
周波数特性は5Hz〜40kHzと広く
装着感と高級感を両立したデザイン
本機は密閉ダイナミック型で、再生周波数帯域は5Hz〜40kHzとかなり広い。人間の可聴周波数帯域が20Hz〜20kHzほどであるから、その範囲外の言わば"聴き心地"にかかわるところにまで配慮しているのは現在のヘッドフォンの主流の動きである。出力音圧レベルは100dB/mW、インピーダンスは42Ωで、ポータブル・プレーヤーなど音量調節の限界のある再生機器でもまずまずの音量レベルを確保できるが、解像度が高いため、APPLE iPodなどでは再生機側のまずいところまで見えた。やはりこのクラスではアンプや専用DACなどにつないでほしいところだ。ちなみにAPPLE MacBook Proのヘッドフォン出力へつなぎiTunesでチェックしたが、なかなか良い再生音を出してくれた。これならコンパクトなDAWによる制作環境でも力を発揮するだろう。コードを除く重量330gはやや重めで、第一印象もかなり重厚な感じであったが、実際に手にしてみると見た目よりも重量感が少なく思ったよりも軽い。プラグもフォーンとステレオ・ミニの2ウェイ方式で、布巻きコード(3m)と相まってデザイン的にもとても好感が持てる作りである。ヘッドフォンの選定においては、実際に頭に触れる部分の素材やフィット感などが大きなポイントだが、本機はこの手の大型モデルにありがちな頭への圧迫感がほとんどない。新素材のイア・パッドやハウジング部分は上位機種ATH-A1000Xと同等のものが採用され、長時間の使用に配慮された設計と高級感を両立している。装着感もとても軽く、心配していた耳への負担もほとんど無く快適。だが、ひとつ難があるとすれば、側圧が少ない分、少し下の方に押し下げられるような感じがある。頭上に当たる"3D方式ウィングサポート"と呼ばれる部分のテンションがもう少し硬くてもいいように感じられた。とは言え、全体的なフィット感がとても良好で、ここまで1時間ほど連続装着しているがほとんど痛くならない。
余裕がある自然な高域により
楽器の特性や空気感が見えるサウンド
音の傾向はやや硬めで、シャキッとした高域、ハイハットの刻みが心地良くとても明るい印象だ。ボーカルの子音などは楽曲ソースにより多少キツく聴こえることもあるが、出過ぎということは決して無い。低域から中域、中高域にかけてはバランスが良く、とても奇麗。広がりや定位感も良好で、各楽器の配置やドラム・セットの感じもクッキリ再現されている。サウンド全体に余裕がある感じで、とても自然に原音を再生できている。続いてクラシックの音源でも試してみたが、ホールの残響感や奥行きもしっかり再現されており、楽器の定位もよく見える。弦楽器のエッジも痛くない程度に明るく表現されている感じだ。ごく弱い演奏から最大音に至るまでのレスポンスも良く、楽器の特性がしっかりと現れている。また、アタック感やスピード感なども程良く、ロックやR&Bのサウンドでもとても心地良くリスニングすることができ、不満に思うところがほとんど見つからなかった。先にも書いたように本機は解像度がとても優れている。そのため音源ソースや再生装置の良しあしがよく分かり、精度の低いプレーヤーやDACにつなぐと本来の力を発揮できないので注意しよう。
スピーカーなどと違い、比較的安価に高級で上質なサウンドを手にできるヘッドフォンだが、個性の多い市場の中でバランスの良い製品に出会うのは意外と難しいものだ。このATH-A900Xは、リスニングや音楽制作、レコーディング、ミックスに至るまで、ジャンルを問わずオールラウンドに使えるモデルで、とてもコスト・パフォーマンスにも優れている。"身に付ける唯一のオーディオ機器"。長くお付き合いしていく友として、十分に価値のあるヘッドフォンである。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年2月号より)