インタラクティブなサンプル加工と真空管サウンドが楽しめるダンス系サンプラー

KORGElectribe・SX

やはり出た! 青の次は赤。しかしKORGというメーカーはどうしてこうもユーザーの物欲をそそる製品を連発できるのでしょうか? ビジュアル的にも音圧的にもマッシブな、真空管回路を搭載したElectribe・MXに続き、同シリーズに新しいサンプラーが登場です。今までハードウェア命だった僕も、音の説得力だったり奇怪さという点で最近はソフトウェアに興味津々なのですが、Electribe・SXは単純に“欲しい”と思える数少ないハードウェアの1つです。

制作意欲を刺激する
真空管の存在感


まずは容姿から。メタリックなボディがカッコ良く、何とも斬新な音がしそうです。そして、何と言ってもセンターに構える2本の真空管(写真①)。電源を入れる前からかなりの存在感です! それだけにデリケートに扱う必要もあると思います(2〜3時間ぶっ通しで遊ぶとかなり熱を持ちます)。だがしかし、この真空管がもたらす音質もさることながら、ルックスから連想される“なんかすごそう……”という漠然としたイメージだけでアリだと思います。 実はこのイメージこそがハードウェアには重要な気がしてなりません。せっかく実在する“モノ”なわけですしね。ソフトウェアで本機と同じような音をシミュレートできたとしても、そこにはモノとしての説得力はあり得ないですよね。操作子の手触りも良く、ツマミのフィット感、グリッド感は言うこと無しです。

▲写真① OUTPUT(L/MONO&R)の出力段に組み込まれた2本の真空管。真空管独特の豊かな倍音とスムーズな歪み感が、太く温かみあるダンス・ミュージック・サウンドを演出する 次に、とことんシンプルなI/O部。入力用のAUDIO IN端子は、サンプリングだけでなく入力信号をリアルタイムに本機のフィルターやエフェクトで加工するときに使用します(ちなみに、本機には入力信号のテンポを自動検出するオートBPM機能も付いていて便利です)。一方、出力はOUTPUT端子(L/MONO&R)に加えて、ステレオでINDIV. OUT端子も装備。例えばオケの中のキック・パートだけこのINDIV. OUTへルーティングして外部で加工する、といった使い方ができます。また、MIDI IN/OUT/THRUも備えているので、外部機器との同期再生も可能です。このように、やれデジタル出力やら、パソコンでも編集できます的なUSB端子やらは一切無し! 音の入出力と、それを操るMIDI端子と電源のみ!文句あっか!?ってなぐらい潔くて、KORGのハードウェアに対する姿勢に好感が持てます。とはいえ、スマートメディアのスロットがあるので、WAV/AIFFファイルの読み込みはもちろん、本機で編集/加工したサンプルやソング・パターンをスマートメディアに外部保存することもできます。

充実したプリセット・サンプルと
定評ある音作りの自由度


本機には、サンプリングせずとも買ったその日から楽しめる充実したプリセット・サンプル&パターンがあらかじめ用意されています。プリセット・サンプルは196種類で、ドラム/シンセ/パーカッションなどの単音からフレーズものまで網羅。プリセット・パターンも128種類用意されており、多様なジャンルをカバーしています。ここで、このプリセット・パターンでちょっと遊んでみましょう。“TRANCE”と表示されたプリセット・ソング(曲としてプリセット・パターンが並んだ状態)を再生し、アレやコレや無造作にツマミをいじっていきます。いじり終わったころには、サウンドはもはやトランスではなく、ちょっとしたエレクトロニカに形を変えました。さすがエレク部族。ナイスなトロニカ加減です。こういったツマミによる音色加工の自由度はElectribeシリーズの特徴ですね。LFOやEGなどで音色へ時間軸に沿った変化を与えることができ、モジュレーションをテンポと同期させるBPM SYNCも備えているため、音作りもスムーズです。またフィルターはキレが良く、カットオフやレゾナンスなどのパラメーター・ツマミ(写真②)やスイッチをリアルタイムにアナログ・シンセ感覚でいじれば、ピアノだったサンプルがベースになったり、ドラムになったり、エグいサウンドになったりと変幻自在なのでかなり面白いです。
▲写真② FILTERセクション。フィルターはキレが良く、CUTOFFやRESONANCEツマミも操作しやすい

