360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。ここでは、7人組ダンスボーカルグループBE:FIRSTをピックアップ。これまでもBE:FIRST作品の360 Reality Audio制作を手掛ける山麓丸スタジオのエンジニア當麻拓美にインタビューを行い、シングル『Mainstream』収録の「Mainstream」「SOS」「Grow Up」、最新曲「Glorious」を題材に、360 Reality Audio制作におけるサウンドメイクのプロセスやポイントを尋ねた。記事後半では、當麻が『第29回 日本プロ音楽録音賞2023』Immersive部門(プログラミング・サウンド)で最優秀賞を受賞した「SOS」の360 Reality Audioミックステクニックを解説していく。
Photo:小原啓樹(スタジオ) 取材協力:ソニー
今月の360 Reality Audio:BE:FIRST『Mainstream』&「Glorious」
- Mainstream
- SOS
- Grow Up
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・Amazon Music Unlimited
- Glorious
*YouTubeにて360 Reality Audioで制作された『Glorious -Special Movie-』も配信中
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・YouTube『Glorious -Special Movie-』
Engineer|當麻拓美 〜2ミックスのイメージを尊重しながら広がり方を意識して作りました
【Profile】山麓丸スタジオのチーフエンジニア。ホールやライブ会場での立体音響収音設計から楽曲のミックス/マスタリングまで幅広く手掛けている。
イマーシブのためのリバーブでリッチな体験を
これまでにBE:FIRSTの360 Reality Audio制作を数多く手掛けてきたエンジニアの當麻拓美。その制作スタイルには変化が出てきているという。
「BE:FIRST作品の360 Reality Audio化を提案した際、日高(光啓/SKY-HI)さんにも面白いとおっしゃっていただいて、1stアルバム『BE:1』では、オブジェクトベースであることをフルに生かしたアトラクション的な動きを付けたんです。でも最近手掛けた「Mainstream」と「Glorious」は、単純な動きでないところで勝負しようと思い、2ミックスのイメージを尊重した上で、背面までの広がり方を意識して作りました」
空間の広がりを作る上で重要なのが、リバーブだ。「元のアレンジを生かしつつリッチな体験ができるように、イマーシブのためのリバーブを作っています」と當麻は話す。
「リアにはステレオのリバーブを置き、正面で鳴る音を積極的に送ってハイハットやクラップが正面から後ろに抜けていくような感覚を作りました。オブジェクト配置は正面から左右に135°ぐらいにして背面の広さや充実感を出すことが多いです。ただ、音数が多い曲やテンポが速い曲では、楽曲が持つ速度感やアレンジを損なわないように、ステレオ幅を狭く調整して、背面のリバーブの面積をタイトにしています」
このリアのリバーブが点として聴こえてしまわないよう、當麻はさらにサラウンドリバーブを配置。
「上中下の3層に5chのサラウンドリバーブを置きました。ドラムのフロア感を出したい場合は、ボトムにショートなルームリバーブを敷いて広げます。トップは展開によって拡張できるようにしていて、例えばサビで歌を派手に入れて大きく広がりを出したりしますね」
トランジェント調整でリズムを心地良く聴かせる
リバーブのほか、イマーシブとしてのクオリティを担保する上で重要な要素が、トランジェントの調整だという。「Glorious」を題材にその手法を尋ねてみよう。
「イマーシブの場合「Glorious」の2:38から出てくるオーケストラのようなドラムはおいしい要素なので、その展開に入ったときに空間を広げることを考えてミックスを始めました。この音自体はアタックを際立たせる処理をするほか、リアと下層のリバーブにはかなり多めに音を送りました」
「音色のコントロールは基本的にステムの段階で出来上がっているので、イマーシブの空間の中で心地良いリズムを感じ取れるような調整を行います」と當麻。同曲でのドラムループについても具体的な処理方法をこう話す。
「1:10 辺りから入るドラムループのバスは、重心を低く安定感を出したかったのでオブジェクトを低く設定しました。さらに、Avid Pultec EQP-1Aで低域とアタックをブーストしたり、fabfilter Pro-MBをエキスパンダーとして使って、低域や高域のアタック感をタイトに調整するための処理を行っています。加えて、WAVES Smack Attackでアタックとサステインを調整しました」
360 Reality Audio制作において「リズムを上下に広げたくても分離が良すぎてまとまらない」経験をしてきた當麻。
