毛蟹が使うStudio One 第4回〜Mai TaiやSplitterを駆使した音色レイヤー術のバラエティ

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 こんにちは、毛蟹と申します。ぎりぎり人間です。引き続きPRESONUS Studio One(以下S1)の連載を担当しております。今回は標準搭載のシンセMai Taiを使ってのサウンド・メイクについて解説したいと思います。

 

レイヤーを帯域ベースで考え
周波数的に役割分担させる

 近年のヒップホップを織り交ぜたアレンジは、よく“トラック数が少ない”と言われますが、正確には“音数が少ない”と言う方が正しいと思っています。音数が少ないアレンジとは、つまりメロディと音色の支配率が高いアレンジです。音数の多さでごまかさず、洗練されたアレンジに聴かせるためには、強じんで印象的な音色のトラックが必要となるのです。  

 

 音色をレイヤーして多層的な構造を作る、という行為には大きく分けて2つの考え方があると思っています。“周波数帯域ごとに役割を分ける”という考え方と“音の速さで役割を分ける”という考え方です。帯域を縦の軸、速さ(=時間)を横の軸ととらえ、レイヤー構造を解説していきます。


 まずは縦軸を意識した方法から。Mai Taiを立ち上げ、プリセットからDRUM - BD ATRを選択します。MIDIノートC1で鳴らしてみると、少々アタック(高域成分)が耳に障る印象です。次にフィルターとノイズをオフにし、トラック名を“Kick_Main”にして基準にします。

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標準装備のアナログ・モデリング・シンセMai Tai。ドラムのプリセット音色からDRUM – BD ATRを選びMIDIノートC1で鳴らしてみると少しピーキーに感じたので、フィルター(画面中央)とノイズ(同左下)をオフにした。これをメインのキック音色として、レイヤーを進めていく


 これに、縦軸で役割を分けた音色をレイヤーしていきます。まずはローエンドから。手順としては、 Kick_Mainのトラックを完全複製。するとMai Taiがもう一台立ち上がるので、そのトラックをKick_Subにリネームします。画面を表示させオシレーター1のSemi(半音単位のピッチ調整)を元の+11から0に、Sub(サブオシレーターの音量)を0dBにしましょう。  

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メイン・キックのローエンドを補強するためのレイヤーをMai Taiで作成。メインを複製し、オシレーター1(画面左上)のSemiを0、Subをマックスの0dBにしてローエンドにオクターブ下のサイン波を足した

 

 これら2つのトラックを同時に鳴らすと、 Kick_Mainが持つ輪郭のはっきりとしたアタック成分とKick_Subの低域の太さを両立したキック・サウンドができると思います。さらにアタッキーにしたければ、もう一度Kick_Mainを完全複製し、フィルターをHP 12dB Ladder(12dBスロープのラダー型ハイパス・フィルター)に設定して、高域だけに役割を絞ったトラックを用意すると良いでしょう。  

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メイン・キックをさらにアタッキーにするためのレイヤーを作成。複製したMai Taiのフィルター(画面)をオンにし、フィルター・タイプをHP 12dB Ladderに設定(赤枠)

 

 単体の音色では、この“鋭い高域のアタック”と“低域の量感”を両立させることが難しく、大抵はどちらかが犠牲になります。しかし、帯域ごとに役割分担させレイヤーすることによって、両立が可能になるのです。なおレイヤーの際は、位相ズレに注意しましょう。

 

音の立ち上がり〜減衰を調整し
複数のレイヤーを作り出す方法

 

 続いては横軸=音の速さでの役割分担です。音の速さをコントロールすることにより周波数キャラクターを変化させ、レイヤーを作って音色強化を図ります。帯域での考え方に比べると少々難しいのですが、非常に重要だと思います。  先ほどの Kick_Mainを基準にしてみましょう。例によってトラックを完全複製し、Kick_Susとリネームします。ただし今度はオシレーターやフィルターを触らず、アンプ・エンベロープをエディット。アタック・タイムを300msまで伸ばすとアタック成分が消え、低域の余韻だけが残ったような音になります。  

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低域レイヤーのアンプ・エンベロープ。アタック・タイムを300ms辺りまで伸ばすと立ち上がりが遅くなり、柔らかい音色に。アタック・タイムに伴いリリース・タイムも後ろにズレるので、低域の余韻が豊かになる

