
音楽的な倍音を付加するSILK機能
可変式ハイパス・フィルターを搭載
筆者は5211を“パッ”と見た外観から、Shelford Channelのプリアンプ部分を抜き出したステレオ・チャンネル・マイクプリなのだろうと思っていました。しかし資料を見てみると、同社Portico 5012の機能や回路設計などが進化したものに、Shelford Channelのカスタム出力トランスが組み合わさった製品だということです。
フロント・パネルには各チャンネルごとに左から0〜66dBまで調整可能なゲイン・ノブ(6dBステップ)、48Vファンタム電源、±6dBのトリム・ノブ、位相反転ボタン、20〜250Hzの可変式ハイパス・フィルター・ノブとそのボタン、その後にTEXTUREノブとSILKボタンが装備されています。

注目すべきはこのSILK機能。5211の出力段には、出力トランスをサチュレーションさせて音楽的な倍音を得るRED SILK回路が採用されており、ビンテージ機器に見られるような独特の音色を表現することが可能です。そして、TEXTUREノブはその効果を調節するノブとなっています。
5211のプリアンプ部分には、入力信号をできる限りピュアに扱うためにトランスフォーマー・ライク・アンプ(T.L.A.)構成が採用されており、バランス仕様ではあるのですがフローティング設計ではありません。入力部がトランスレスというところが、音質にどう影響するのかは聴きどころでしょう。ちなみに5211のマイク・イン(XLR)は、48Vファンタム電源をオフにするとインピーダンス10kΩのライン・インとして機能するので、ミックスなどでの味付けにも使えます。さらに5211のフロント・パネルに搭載されているノブは、すべてがステップ式になっているためリコールにも容易に対応可能。このあたりは現代の音楽制作に合わせた仕様で、非常にありがたいですね。
上品できめ細やかな高域
広いレンジ感のあるサウンド
それではサウンド・チェックを行ってみましょう。まずSILK機能をオフにした状態での第一印象は“素直な音”。まるでまじめな優等生といった感じで、ギラつく/ダブつくとは無縁のサウンドです。低域は癖が無く、高域はまさにシルキーで滑らか。SN比にも優れ、天井の高さは特筆すべきところです。しかし裏を返すと“自己主張が無い”とも取ることができ、“好みが分かれる音かなあ”と思うことも。試しにShelford Channelに切り替えたところ、中低域に一本芯が通ったようなサウンドが得られました。確かに5211の方が音の素直さという意味では一枚上手ですが、きめ細やかで上品な高域が聴けるのは両者共に変わらないと言えるでしょう。
ここで5211のSILK機能をオン。すると、何か“物足りないな”と思っていた音そのものの存在感が強く現れるようになったのです! TEXTUREノブを最大にしても過剰な色付け感はなくソフトな印象で、音の輪郭も破たんすることはありませんでした。
ボーカルにおいては、母音が持ち上がり前に出てくるような感覚。エフェクト感は薄く、自然なかかり具合のためかなり使える機能だと言えるでしょう。ポップスやロック、Vocaloidを使った音楽など、主旋律に“芯”が求められるジャンルでは積極的に使える機能だと思います。
ビンテージの1073とSILK機能をオンにした状態の5211を比べると、5211の方が若干腰高に聴こえるため、音の存在感では僅差で1073の方が勝りますが、空間やレンジ感という意味では5211の圧勝です。まさに5211は現代のニーズにマッチしたようなサウンドかと思います。ちなみに可変式のハイパス・フィルターも、実際にかなり使える高品位なものだということが確認できました。
ライン入力にも対応可能
背面には−6dBライン・アウトを装備
今度はSILK機能をオンにした状態でピアノに使用。ここではマイクに往年の名機を使ったのですが、5211を通して聴こえてきたのはつややかで音抜けが良く、明るく聴かせたいときや速いパッセージの部分には持ってこいのサウンドです。何よりそのマイクが持つ本来の音を感じることができ、マイクのキャラクターをそのまま表現しつつ、さらに現代でも使える音にしてくれるようなイメージ。名機と言われるビンテージ・マイクを使用しても“現代のオケの中では埋もれてしまいがち”と感じている方にも、ぜひ5211を試してみてほしいと思います。個人的にはここが一番ポイントです。
最後にミックスでのテスト。先述したように5211はライン入力にも対応するため、今回はドラム・バスにインサートしてみました。SILK機能をオンにしてTEXTUREノブをひねると、キックのうねりやスネアの倍音感をコントロールすることができ、プラグインとはまた一味違う“オーガニックなひずみ”を得ることが可能です。
リア・パネルには通常のライン・アウト(XLR)以外に、−6dBライン・アウト(XLR)を装備。このためチェイン内のコンバーターやほかの機器をクリッピングさせず、5211自体の出力トランスをドライブさせて自然なサチュレーション・サウンドを得ることができます。レコーディングでも試してみましたが、−6dBライン・アウトを使ったときの方が中域に張りが出て、心地良い倍音を増幅させることができました。これもオマケとしてではなく、しっかりと使える機能だと言えるでしょう。
5211は単なるクリアなマイクプリかと思いきや、SILK機能や−6dBライン・アウトを活用することで色付けもでき、かなり守備範囲が広いツールだと感じました。リコールにも対応できるため、現代の音楽制作ではさらに活躍できる機会が増えることでしょう。何より価格も魅力的ですね!
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年3月号より)