音が良くて使いやすい。こんなクリエイターの“欲しい”をかなえるDAW、PreSonus Studio One Professional(以下、Studio One)。最新のバージョン6.5の目玉はイマーシブオーディオ制作への対応。中でもDolby製のソフトDolby Atmos Rendererの“統合”です。ソフトがバンドルされるのではなく、Studio Oneにネイティブに備わっています。驚きはこれだけではありません。イマーシブに対応したマルチチャンネルのリバーブ&ディレイの標準搭載、マスタリング用プロジェクトにおけるARAプラグインのサポート、TAB譜やリードシートの機能向上なども出色。さらに、Studio One 6 Professional ユーザーはこれらすべてをフリーアップデートで手にできるという、驚愕の最新版です。
最大9.1.6chのモニタリングが可能 Dolby Atmos制作を始めるまでの段取りが速い
イマーシブ関連から見ていきましょう。特にDolby Atmos制作を想定してのチェックです。スタートページ左上の“新規...”をクリックするとポップアップが現れます。
これまでは、作曲やマスタリング、ライブパフォーマンスなどの新規ソングを選ぶ仕様でしたが、最新版ではポップアップから新規ソングやテンプレートを選択する形。その中にイマーシブ用のテンプレート“サラウンドでミックス”があります。Dolby Atmos制作をするには、このテンプレートを選択し、右上の項目“Dolby Atmos”“サラウンド”“チュートリアル”からDolby Atmosを選びます。初めてDolby Atmos制作をするなら、チュートリアルで基本操作を覚えましょう。10個のトピックでDolby Atmos制作の要点を逐次、学べます。
サラウンドという項目は、Dolby Atmos以外のイマーシブフォーマット用。例えば5.1chや7.1chの制作なら、これを選びます。最大9.1.6chのモニタリングに対応した全11種類の出力フォーマットが用意され、それぞれに最適化されたパンニングがミキサーの各チャンネルで行えます。
Dolby Atmosテンプレートには、ベッドフォーマットとモニタリングフォーマットの2つの項目があります。前者では8タイプを選択できますが、Dolby Atmosなら迷わず“7.1.2”を選びましょう。モニタリングフォーマットは、制作に使うモニター環境に合わせて選びます。弊社の山麓丸スタジオは7.1.4chのスピーカーを設置しているので、スタジオにいるときは“7.1.4”を、帰宅後にヘッドホンで制作する場合は“ステレオ”を選択します。
ポップアップ右下のOKボタンをクリックすると、ソングと共にDolby Atmos Rendererが立ち上がります。
Dolby Atmos制作をスタートできるわけですが、何とここまで1分もかかっていません。これは、驚きのポイントその1です。もし別のDAWとDolby Atmos Rendererの2つを立ち上げて制作/ミックスする場合、制作スタートまで最短5〜10分はかかりますからね。
統合されたDolby Atmos Rendererは空間の特性が素晴らしく、ふくよかな音
驚きのポイントその2は、統合されたDolby Atmos Rendererの完成度。Dolby Atmos制作を行う場合は、必ずDolby Atmos Rendererを通してモニタリングしますので、とても大切な要素です。信号の流れを簡単に説明すると、ミキサーの各チャンネルの出力が7.1.2chのマスターチャンネルに送られ、Dolby Atmos Renderer内で先のモニタリングフォーマットにて選んだフォーマットへ変換された後、スピーカーやヘッドホンに送出されます。
ヘッドホンと言えば、Dolby Atmos Renderer内の“Dolby Atmosチャンネル”を見ると、各ベッドで3タイプのバイノーラルモード(Near、Mid、Far)を選ぶことができます。これらはヘッドホンでバイノーラルモニタリングする際の音の距離感を示していて、Nearだと顔前に近づくような音、Farなら遠くから聴こえるような音に演出されます。デフォルトはすべてMidですが、ミックス時には楽曲の方向性や演出したい空間性を考えながら、各ベッドを個別に調整します。
このStudio Oneのバイノーラルモードがまた優秀なんです。例えば、ほかのDAWとDolby Atmos Rendererを併用する場合、Farだと音像が遠くなる分、音によってはボヤけて濁った感じに聴こえるのですが、Studio Oneならしっかりと存在感を保ったまま遠くでにじんでくれます。普段は選択しないFarも積極的に使いたくなるくらい、明瞭感があります。
