内蔵DSPによるチューニング可能なスタジオ仕様ミッドフィールド・モニター

KLEIN+HUMMELO500C

エンジニアにとってモニター・スピーカーは、生命線とでも言うべき重要な存在です。どんな機材を使おうとも、そしてミュージシャンがどんな素晴らしい演奏をしようとも、モニター・スピーカーから正しい音が出てこない状態では、音楽が完成しないとさえ言えるのではないでしょうか。モニター・スピーカーは、いろいろな要因によってその音質が左右されます。設置方法やコントロール・ルームの大きさ、吸音、反射の状態など、音質に影響を与えるものは数多く存在します。これはいかにスピーカー本体のクオリティが問われるかということにほかならないわけで、各社からさまざまなアイディアを盛り込んだ製品が送りだされています。今回は、その中でもモニター・スピーカーの世界にデジタルの技術を持ち込んだ革新的とも言える製品、KLEIN+HUMMEL社のデジタル・アクティブ・スタジオ・モニターO500Cをチェックしていきたいと思います。

3ウェイ構成でドライバーを装備
DSPによる音質特性コントロールが可能


ドイツの音響機器メーカーKLEIN+HUMMEL社(以下、K+H)は、その製品が古くからドイツ国内のテレビ/ラジオ局の標準的モニターとして採用されたり、また、パワー・アンプ内蔵型スピーカーを世界で初めて製品化するなど歴史のあるメーカーです。このK+H社のフラッグシップ・モデルとして登場したのが、デジタル・アクティブ・スタジオ・モニターO500Cです。まずは外観から見ていきましょう。O500Cは、ミッドフィールド・モニターに位置し、筆者のスタジオで使用しているGENELEC 1038Aとほぼ同じぐらいのサイズです。ドライバー・ユニットは30cmウーファー+7.6cmスコーカー+2.5cmツイーターからなる3ウェイ構成。クロスオーバーは520Hz/2.8kHz、48dB/octで、それぞれのユニットは、400W+230W+290Wのパワー・アンプでドライブされています。また、バスレフのポートとして三角形の穴が表にあり、見た目は通常のスピーカーとほぼ同じながらも、デジタル・スピーカーの名にふさわしく、スピーカー前面に見慣れないLEDの表示があります。次に入力ですが、通常のアナログXLRのほかにデジタルAES/EBUとBNCのS/P DIF両入力を装備。デジタル入力は48kHzまでの対応で、24ビットD/Aをダブルに用い、27ビット相当の解像度を実現しているとのことです。さらにアクティブ・サーキットに計7個のDSPを搭載することによって、スピーカーを設置した部屋の特性に合わせた、綿密なチューニングを可能にしています。これらの操作は、付属のリモコンおよびPC上から行い、ステレオ・ペア時はMIDIによってリンクされ、各パラメーターをコントロールします。そのDSPでコントロールされるパラメーターですが、まず、IIR EQと呼ばれるセクションがあります。これは10バンドのパラメトリックEQとして機能し、音質の非常に細かな調整が可能です。また、EQのセッティングは“EQ SETUP”として、単独でメモリーすることができます。次にFIR EQと呼ばれるセクション。O500Cは出荷時にあらかじめ各単体に合わせた特性がプリロードされているのですが、このセクションで実際に設置された環境下での細かな設定が可能です。これは専用ソフトを用いて音響測定を行い、補正データをスピーカーにロードすることで実行します。ちなみにこの補正データは、測定データをいったんドイツK+H本社に送り、そこで分析されたものになります。

各ユニットの群遅延をゼロにする
高性能DSPディレイを内蔵


さて、筆者が内蔵DSPで最も感銘を受けたのはディレイ・セクションです。本機をはじめとするマルチユニットのスピーカーは、音の出る点が複数になるため、それぞれの帯域で音が届く時間が異なり、位相のズレが発生します。これを群遅延特性といい、従来のスピーカーでは、構造や配置などで、そのズレを最小にすることを目指してきたわけです。しかし、本機は内蔵DSPにより各ユニットごとにディレイを用いて、この宿命とも言うべき群遅延特性を最小に抑え込むというアイディアを持ち込みました。“リニア・フェイズ”と呼ばれるモードでは、この群遅延をゼロにすることを可能にしています。このモードでは全く別次元の音の広がりおよび、音の抜けを体験できます。全帯域の音が同時に届く感覚は、素晴らしいチューニングが施されたスピーカーならではのものでした。しかし、このディレイ補正は、ウーファーの群遅延に合わせて各ユニットのディレイを補正するため、トータル・ディレイ量が約72msecとなり、通常のレコーディングの際のモニターとしては使用が限定されてしまうかもしれません。もちろんミックス・ダウンやマスタリングといったリアルタイム性がそれほど重要とされない状態では、このリニア・フェイズ・モードによる別世界を満喫できるのではないでしょうか。優れたスピーカーを聴いた時、筆者は曲のアレンジまで違って聴こえるという表現を使うのですが、試しにU2のCDを本機で聴いたところ、ボーカルとバックの間に流れる空間の埋まり方を新しい視点で感じることができました。O500Cを聴いて、モニター・スピーカーが正しい音を出す、という至極当たり前のように感じることに、いかにさまざまな要素が必要とされるかを再認識したように思います。チャンスのある方は、ぜひ聴いてみてください。
KLEIN+HUMMEL
O500C
オープン・プライス

SPECIFICATIONS

■ 形式/3ウェイ・バイアンプ、バスレフ方式
■ 周波数特性/30Hz〜20kHz、±1.5dB
■ クロスオーバー周波数/520Hz(LF)、2.8KHz(HF)、48dB/oct
■ 最大出力レベル/123.4dB
■ 外形寸法/750(H)×400(W)×467(D)mm
■ 重量/65kg(1本)