2007年にロンドンで設立されたSPITFIRE AUDIOは、オーケストラ音源を中心に開発しているソフトウェア・メーカーだ。エア・スタジオやアビイ・ロード・スタジオなど、世界トップ・レベルのスタジオでサンプリングを行った音源ライブラリーは、映画音楽だけでなく、ポップスやダンス・ミュージック、サウンド・デザインまで、幅広いフィールドで活用されている。ここでは、創業者であるクリスチャン・ヘンソン氏(写真左)とポール・トムソン氏(同右)のインタビューをお届けする。コンポーザーでもある2人がSPITFIRE AUDIOを立ち上げた経緯、そして多彩な製品ラインナップのアイディアの源について語ってくれた。
SPITFIRE AUDIOのライブラリーで
さまざまな魅力ある空間を選択できる
―SPITFIRE AUDIOがスタートしたころについて教えてください。
ヘンソン 私とポールは既存のサンプリング手法に納得がいっておらず、“サンプルを録るのではなく、演奏を録ってみよう”と動き出したのがきっかけです。世界最高峰のスタジオ、エンジニア、奏者、楽器を用意してスタートしました。最初、私は“これは絶対にビジネスにしたくない”とポールに言っていました。プロの作曲家のためのプライベート・クラブとしていたんです。しかし、よく考えてみると私たちがやっていたことは希少性の高いビジネスであり、いざ世に公開したときにはその需要の高さに呆気に取られてしまいました。SPITFIRE AUDIOがスタートして最初の3、4年は私とポール、そして3名のフリーランスの仲間でやっていましたが、今では100名以上の社員が働いており、お客様は100万人以上になっています。スタート当初から中心に考えていた“ミュージシャンやアーティストのコミュニティ”として拡大してきたのは特筆すべきところです。
トムソン 私もクリスチャンも、ロンドンで一緒に仕事をしたミュージシャンの方々を心から敬愛しています。彼らの技術だけでなく、演奏に対する絶妙なセンスも含めて。これまでに手掛けたすべての仕事において、予算で補える……時として補えないような最大限の数のミュージシャンを常に求めてきました。そして、彼らの素晴らしさを世界中に発信するだけではなく、ロイヤリティを分配することによって、売れた分の成果を共有する方法を作り上げたんです。これにより、作曲家がイギリスにやってきて、イギリス人のミュージシャンを雇って賃金を支払うということのほか、ミュージシャンにとって今まで無かった新しい収入源ができました。私たちはこのことを非常に誇りに思っており、できる限りライブ・ミュージシャンをサポートしたいと考えています。
―音楽制作の初心者からプロの作曲家まで、さまざまなクリエイターに向けた製品ラインナップですが、その開発のアイディアはどのように生まれるのでしょう?
ヘンソン 私は作曲者なので、自分の手法や問題に合わせてツールをデザインするというシンプルな考えです。
トムソン 自分たちの仕事を最高のレベルで行えるツールを考えているんです。私たちは常に、自分たちが行うすべてのことに対して妥協を許さないアプローチを採っていて、現在開発している製品もその考えの延長線上にあります。
―スタジオとのコラボレーションで言えば、アビイ・ロード・スタジオのライブラリーを制作していますね。
ヘンソン アビイ・ロード・スタジオの素晴らしいスタッフは、私たちの“音ではなく、演奏をサンプリングする”という情熱を受け止めてくれました。また、私たちが自分たちの仕事に必要なツールを作り、かつ貢献してくれたアーティストの収益を確保すること、そしてイギリスのこの素晴らしい遺産を奪うことが目的ではないことを理解してくれています。
―エア・スタジオなど、さまざまなスタジオで収録したライブラリーも制作していますが、スタジオが変わることはサウンドにどう影響してきますか?
ヘンソン 空間は演奏するにあたって必要不可欠な要素です。空間で音がどのように鳴るのかによって奏者は自身の奏法を変えていきます。
トムソン 例えば、エア・スタジオのリンドハースト・ホールとアビイ・ロード・スタジオのスタジオ1を比べても、そこにはそれぞれ非常に特徴的で魅力的な音の世界があります。録音する空間を選ぶことは、適切なミュージシャンを選ぶのと同じくらい重要です。音楽制作の中でその空間を選択できるというのは、非常にぜいたくなことですよね。
ヘンソン London Contemporary Orchestra Texturesでは、何の計画も無く楽器を持って航空機の格納庫へ行きました。そこでロンドン・コンテンポラリー・オーケストラが演奏しながら、その空間の反応を見てアイディアを練ったんです。開発時には、超大作映画でのスコアリングであろうとインディーズ・バンドであろうと、皆が自分にとって最適なものを選べるように、より多くの“選択肢”を設けることを考えています。
伝統音楽/楽器やレディオヘッドに影響を受けた
新ライブラリーのAlbion Solstice
―オーケストラ系だけでなく、オーラヴル・アルナルズやBT、ハインバッハなど、独自のサウンドを持つプロデューサーやアーティストとコラボレーションしたライブラリーも数多くリリースしていますね。
トムソン アーティストと仕事をするときは、彼らが製品を実際に使うことを想定してプロジェクトに臨みます。そうすることで、製品をより明確に定義できますし、リアルなキャラクターをライブラリーに収めることができるんです。
ヘンソン 多くのコンポーザーやプロデューサーが居る中、これまでコラボしたアーティストたちのように“自ら音を作り出す”という人は少数派だと思います。例えば、オーラヴルを訪ねていったときは“彼はハンス・ジマーととても気が合うだろう”と感じましたね。オーラヴルも、私たちと同じように音の個性や感情に魅了され、それが音楽のDNAとなっている人なんです。
―新しいライブラリー、Albion Solsticeが6月にリリースされました。サウンドの特徴について教えてください。
ヘンソン 昨年は私たちにとっても厳しい一年でした。以前のような活動ができなくなり、全く新しい何かが必要になったのです。そこで、これまで一緒に仕事をしたことのないミュージシャンに声をかけ、これまで使ったことがない楽器やスタイルで演奏してもらいました。中世のニッケルハルパからケルティック・フィドル、ドローン・シンセといった楽器を使い、伝統的なガリア音楽からレディオヘッドにまで影響を受けています。非常に刺激的で美しく、時にはとてもダークなサウンドで、一言で表せば“フォーク・ノワール”です。
トムソン Albion Solsticeに収録されている素晴らしいサウンドの幾つかは、クリスチャンにしか考え出せないものでしょう。彼には素晴らしい想像力があり、自分のアイディアを実現させようという意欲があります。それは彼と一緒に仕事をする上での私の喜びの一つであり、私たち2人が大好きなことでもあるんです。
―日本のファンへメッセージはありますか?
ヘンソン いつも応援してくださっている日本の皆様には感謝の気持ちをお伝えしたいです。ありがとうございます。
トムソン 応援をありがとうございます。私もクリスチャンも、昔から日本の作曲家のファンであり、私は10代のころから武満徹の音楽を聴いてきました。彼の音楽は表現と創造性への新しい扉であり、大きなインスピレーションを与えてくれたんです。
―今後、日本のアーティストとのコラボ・ライブラリーが誕生する可能性もありますか?
ヘンソン ぜひとも制作したいですね!
