
パワフルかつ解像度の高いサウンド
装着感の良さも出色
オープン型では定番と言える同社のHD650を筆者はここ数年リスニング/ミキシングで愛用しています。極端な色付けが無い特性のため、ミックスの最終段階で帯域的なピークや定位などのチェックをすることが多いです。さてHD700ですが、外観はHD800を継承した現代的なデザインで、装着感も大きく向上しています。側圧も適度なフィット感、かつ接触面が比較的小さいため長時間作業しても疲労感は少ないと思われます。またこの手のハイクラス機としては非常に軽量な点も装着感の良さに貢献しているように感じます。ケーブルは着脱式ですが、コネクター部はHD650、HD800との互換性は無いようです。HD650用のサード・パーティ製ケーブルも結構出ているので、ここに互換性があると良かったのにと思ってしまいました。まずリファレンス・ディスクを聴いた第一印象ですが、HD700はパワフルなサウンドと高い解像度を持っており、レンジ感は若干ドンシャリ寄りながら、ありがちな低域強調はありません。むしろエイジングを経て高域が落ち着いてくればウェルバランスで鳴ってくれそうです。HD650と比較すると聴感上のレンジは大きな差があり、本機の方がワイド・レンジでより派手な印象。160Hz辺りから下の量感がもう少し欲しい気がしますが、十分出てはいますので微細な話です。本機のインピーダンスは150Ωと低めですが、筆者愛用のヘッドフォン・アンプGRACE DESIGN M902では十分にドライブでき、HD650よりも能率は良く音量も出せます。この辺りは新開発の高効率ドライバーのおかげでしょう。大音量時でもひずみ感は少なく、痛いピークも出てきません。片や小音量時でもバランスが崩れることはなく、低域もしっかり感じることができます。音像的には、HD650と比較するとワイド・レンジでパワフルな分、ボーカルやキック、左右に振ったエレキギターなどが前面に張り出してくる印象。ロックやジャズ、R&Bやヒップホップなどとの相性が良好です。解像度も向上しているため、エフェクトやオフマイクによる空間表現も非常に伝わりやすいです。センターの存在感が薄くなることもなく、ボーカルの子音やニュアンスも繊細に表現します。
オープン型の特性を押さえれば
演奏時のモニタリングでも使用可能
本機はオープン型のため、モニター音量によっては弱音楽器には厳しいですが、演奏時のモニターにも適していると思います。特にボーカルは本機でモニターするとパフォーマンスが大きく変わってくることが予想されます。カブリが少なそうな場合に、ぜひ試してみたいですね。DSDレコーダーKORG MR-2000Sのヘッドフォン・アウトでは、解像度の高さがさらに威力を発揮しました。DSD特有の天井の無さというか、全帯域的な抜けの良さが、本機では非常にスムーズかつリアルに再生されます。続いて本機でモニターしながら簡易的にミキシングを行ってみました。筆者は、普段ヘッドフォンだけでミックスすることは基本的に無いのですが、予想以上にやりやすくて驚きました。低域の量感もつかみやすく、パワフルさもありながら高い解像度を持っているため、音楽の楽しさに没頭しながら細部の調整に手が届くという、ある意味理想的なモニター環境だったかもしれません。低域の厚み、センターの出方などはモニター・スピーカーと併用して作業を進めましたが、問題なく作業できました。ただ、ボーカルの子音がキツい個所があったとしても、本機だと奇麗に聴こえてしまうので、その点は注意が必要かもしれません。また高域に寄ったパーカッションのバランスに迷う瞬間もありました。この辺りはやはり慣れとスピーカーとの併用が必要かと思われます。本機はリスニングをメインとしながらも、高い解像度/エネルギーのあるサウンドでレコーディング/ミキシングでも十分に活用できるヘッドフォンです。制作で使うのも良いですが、名盤を本機の高い再生能力で分析してみるのも楽しいのではないでしょうか。きっと今まで気付かなかったエフェクトや処理を発見できると思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年10月号より)