自らの拠点であるXylomania Studioをイマーシブ対応したエンジニア、古賀健一氏。氏がパートナーに選んだのはオルタナティブ・フォーク・ロック・バンドTurntable Filmsの井上陽介だ。井上のソロSubtle Control名義での楽曲「Common Sense(360 Binaural Ver.)」はさまざまなシーンとともに、リスナーを囲むような音像が次々と移りゆく仕上がりとなった。
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【動画】Subtle Control & 古賀健一 × 360 Reality Audio
【動画】古賀健一 × 360 Reality Audio
立体音場でモニターしながら録り音を決める
編集部から古賀氏へ、360 Reality Audio楽曲制作のオファーの電話をした際、偶然井上がその横に居たという。
「ちょうど陽さん(井上)に立体音響についていろいろ説明をしていたところだったんです。でも、そうでなくても、陽さんに声を掛けていたという確信はあります。いつも面白いことが一緒にできるんじゃないかと思っているので」
井上は、古賀氏から、このような説明を受けていたそう。
「いろいろなところに音が置けるので、帯域の重なりを考えなくていいと。例えば、ステレオなら2つしか置かないギターを5つくらい、どこにでも配置できます。そういう情報をもらって、どんな音楽を作ると面白いかなあと考えました。音数が少なくて動きが分かるものか、360°から音が鳴ってミュージシャンがリスナーの周りでセッションしているような音楽か……。せっかく360 Reality Audioなんだから、後者の音数が多いものに挑戦してみようかなと思いました」
通常はミックス前に自身でトラックを整理することが多いという井上だが、360 Reality Audioの可能性に賭け、できるだけパラのまま古賀氏にベーシックを渡したという。さらにXylomania Studioでもさまざまなダビングを行った。
「アフリカっぽいビートが出るものを探しに、2人でかっぱ橋に行って、食器や調理器具をたたいて、これだ!っていうのを買いました」と古賀氏。「魚焼き器の裏をたたいています」と井上が笑う。録音方法も、工夫を重ねたと古賀氏。
「Ambisonicsマイクを低い位置に立てて、その上で長いウィンド・チャイムを先輩のパーカッショニスト、notchさんに鳴らしてもらいました。そうすると、自然に頭上の左右へ定位させることができる。マイクの選定やギターのリアンプも、立体音場をバイノーラルや9.0.4chスピーカー環境でモニタリングしながら機材や音を決めていきました」
Pro Tools上で3層+天頂を構成
こうして用意されたトラック数は250を超えたという。「オブジェクトは128までだと陽さんに伝えておくべきだった」と古賀氏。何らかの方法でトラックをまとめていく必要があると考えた。
「これまで僕が取り組んでいたイマーシブは半球状だったのですが、陽さんから“シンセ・パッドは下に置いてほしい”と言われて、初めてボトムで何をどうやって鳴らすかを意識しました。そこで、水平面の7.0chに、トップとボトムの各4chを加え、AVID Pro Tools|Ultimateの3次Ambisonicsバス(16ch)でまとめる方法を思いついたんです。バス内にもう1ch余裕があるので、それをトップの頂点に置くことにしました。また、Pro ToolsのI/O設定を使い、トップ/ボトムの左だけ/右だけというペアもできるようにしています」
従って、360 WalkMix Creator™に立ち上がるオブジェクトはこのマスター・バスに対応した16個のみとなるが、これによってさまざまなことが実現できたと古賀氏は説明する。
「一つは、あるパートで水平面とトップ、ボトムの3層に対し、オート・パンでそれぞれ別々の回転をさせることができました。一つ気がついたのは、こうして層を分けたことで上下の動きが表現しにくくなりましたが、上下に動かしたいものは個別にオブジェクトを作ればよいということ。今後に生かしたいと思います」
もう一つは、マスター・フェーダーが生まれたことだ。
「バイノーラル化したときにスピーカーと少し距離や広がりが変わったように感じたので、ヘッドホンとスピーカーの差異を埋めるマスタリングのような作業をしました」
こうして完成した「Common Sense(360 Binaural Ver.)」は、トライバルなビートやポリリズム、包み込むようなボイスなどがシーンごとに切り替わりながら、ストーリーが展開してくような楽曲になった。
「全部のセクションがなんとなくつながってるのは僕も理想としていたところでした」と井上。一方、古賀氏は「僕は逆に、そのセクションの切り替わりが意識できるようなミックスを心掛けました」と語る。この二人の絶妙なバランス感覚を持つタッグが、360°の空間を生かしきった完成形へと導いたのだと言えるだろう。
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