 

 Kick_Mainと同時に鳴らしてみましょう。アタックを遅らせ、低域が少し伸びた音が混ざることで、全体として太い音になります(Kick_Susの音量を下げるなどバランス調整はお忘れなく)。アタックを強調したい場合は、アタック・タイムを速くして余韻を短くしたトラックをレイヤーすると効果的。余韻のコントロールはサステインやリリース・タイムで行いましょう。  

 

 実際に試してみると分かるのですが、“帯域”と“速さ”は全くの別モノではなく密接な関係にあります。もちろんエレクトロニックなサウンドに限った話ではなく、生のドラムやベース、ギター、ボーカルなど、あらゆる音色に応用可能です。

 

インサート・スロットの独自機能
Splitterでのパラレル処理

 

 音の役割を分けるという多層構造の解説をしましたが、もう1つアイディアがあります。再びKick_Mainを用意し、今度は標準装備のディストーションRedlightDistを挿してみましょう。デフォルトの状態では音が大きいので、出力レベルのOutを10dBほど落とします。聴いてみると、倍音が付加されて金属的な響きが増えますが、一方で低域がやせて薄くなってしまいます。  

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キックに倍音を付加し、存在感を強めるために使用したディストーションRedlightDist。デフォルトでは音量が大きかったので、画面右のOut(出力音量)を10dBほど下げている

 

 低域を補うにはオリジナルの信号をレイヤーすればよい、というのは、ここまで読んでいただいた方には明白だと思いますが、別の方法として“インサート・スロット内で信号を分岐させる”というS1ならではのやり方を紹介しましょう。  

 

 RedlightDistの画面左上にはアクティベートのアイコンがあり、その上にルーティングのアイコンが備わっています。

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RedlightDistの画面上部。ルーティング・アイコン(黄枠)をクリックすると、インサート・スロットのルーティング画面を開くことができる

 

 選択すると、インサート・スロットのルーティング画面が出現。スロットに入った信号をパラレルに分岐させるSplitter(スプリッター)という機能が上部にあるので、それをRedlightDistの下にドラッグ&ドロップします。次にRedlightDistをドラッグし、Splitterで分けた信号の片方にドロップ。

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インサート・スロットのルーティング画面。スロット内の信号を分岐させることができるSplitterが装備されている(赤枠)。この画面では、Splitterで分岐させた信号の一方にRedlightDistをかけており、その音量をフェーダーで−21dBにして原音に足している(黄枠)

 フェーダーを使って、ひずませた信号をオリジナルにどのくらいブレンドするかを調整できます。やっていること自体は、パラレル・コンプのような処理やセンド&リターンとよく似ているので、ディストーションに限らずコンプを深くかけた音を混ぜたり、EQをチャンネル・ディバイダー的に使ったり、リバーブを薄くかけたりと、さまざまな用途に応用可能です。  

 

 DAWの画面だけを見て音を作っていると、一つの楽器で一つのトラックといった狭い考え方に陥ってしまいがちですが、たまには目を閉じて、耳を信じて音色を作ってみるのも良い手だと思います。僕は制作中に意図的に目を閉じ、音だけを気にする時間を作ったりします。そしていつの間にか寝落ちし、翌朝顔に鍵盤の跡が付いていたりもします。寝るときはちゃんと寝ましょう。

 

 いかがでしたでしょうか? 全4回で楽曲解説からS1の機能、作曲や編曲におけるいろいろなアイディアの解説をさせていただきました。少しでも、読んでいただいた方のクリエイションの助けになれば幸いです。ではまたどこかで。

毛蟹
クリエイターやアーティストのマネージメントなどを行うLIVE LAB.所属の作曲/編曲/作詞家。ギターやベース、ピアノ、キーボード、ドラムといった楽器を弾きこなすマルチインストゥルメンタリストでもある。TYPE-MOONのスマホ用RPGゲーム『Fate/Grand Order』のテレビCMテーマ・ソングやアニメ『ソードアート・オンライン』の10周年テーマ・ソングなどを作曲/編曲。アニメ・シーンを中心に活躍している。

Fate song material (通常盤)

Fate song material (通常盤)

 

 

Studio Oneに関する問合せ:エムアイセブンジャパン

 

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