サンプルを自在に加工する
タイム・スライス/ストレッチ機能


次は肝心のサンプリング部を見ていきましょう。本体にはモノラルで最大285秒、ステレオで142秒のサンプリングが可能で、計384個(モノラル256個、ステレオ128個)までサンプルを本体に保存できます。取り込んだサンプルは、パネルのDRUM PART、KEYBOARD PART、STRETCH PARTなどのパッドにアサインして使用します。ドラム・パーツなどの単音サンプルはDRUM PART、音階を付けて演奏したいものはKEYBOARD PART、フレーズ・サンプルは後述のタイム・ストレッチ設定を施した上でSTRETCH PARTにアサインするといいでしょう。サンプル編集に関してですが、歪ませずにピークまでレベルを上げるノーマライズや、スタート/エンド・ポイントの前後にある不要部分をカットするトランケートなど、サンプラーとしての基本的な編集機能は当然装備。さらにタイム・スライスやタイム・ストレッチといった便利な編集機能も用意されています。簡単に説明すると、タイム・スライスは、フレーズ・サンプルを分断してパーツに分ける機能で、バラバラにしたサンプルは単独でDRUM PART/KEYBOARD PARTにアサインすることができます。複数のフレーズから抜き出したパーツを組み合わせれば、アクフェンみたいなカットアップ/クリック・ハウスも作れるでしょう。タイム・ストレッチ機能もグラニュラー技術を応用したもので……こう言うと難しく聞こえるので、要はPROPELLERHEAD ReCycle!で作ったREXファイルのように、サンプルの元のピッチを保ったまま自由にBPMが変えられる機能だと思ってもらえると分かりやすいでしょう。フレーズ・サンプルをタイム・ストレッチ設定して、STRETCH PARTにアサインすれば、元のピッチを変えずにパターンのBPMに同期させることができます。例えば、パターン演奏中にリアルタイムにBPMを変えるとタイム・ストレッチしたサンプルがピッチを保ったままそのBPMに追従していく、というようなトリッキーな演出も簡単にできるでしょう。ちなみに、このようなリアルタイムのサンプル加工はリサンプリングが可能で、しかもどの場面/モードからも行えるから便利。アイディア次第で新たなオリジナル・サウンドを作ることができます。

