NYを拠点に活動する韓国系アメリカ人のトラック・メイカー/シンガー、イェジ(Yaeji)による13曲入りのミックス・テープが発売された。これまで、テクノ/ヒップホップ/ハウスなど、ジャンルにとらわれない自由なビートと、韓国語と英語をミックスした独創的なリリックを披露してきた彼女。この新作は、初のゲスト・ボーカルとのコラボレーションや、独学でトラック・メイクを学ぶなど、初挑戦と努力の結果に生まれてきたものなのだという。本誌初となるインタビューで、新しいプライベート・スタジオや幻想的なサウンドの作り方について話を聞いた。
Interview:Mizuki Sikano Interpretation:Yuriko Banno Photo:Dasom Han
毎日の出来事や気分を
日記のように音楽にしていった
ー『WHAT WE DREW』は、大胆なパンニングなどの実験精神を感じる素晴らしいアルバムでした。
イェジ ありがとう。3年間も試行錯誤をしながら、自分にとって新しい試みをしたいと思っていて。アルバムのために、独学でサウンド・プロダクションについても研究をしました。チュートリアル動画を見たり、いろいろな機材やプラグインを購入してね。ハードなパンニングに関しても、ずっと興味があったんです。韓国のロック・バンド、HYUKOHがよく使うテクニックで、ボーカルを思い切り右に配置したりする。大胆なパンニングにもいろいろな方法があるけれど「MY IMAGINATION」や「WHAT WE DREW」では、曲を展開させたり雰囲気を生み出すためにドラマチックなパンニングを多用しました。
ー制作はご自宅で行ったのですか?
イェジ 制作を始めたてのころは、アパートのベッド・ルームで作っていて。でも収録曲の大部分は、大きな建物の中に作ったスタジオで行っています。通勤する人と同じ感じで毎日スタジオに通って、5時間から8時間作業をしました。毎日の出来事や気分を日記のように音楽にしていった……だから膨大な量の下書きを抱えることにはなったけれど、クリエイターの友人たちに相談しながら収録曲を厳選していきました。
ー曲作りはいつも何から始めていますか?
イェジ ダウンロードした新しいプラグインを試すのが楽しいから、大抵は4小節のビートをループさせて雰囲気に合うキーボードを重ねるところから始まるかな。でも、ボーカル録りから始めることもある。スタジオに向かうときやシャワーを浴びているときに、ボーカルのアイディアが思い付くことも多いんです。そんなときは携帯電話で録音をしておいて、後日スタジオで曲作りのネタが無いときに聴いたりもしています。
ー今回は作品にゲストも参加していますね。
イェジ ええ。コラボレーションは今回が初めてだったから、学ぶことは多かった。「THE TH1NG (ft. Victoria Sin, Shy One) 」ではシャイ・ワンにプロダクションの半分を担当してもらっています。私からトラックを送って、シャイ・ワンにベース・ラインを書いてもらったり。ボーカリストたちにはどのパートで“何を歌いたいか、あるいはラップをしたいか”など、すべてを彼らの一存に任せました。そして彼らも私に“ボーカルをどう加工するか”を委ねてくれて。すごくやりがいを感じました。パフォーマンスによって声色が全く異なるから、いろいろなテクニックを新しく習得して、使う必要があったんです。
ーボーカルは、ディレイがかかった幻想的な処理が印象的です。
イェジ ほとんどの収録曲で使っているSOUNDTOYS Crystallizerという空間系エフェクトで作った音です。一番お気に入りのエフェクトですね。これまでリリースしてきた曲でも一番使っています。これをトラックにインサートして録音すると、普通の声が、謎めいたささやき声のように変化してくれるんです。マイクはSHURE SM7Bを使用していて、私の声をそのまま明りょうに収音してくれるからお気に入り。ドラムで使うことの多いSHURE SM57もボーカル録音に使っています。これには理由があって、SM57とボーカル用マルチエフェクターTC HELICON Perform-VEとを組み合わせて録音すると、私の声の高域が少しつぶれて湿った良い感じになるんです。この質感が好きだったから「WAKING UP DOWN」ではさらにコンプレッサーをかけて強調しています。
ーディレイが生きたワイドな響きとともに、テクスチャーも意識されていると感じます。
イェジ もちろん。実は「IN PLACE」では、最初のハーモニーで10trくらいボーカルを重ねています。ウェットなトラックとドライなトラックをダブリングしているんです。手順としては、ほかよりも前に出したいトラックを1つ選んで、そのトラックが音場の中心で目立つようにエフェクトとEQをかけていく。さらに、素のままに近い静かなボーカルを何層も重ねていくと、繊細にテクスチャーを表現できるんです。重たくなり過ぎないようにEQ処理も忘れずにね。
ーボーカルのハーモニーも複雑に作り込んでいますよね。
イェジ 私はボーカルのハーモニーがとにかく好きで、考えるのも楽しくてしょうがないんです。これは子供のころからずっと。今作の変わったボーカルは、ほとんどIZOTOPE VocalSynth 2をいじって作ったもの。実はYouTubeでスティーヴィー・ワンダーがトーキング・モジュレーターを使用してバート・バカラック「遥かなる影」(Close To You)を演奏している動画を見て、感銘を受けて。そのハーモニーと、声の独特な動き方に魅了されました。だから「IN PLACE」のイントロは彼のアプローチをまねしようとしたんです。ハーモニーには、通常のボーカルを重ねてみることで、独特なサウンドを作り出すことに成功しました。
ーVocalSynth 2はお気に入りのツールなのですね。
イェジ VocalSynth 2は、複数のエフェクトを同時に重ねて使うことができるパワフルなツール。PolyVoxという複数のボーカルに聴こえるものや、CompuVoxというロボットのような音にするものなど、さまざまなツールが収録されています。「IN PLACE」では分厚くて低音の声色がダークで、複数の声が一斉に鳴っているものにしたいと思いました。結果的に、一つのトラックとは思えない声の重なりを演出できたと思います。
私の好きなベースをブーストさせた音を
自分の作品に反映させることができた
ーベースやエレクトロニック・ドラムの存在感が一際強いと感じます。これらを強調するための工夫をしていますか?
