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音響ハウスの響きがプラグインに!ONKIO Acoustics〜開発者コメント&井上鑑レビュー

銀座の老舗スタジオ、音響ハウス。1974年の創業以来、数々の名作におけるレコーディングの舞台となり、その歴史は2020年にドキュメンタリー映画『音響ハウス Melody-Go-Round』として公開された。そんな著名スタジオが新たに取り組んだのは、ONFUTURE&TAC SYSTEMとのコラボレーションによる、Studio No.1&No.2の響きを再現したプラグイン・エフェクトの開発。1年半をかけて完成に至り、ONKIO Acousticsとしてリリースされる運びとなった。ここでは、このプラグインの技術を支えた中原雅考氏による技術解説と、音響ハウスの音をよく知るプロデューサー/作編曲家/キーボーディストの井上鑑によるインプレッションで、詳細を明らかにしていきたい。

TACSYSTEM/ONKIO HAUS ONKIO Acoustics

左がStudio No.1、右がStudio No.2を表示したところ

 音響ハウスが企画制作、タックシステムが開発販売を手掛けるプラグイン・エフェクト。音響ハウスのStudio No.1/No.2のライブ・エリアが持つ響きをONFUTUREの仮想音源抽出手法VSV(Virtual Source Visualizer)と、その解析結果を利用したリバーブ技術VSVerbで再現する。Studio No.1は反射板の有無が選択可能(Fully/Half/None)。Studio No.2はブースの響きも収録する。画面を縦に3分割して、必要な部分のみ表示できるのも特徴。インサート/センドの2つのモードが用意されている。AAX/AU/VST対応(Mac/Windows)。価格はオープン・プライス(市場予想価格10,780円前後)

発売記念セール

 ONKIO Acousticsの発売を記念して、2022年10月20日〜11月20日の間は通常価格から20%オフの8,624円で販売される。

音響ハウスのStudio No.1

開発者インタビュ〜中原雅考(ONFUTURE)
空間サンプリング方式で反射がいつどこで起こっているかを再現しました

中原雅考氏(ONFUTURE/ソナ)

 ソナのスタジオ・デザイナーとして数々のスタジオ音響設計に携わってきたことで有名な中原雅考氏は、並行して2006年にONFUTUREを設立。音響技術の研究開発と、それに関連した機器やソフトの開発を手掛けてきた。氏にONKIO Acousticsで採用されている同社の技術について詳しく聞いた。

反射を可視化するツールをリバーブに応用

 ONKIO Acousticsは、ONFUTUREのVSVerbというリバーブ技術によって、音響ハウスの空間再現を実現している。

 

「音がどの方向から反射してくるのかを可視化する技術、VSV(Virtual Source Visualizer)の実用化に向けて、九州大学芸術工学部の尾本章教授とともに2006年から開発してきました。それを応用すればリバーブが作れるだろうと考え、VSVerbの開発を始めたのが2018年です」

 

 中原氏によれば、VSVerbの特徴は「空間の反射音場をサンプリングする技術」だそうだ。

 

 「従来の方向別インパルス・レスポンス(IR)によるサンプリング・リバーブは、時間分布のサンプリングです。そのため、サンプリングの際のマイクの種類、位置や方向などのマイキング手法、マイクのチャンネル数に限定されてしまいます。ですので、例えば22.2chや5.1chといったチャンネル・フォーマットごとにマイクを立てなくてはいけません。また、マイクや測定スピーカーなどの特性がIRに反映されます。これは長所でもありますが、特にリバーブの切れ際が機器や環境のノイズに埋もれてしまい、リバーブにノイズが乗ってきます。一方、VSVerbはチャンネルに依存しない空間サンプリング方式であり、空間における仮想音源分布……反射がいつどこで起こっているかを再現しています。音圧ではなく、“音響インテンシティー”という、いつどの方向からどの大きさの音が到来したかを表す音の物理量から反射音だけを抽出しているため、ノイズやマイクの特性、スピーカーの特性などの影響を受けない点も特徴です」

 

 具体的には、点音源から再生された音の反射をAmbisonicsマイクで収音。VSVにて反射音からその位置(マイクからの方向と距離)を割り出し、個々の反射音にその位置情報を埋め込む。この“個々の反射音の特定”に、ONFUTUREの特許技術が用いられているそうだ。その情報を元に仮想音源分布を作り、それをリバーブとして仕上げるのがVSVerb。ONKIO Acousticsは、この技術を用いて音響ハウスのスタジオの響きを再現している。

ONFUTUREの分析ソフト、VSV4。右が音響ハウスStud io No.1のライブ・エリアで、点音源からの発音が反射する位置と順番を4πsr(球面)で表現する。反射点が新たな仮想発音源を生成。そこからまた新たな反射音が生まれる一連のふるまいを、次々と記録&解析していく。この計測データを元に、仮想音源分布を作り、それを元にリバーブを生み出す。なお、ONKIO Acoustics用のVSV計測はソナが担当した

