「DENSITYGS iVCS3」製品レビュー:VCS3/Synthi AKSをシミュレートしたEMS公認iPadシンセ・アプリ

DENSITYGSiVCS3
イギリスのEMS社が1969年に発表した小型モジュラー・シンセVSC3は、アタッシュ・ケースに格納したバージョンであるSynthi A(1971年発表)、その裏蓋にタッチ・パネル式キーボードとデジタル・シーケンサーを組み込んだSynthi AKS(1972年発表)ともども、独特のルックスと奇抜な音色により、ブライアン・イーノをはじめとする有名ミュージシャンたちに愛されてきました。誕生から45年ほどたった現在でもテクノ/音響系アーティストを中心に使われ続け、世界中のシンセ・マニアのあこがれの存在。中古市場価格も高騰を続けていると聞きます(程度が良いものは数百万円とも!)。私も20年ほど前にSynthi AKSを中古で購入し長年愛用していますが、オシレーターの不安定さはかなりのもので(!)、音階をきれいに奏でるというよりは変態的な効果音や古いSF映画に出てくるような音色など、“美しく怪しいノイズを奏でるシンセ”として手放せません。また作りも頑丈で、これまでツアーに何度も同行させスタッフから手荒い扱いを受けたこともありますが、ただの一度も故障することなく今なお元気です。今回レビューするiVCS3は、そのVCS3/Synthi AKSをAPPLE iPadアプリ化したもの。アプリならではの利点を生かし、機能も豊富に盛り込まれていますが、あの個性的な音がどこまで再現されているのか? “EMS公認”の実力のほどを、実機との比較を交えつつレビューしたいと思います。

見た目やシンプルな構造のみならず
独特のブチブチ音まで実機に忠実


アプリのチェックをする前に、まずは実機のVCS3/Synthi AKSの基本構成を押さえておきましょう。主なモジュールとして下記のものが用意されています。●3VCO+ノイズ・ジェネレーター●ローパス・フィルター●エンベロープ・ジェネレーター●リング・モジュレーター●スプリング・リバーブ●外部入力●ジョイスティック・コントロール出音の奇抜さに反して(?)、音作りの仕方はVCO、VCF、VCAを自由にパッチするという、シンセの音作りの王道と呼べるものであり、パッチ・シンセの基礎を学ぶという点でも優れています。iVCS3でもこの構成が採用され、アプリを起動すると実機とほぼ同じレイアウトのインターフェースが現れます。独特の薄黄色がかったパネルの色合い、そしてエンベロープ・セクションのランプも忠実に再現されており良い感じです。早速音を出そうと画面上部に表示されているキーボードをスライドさせ鍵盤を押してみますが音は出ません。それもそのはず、実機同様マトリクス・ボードにピンを挿してパッチしないと音が出ないのでありました。そこでパッチをするべく画面をスライドさせると、マトリクス・ボードを表示することができました(画面①)。