TUBE GAIN機能で
サウンドに歪み感をプラス


ステップ・シーケンサーによる打ち込みについては、これまでのElectribeシリーズでおなじみだと思うので、もはや説明の必要は無いでしょう。パネル下部の16個のステップ・パッドを使い、用途に合わせてリアルタイムもしくはステップ・レコーディングでシーケンスを記録していくスタイルです。変拍子もラスト・ステップという機能で簡単に設定することができるようになっています。ロール(連打)再生やリバース再生が、ボタン1つでサンプル・パートごとに設定可能なのもうれしいポイントです。また、ツマミによる音色変化を記憶し再現するモーション・シーケンス機能ももちろん搭載。CUTOFF、EFFECT EDITなどほとんどのパラメーターの動きを最大24系統まで記録することができるので、サウンドに時間軸の変化を与え、動きのあるフレーズが演出可能です。ち密なエディット/オートメーションを施すのに便利なステップ・エディット機能もあります。加えて、本機にはアルペジエイターも付いています(写真③)。パネル左下のARPEGGIATORセクションにあるリボン・コントローラー(触れる位置によって発音の細かさが変化)を触ると、たちまち選択されているサンプル・パートのアルペジオ演奏が開始されます。同時にリボン・コントローラーの隣にあるスライダー(こちらはピッチ・コントローラー的な役割)を動かせば、かっこいいフレーズを瞬時に作ることができるでしょう。ライブ・パフォーマンスやトラック・メイキングにおいて即座にそのパワーを発揮してくれそうです。なお、KEYBOARD PARTのサンプルに対しては、アルペジオ・スケールを設定することもできます。
▲写真③ ARPEGGIATORセクション。リボン・コントローラーとスライダーでリアルタイムにアルペジオ演奏を変化させることが可能 そのほか、内蔵エフェクトは従来のElectribeシリーズからさらにパワー・アップしてステレオ3系統の使用が可能ですが、これがまたトリッキーなサウンド効果を演出してくれます。ディレイはさらに磨きがかかり、このディレイだけで何十分も遊ぶことができます。そのほかリバーブやフェイザー、ディストーションといった定番モノに加え、トーキング・モジュレーターや音を周期的にフリーズさせることができるグレイン・シフターなど奇怪なエフェクトも搭載してて面白いです。もちろんこれらのエフェクトをかけながらのサンプリングも可能となっています。肝心の真空管にも触れておきましょう。本機の真空管はOUTPUTの出力段に入っており(INDIV. OUTにはかかりません)、TUBE GAINツマミで真空管による歪み具合を付加することができます。特に気に入ったのが、内部でリバーブをかけたサウンドにTUBE GAINで歪み感をプラスした際の音質です。非常に抽象的な表現で恐縮ですが、シンプルながらコクのある残響加減でシビれました。個人的にオケ全体にかけるというよりは、単体……例えばリズム・パートだけとか、シンセ・ベースだけにかけるという使い方が効果的だと思いました。なお、このTUBE GAIN機能、資料には“最高のクラブ・サウンドを体感することが可能”と書いてありますが、それだけにとどまらない幅広い使い方ができると感じました。Electribe・SXはただのサンプラーではありません。ABLETON Liveなどのオーディオ・ループ系ソフトにも匹敵する柔軟性、そしてハードならではの演奏感などなど、サンプル・ネタによっては高価なビンテージ・シンセにも、あの定番リズム・マシンにも姿を変えることができます。事実、ROLAND TR-909キットのAIFFファイルを読み込んだら本物さながら、イヤ、むしろ本機しかなり得ない個性的なリズム・マシンになりました!うふぉッ!! それだけでありません。使い方次第でギタリストやベーシスト、ボーカリストにもなり得るミラクル・ボックスだと断言します。メーカーはダンス・ミュージック制作を前提にしているようですが、決してユーザーを限定することなく、その自由な創造性や真空管のもたらす音の“コク”はすべてのジャンルで遺憾なくパワーを発揮してくれることと思います。加えて、ダンス・ミュージック/DJツールならではの簡単で明解な操作性を持ち合わせているのも素晴らしい点です。

▲リア・パネル。左からAC/ACパワー・サプライ、MIDI THRU/OUT/IN、マイク/ライン切り替えスイッチ、AUDIO IN、INDIV. OUT×2、OUTPUT×2(R、L/MONO)、ヘッドフォン

KORG
Electribe・SX
90,000円

SPECIFICATIONS

■パート数/16パート
■サンプル数/384(モノラル256、ステレオ128/サンプリング・タイムはモノラルで最大285秒)
■サンプリング周波数/44.1kHz
■メモリー容量/256パターン、64ソング
■エフェクト/16種類×3系統(チェイン可能)
■シーケンサー部/パターン:パートごとに最大128ステップ&1パターンにつき最大24系統のモーション・シーケンス、ソング:1ソング最大256パターン&イベント・レコーディングは最大20,000イベント
■アルペジエイター部/リボン・コントローラー+スライダー(スケール選択可能)
■アウトプット/OUTPUT(L/MONO&R/標準フォーン)、INDIV. OUT(標準フォーン)、ヘッドフォン
■インプット/AUDIO IN(標準フォーン)
■MIDI端子/IN/OUT/THRU
■外部記憶装置/スマートメディア・スロット(3V仕様の4〜128MB)
■外形寸法/358(W)×259(D)×62(H)㎜
■重量/3.1㎏