 「実はホールの残響解析には同様の手法が1980年代から用いられてきましたが、研究用の測定ツールは高価でした。しかし、比較的入手が容易なAmbisonicsマイクやコンピューターの処理能力が向上したことにより、研究用の高価な測定機器でなくてもこうした解析が実現できるのではないかと考えて、VSVを開発しました」

マイクの指向性や向きと位置も調整可能

 また、低域/中域/高域の3帯域の反射を解析しているのも特徴。ONKIO Acousticsでは各バンドのスライダーが用意されている。

 

 「ホールの大きな反射面は全帯域を反射しますが、スタジオの規模になると、小さな面では低域が反射されません。そのため帯域を分割して反射を解析しています。実際の空間では、発音体=楽器の大きさによって、帯域ごとに音の指向性が変わります。具体的に言えば、大きな楽器は高域になるにつれ指向性が極端に強くなり、その分、空間にばらまかれるエネルギーが減る=反射が減るのです。その補正のためにこのスライダーを使うことができると思います」

低域/中域/高域に分けられた反射音グラフと、各種フェーダー。グラフは各バンドのフェーダーやリバーブ・タイム、マイクの位置や向きの調整によって変化する。リバーブ・タイムは各反射点での反射率の大きさによって調整される仕組み。また、昨今の制作スタイルを鑑みてインサートでの使用を基準にしているが、センド/リターンでの使用も可能となっている

 前述のように、空間の反射情報からリバーブを生成しているため、マイクに指向性を持たせることも可能。ONKIO Acousticsでは全指向/単一指向が選択できる。また、マイクの位置や方向の調整も行える。

 

 「同じ位置での響きをさまざまなソースに加えると、響き全体がモノラルっぽくなってきます。ONKIO Acousticsではマイク位置を前後左右上下に±1m動かすことができるので、位置を調整することで、同じ空間内でも自然な広がりを作れます」

Studio No.1/2の選択が可能。音源の位置やマイク位置が選択できるだけでなく、Studio No.1は壁面の反射板の有無(Fully/Half/None)が選べる。No.2は画面右上のブースの響きをメインのライブ・エリアでとらえたものも使用可能。画面右下にあるように、マイクの位置や仰角(±90°)の調整、全指向/単一指向の切り替えも行える

 こうした空間サンプリング方式のプラグイン・リバーブは世界初となる。中原氏は、ONKIO Acousticsの製品化に当たってこう結んでくれた。

 

 「これまでご説明したように、VSVerbは100%分析データのみを用いたリバーブです。少なくとも一般的なリバーブとしては使えるものだという確信はありましたが、今回普段からこの場所の音に触れている音響ハウスの皆さんと一緒に開発し、音響ハウスの名を冠したONKIO Acousticsにたどり着いたのはうれしく思います」

井上鑑
“音響ハウスの響きの再現”というだけでなく
クリエイティブな体験ができるプラグインです

 1970年代から音響ハウスで仕事を重ね、映画『音響ハウス Melody-Go-Round』にも出演した井上鑑。ミュージシャンとしては初めてONKIO Acousticsのサウンドを聴いた彼に、インプレッションを伺った。

 

 音響ハウスのエンジニア陣から説明を受け、まずバイオリンの音をソースに実際のオフマイクとONKIO Acousticsの音を比較した井上。「もっとレンジの広い楽器で聴いてみたい」とリクエストし、ドラムのトラックで聴いてみたところ「いいね!」と一言。自身の演奏によるピアノでもテストをしてみたところで、印象を伺った。


 「説明を受けた通りノイズが無いし、実際のオフマイクの音と比べても違和感は無かったです。Studio No.1の反射板の有無の違いもはっきりと分かりました。むしろ、“ただ似せる”という発想ではない。音響ハウスがさまざまなことに取り組んできたことの延長線上にあると思います」


 ただの再現ではない……その真意は、音響ハウスで育まれた実験精神にあると井上は語る。


 「ここで僕は本当にいろいろなタイプの音楽を作ってきたし、逆に言えば、何をやっても心配が無いんです。この場所を有効に使う方法を音楽業界のみんなが学んで、使いこなした。その意味で音響ハウスは僕らにとって学校でもあったし、レース場のようなところでもあったんです」


 響きだけでなく、“音響ハウスという場”が50年近く積み重ねてきたことが、このプラグインにも反映されていると井上は受け取ったようだ。


 「音響ハウスの音がするから使う……もちろんこの空間と似た音がしますが、それ以上に、使いやすい。ドラムへONKIO Acousticsをインサートしたときに、帯域ごとに響きのバランスを簡単に取れるし、コンプなどのエフェクトとの相性も良さそうだと感じました。楽器の音に対してイメージを膨らませられるし、さまざまな工夫がしやすくできている。いろいろ試してみて、その究極は実際に音響ハウスに来て、マイキングや楽器の位置を変えたりすることにつながってくると思います。そういうクリエイティブな体験がONKIO Acousticsから生まれたらいいですね」

音響ハウスStudio No.1でピアノを録音し、実際のオフマイクとONKIO Acousticsとの比較も行った

製品情報

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