▲画面① パッチをするためにマトリクス・ボードをタッチすると、拡大画面が表示される。ピンを挿して使いたい波形を決めたり、信号の流れを作ったりする。こういった音を実際に出すまでの手順も実機に忠実で、ピンを挿さずに鍵盤を弾いても音は出ない ▲画面① パッチをするためにマトリクス・ボードをタッチすると、拡大画面が表示される。ピンを挿して使いたい波形を決めたり、信号の流れを作ったりする。こういった音を実際に出すまでの手順も実機に忠実で、ピンを挿さずに鍵盤を弾いても音は出ない
 マトリクス・ボードはVCS3/Synthi AKSの最大の特徴とも言えるインターフェースです。それまでの大型モジュラー・シンセではモジュール同士の結線に何本ものケーブルが必要でしたが、VCS3/Synthi AKSは16×16=256個の穴を用意したマトリクス・ボードにピンを挿すことで信号の流れを作っていくのです。左側に印されているのがアウトプット、上部がインプットになります。例えば[1]の[B]にピンを挿せば、“Oscillator 1”のサイン波が“Output 1”から出力されるという具合です。細かいことですが、マトリクス・ボードで取り出せる信号はVCS3のバージョンや、さらにはSynthi AKSとで若干異なっており、iVCS3では初期のVCS3と同じ仕様になっています。では、早速Oscillator 1のノコギリ波を出力させるシンプルなパッチをして、実機と鳴りを比べてみましょう。もちろん実機の方は古いアナログ機器なので個体差もあり、パラメーターを同一にしたところで全く同じ音が鳴るわけではないのですが、それを踏まえてもかなり近い出音が再現されています。オシレーターの周波数をゼロ付近にしたときに聴こえる独特のブチブチ音、そこからダイアルをグイグイ回してピッチを上昇させていくと、“ギュゥゥゥン〜”という音と同時にこちらのテンションも思わず上がってしまいます。驚きつつ、続いては3つのオシレーターをローパス・フィルターに通してフィルターの効きを確認してみました。レゾナンスの発振具合やカットオフを閉じたときに聴こえる独特のこもり具合もよく再現されています。良くも悪くもデジタルならではの安定感はあるものの、実機特有の不安定さもうまい具合にシミュレーションされているという印象でした。ちなみに実機にはマトリクス・ボードに挿すためのピンが色違いで数種類用意されています。色によって抵抗値が違うため、それらを使い分けることで信号レベルを制御できるのですが、iVCS3にも緑と白の2種類が用意されていて、ピンのストック部分をタップすると種類が変えられます。画面にはそれぞれ20本のピンが表示されますが実は数に制限は無く、いくらでも挿すことができるので、ロジカルに信号経路を決めて音作りをするも良し、ドローイング感覚で自由自在にピンを挿して偶発的な出音を狙うも良しです。  