イェジ もちろん。今回私はあらためてトラック・メイクの勉強をしたことで、ミックス・エンジニアに対して、何を準備しておけばいいのかを理解できるようになりましたね。これまではクリーンな音を作るために低音をカットしていたけれど、今回は低音も残して音作りをしました。そのおかげで、私の好きなベースをブーストさせたサウンドを自分の作品に反映できました。
ーご自身でのラフ・ミックスに変化があったのですね。
イェジ そうですね。ミックスは作曲の大きな部分を占めている、大事なことだと考えています。ダンス・ミュージックだとハイハットの音一つがどのようにミックスされるかが曲を大きく左右したりするでしょう? 私はデモの制作段階から、常に“曲がどう仕上がるか”について注意を払いながら制作しています。NYのダンス・ミュージックのプロデューサーたちの多くは、すべてをDIYで行うように訓練されているから。
ーエンジニアのクリストファー・ボッタ氏とは、相談をしながらミックスを進めたのですか?
イェジ ええ。例えば、当初「MY IMAGINATION」では、ABELETON Liveのソフト・インストゥルメントであるOperatorを使ってベースを鳴らしていました。かなりクリーンな音色のベースで、クリストファーと“これをテープ・マシンに通してみたら面白いんじゃない?” という話になったんです。トライしてみたらベースのサウンドが一気に変化して。そうやって音がかなり膨らんだトラックを、EQやほかの処理をして仕上げていきました。とても面白い経験でしたね。
ー「WHAT WE DREW」で鳴っているような、アタックが強くタイトなビートはどのように音作りをしていますか?
イェジ 「WHAT WE DREW」と「NEVER SETTLING DOWN」を制作していたときに、友達からUKダンス・ミュージックで使われてきた、ブレイクビーツのグレイテスト・ヒッツのようなサンプル・キットをもらったんです。そこに入っていた15秒ほどのドラムのループを分解して、サンプラーに取り込んでからLiveで打ち込みました。出来上がったループは、EQを使って自分好みの音にしてから、その音を支えるキックやハイハットを重ねます。ハイハットは古いリズム・マシンの質感が好きだからKORG Electribe・R ER-1を使っています。実は私のは壊れかけているから、使うのに少しコツが要る(笑)。演奏しながら、内部でその内容が記録できるのが便利です。キックにはELEKTRON Digitaktを使ったり、Liveにあるキック音にコンプレッション処理をして自分流に加工したものを使います。ほかには特にサンプル・ライブラリーは持っていなくて、基本的にミニマムな環境なの。
ーシンセは今回何を使っているのでしょうか?
イェジ ビンテージ・シンセやキーボードの音が好きなんですが、実機を持っていないからモデリングしたソフトウェア・インストゥルメントのARTURIA V Collectionを使っています。ノスタルジックなシンセ・フレーズは、ここに収録されたサウンドに着想を得ているんです。演奏しながらアイディアを練ったりもしています。
ーその中で、気に入っているサウンドは何でしょうか?
イェジ Wurli VというWURLITZER 200Aをモデリングした音源。メロディを考えるときは、後で別の音色にしたり加工することを分かっていても、まずはWurli Vで弾きます。ウォームで角の無いノスタルジックなサウンドだけれど、しっかりとエレピらしい音。私にとっては良い出発点になっています。シンプルな音だから、いろいろな表現を試しやすいんです。Wurli Vはさまざまなプラグイン・エフェクトを通したときに、さらに豊かな音色になります。例えば「WHAT WE DREW」でシンセっぽく聴こえる分厚いバッキング・コードは、Wurli Vを演奏したものをさらに分解して、再構築したものなんです。
ー『WHAT WE DREW』は、あなたの実験精神と新しい挑戦の上に成り立っているのですね。
イェジ そうですね。私がどの曲でもボーカル処理に一番こだわったのは伝わったと思うけれど、それには明確な理由があります。今回リリックには今まで以上に私の感情を反映させていて、それを率直にリスナーに共有しようとする新しい試みをしたからなんです。それによって、これまで以上に言葉の質感や響き方を試行錯誤することになりました。自分の声色を大胆に加工することで、韓国語の本来の響きを隠してみたりもしましたし。それ以外にも韓国語の歌詞すべての英訳を、曲と一緒に発表しました。私にとってこれらはすべて初めての試みでした。これからは、韓国語を話さない人たちにも、私が歌っていることの意味を知ってもらいたいです。
『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』
イェジ
ビート:XL1061CDJP
- MY IMAGINATION
- WHAT WE DREW
- IN PLACE
- WHEN I GROW UP
- MONEY CAN'T BUY (ft. Nappy Nina)
- FREE INTERLUDE (ft. Lil Fayo, trenchcoat, Sweet Pea)
- SPELL (ft. YonYon, G.L.A.M.)
- WAKING UP DOWN
- IN THE MIRROR
- THE TH1NG (ft. Victoria Sin, Shy One)
- THESE DAYS
- NEVER SETTLING DOWN
- When In Summer, I Forget About The Winter* *=日本/韓国盤ボーナス・トラック
Musicians:イェジ(vo、prog)、YonYon(vo)、シャイ・ワン(prog)
Producer:イェジ
Engineer:クリストファー・ボッタ、ヘバ・カドリー
Studio:YaejiQ