ミキサーの各チャンネルには2種類の3Dパンナーが装備されていて、切り替えて使用することが可能。まずはベッドへの音の配置に使うSurround Panner。
それから、オブジェクトの設定に向けたObject Pannerです。
ご存じの通り、Dolby Atmosには従来のチャンネルに相当する10のベッドのほか、オブジェクトという概念があります。音に位置情報を与え、モニター環境に合わせてレンダリングするもので、その位置情報などをObject Pannerで設定します。
Dolby AtmosのマスターファイルであるADM BWFファイルの書き出しも、Studio OneのDolby Atmos Rendererで行えます。マスターファイルとあって非常に細かい調整が求められますが、設定項目に不足はなく、必要な要素がすべてそろっています。しかもデフォルトのセッティングで、ほぼパーフェクトな状態になっているのはお見事。3大メジャーレーベルに納品ができる、完全プロ仕様です。
詳しく見ていきましょう。Dolby Atmosは配信が前提のフォーマットなので、ラウドネス値に関してとても厳しいです。少しでも規定値を超えたマスターを納品すると、“作り直しで!”と連絡が来ます。また、レーベルによってはセンターやLFEチャンネルのレベル最大値を個別に指定してくる場合もあるので、各チャンネルでのレベルの確認が必要です。そのため、制作/ミックス時には適正なラウドネス値の設定、そしてレベルメーターの視覚性の良さが必須なのですが、Studio OneのDolby Atmos Rendererのレベルメーターは全く問題なし。“レンダラー”という表示付きでミキサーに統合されてもいて、画面右に常に表示されるのでうれしいです。
ここでチェックできるのは各ベッドのレベル、Dolby Atmos Rendererの最終的な出力レベル、ショートターム&モメンタリーのラウドネス値です。また、プルダウンメニューからベッドフォーマットとモニタリングフォーマットを簡単に変更できますし、この機能だけで別料金を払いたいくらいです。
さて、このDolby Atmos Rendererの音のクオリティですが、“秀逸”の一言。空間の特性が素晴らしいです。中でもリア側に配置した音像は、制作する作品の世界観を変えるくらいの表現力を持っています。また、オブジェクトで配置した動きのある音は手でつかめると感じられるほど、しっかりとした定位感で躍如としています。これはヘッドホンでのバイノーラルモニター時も同じで、ステレオミックスをヘッドホンで行うときにありがちな“スピーカーとはちょっと違うよね?”な感覚はありません。積極的にヘッドホンで制作したくなるくらい、見通しと距離感が良い。ここまで頭内定位を感じさせないのは見事です。平均化されたHRTFの演算が良いのでしょう。
もっと深く見ていきます。ほかのDAWで制作した納品済みのADM BWFファイルを、Studio Oneにインポートしてチェック開始です。音源がマルチトラックに分割され、読み込み完了と共に立ち上がるDolby Atmos Rendererを確かめてみると、制作時に設定した各ベッド/オブジェクトの設定がすべて同一で、問題はありません。音質は、ほかのDAWと比べると低〜中域がふくよかになり、特にボーカルやピアノ音源がよりリッチに聴こえます。そして注目は定位感。やはりはっきりと分かるくらいに空間特性が良いです。試しに、この音源をStudio OneでADM BWFに書き出し、ほかのDAWに読み込ませて聴いてみたところ、空間特性の良さはしっかりと保っていました。驚きのポイントその3です。
利便性の高さが桁違いのSurround Delay 7.1.4chのIRのライブラリーを持つOpen AIR2
これだけ空間特性が良いと、新搭載のイマーシブ対応プラグインも楽しみなところです。まずはSurround Delay。
イマーシブオーディオはディレイを多用しながら制作するものの、大量のディレイを画面全体に立ち上げて調整するのは、とても非効率です。音質や使いやすさは重要ですけれど、マルチチャンネル対応で、ディレイ全体を見渡せる視認性の良さも大切なのです。
これまで数多くのディレイプラグインを試してきましたが、Surround Delayは利便性が桁違いです。具体的には8タップのマルチタップディレイで、しかもタップごとにサラウンドパンナーを持っています。簡単に言うと、8台のディレイが1つのプラグイン内で使えるというもの。正直これが付属品だと思うと、ショックでもあります。
次はリバーブのOpen AIR2。
Open AIRは、もともと空間の再現性が素晴らしいコンボリューションリバーブでしたが、今回のアップデートで7.1.4chのIRを用いた新しいライブラリーが追加されています。特に気に入ったプリセットは、Origin IRライブラリーのMassive Garage。広い空間にありつつテールがしっかりと見え、イマーシブ対応リバーブにありがちな、くすんだ感じはありません。Vocal Boothというプリセットも名前の通り、狭い空間ながら原音に3Dで厚みをもたらす絶妙な響きです。
標準搭載のプラグインがこれだけ充実していると、Studio OneだけでDolby Atmos制作を完結させることも難しくありません。イマーシブミックスを行うとき、一番困るのがマルチチャンネル対応プラグインの少なさです。特にリバーブとディレイは、選択の余地がありません。マルチチャンネルに対応していても5.1chまでだったり、パンニングができなかったりして、本格的に7.1.4chまで対応しているリバーブは本当に少ないです。そんな悩みもStudio Oneには無用です。
イマーシブ関連トピックとして、Apple iPad/Androidデバイス/Windowsパソコン用のリモートコントロール・アプリStudio One Remote(無償)も刷新され、イマーシブミックスに対応しています。
一番の売りは、新たに追加されたサラウンドパンナー・ビュー。イマーシブオーディオのパンニングは、ステレオでのL/C/Rの3ポイントではなく、3Dパンニングが基本になります。水平360°と垂直方向の位置を決めるのに、マウスだけではとても大変ですよ。こんなに便利なサラウンドパンナー・ビューを使わない手はありません。
独自のチューニングを反映できるTAB譜 他DAWとのソングの共有が可能に
イマーシブ系以外にも、多くの機能がアップデートされています。1つは、マスタリング用プロジェクトでARAプラグインが使えるようになったこと。プロジェクトを作り、ピッチ/タイミング補正用プラグインのcelemony melodyneで試してみたところ、オーディオ転送が不要ですし、カーソル位置もプロジェクトにしっかりと追随して、とても便利。iZOTOPE RXのような、ほかのARAプラグインを併用することも可能です。
スコアエディターのアップデートでは、TAB譜やリードシートなどが強化されています。例えば、ギターの6〜1弦がF♯/F♯/F♯/F♯/E/Bとなっているソニック・ユース風のチューニング。新しいTAB譜には、こういった変則チューニングも反映させることができるため、90'sオルタナ・ロックを取り入れたいときにも便利です。
最後に“.dawproject”への対応にも触れておきます。これは異なるDAWとソング(ほかのDAWではプロジェクトファイル)をシェアするためのフォーマットですが、サポートしているDAWはまだまだ少ないです。そんな中で、いち早く対応する姿勢が素晴らしい。今後、インターネットを介した合奏やコライトなどで、異なるDAWを使ってのデータ共有がさらに多くなるでしょうから、発展してほしいフォーマットです。
今回のアップデートには、イマーシブオーディオ制作の現場の声を拾わないと作れない、絶妙なデザインや機能が散りばめられています。ハードルが高いと思われがちだったイマーシブミックスも、Studio Oneとヘッドホンがあれば簡単にスタート可能。イマーシブに興味のある方は、Studio Oneを使うことで迷うことなく制作を完結できるでしょう。
Chester Beatty
【Profile】テクノプロデューサーとしてTRESOR、Turbo Recordings、BPitch Controlなどから自作を発表。日本レコーディングエンジニア協会理事。イマーシブ・オーディオ専門の山麓丸スタジオに所属。
PreSonus Studio One 6.5 Professional
オープン・プライス
(MUSIC EcoSystems販売価格:52,800円)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14以降(64ビット)、Intel Core i3プロセッサー以上またはApple silicon(M1/M2)
▪Windows:Windows 10以降(64ビット)、Intel Core i3プロセッサーまたはAMD A10プロセッサー以上
▪共通項目:4GB RAM(8GB以上推奨)、40GBハードドライブ・スペース、1,366×768pix以上の解像度のディスプレイ(高DPIディスプレイ推奨)、タッチ操作にはマルチタッチに対応したディスプレイが必要、インターネット接続(インストールとアクティベーションに必要)
▪対応フォーマット:AU、VST2/3