XYパッドでの音色変化や
最大32ステップのシーケンスも魅力


夢中になって音作りを行っているうちに、画面下部のSnapshots Presetアイコンの存在にようやく気がつきました。タップしてみますと、8つのサウンド・バンクと75の音色(Snapshot)がプリセットとして用意されています。サウンド・バンクは“Sequencer”や“Keyboard”など、大まかに音色がカテゴライズされています。順番に開いていくと、スペーシーなリード音、複雑なパッチが組まれたシーケンス、意外に使えそうなシンプルなシンセ・ベース、そしてEMSの真骨頂と思わせる怪奇音が次々と飛び出してきます。iVCS3にはすべてのツマミの値をランダムに設定してしまうという恐ろしいランダマイズ機能も用意されています(デフォルト・ボタンを押せば即元の数値に戻すこともできます)。もちろん自分で作ったオリジナルのパッチを保存することも可能ですし、画面下部の“rec”アイコンをタップすれば、演奏した音をそのまま音声ファイルとして書き出すこともできます。さらに、“Snapshots Pad”という機能も用意されています。これは各サウンド・バンク内のSnapshot上位4音色をXY軸にアサインし、KORGのKaossilatorのように指で操作してミックスするというもの。実機ではあり得ない面白い音色変化が生まれます(画面②)。
▲画面② Snapshots Padを呼び出すと、KORG Kaossilatorのように指を使った感覚的な操作が可能。サウンド・バンク内のSnapshot上位4音色をXY軸にアサインしてミックスする。実機にはない機能 ▲画面② Snapshots Padを呼び出すと、KORG Kaossilatorのように指を使った感覚的な操作が可能。サウンド・バンク内のSnapshot上位4音色をXY軸にアサインしてミックスする。実機にはない機能
 また、各ツマミをダブル・タップしてみると詳細画面が現れますので、ここでツマミの色の変更や可変幅の設定、MIDIのコントロール・チェンジを自由にアサインすることもできます。アサインは“ControlManager”から設定することも可能です。これによりネットワーク接続した外部MIDIコントローラーからiVCS3の豊富なパラメーターを操作することが可能となります。もちろん音楽アプリ同士の連携を可能とするAudiobusもサポートしています。VCS3/Synthi AKSには外部入力端子が搭載されており、音声信号を取り込んで複雑な加工を行うことが可能ですが、iVCS3でもiPadのマイク入力を使って同様のことが可能です。その操作のためにリア・パネルのような画面が用意されています(画面③)。
▲画面③ 外部入力された音声信号を取り込んで複雑な加工を行うための操作画面。外部入力はiPadのマイク入力を使用。サンプラー機能も搭載されており、プリセットされている17種類の波形を使って、同時に2種類の加工が可能。WAV、MP3、M4Aをサポートしているので、iPadのミュージック・ライブラリー、Audio Copy、Dropboxからの読み込みもできる ▲画面③ 外部入力された音声信号を取り込んで複雑な加工を行うための操作画面。外部入力はiPadのマイク入力を使用。サンプラー機能も搭載されており、プリセットされている17種類の波形を使って、同時に2種類の加工が可能。WAV、MP3、M4Aをサポートしているので、iPadのミュージック・ライブラリー、Audio Copy、Dropboxからの読み込みもできる
 そこにはサンプラー機能も搭載されていて、WAV、MP3、M4Aといった音声フォーマットをサポートするほか、17種類の波形がプリセットされているので、それらの波形を最大で2種類読み込み、さまざまなパラメーターを使って加工することができます。ファイルの管理は“File Maneger”で行い、iPadのミュージック・ライブラリーからの読み込みのほか、Audio CopyやDropboxなどにあるファイルを使うことも可能です。このセクションでは最大で32ステップのシーケンサーも搭載されていて、画面に現れるSynthi AKS風のタッチ・パネル・キーボードで音階を入力することができます。このシーケンサーではBPMの指定はもちろん、ステップ数やその再生方向、発音個所の指定などの細かな設定が可能で、複雑なシーケンスを組むことができます(画面④)。
▲画面④ Synthi AKS風のタッチ・パネル・キーボードを使って最大32ステップのシーケンス作成が可能。BPMの指定、ステップ数や再生方向、発音個所などを細かく設定して複雑なシーケンスが組める ▲画面④ Synthi AKS風のタッチ・パネル・キーボードを使って最大32ステップのシーケンス作成が可能。BPMの指定、ステップ数や再生方向、発音個所などを細かく設定して複雑なシーケンスが組める
 スプリング・リバーブの搭載もVCS3/Synthi AKSの大きな魅力で、音を通すだけで何とも言えないレトロ・フューチャー感満載の音が得られるのですが、iVCS3にも当然搭載されています。ソースをパッチしてリバーブの“MIX”ツマミを回していくとその効果が簡単に確認できます。私の実機と比べるとややかかりが弱いのかな?という印象を受けましたが(個体差かもしれません)、古いSF映画で聴かれる効果音のような独特の奥行き感は再現されています。さらに“Setting”画面ではこのスプリング・リバーブのアルゴリズムを変更することもできます。ただし、VCS3/Synthi AKSの反則技(?)として有名な、本体をたたいてスプリングを揺らして爆発音を出す技は使えませんでした。iPadの加速度/ジャイロ・センサーを使えば再現できると思いますので、バージョン・アップでぜひ! さらに欲を言えば、実機に搭載された2個のスピーカーのシミュレーション・モードも欲しかったです。オーディオ・アウトからではなく、わざわざこのスピーカーにマイクを立てて録音することもあるほど個性的な音がするのですから。 最後に触ってみての全体的な感想を。このiVCS3、iPadアプリにしてあの個性的なシンセをよくここまでシミュレートしたものだと感心しました。音作りの自由度も非常に高く、とにかくハマります。音の再現度はもちろん、デジタルらしく正確に制御されたシーケンスを組むこともできますし、音程が安定した普通の音色(!?)も作成できます。豊富な機能を装備していながらもそのユーザー・インターフェースはシンプルで分かりやすく整理されているので、シンセ・マニアの方はもちろん、これからシンセの仕組みを学ぼうとする人もぜひ試していただきたいと思います。今となっては実機にはなかなか手が出せませんからね! (サウンド&レコーディング・マガジン 2014年5月号より)
DENSITYGS
iVCS3
1,500円 (App Store価格/4月1日現在)
▪iOS:6.1以降