「SOUNDTHEORY Gullfoss」製品レビュー:問題帯域のリアルタイム処理で音の明りょう度を高めるプラグインEQ

SOUNDTHEORYから発売されたインテリジェントなEQ「Gullfoss」

 “自分の2ミックス、何となくボワっとしているけど、どの帯域をどうEQしたらクリアになるだろう?”などと、イコライジングに関する悩みを抱えている向きも多いのではなかろうか。そんな方にお試しあれ! と言いたいのが、SOUNDTHEORY Gullfoss。これまでに無かったインテリジェントなEQとのことで、関心が高まるばかりだ。

マスクしている成分をTAMEで抑えつつ
マスクされている成分をRECOVERで増幅

 SOUNDTHEORYはUKのブランド。高度な数学的アプローチで人間の聴覚をモデリングし、音の明りょう度やバランスを素早く改善するというGullfossを開発した。この小難しい成り立ちとは裏腹に使い方はとても簡単で、基本的には5つのパラメーターのうち2つを調整すればよい。その2つとはRECOVERとTAME。RECOVERは、マスクされている成分(埋もれて聴こえづらい帯域)を持ち上げるパラメーターだ。その逆がTAMEで、マスク成分(ほかを隠してしまっている過剰な帯域)を抑制する働きがある。この2つのパラメーターにより、くっきりとした音像が得られるそうだ。

 

 RECOVERとTAMEの数値を決めてから調整するのが残り3つのパラメーター。BIASは、RECOVERもしくはTAMEが作用する帯域を広げるためのもの。正の数値に設定するとRECOVERの帯域が広がり、負の値にすればTAMEの帯域が拡張する。BRIGHTENは、最終的な高域の明りょう度の調整。そして、ユーザーの好みや楽曲が聴かれるシチュエーションに合わせて周波数特性を調整できるのがBOOSTである。そのほか、スコープの内部にRange Limiterというローパス/ハイパス・フィルターのようなものがあり、RECOVERとTAMEが作用する帯域を絞り込める。Gullfossは毎秒300回のイコライジングをリアルタイムに行っており、ソースの変化に常に追従しているのだ。

スコープの中にある赤い線は、Range Limiterのカーソル。これは低域側のRange Limiterで、カーソルより左の帯域にはTAMEとRECOVERが作用しなくなる。カーソルはスコープの左端をドラッグすると出現し、同様に右端をドラッグすれば高域側のRange Limiterがアクティブになる

スコープの中にある赤い線は、Range Limiterのカーソル。これは低域側のRange Limiterで、カーソルより左の帯域にはTAMEとRECOVERが作用しなくなる。カーソルはスコープの左端をドラッグすると出現し、同様に右端をドラッグすれば高域側のRange Limiterがアクティブになる

 Gullfossを試すタイミングでちょうどミックスの仕事があったので、これ幸いと片っ端から挿してみた。まずは筆者が録った生ドラムのスネア。RECOVERを上げていくと60Hzを中心に低域が上がり、15kHz周辺もブーストされた。また2〜7kHzがわずかに抑えられ、全体的に空気感が増してワイドに。TAMEを上げると120Hz〜3kHzが広くブーストされたのは、上下の帯域を相対的に抑えることで、スネアの芯の部分をより強調しようという挙動だろう。特筆すべきは、3〜14kHzがカットされるものの、ヒットの瞬間はフラットになること。ハイハットのかぶりを上手に消しながら、スネアの抜け感を維持してくれるのがありがたい。Range Limiterを用いれば、かぶり除去に特化した使い方も可能ということだ。

演奏される音高に追従してイコライジング
パラメーターは“ 聴いた感じ”で調整するとよい

 次にアレンジャーが自宅で録ったアコースティック・ギター。良い音だが低域のダブつき解消と中域の張り、高域の伸びがもう少し欲しい。RECOVERを上げると48Hz辺りと14kHz周辺が持ち上がり、そのほかのさまざまな帯域が細かくカットされた。低域が上がったのは“マスクされている帯域”だったから。ただ、このアコギにとっては不要な成分まで増えてしまったので、Range Limiterで80Hz辺りから下にはRECOVERが作用しないよう設定。その後TAMEを上げると300Hzを境に下がカットされ、上がブーストされた。これは“アコギの箱鳴りを抑える”という触れ込み通りの効果だ。しかもピッキングによるピーキーな部分は、その都度リアルタイムに細かく抑えられ300回/秒の追従能力を目の当たりにした。

 

 次は、カリッと明るめでアタックもしっかりとしているピアノ音源。RECOVERは、やはり50Hz辺りの低域と13kHz周辺の空気感を持ち上げてくる。この挙動は、あらゆるソースにおいて共通しているように感じる。TAMEでは200Hz以下がほんのりカットされ、それより上が少し増えたが、演奏される音高に応じて基音の帯域と倍音帯域がカットされていた。このピアノ音源のアタックを抑える方向に反応しているのだろう。そして女性ボーカル。RECOVERで80Hzと13kHzがブーストされ、TAMEでは音高を追いかけ、特にピーキーな部分をリアルタイムにしっかり抑えるという挙動が見られた。

 

 ここまでGullfossの挙動を分かりやすくお伝えするために具体的な周波数を記載してきたが、実際には従来のEQとは違い、どの周波数をどのようにいじるのか?というのを全く考えずに操作できる。RECOVERとTAMEを“ 聴いた感じ”で調整するだけなのだ。どちらのパラメーターも15〜40%程度で十二分に効果が出るので、かけ過ぎに注意しながらいろいろ試してみるのがよいだろう。

 

 最後に、幾つかの2ミックスに使用してみた。RECOVERで上下が伸び、TAMEによって芯の部分がより強調されて聴こえるという傾向は、単体のトラックに使ったときと同様。また聴感上の音量の変化が少なく、元のバランスが大きく崩れることも無かったのはさすがだ。ソースをリアルタイムに解析&追従し、複数の周波数ポイントを毎秒300回で調整するなんて技は、既存のEQを何台駆使しても到底不可能である。それを、ごく簡単に使える製品として仕上げたのが素晴らしい。ビギナー・クリエイターはもちろん、プロのエンジニアにとっても頼もしい武器になるアイテムだと感じる。

 

林憲一
【Profile】ビクタースタジオでサザンオールスターズなどの音源制作に携わった後、フリーのレコーディング・エンジニアに。近年はmiwaや石崎ひゅーい、DISH//、村松崇継らの作品を手掛けている。

 

SOUNDTHEORY Gullfoss

19,090円

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SPECIFICATIONS ▪Mac:OS X 10.9〜10.11/macOS 10.12〜10.15、2GHz 以上のINTEL 製CPU(2.4GHz以上を推奨)、AAX/AU/VST 対応のホスト・アプリケーション ▪Windows:Windows 8/10(64ビット)、2GHz 以上のSSE 対応CPU(マルチコア2.4GHz 以上を推奨)、AAX/VST 対応のホスト・アプリケーション ▪共通:4GB 以上のRAM(8GB以上を推奨)

 

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