ヒット曲を生み出すソングライターが求めた作曲と勉強のための創作拠点
いきものがかりのメンバーとして、数々のヒット曲を生み出してきた水野良樹。グループ外では、ソロ・プロジェクトHIROBAでのさまざまなアーティストとのコラボや、楽曲提供も行っている。8年前に構えた本格的なプライベート・スタジオについて、当初からかかわるエンジニアの甲斐俊郎氏とともに話を聞いていく。
Text:iori matsumoto Photo:Hiroki Obara
吉岡聖恵のボーカルが録れる場所を確保したかった
「いきものがかりは大きなスタジオに、ミュージシャンの皆さんに集まっていただくという、恵まれた環境でレコーディングしてきました。ただ、それがずっと続くかどうか分からないなとも思っていて。自分たちの根幹にあるのは、曲を作ることと歌を歌うことだから、吉岡(聖恵)のボーカルがある程度のクオリティで録れる場所を確保したかった。当初は何も分からなかったんですが、スタジオを造ることによって勉強したいと思ったんです」
スタジオ計画当初をそう振り返る水野は、島田昌典氏ほか関係者の紹介でアコースティックエンジニアリングにスタジオ設計/施工を依頼。いきものがかりの作品に携わるエンジニアの甲斐氏にたびたび打ち合わせにも同席してもらい、2014年からこのスタジオは稼働を開始した。ブースは6畳ほどでドラムの録音も可能な仕様。コントロール・ルームはその倍ほどのサイズだ。甲斐氏は当時を振り返る。
「AVID Pro Toolsを入れて録音できるようにし、モニターもラージに近いサイズのGENELEC 1038CFを導入しました。スピーカー台も、かなりしっかりしたセメントで造っていただいて。回線はスタジオ・ロビーにまで回したり、バンタム・パッチ・ベイを入れたり……そういう後から変更しにくいところは、後からの拡張性を考えて用意することにしました。当然コストはかさむんですが、水野君が“そこまでやらなくていいですよ”と言うことは一切無かったです」
水野がスタジオの可能性を狭めなかったのは“勉強のため”だそう。その言葉通り、徐々にアウトボードやマイクなどが増えていくことになった。
「スタジオで見て気になったり、SNSで話題になっている機材は興味を持って買うんです。でも自分の作曲やデモ制作に使わないものは、まだどう使っていいか分かりません。アコギを録るときはラインでPHOENIX AUDIO Nice DIからUNIVERSAL AUDIO 6176へ。仮歌のマイクプリはAMS NEVE 1073 SPXかAPI 512Cです。どちらもフロントに入力端子があってすぐ挿せるのが良いんですよ」
曲作りはギターから鍵盤へ変化。イメージしている音像がクリアに浮かぶように
そんな水野、ギターのイメージが強いが、現在の曲作りは鍵盤で行うことが多いという。
「鍵盤のインストゥルメント・トラックとボーカルのオーディオ・トラックを複数用意したPro Toolsセッションが立ち上がるようにしてあって、いったんはシンプルにレコーダーとしてPro Toolsを使います。いきものがかりの場合は気心知れたアレンジャーの方に委ねるのでそのままのこともありますが、楽曲提供などでデモを作るときは、そこから別のセッションを立ち上げて打ち込みをしていきます。曲作りがギターから鍵盤に変わったことで、弾き語りとは違う作り方というか、イメージしている音像が頭の中でクリアに浮かぶようになりました。デモにギターやドラム、ベースを入れると、弾き語りとは違う意識が生まれてくるので、メロディの修正の仕方も変わってくるんです。編曲はできないけれど、編曲的な要素……カウンター・メロディを想像しながら書いているイメージですね」
そんな作曲&勉強部屋として機能してきたこのスタジオだが、HIROBAの書籍+CD『OTOGIBANASHI』では、ゲスト・ボーカルの録音にも使われたという。
「吉澤嘉代子さんと、俳優の伊藤沙莉さん、柄本佑さんのボーカルをここで録りました。ブースの窓も、コミュニケーションが取りやすいので、本当にあって良かったと思いましたね。特に俳優の方々は歌入れの経験が少ないので、緊張されると思うんですよ。“ブース内は孤独だから、すぐ返事しろ”とディレクターの岡田さん(EPICレコードジャパン チーフ・ゼネラルマネージャー岡田宣氏)に言われてきましたから。テイク選びも、ピッチの正確さよりも文脈で選んでいく岡田さんのやり方を見て学んできたことが、今回生きました。俳優の方は特に、ボーカリストとは違う良さがあるから」
『OTOGIBANASHI』制作について、甲斐氏が続ける。
「今回初めてだそうですが、テイク選びだけでなくピッチ修正まで水野君が自分でやってきたんです。本来、水野君は人に委ねるタイプで、現場でもほとんどは注文は無いんですが、たまにいただく指摘がものすごく的確で。だから今回のテイクの編集も完ぺきでした。このスタジオを造ったときはPro Toolsに触ったこともないくらいでしたから、ここまでやれるのか!と驚いたのも事実ですね」
これまで多くの現場で超一流のプロからさまざまな知見を学んできた水野。それを実践する場として、このスタジオが今後さらに重要度を増していくことになるだろう。
★この取材の様子が、HIROBA YouTubeチャンネルで公開されています。
Equipment
DAW System
Computer:APPLE Mac Pro
DAW:AVID Pro Tools|HDX
Audio I/O:AVID HD I/O
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite
Outboard & Effects
Mic Preamp:API 512C、SHADOW HILLS Mono Gama、PHO
ENIX AUDIO DRS8 MKII、etc.
Compressor:UREI 1176LN(Rev. F)、UNIVERSAL AUDIO Teletronix LA-2A、SSL G-Buss、RUPERT NEVE DESIGNS 535、Portico II Master Buss Processor、TUBE-TECH CL 1B、etc.
Channel Strip:AMS NEVE 1073 SPX、UNIVERSAL AUDIO 6176、RETRO CHANNEL Studio Channel
Others:SSL 611 EQ、Fusion、etc.
Recording & Monitoring
Mixer:MANLEY 16×2
Monitor Speaker:GENELEC 1038CF、AMPHION One 18
Microphone:NEUMANN U67S、U87AI、AUDIO-TECHNICA AT5040、etc.
Headphone:SONY MDR-M1ST、MDR-CD900ST
Monitor Controller:GRACE DESIGN M905
Cue System:CURRENT
Instruments
Keyboard & Synthesizer:ROLAND FA-08
Guitar Amp:ORANGE Dual Terror、LINE 6 Helix Rack、FRACTAL AUDIO SYSTEMS Axe-FX II XL+
水野良樹
1999年にいきものがかりを結成、2006年に「SAKURA」でメジャー・デビュー。楽曲提供を行うほか、ソロ・プロジェクトHIROBAでは5人の小説家/詩人とコラボした5曲と5作の小説を収録した書籍+CD『OTOGIBANASHI』が10月28日に発売。
Recent Works
『OTOGIBANASHI』
HIROBA
(講談社)
『いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!』
いきものがかり
(EPICレコードジャパン)