家コレクティブを中心に運営されていることが関係している。アクティビズムの一環として、反レイシズム、反ファシズム、多様性、反商業主義、難民支援、セーフ・スペースなど、進歩的なポリシーを掲げて長年運営されてきているのだ。このような場所の存在がベルリンを豊かでユニークにしているが、観光客にはどこまで伝わっているか分からない。

 

 筆者も数年前に#DJsForPalestineというキャンペーンを巡る騒動を通して再認識したことだが、ドイツの反レイシズム運動の中で反ユダヤ主義は特別に警戒されている。そして、パレスチナ解放を訴えること、およびイスラエルを非難することは反ユダヤ主義に転化されやすい。言うまでもなく、歴史への反省から、ドイツの左派の活動家たちは反ユダヤ主義を根絶するための努力を重ね、また反レイシズムを強く打ち出してきた。そのため、パレスチナ問題の扱いには極めて慎重なのである。 その一方で、現在世界的にパレスチナの解放を求める動きが高まってきている。特に昨年のBlack Lives Matter運動再燃をきっかけに、イスラエルによるパレスチナの領土の占領は“アパルトヘイト”(人種隔離)であるという認識が広まった。レイシズムを無くすためにはパレスチナ解放が不可欠であると考える人が増えている。

 

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Buttonsの声明はBerlin Nightlife Workers Against Apartheid(アパルトヘイトに反対するベルリンのナイト・ライフ労働者)というキャンペーンの一環で、市内で同じくらい人気のCocktail D’AmoreとGegenというゲイ/クィア・パーティもButtonsを援護するように、同日にパレスチナ支援とあらゆる差別に反対するというメッセージを出した

 

 今年5月のガザ爆撃の際には、音楽関係者も多くの人がパレスチナ支援を表明した。ベルリンの音楽シーンは演者も客もますます国際化する中、左派系クラブもドイツ特有のスタンスを理解してもらい、貫くことは難しくなってきているようだ。今後どのようにアップデートされるのかが注目される。あらゆる人にとって安全で自由で差別の無いスペースを目指して、試行錯誤は続く。

 

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浅沼優子/Yuko Asanuma

【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている