製品開発ストーリー VOYAGE AUDIO Spatial Mic

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バイノーラル録音のワークフローをシンプルにした
2次Ambisonics対応マイク&プラグインのパッケージ

 近年、VRコンテンツや立体音響に対応したゲームなどの普及でバイノーラルによる音声はかなり身近な存在になった。バイノーラルはヘッドフォンのL/Rで立体音響再生を実現するフォーマット。そのバイノーラルの録音では、人間の頭部を再現し、両耳の位置にマイクをセットしたダミー・ヘッド・マイクや、実際の耳に装着するイアフォン型のマイクなどが使われる。それらは基本的にL/Rのみでの収録となり、例えばVRコンテンツを視聴しながら頭部の動きに合わせた音像の変化を生むことは難しい。そのような自在に音像を回転させるのに適しているのが、Ambisonics方式での収音だ。複数のカプセルを搭載したマイクで録音し、それを専用のコンバーターで変換することで、立体的なサウンドをステレオで再現できる。各社がAmbisonics対応マイクを開発する中、新たに参戦したのがVOYAGE AUDIO。カリフォルニア州サンディエゴに拠点を構える音響機器メーカーだ。今回、VOYAGE AUDIO共同設立者/エンジニアであるコリン・リッチー氏に、彼らが開発したSpatial Micの特徴や開発について話を聞いた。

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VOYAGE AUDIO共同設立者/エンジニアを務めるコリン・リッチー氏

2次Ambisonics対応マイクにより
複雑な極性パターンを実現できる

 リッチー氏はVOYAGE AUDIOの共同設立者でありつつ、回路設計やメカニカル・デザイン、ファームウェア/ソフトウェア開発を担当するエンジニアだ。まずはその経歴を教えてもらった。

 「私がオーディオ・エレクトロニクスに興味を持ち始めたのは30年近く前のことです。私はトランペットを吹いて育ち、それをきっかけにギターなどさまざまな楽器を演奏するようになりました。その後、オーディオ・エレクトロニクスに魅了され、自分でアンプやエフェクトを作り始めたのです。そして、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で電気工学の学位を取得することにしました。大学卒業後、私は半導体業界で働きましたが、引き続き音楽を演奏し、オーディオ・エンジニアリングのスキルを磨き、オーディオ機器を作り続けたのです。数年後、ハリウッドにあるスタジオのレコード・プラントで仕事を見つけました。その後、私はMARSHALL ELECTRONICSでマイクなどの多くの音響機材のデザインを経験し、それからフリーランスのエンジニアになったのです。また、マスタリング・スタジオも経営し、何千もの曲を手掛けています」

 「3Dオーディオ・ツールの実験は以前から行ってきました。バイノーラルでは、1次Ambisonicsのマイクも試していましたが、その結果に完全に満足したことは無かったのです。そこで開発したのが2次Ambisonicsとエンコーディング・フィルターで、VRや360°ビデオのための没入感のあるオーディオを録音するだけでなく、複雑な極性パターンをデコードして異なる方向に向けることができるようになりました。これは私にとって非常にエキサイティングなことで、この驚くべき技術を共有し、3Dサウンドを始めたばかりの人たちのためにワークフローをシンプルにしたいと考えたのです。それがこのSpatial Micであり、VOYAGE AUDIOの誕生につながりました」

 Ambisonicsには録音時のフォーマット“A-Format”、A-Formatを変換して360°の空間情報を得る“B-Format”がある。B-Formatでは指向性の細分化によって種類が存在しており、1次Ambisonicsと呼ばれるものは無指向とX/Y/Z軸を向いた双指向の組み合わせで、マイクは計4つのカプセルを必要とする。リッチー氏が語るように、Spatial Micは2次Ambisonics対応マイクとなっており、計8つのカプセルで収音。1次Ambisonicsのみ対応のマイクと比べ、Spatial Micはより没入感のあるサウンドをキャプチャーできるのが特徴となっている。

 「搭載するカプセル数を考えると、2次Ambisonicsよりも1次Ambisonicsの方がはるかにデザインが簡単ですから、他社製マイクは1次Ambisonicsのみ対応したマイクが多いのです。また、2次Ambisonicsに必要なDSPフィルタリングは1次Ambisonicsよりもはるかに複雑で、特にエンコーディング時のノイズを克服するためには多くの研究と開発が必要になります」

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Spatial Micのカプセル部。2次Ambisonicsで360°の音像を再現するため、計8つのカプセルを装備している。本体中央の大きなノブでは、マイク・ゲインやヘッドフォン・アウトのレベル、マイクのモニター音とUSB接続したデバイスからのプレイバックのバランスを調整可能だ

低ノイズ・バージョンのフィルターは
自然音などの静かなサウンドに有用

 AD/DAを含めたカプセル8ch分をマイク本体に内蔵することは難しかったとリッチー氏は語る。

 「メカニカル・デザインの完成に至るまでには長い時間がかかりました。試作のほか、マイク内のチップやコンポーネントの3Dモデリングを行うことで、すべてがボディに収まるようになったのです。その後、Ambisonicsにエンコードするフィルタリングを作成するためのキャリブレーションや無響室でのテストも、困難で時間のかかる作業でしたね」

 マイク本体の設計についても詳しく聞いた。

 「TEXAS INSTRUMENTSのOPアンプを使用したディスクリート構成になっています。8chの各ステージのゲインをデジタルでコントロールし、個別のキャリブレーションも保存できるような基板が必要でした。その基板にはカプセルごとの電源が用意され、多くのフィルタリングが施されています。その結果、非常に低ノイズでひずみの少ないサウンドになりました。また、ヘッドフォン端子のD/Aでは、音質の優れたAKMのコンバーター・チップを使用し、ヘッドフォンを駆動するためにTEXAS INSTRUMENTSのヘッドフォン・アンプを使用しています」

ダイアフラムのフレーム部分は3Dプリンターの技術を用いて作成されたという。

 「3Dプリントの技術は進化し、非常に複雑な形状を製造するために活用できるようになってきました。ダイアフラムのフレームは3Dプリンターを使い、非常に丈夫なナイロン素材から作成しています。そのほかの部分はアルミニウムで作られており、強度と剛性を高めました。研究開発の段階では、FD
Mと呼ばれる熱溶解積層方式の3Dプリンターを使って、迅速にプロトタイプを作成しています」

 マイク本体の底面には、コンピューターやモバイル・デバイスと接続するためのUSB-C端子、モバイル・バッテリーを接続するmicro-USB端子、8chを出力できるADAT端子、モニター用のヘッドフォン出力端子(ステレオ・ミニ)が並ぶ。Ambisonics対応マイクは複数のカプセルを有するため、分岐ケーブルでオーディオI/Oへ接続する必要がある場合が多いが、Spatial MicはAD/DAを内蔵しているので、USBでの送出が可能なのは大きなアドバンテージとなっている。また、ヘッドフォン出力はバイノーラルまたはM/Sで再生可能で、その場で簡単にモニターできるのもうれしいポイントだ。

 「バイノーラルのモニターは44.1kHzまたは48kHzで可能です。88.2kHzや96kHzといったより高いサンプリング・レートを選択した際は、自動的にM/Sへと切り替わります」

 Spatial Micはマイク本体と、マイクで収音したサウンドをAmbisonics形式にエンコードするためのプラグイン“Spatial Mic Converter Plugin”、マイク本体のゲインなどをコントロールできるソフトウェア“Spatial Mic Control App”がセットになっている。Spatial Mic Converter Pluginは、コンバートするための64chのフィルターを4種類(Type 1/Type 2/Type 1 LN/Type 2 LN)搭載しているが、どのような違いがあるのだろうか?

 「タイプによって音色が異なります。Type 1とType 2では、Type 1の方が中~高域がやや豊かです。LNと付くタイプは低ノイズ・バージョンで、自然音など静かなサウンドを録る際に有用です。これらのフィルターにより、1次Ambisonicsで出力する場合でも、4つのカプセルのみのマイクに比べて高い解像度が得られます。それぞれの用途に合わせて、ベストな音を探してみてください」

 

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Spatial Micで収音した2次Ambisonics A-Format(8ch)をB-Format(9ch)などに変換するためのプラグイン、Spatial Mic Converter Plugin。Mac/Windowsに対応し、AAX/VSTで動作する。使用するためには、AVID Pro Tools|UltimateやSTEINBERG Cubase、Nuendo、COCKOS Reaperなど、マルチチャンネルのオーディオ・トラックに対応したDAWが必要だ。AmbisonicsのフォーマットはambiX 2nd Order/ambiX 1st Order/FuMa 2nd Order/FuMa 1st Orderに対応。指向性をコントロールできるバーチャル・マイクとしても使用可能だ。変換のフィルターは4種類あり、それぞれで音色の傾向が異なる

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マイク本体をリモート・コントロールできるソフト、Spatial Mic Control App(Mac/Windows対応)。マイク・ゲインのほか、USB接続したホスト・デバイスからのプレイバックとマイク・モニターのバランス、ヘッドフォン・アウトのレベルを調整可能だ。マイク本体中央にあるノブ周囲のメーター表示も切り替えられる

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Spatial Mic Converter Pluginのアップデートによってバーチャル・マイク出力にも対応した。パラメーター操作で無指向〜カーディオイド〜双指向へ連続的に変化させられる。そのほか、モノラルからステレオ・スプレッドも調整でき、複雑な指向性コントロールが可能。写真はプリセットとして用意されている指向性パターンだ

360°映像と組み合わせて
没入感あるコンサート体験を実現できる

 VOYAGE AUDIOのWebサイトには、ピアノやギターといった楽器演奏や弾き語り、クラシック・コンサート、フィールド・レコーディングなど、さまざまなオーディオ・サンプルが公開されている。リッチー氏は、Spatial Micがどのような用途に適していると考えているのだろう?

 「個人的には、Spatial Micで録音したライブを聴くのが大好きですね。スタジオやライブでは、ステレオ・マイクを使うような場所でも、異なる極性パターンをデコードして好きな場所に向けることができます。最近、カリフォルニア州サンディエゴのコンラッド・プレビス・コンサート・ホールで録音された素晴らしい音源を入手したので、我々のWebサイトで共有できるのを楽しみにしています。Spatial Micの録音と360°映像と組み合わせて、没入感のあるコンサート体験を実現できるのは素晴らしいことだと思いますね」

 立体音響のテクノロジーはまだまだ発展していくであろう。VOYAGE AUDIOは今後どのような展開を見せるのか、最後にリッチー氏に尋ねた。

 「ソフトウェアのアップデートにより、多くの機能が追加されるでしょう。例えば、最近のアップデートでは前述したロー・ノイズ・フィルターと、バーチャル・マイク出力が搭載されました。従来のマルチパターン・マイクのような、無指向/カーディオイド/双指向のデコードに加え、モノラルから180°までのステレオ・スプレッドを調整することができます。360°の中で、あるポイントのみの音をキャプチャーすることにも役立つでしょう。今後、皆さんがSpatial Micをどのように使っているのかを知ることで、ソフトウェアを改善して、さらに新しい機能を追加できるのではないかとワクワクしています」

 

■問合せ:ミックスウェーブ

VOYAGE AUDIO Spatial Mic

118,000円+税

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