「下の空間が浅いと高さも感じられないので、低音のサチュレーション系プラグインで低域を増強するほか、ベースやキック、ドラムループなどの低音部分だけを送るバスのオブジェクトを作り、それを底の方に置いて重心を下げています。さらに、広げたことでキックやベースが遅れて聴こえないよう、トランジェントシェイパーでタイトに仕上げました」
また、「SOS」では、“気配”をテーマに広がりを出した。
「以前はオブジェクト同士で音のつながりがある方が空間を作りやすいと思っていましたが、「SOS」のように少ないオブジェクトでそれぞれの音がタイトな場合も作りやすいですね。音が漂って聴こえるよう、シンセを広めに配置し、キック、スネア、ハイハットを離して置くことで強いリズムを作りました。歌は少し高い位置で作り、リバーブへ多く送っています」
「SOS」は、360 Reality Audioに加えてDolby Atmos版も當麻が制作。それぞれの表現の違いをこう話す。
「これまでの僕の経験上、どこでどう鳴るかという発想の上限値が高い360 Reality Audioで先に空間配置のクリエイティブを行ったんです。その後、360 WalkMix Creator™を抜いたAvid Pro Toolsセッションをコピーして、チャンネル配置を360 Reality Audioに寄せるところからDolby Atmosの制作を始めました。Dolby Atmosではボトムのリバーブを抜き、LFEチャンネルを派手にすることで、それぞれのバージョンでの聴こえ方の面白さを追求しています」
7人のボーカルオブジェクトをバスにまとめて配置
360 Reality Audioでは、書き出し時にオブジェクト数を絞る“プリレンダリング”を行い、固定された定位のオブジェクト群にまとめられる“Static”と、単独のオブジェクトのままになる“Dynamic”のいずれかに設定される。このDynamicオブジェクトの数には制限があるため、7人のボーカリストがいるBE:FIRSTの楽曲では「ステムは各ボーカル素材がステレオかつウェットの状態で来るのですが、全ボーカルをDynamicオブジェクトにはできないので、全員のボーカルをバスにまとめています」と話す。配置についてこう続ける。
「リードボーカルは基本的に正面に置き、配置で遊びたい場合は、バッキングボーカルのフェイクやアレンジパターンを動かします。音が遠く聴こえるところでは、ステレオ幅を広げて手前に近づけるか、高さを上げてキックと分離させます。バッキングボーカルは、リードボーカルと三角形を作るイメージで耳の少し後ろに配置することが多いです」
ファンもMVの中に入り込めるようなイメージで制作
「Glorious」は、360 Reality AudioでMVも制作。この360 Reality Audioは、配信楽曲とは別で制作された。
「MVの中では、今までのBE:FIRSTの軌跡のような映像が流れるので、ファンの方もその中に入り込むようなイメージで作りました。メンバーが映る位置から歌が聴こえるように、全員のボーカルをオブジェクト化して配置のオートメーションを書き、ゲインなども一人ずつ細かく調整しています。絵が持つ力はすごくて、オブジェクトを派手に動かさなくても映像を目で追うと音が動いて感じるんです。オブジェクトの移動は全部ヘッドホンで作り込んだので、ヘッドホンで聴くとメンバーに引き寄せられるように歌がスムーズに移動して聴こえると思います。オブジェクトの動きが破綻しない範囲で最大の効果を付けています。YouTube上で音の動きや楽曲の広がりを感じるように作ったので、ぜひご覧ください」
360 Reality Audioミックス・テクニック
『Mainstream』に収録された「SOS」の360 WalkMix Creator™画面。シンセのシーケンスが流れ続ける本作では、“気配”をテーマに360 Reality Audioを制作したという。なるべくオブジェクト同士の隙間を均等に割って配置。キックが腰高でボーカルがウェットな雰囲気を狙い、ボーカル抜きでも音が漂って聴こえるように、曲を通して流れるシンセオブジェクトは広めの位置に置き、ハイハット、スネア、キックを間隔を開いて置くことで、リズムトラックをシンプルかつ強めに作り上げている。
Point 1:リア+3層のリバーブで空間を作る
當麻は、背面のステレオリバーブ+5ch×3層のサラウンドリバーブで360 Reality Audioの空間を構築。リアのステレオリバーブにはLiquidSonics Seventh Heavenを採用し(赤)し、上層(青)、中層(緑)、下層(黄)のサラウンドリバーブにはCinematic Roomsを使用。上層では常に漂う雰囲気を出し、その効果を強調するために中層への送りは少なめに設定。下層は主にキックのフロア感を出す役割を果たす。
Point 2:エフェクトボイスの定位と聴こえ方
球体下部に置かれたEndBGV Left/Right(茶色)は、終盤で登場する低音の効いたエフェクトボイス。MANATOのボーカル(紫)やバッキングボーカル(緑)との兼ね合いで球体の下部に配置した。このオブジェクトだけは“自分の喉から鳴っているように聴かせるイメージ”で頭内定位に設定。加えて、ドライでダイレクトな音像であることから、捉える人によっては配置と逆に上から聴こえる場合もあるという。