こんにちは、毛蟹と申します。多分人間です。前回に続きPRESONUS Studio One(以下S1)の連載を担当させていただきます。テーマは前回と同じく「参全世界」という曲の制作について。それでは、よろしくお願いいたします。
コード・トラックやメロディのMIDIは
楽譜作成ソフトNotionと連動
まずは、オーケストラ系のインストゥルメントについて解説しましょう。僕はインストゥルメント・トラックの多くをVIENNAのミキシング&ホスティング・ソフトVienna Ensemble Pro(以下VEP)に連動させて立ち上げています。VEPを使うのはS1への負荷を減らす目的で、主にオーケストラ系の音源やSPECTRASONICS Omnisphereといった高負荷なシンセを立ち上げ、S1と同期させているのです(特に大編成のオーケストラは、一つ一つS1のソングに立ち上げると重くなってしまうので……)。またこの曲では、ピアノ音源として使用したXLN AUDIO Addictive KeysもVEP内にロード。基本的にすべてMIDI鍵盤で演奏しながら、キー・スイッチを多用しつつ1パートごとに打ち込んでいます。
個人的には、インストゥルメント・トラックでの細かいボリューム・オートメーションは、それほど重要ではないと考えています。特に歌モノの楽曲ではミックス時にコンプが多段でかかるので、事前のオートメーションの努力は無に帰すどころか、ダイナミクスがいびつになってしまうとエンジニアリングの妨げになる可能性さえ出てきます。であれば、オートメーションでのボリューム制御はエンジニアの方にお任せし(もちろん伝えるべきことは事前にしっかり伝えて)、僕らコンポーザーはベロシティを調整し、一音一音の鳴り方や音色を強いものにすることに注力した方が、結果として完成度の高いものに仕上がることが多いと思います。
さて「参全世界」ではオーケストラがすべて打ち込みで、演奏はギターとベースのみだったので精密なスコアを用意する必要が無かったのですが、S1はコード・トラックやメロディを打ち込んだトラックをPRESONUS Notionと連動させることで、スコアを簡単に作成できます。
ライブ現場などでは、プレイヤーの方々が譜面をめくる手間を省けることから省略記号を多用し、1〜2ページ程度に収めるのが良いと思うのですが、僕はレコーディングの現場ではそれとは異なるスタイル。曲の展開や小節数の把握、もしくはディレクションやテイクのチェック、メモ書きなどがしやすいよう、省略記号は使用せず長いままお渡ししているのです。ただ、これは僕個人のやり方で、プレイヤーの方によっては好き嫌いもあると思うので、その辺りは状況によりけりといった具合です。
曲の根本に脳のリソースを割ける
S1ならではの時短ツール
「参全世界」のような歌モノの制作において、いきなりフル尺で完成させることはまずはありません。大抵はワンコーラス、特にアニメの主題歌などであれば“89秒尺”という規定のサイズのものから制作し、後にフル尺へと発展させます。このときに便利な機能が、S1のアレンジトラックとスクラッチパッドです。アレンジトラックはバースやコーラス、あるいはAメロ、Bメロ、Cメロ(サビ)といった楽曲の各セクションを分かりやすく表示できる機能で、ドラッグ&ドロップでそれぞれを容易に入れ替えることが可能。また各セクションのコピー&ペーストやセクション単位での削除なども簡単に行えます。
一方、スクラッチパッドはソング内に本線とは別のタイムラインを設け、そこでアレンジのアイディアを試したり、試したものを残しておける機能。“やってみたいけど本線を上書きするのはストレスだな”といった場合にも有用ですが、僕の使い方としては、既に提出し終えた短いサイズのアレンジを逃しておくというものです。
次にフル尺の制作に入ります。1C(1回目のサビ)の後イントロに戻るのか、すぐ2A(2回目のAメロ)に入るのか、あるいはDメロを用意して全く展開にするのか……などなど、どういう構成でフル尺に発展させるのかを、アレンジトラックで各セクションをパズル的に組み替えながら考えます。かくて「参全世界」の展開は以下のようになりました。
イントロ→1A→1B→1C→再イントロ→2A→2B→2C→ソロ……
王道構成ですね。1コーラス目をコピペして2コーラス目まで作り、全体の流れや雰囲気、尺感、量感を把握することで“1Aと2Aにどういった変化を付けるのか?”というのが考えやすくなります。例えばメロディに変化を付けるのか、細かいフィルを変えるだけでいいのか、はたまたテンションの上げ下げを行うのかなど、アレンジの根本部分に脳のリソースを割けるため非常に重宝しています。フル尺が完成した後は、またもスクラッチパッドが便利で、逃しておいた短いサイズのものを確認したり、出来上がったフル尺をキープしつつ別の展開にトライすることも用意です。
さて最後に、「参全世界」では使っていないのですが、S1のバージョン4.5から導入されたアドオンを紹介しておきます。Audio Batch Converter(5,500円)というもので、これを使えば複数のオーディオ・ファイルに一括して同じプロセッシングを施すことができ、その結果を同一のフォーマットで書き出すことが可能です。例えば監修用やシンガーの方の確認用MP3、映像チーム用の24ビット/48kHz WAV、エンジニアの方に渡す32ビット・フロート/96kHz WAVなど、複数のフォーマットが求められることの多いアニメやゲームといった映像音楽の業界。Audio Batch Converterでは処理したいファイルを画面にドラッグ&ドロップするとすぐに一括変換できるので、最強の時短ツールとなっています。
アレンジトラックとスクラッチパッドの個所でも触れましたが、時短できるということは脳のリソースを別のところに割けることを意味します。クリエイターの想像力をかき立てるようなツールはもちろん素晴らしいですが、クリエイターの負荷を軽減できるツールも、長期的に見ると非常に効果が高く僕らを支えてくれます。
「参全世界」という楽曲とそこに使われているS1の機能などを全2回にわたり解説させていただきました。次回はまた、S1の別の機能、システムについて解説したいと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。
毛蟹
クリエイターやアーティストのマネージメントなどを行うLIVE LAB.所属の作曲/編曲/作詞家。ギターやベース、ピアノ、キーボード、ドラムといった楽器を弾きこなすマルチインストゥルメンタリストでもある。TYPE-MOONのスマホ用RPGゲーム『Fate/Grand Order』のテレビCMテーマ・ソングやアニメ『ソードアート・オンライン』の10周年テーマ・ソングなどを作曲/編曲。アニメ・シーンを中心に活躍している。
Studio Oneに関する問合せ:エムアイセブンジャパン