多様なシーン/ユーザーに対応する
ライブラリー・シリーズ概覧
SPITFIRE AUDIOというとオーケストラ・サウンドのイメージが強いが、バンド・サウンドやシンセなどの音源もあり、そのラインナップは多岐にわたる。スコアリングを行う作曲家だけでなく、DAWビギナーにも簡単に扱えるライブラリーが目白押しだ。その一部を紹介していこう。
Orchestra
SPITFIRE AUDIOのメインとも言えるオーケストラ・ライブラリー。エア・スタジオのほか、アビイ・ロード・スタジオやBBCスタジオで録音された製品がそろっている。大規模な編成から小編成、ソロまで、さまざまなシーンに対応できるライブラリーがラインナップされているのも魅力だ。空気感を含めて素早くオーケストラの響きを得られるAbbey Road OneやSpitfire Symphonyシリーズ、ドライなサウンドからコントロールできるSpitfire Studio Orchestra、コンテンポラリーな演奏を収録したLondon Contemporary Orchestra Stringsなど、プロの要望に応えられるバリエーションをそろえる。また、BBC交響楽団とコラボしたBBC Symphony OrchestraではDiscover/Core/Professionalと3つのグレードを用意。Discoverは扱いやすいインターフェースと軽量なサイズ(約200MB)で、オーケストレーション初心者の入門に最適だ。
Albion
Albionシリーズは、それぞれ独自の世界観を持った、作曲において即戦力となるシネマティック・オーケストラ・ライブラリー。ストリングスやホーンだけでなく、シンセによるパッドやテクスチャー・サウンドも収録している。Albion Oneではロンドンの奏者を109名も起用し、エア・スタジオで収録。さらに独自のシンセ・エンジンも搭載し、オーケストラに合わせてユニークなパッドやエフェクトを生み出すことも可能だ。新しいライブラリーのAlbion Solsticeでは、伝統楽器/音楽に影響された“フォーク・ノワール”な響きを得られる。弦管楽器のほか、ニッケルハルパ、ケルティック・フィドル、ハーディ・ガーディ、モダンなシンセサイザーを中心に、スコットランドのキャッスルサウンドで収録した。
Collaborations
世界の著名クリエイターとコラボレーションして生み出されたライブラリー・シリーズ。現代の映画音楽界の巨匠ハンス・ジマーとのコラボからは、Hans Zimmer StringsやHans Zimmer Percussionなどのライブラリーが誕生している。Hans Zimmer Stringsでは344名の奏者をエア・スタジオで収録。最大26のマイク・ポジションを選択でき、大規模ならではの壮大なスケールを表現できる。直感的なインターフェースと豊富なプリセットにより、複雑な設定要らずで強力なサウンドを得られるのもポイントだ。英国アカデミー賞に選ばれた作曲家、オーラヴル・アルナルズとのコラボ・ライブラリーでは、アルナルズ所有の自動演奏ピアノ“ゴースト・ピアノ”を収録したOlafur Arnalds Stratusといった、独自の響きを聴かせる製品をラインナップしている。彼ら以外にも、エリック・ウィテカーやBTといったアーティストとのコラボ・ライブラリーも発売中だ。
Originals
4,000円以下(29ドル)という手ごろな価格で手に入れることができるライブラリーのOriginals。さまざまなテーマに沿ったサウンドをラインナップしている。Originals Cinematic Padsでは、エア・スタジオでのオーケストラ・サウンドを元にしたシンセ・パッドを収録。Originals Mrs Mills Pianoでは、アビイ・ロード・スタジオの1905年製アップライト・ピアノ、STEINWAY Vertegrandをサンプリングした。そのほか、フェルト・ピアノやビギナー向けのストリングス/パーカッション音源などもリリースされている。
Labs
無償で利用できるLabsシリーズ。Organic TexturesやBass Guitar、AutoHarp、Percussion、Pipe Organなど、現在39種類という豊富な楽器/サウンドをラインナップしている。直感的なインターフェースを採用し、ビギナーにも分かりやすい操作性を実現。2つのフェーダーと1つのノブでの音作りが基本となっている。無償ながらサウンドのクオリティは他ライブラリーと同様。Bass Guitarでは、ロンドン・ハックニーにあるスタジオ=プレミスにて、ビンテージのAMPEGアンプを使ってリアンプしたベース・サウンドをサンプリングしている。